『英国王のスピーチ』は、ジョージ6世の吃音をテーマにしたもの。
それを聞いた娘のエリザベス女王は、同映画を決して見るまいと決めておりました。しかし……。
いざ作品が公開されると殊のほか評判が良く、ご自身も思わず気になって見たところ、かなり喜ばれたとか。
本作におけるジョージ6世一家は、あたたかく思いやりに満ちていて、理想の家庭に見えます。
女王陛下が好意的な感想を抱いたことも、納得できます。
さて、どんな仕上がりになっていたのでしょう。
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基本DATA | info |
---|---|
タイトル | 『英国王のスピーチ』 |
原題 | The King's Speech |
制作年 | 2010年 |
制作国 | イギリス、オーストラリア |
舞台 | イギリス |
時代 | 1934年から1939年 |
主な出演者 | コリン・ファース、ジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム=カーター |
史実再現度 | 若干の脚色はあるものの、エリザベス女王も満足するほど高い |
特徴 | ラジオの時代の国王陛下 |
あらすじ ヨーク公とローグ
時は西暦1925年。
ジョージ5世の二男・ヨーク公アルバート(のちのジョージ6世)は、吃音障害に悩まされていた。
ありとあらゆる治療を試してもはかばかしくない。
そこでヨーク公夫人のエリザベスは、オーストラリア人の言語療法士ローグのオフィスを訪れる。
治療を始めたヨーク公夫妻は、ローグのざっくばらんな態度とやり方に不信を抱く。
しかし、ローグの突拍子もないやり方の効果を実感したヨーク公は、治療を受けることにした。
ヨーク公とローグの間には、いつしか奇妙な友情が生まれてゆく――。
ラジオの時代の国王陛下
ジョージ6世がもしも百年、いや五十年前に生まれていたら。
ヴィクトリア女王の息子世代であれば。
吃音はここまで問題にならなかったはずです。
なぜここまで彼が吃音に悩まされたか。
それは、ラジオの誕生によるところが大きいのです。
ラジオを通して国王の声を臣民に届けるからには、どうしても吃音は問題になってしまいます。
作中でもジョージ5世が嘆いていますが、もはや王族は金ぴかの軍服を着て、馬にまたがっていれば尊敬されるものではなくなっていたのでした。
ジョージ6世の娘であるエリザベス2世の時代となると、ラジオどころかテレビやインターネットを通して王族は自らの姿を見せることになりました。
そんなエリザベス2世の苦悩は、2006年の映画『クィーン』で描かれました。
王族の姿もメディアと通して伝わる以上、変わらなければならない。
そんな彼らの奮闘は、映画の材料にはうってつけといえます。
こうした映画は王族が自ら関わって作っているわけではありませんが、それでも王室のイメージ向上に役立っていることでしょう。
発明の黎明期から積極的に様々なメディアを活用する、柔軟で広報力に富んだ英国王室の底力が見えて来ます。
何年続いたか、どれだけ格式があるかよりも、今の時代はどれだけ王室が臣民に近いかが大事なのでしょう。
英国王室の人々
本作が魅力的なのは、王族の人々が雲の上の存在ではなく、ぬくもりを感じさせるような家庭人として描かれていうることが大きいでしょう。
英国王室の人々を、史実にそって丁寧に描きます。
ハノーヴァー朝以降、英国王室の人々は極端に真面目なタイプか、放蕩タイプかに別れていました。
ジョージ5世、6世、エリザベス2世は前者。
エドワード8世は後者。
そんな彼らの特徴がよく現れていました。
国王となるジョージ6世は、乳母から虐待のような扱いを受け、そのトラウマが吃音の一因となっています。
華やかでチャーミングな兄エドワード8世に引け目を感じている描写も出てきます。
ついに王位を継ぐことになったジョージ6世は子供のように泣きじゃくり、
「兄がやるはずだったのに……」
「自分は海軍士官なんだ……」
と嘆きます。
ジョージ6世は皇太子として帝王教育を受けていなかったからの悩みです。
通常、国王となるための皇太子は、幼い頃からその心構えや様々なことをみっちりと習います。
ところがジョージ6世は世継ぎではない以上、そのような教育は受けてはいません。
王位を継がない王子たちは軍に入ることが多く、彼の場合は海軍でした。
海軍士官として学んだだけで国王になんてなれない――そんな境遇からの嘆きです。
聡明なエリザベス妃、コーギー犬を可愛がるエリザベスとマーガレット王女姉妹もあたたかい家庭そのものです。
なるほどこれならば、エリザベス女王も納得することでしょう。
史実をあまり知らなくても楽しめる映画ですが、一応このあたりの人間関係をおさらいしておくと、より楽しめると思います。
善良で真面目な人々の、遊び心ある物語
本作に出てくる人たちは、だいたいが真面目で善良です。
ローグはざっくばらんな態度でジョージ6世を苛立たせるものの、根は努力家で極めて真面目。
オーストラリア人というハンデがありながらも、本場イギリスでシエイクスピア俳優をめざして努力を重ねています。あの態度のおかげで、ジョージ6世の心を開けた部分もありますし、よい人なのです。
ジョージ6世やその家族も言うまでもなく、善良。エドワード8世は国王としては不適切者ですが、自分の恋愛感情のためならば犠牲も厭わない、情熱的なロマンチストと言えます(彼がナチスに籠絡される不名誉なところまでは、本作では到達しません)。
そんな生真面目な人の話だから、ガチガチで堅いかと思っていたら、ふっと息抜きできる遊び心も随所にあります。
ジョージ6世が放送禁止用語を立て続けに怒鳴るところ等。
この場面のせいでレイティングがあげられて論争になるのですが、ジョージ6世に扮するコリン・ファースが極めて真面目にあんなことを連発するのには、かなり笑わせていただきました。
派手さはなく、手堅い作りなのに、見終わると深い満足感と感動がわきあがる、まさしく上質な名作。
歴史映画は派手なドンパチがなくとも、深みあるドラマが作れるという、本作はその好例です。
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著:武者震之助
【参考】
『英国王のスピーチ』※Amazonプライムで配信