アイヌの毒矢

『ゴールデンカムイ 11巻』/amazonより引用

この歴史漫画が熱い! ゴールデンカムイ

『ゴールデンカムイ』アシㇼパさんはなぜアイヌの弓矢にこだわるのか

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彼女は弓矢で獲物を狩る

アシㇼパが弓矢を使うのは「伝統だから」という単純な理由だけでもありません。

作中には他のアイヌ女性たちも出てきますが、弓矢を持ち、積極的に狩猟をするとなると、アシㇼパが突出していました。

アイヌにもジェンダーによる役割分担はあり、狩猟は男性が行うものとされてきました。

そこで監修の中川裕氏が

「ヒロインが弓矢を持つのはどうか?」

と調べてみたところ、アイヌにも女性狩人の記述があることに改めて気づいたと言います。

家族の中に男性がいない場合など、人数は多くはないけれど存在していたのです。

実は人類において、そもそも「男性は狩猟・女性は採取」という像は誤認であると明かされつつあります。

以下にそうした旨の記事がございますので、よろしければご一読を。

◆「男性は狩猟、女性が採集」という長年の定説が誤っていたことが大規模分析で判明(→link

◆なぜ人は「男性は狩猟、女性は採集」を信じてしまうのか…約8割の狩猟採集社会で女性は狩りをしているのに 狩猟採集民は一人ですべてこなすオールラウンダー(→link

ともかくアシㇼパは、そんな新認識に合致するまさに新しい時代のヒロインと言えるでしょう。

 

明治政府が禁じた毒矢

アシㇼパの場合、狩猟術を教た父・ウイルクの思惑も、重要な要素となってきます。

明治2年(1869年)、蝦夷地を「北海道」とした明治新政府はアイヌの伝統を禁じてゆきました。

毒矢を用いた狩猟もその中に含まれます。

つまり、アシㇼパやそのコタンに住む人々の毒矢による狩猟は、違法行為なのです。チカパシキロランケがつけている男性用ニンカリ(耳飾り)も禁止されています。

毒矢の禁止については、多くのアイヌが抗議し嘆願書が提出されたものの、政府は取り上げませんでした。

アイヌ女性が入れる唇の周りの刺青も禁止されました。

フチは刺青を入れないアシㇼパを見て「これでは嫁に行けない」と心配しています。新しい女だからそんなものにはこだわらない、とは言うものの一方で弓矢は用いている。

狩猟に鉄砲を用いるキラウシは、アシㇼパが弓矢を用いているのを見て驚いていました。

時代遅れというだけでなく、違法行為だからという驚きがあってもおかしくありません。

それでも彼女が弓矢を使うのはメリットがあったからでしょう。

・毒を効果的に使える

・小柄なアシㇼパには鉄砲よりむしろ弓矢のほうが向いている

・音が鳴らないから、狩猟には最適とも言える

実際、アイヌの弓矢による狩猟は20世紀まで続いたとされます。

キロランケがニンカリを外さない。

アシㇼパが弓矢を使い続ける。

こうした何気ない描写にも、彼らなりの抵抗の意思が隠されているとも思えます。

 

弓矢から見える、アイヌとは、和人とは

アシㇼパの弓矢は、単なる武器という存在にとどまらず、別の意味も考えたくなるアイテムかもしれません。

なぜ、和人はアイヌのように高度な毒矢を用いなかったか?

腕力を重視したからだけなのか?

そんなことを考えているうちに浮かんできたのが、弓矢と神事を結びつけた和人の信仰心です。

明治政府がアイヌの毒矢を禁止した――その背景には、実在する和人が谷垣のようにアマッポに引っかかってしまった事故もあったのかもしれません。

しかし、どうもそれだけとも思えない。

明治政府は和人の伝統風俗すら「文明化」のもとに禁止し、相撲すら廃絶しそうになった過去があります。

現代のように文化を保存するのではなく、むしろ潰してしまうことこそ「文明化」であると、西洋諸国からも学んでしまいました。

アイヌの知恵を軽視した偏見もあります。

毒矢は効率的で、アマッポは狩猟に適しています。加熱により毒が分解される点も秀逸です。

しかし、和人はそんな知恵を重んじなかった。

アイヌの知恵どころか、蝦夷地の知識が豊富で北海道の名付け親でもある松浦武四郎すら、重んじられたとはいえない状況です。

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そうした歴史要素を踏まえていくと、アシㇼパと杉元というコンビは、新しい時代を目指す息吹も感じさせてくれます。

アイヌの知恵に偏見もなく、アシㇼパさんの知恵で助かったと何度も実感する杉元。

自分なりに弓矢の利点を考えて、使い続けるアシㇼパ。

彼らの真摯な姿は、アイヌと和人の新しい関係、新しい時代の到来を期待させてくれます。

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

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『ゴールデンカムイ 11巻』(→amazon

【参考文献】
加藤博文/若園雄志郎『いま学ぶアイヌ民族の歴史』(→amazon
図録『特別展「毒」』(→amazon

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