関東甲信越の戦国時代において最も重要だったのは甲相駿三国同盟でしょう。
武田と北条と今川の三カ国で、それぞれ姻戚関係を結び、互いに背後を固めた上で他国へ侵攻する。
武田家なら信濃へ、北条家なら関東へ、今川家なら遠江や三河へ。
そのためにどんな姫と嫡男が結ばれたのか。
戦国ブギウギ武田三代記のvol.22、スタート!
◆前話を読みたい!という方は以下のリンクからご覧ください
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砥石城を落としたら越後の龍が出てきよる!マンガ武田三代記第21話
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太郎の嫁

◆今川家の嫡男は大河ドラマ『どうする家康』で溝端淳平さんが演じていた今川氏真ですね。
北条家から早川殿が来ます。
それぞれどんな人物だったのか?詳細は以下の記事をご参照ください。
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今川氏真は愚将か名将か?仇敵だった家康や信長とその後も友好的でいられた理由
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早川殿の生涯|武田・徳川・北条に翻弄され今川氏真と共に歩んだ流転の生活
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晴信の娘

◆太原雪斎は義元を育成した僧侶かつ相談役ですね。
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義元を支えた黒衣の宰相「太原雪斎」武田や北条と渡り合い今川を躍進させる
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今川義元の生涯|“海道一の弓取り”と呼ばれる名門武士の実力とは?
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もはや伝統

◆常に跡目争いが頻発していた武田家。
父の信虎や信玄の祖父からしてそうで、しかも本人も追放劇をやらかし、しかも息子の武田義信は自刃へ……。
少し先のことになりますが、それが甲斐武田氏の宿命でしょうか。
二代目語り

◆村上義清との【上田原の戦い】で敗戦し、甘利虎泰と共に散った板垣信方。
その息子・板垣信憲(のぶのり)は信玄からの評価は低く、永禄元年(1558年)頃に改易(追放)されてしまいます。
こうして一度断絶した板垣氏は、信玄の親族が板垣信安となって継ぐことに……。
不安な長男

◆北条氏康の息子と言えば北条氏政――そんなイメージが強いかもしれませんが、北条氏親という長男がいました。
過保護な嫁

◆氏親と言えば、北条氏康の妻である瑞渓院、その父が今川氏親だったんですね。
北条と今川の結びつきの強さがうかがえますが、同時に抗争も繰り広げていた。
不憫な娘

◆結局、北条氏政のもとへ嫁ぐことになった、信玄の娘・黄梅院。
彼女もまた不憫な最期を迎えることに……。
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輿入れ

◆武田も三国同盟をもとに信濃へ勢力を拡大したわけですし、そのためには今川との同盟は不可欠。
義信のポジションも盤石でした。
桶狭間で義元が討たれたばっかりに……。
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漫画:アニィ高橋
文:五十嵐利休
【参考】
戦国合戦史研究会『戦国合戦大事典 (3) 静岡県・愛知県・長野県・新潟県・富山県・石川県』(→amazon)
柴辻俊六/平山優/黒田基樹/丸島和洋/柴裕之/鈴木将典『武田氏家臣団人名辞典』(→amazon)
武田氏研究会『武田氏年表 (信虎・信玄・勝頼)』(→amazon)
平山優/株式会社サンニチ印刷『信虎・信玄・勝頼 武田三代』(→amazon)
ほか













