天文21年(1552年)11月から12月にかけて、武田義信と今川義元娘の婚礼儀式が実施されました。
休む間もなく、年明けすぐには北条から使いがやってきて、今度は信玄の娘・黄梅院と北条氏政の婚礼の打ち合わせ。
甲相駿三国同盟は一気に進み、後顧の憂いが無くなった武田は信濃への圧力を強めていきます。
砥石崩れからの雪辱を果たし、天文22年(1553年)第一次川中島の戦いで謙信との鍔迫り合いを経て、再び北信濃へ!
いよいよ武田家の嫡男・義信も初陣……ということで『戦国ブギウギ武田三代記』vol.25の始まり!
◆前24話を読みたい!という方は以下のリンクからご覧ください
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布施の戦いで信玄vs謙信の鍔迫り合い!マンガ武田三代記第24話
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初陣

天文23年(1554年)8月6日に初陣を果たします。
傅役は飯富虎昌、元祖・武田の赤備えですね。これは頼もしい。
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飯富虎昌の生涯|元祖・武田の“赤備え”は信玄と義信の父子対立に巻き込まれ
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仲介人

◆遠江の天野景泰はもともと今川家傘下の国衆です。
武田と友好関係にあったことから、遠山景廣の要請に応じて、武田と遠山の仲介に助力しました。
同時に信玄は、遠山に対し
「何かあったら(裏切ったら)、天野に攻撃させるかんな! 今川義元からも許可とってかんね!」
と脅すことも忘れていません。
上水内郡

◆釣閑斎の出家号でも知られる長坂虎房さん。
息子の長坂昌国は義信騒動に連座して自害へ追い込まれますが、それはもう少し先の話。
信濃平定

◆北信濃をほぼ制圧した武田。
北条との姻戚関係は、=同盟であり、国としての最重要事項。
ひとまずそっちを優先させねばなりませんね。
従者一行

◆小田原までの輿入れには、小山田信有などが随行していました。
花嫁行列

◆この年1~3月の富士山は、雪が溶けて土石流が11回も発生したという記録があります。
遊んでたら巻き込まれてしまいますよ。
父から見れば……

◆相模の獅子・北条氏康からすれば、どんな息子でも生ぬるく見えてしまったかもしれませんね。
北条氏政も決して無能の人ではないのですが……。
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三国同盟

◆最終的に一番幸せだったのが、この今川氏真と早川殿の夫婦だったってことは、現時点で知る由もありません。
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漫画:アニィ高橋
文:五十嵐利休
【参考】
戦国合戦史研究会『戦国合戦大事典 (3) 静岡県・愛知県・長野県・新潟県・富山県・石川県』(→amazon)
柴辻俊六/平山優/黒田基樹/丸島和洋/柴裕之/鈴木将典『武田氏家臣団人名辞典』(→amazon)
武田氏研究会『武田氏年表 (信虎・信玄・勝頼)』(→amazon)
平山優/株式会社サンニチ印刷『信虎・信玄・勝頼 武田三代』(→amazon)
ほか












