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【時透無一郎】
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幸せの深さ
幸せは長さではない
見て欲しい 私のこの
幸せの深さを
『鬼滅の刃』第205話『幾星霜を煌めく命』
大正時代を時代背景とする本作には家父長制の影がさしています。
仲間の散り際に「その死を無駄にしない」と誓う様が、自己犠牲の美化ではないかという解釈もなされます。
◆ 「鬼滅の刃」で考えるナショナリズム 煉獄杏寿郎の教え:朝日新聞デジタル(→link)
炭治郎はじめ、主人公たちが鬼の死を優しく見送るところが甘っちょろい、お涙頂戴だという批判もある。
◆ 鬼滅ハラスメント問題 作品に苦言呈す“逆キメハラ”も?|NEWSポストセブン(→link)
前述の通り、炭治郎ですら見捨てる鬼もいるし、歩み寄ろうとした童磨に容赦ないダメ出しをしたしのぶのような人物もいるわけですが。
『鬼滅』の大ファンだという都内在住の20代女性が語る。
「一緒に住んでいる父が、映画でブームになってから気になったのか、リビングに置いてある漫画を勝手に読み始めたんです。そして聞いてもいないのに感想を言ってきて、『なんで主人公(竈門炭治郎)は鬼に家族を殺されて復讐しているはずなのに、死に際の鬼に同情したりするんだ』とか言ってくるんです……。鬼になってしまった側の心情も描かれているところがいいんだと説明しても、『俺には理解できない』『すぐトドメを刺せばいいじゃないか』の一点張りで。“それなら読むなよ”って思って、すごく腹が立ちました」
『鬼滅の刃』は伝統に一捻り加え、しかも2010年代以降のツイストを仕掛けてきています。
そのため、想定読者層ド真ん中の少年少女、あるいは少年漫画黄金期にどっぷり浸かっていない高年齢層の方が芯を見抜きやすい――と考えるのですが、このことは実は珠世のセリフにもヒントがあります。
「うまく隠しているつもりでも、医者として人と関わりを持てば、鬼だと気づかれる時がある。特に子供や年配の方は鋭いのです」
(第19話「ずっと一緒にいる」)
少年漫画なんだから、きっとベタなヒットの法則、お約束があるはず――マンガ慣れした方たちが無意識にでもそんな思いを持っていると、自身のバイアスや思い込みに陥って見抜けなくなってしまうんですね。
本当に本作は難解です。
実は2010年代以降の新しい流れが取り込まれていて、それは漫画や日本以外の作品を見ていると、非常に実感できるものとなっています。
血統継承の否定
無一郎を死なせてしまい、始まりの呼吸の血統を敢えて断絶させる。
そこには血統継承の否定を感じさせます。
『スター・ウォーズ』サーガは、スカイウォーカーを血統ではなく、別の形で継承する結末でした。
『ゲーム・オブ・スローンズ』は、王位継承権を持つ人物を複数出して揉める展開にする。
その上で彼らが子孫を残せないことにして、血統継承を否定しました。
この手のストーリーは何かと荒れます。
なまじ人気があって長いシリーズだけに「なぜあの血を引く者があんなことになるのか!」となってしまう。
作り直せと怒るファンも続出するほどで、その気持ちはわかります。
高貴な血を引く王子様とお姫様が結婚して、王家がこれからも長く続くというラストこそが、長年の定番でした。
それを全否定され、どうにも引っかかるのでしょう。その類のハッピーエンドを望んだオールドファンにしてみれば、心まで踏まれるような不快感がつきまとうかもしれません。
かつてのハッピーエンドとは、結婚して子を成し、家を存続することでした。
けれども、それ以外に幸せになる道があってもよいのではありませんか?
心を取り戻し、深い人生を生きる
では、それ以外の幸せとは何か?
その一つとして提示されるのが心であり、真の自分を取り戻すことです。
どんなに長く生きても心が空っぽであれば人生は虚しい。深く、心を取り戻すことを追い詰めてゆく。そんな流れが出てきています。
『アナと雪の女王』シリーズでは、エルサが思い悩み冒険をした結果、自分のルーツと力の源を見つけるまでが描かれました。
同作『2』では家族すら捨て、自分らしく生きることを選ぶ。
なんで?
結婚しないの?
もっと家族と和気藹々しようよ! 自分勝手なエルサだな、ぼっちは寂しいよ!
そんな不満をぶつける感想も多かったものですが、心を取り戻し、自由に生きるエルサの姿をディズニーは見せたかったのではありませんか。
それもひとつの生き方です。
ラストで王子と結婚するだけが、女性の人生ではありません。
無一郎と設定が似た少年漫画の主人公に『どろろ』の百鬼丸がいます。
大名・醍醐景光の嫡男でありながら、身体を妖怪に捧げられてしまい、それを取り戻すために戦う少年剣士です。
原作では14歳、無一郎と同年でした。
この百鬼丸は、原作と2019年アニメ版では、基本設定は大きく変わらないものの、受ける印象がかなり異なります。
原作ではまだ若いながらも、兄貴分として頼りがいがあった。
それが2019年版では、心を閉ざし、周囲に無関心ではないかと思える描写が多いのです。
彼は優しさを失ったわけではなく、表現の仕方が不器用であり、誤解されているだけでした。
その心を、仲間との交流を通して取り戻してゆく。百鬼丸は大名になるわけでもありませんが、心と愛を取り戻すまでの過程が丁寧に描かれました。
こうして心を探す過程を描く作品が増えています。
なんじゃこりゃ! 異性といい感じにならんの? 打ち切りか?
作品からそんな印象ばかり受けてしまうのだとすれば、時代の流れに置いていかれているかもしれません。
心を取り戻し、最愛の仲間たちと生きてゆくこと。それができずに自己利益ばかり追い続けてればどうなるか。
そんなことも『鬼滅の刃』には示されています。
「お前はひっこんでろ、俺は安全に出世したいんだよ。 出世すりゃあ上から支給される金も多くなるからな」
「行くな!! 私を置いて行くなアアアア!!」
実力があれば無惨になって、カリスマゆえに人気も集まるかもしれません。
しかし最悪の場合はサイコロステーキ先輩になってしまう。
そうならないためにも、感情を有するものになること。深い人生を生きること。
無一郎たちから、そんなことを学びたいと思う次第です。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
『鬼滅の刃』12巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)