月島基(ゴールデンカムイ)

月島基(ゴールデンカムイ30巻/amazonより引用)

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ゴールデンカムイ月島基を徹底考察!鶴見の右腕は鶴見に何を求めていたのか

4月1日は月島基(はじめ)の誕生日です。

漫画アニメ『ゴールデンカムイ』においては、見た目の“渋い脇役”という枠を飛び越え、読者の心に強く残る存在となっていることでしょう。

鶴見中尉鯉登少尉の間に居る地味な常識人――登場したばかりの頃はそんな印象でしたが、最終的には二人に負けず劣らず重要な立ち位置にいたとも考えられる。

月島基とは一体何者だったのか?

彼は何を求めて鶴見の右腕を担っていたのか?

その存在を考察してみましょう。

 

下士官である軍曹とは

軍曹とは?

フィクションでは「鬼軍曹」という呼び方と共に、とにかく厳しい上官として描かれがちな存在。

階級としては「下士官」にあたり、士官学校を卒業した「士官」とは異なります。

日本では明治以降の分類であり、イギリスおよび革命前のフランスなど、西洋諸国では「貴族」か「平民」かによって分かれていました。

英語圏では士官に“Sir”をつけて呼ぶことが礼儀であるのは、士官=貴族という身分制度の名残です。

ヨーロッパ貴族の場合、長男以外の男子は聖職者になるか、あるいは士官の階級を金で買っていました。

士官で最も階級が低い少尉は、現代であればまだ中学生くらいの貴族師弟であることが多く、ナポレオン戦争もの等のフィクションでは、まだ声変わり前の士官が戦場に立たされていることがお約束です。

貴族が階級を買うことが廃れたといえども、エリート、ある程度資産のある若者が士官学校を経ている。

これが近代軍隊における士官です。

日本の場合、下は鶴見のような賊軍負け組士族出身者がいたり、上は鯉登や花沢勇作のように、生きて出世すれば師団長にもなれるボンボンまで。

尾形の場合、こうしたエリートのお約束を破るため、鶴見の力によって士官へとのしあがろうとしていました。

学校卒でもないのに士官になるルートは、極めてレアケースではありましたが、ないわけではありません。

「戦地昇進(Battlefield promotion)」です。

ただし、相当厳しいため、そこをなんとかしろと、鶴見が無理のある嘘をついたか。尾形が盲信していたのか。想像すると何とも興味深いですね。

一方で月島のような「下士官」はどうか?

彼らは士官学校に入学しておりません。

徴兵されて兵士となり、生き延び、勲功をあげ、職業軍人として生きていけるだけの証明を果たしたからこそ、下士官という地位を得ました。『ゴールデンカムイ』では、特務曹長の菊田も下士官です。

つまり士官と下士官では全く異なる――この違いの元を辿っていくと、前述のように貴族と平民という身分差が出てきます。

身分差は軍隊制度にも引き継がれました。

その一例が「士官食堂」です。

士官同士が集まって優雅に食事を摂る場所であり、ナイフとフォークを使って洋酒を口にする。

なんならピアノやバイオリンも響いているかもしれない。あるいは芸者を呼んでどんちゃん騒ぎか。

そんなエリートらしい楽しみにも、下士官は参加資格がありません。住む世界が違うのです。

そういう心理的な格差だけならばまだしも、死傷率にも影響が出てきます。

要するに、時折優雅な食事会をして栄養状態がよい士官よりも、兵士は病気になる確率が高い。そこから軍隊内における栄養学への学びも得られます。

イギリス海軍が兵士に柑橘系果汁をしぼったラム酒「グロッグ」を提供していたのは、こうした経験則による学びゆえできたのでした。

下士官とは、貴族のお屋敷で奉公する使用人とも似ています。生まれは平民だけれども、貴族らしい振る舞いを身につけねばならないのです。

兵士からすれば鬼。士官からすれば忠実な使用人。そんな特色ある立場が軍曹です。

『ゴールデンカムイ』の場合、鯉登と月島の関係性は、公式ガイドブックによれば貴族のお嬢様と侍女なのだとか。

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月島基は平民出身、白米好きの男

当時の価値観からいくと、月島は社会の最底辺層にいるともいえる。

同じ第七師団でも宇佐美の場合、幼少期に袴をつけています。貧しいながらも士族なのでしょう。

しかし月島は粗末な着物で、父親は人殺しだという悪い噂まであった。

出身地の佐渡島は幕政時代は金山を所有するため天領です。鶴見のルーツである長岡藩のように、教育熱心でプライドが高い土地とも違う。

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何より、月島の好物はいごねりと白米――これがいかにも最底辺層といったところです。

いごねりはえご草ちゃんという幼馴染女性との思い出由来でもあり、かつ貧しい層でも口にできる郷土食。

そして白米というのが、実に素朴です。

日本人の主食は何か?

現代人ならば白米と即答されることでしょうが、そこまで至るには長い歴史があります。

五穀という言葉通り、米以外の穀物も食べられていました。それが江戸時代に入り、各地で農業が発展していくと、米の優位性が高まります。

米とそれ以外の穀物は価格の差がつく。

江戸時代も折り返し地点を過ぎると、高い値がつく米を優先的に育てていくようになる。それと並行して、麦や芋を食べるものは貧乏人だと蔑まされるようになっていきます。

そして米といっても、庶民は玄米です。江戸っ子だと精白した白米を食べる。

白米とは、都市部の裕福な層が食べる、憧れの主食となったのです。

明治以降の徴兵制とは、この白米が重要な役割を果たします。徴兵されれば、白米が腹一杯食べられるというのは、日本人の心を惹きつけました。

一方で、この白米は、精白したせいでビタミンを失ってしまいます。

白米ばかり食べ、副食でビタミンを補わなければ、脚気を患うという大いなる欠点がある。

しかし、明治当時は脚気の原因が特定できません。

そのうえ、ドイツか、フランスか? 帝国大か、私大か? といった医学者同士の派閥争いもあり、脚気は菌類によるものか、栄養不足によるものか、意見が分かれていました。

軍医の森鴎外は脚気菌説を信奉し、栄養不足説を却下したため、日清・日露戦争における脚気による戦病死が膨大な数になるという大失敗が起きました。

ちなみに海軍の場合、お手本としたイギリスから、栄養バランスを整えれば病人が減るという知恵を学んでいたため、こうした大損害はありません。

月島軍曹は白米が好きだ――たったこれだけの情報から、ここまで浮かび上がってくるものがあります。

彼は明治の典型的な、田舎から出てきた素朴な男。

そんな男は白米のせいで脚気になることも知らず、将校のようにおかずでそれを防ぐこともできず、生きていたのだろう。

しかし同時に彼は極めて普通の男です。

日本の家庭にある古写真の中や、護国神社の慰霊碑に日露戦争戦死者として刻まれた名前の中に、月島基と似た顔をした男は大勢いることでしょう。

月島の「基」と書いて「はじめ」と読む、漢字一文字を訓読みする男性名は、幕末から明治にかけてのトレンドです。

斎藤一、芹沢鴨、山川浩、前島密などがおります。

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