五代友厚/国立国会図書館蔵

幕末・維新

五代友厚(才助)49年の生涯まとめ! 西郷や大久保に並ぶ薩摩藩士の実力とは

こちらは3ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
五代友厚
をクリックお願いします。

 

たとえば、醤油。江戸時代前期、醤油は大阪でのみ作られていました。

それがいつしか関東や、それ以外の地域でも生産が始まり、続けて酒や味噌、綿花栽培なども拡散していきます。

全国各地の藩が、それぞれ開発を進めた結果、大阪の優位性は徐々に低下していったのです。

さらに武家に貸した借金を、踏み倒されるような困難もありました。

例えば、五代の出身地・薩摩藩は首までドップリ借金漬け。
その財政改革を進めたのが西郷どんお由羅騒動でお馴染みの島津斉興であり、その懐刀・調所広郷でした。

彼らは大阪商人にとってはトンデモナイ奥の手を使います。
現代で言えば数千億円規模をチャラ同然にしたのです。

そんな大阪は、幕末になるとさらなる危機に直面します。

御用金分捕り――です。
倒幕派の薩摩藩や土佐藩が、幕府と関係の深い商人に目をつけ、金を強奪したのです。

この災難には、相当な大商人でなければ乗り切ることができず、倒産する商人も相次ぎました。

彼ら大阪商人は、
「薩摩に金をぶんどられるくらいなら、ドブに捨てたほうがええわ……」
と嘆くほどだったと言います。

五代にとっては罪滅ぼしの気持ちも多少はあったかもしれません。

 

次々に襲いかかる大阪経済の混乱

1868年、そんな大阪にとどめをさすような決定を、明治新政府が行います。

銀目廃止――。

江戸時代の通貨は、東日本が金、西日本が銀がメインのお金として流通していました。
これを統一するため、銀を廃止したのです。

安心してください、貨幣を変更するだけですよ。
と言われても大阪の人は納得できまえん。

ため込んできた銀貨がゴミくず同然になるのか!?
とパニックになります。

「えらいこっちゃ!」
結果的に銀は大暴落し、多くの商人が耐えきれずに潰れました。さらに……。

大名貸債権の棒引き――では、大名家が消滅して明治新政府となり、あらゆる藩における借金が帳消しとされました。
大名に金を貸していた商家が、一気に爆発四散という衝撃の展開です。

こんなトリプルコンボを乗り切れる商家はごく一部だけしかありません。
政府と早くから結託できたような一部の大商人だけでした。

前述『あさが来た』のヒロインも、こうした困難に直面。
きわどい言葉で維新を罵倒していましたが、こんな目にあえばそれも納得というものです。

史実における五代友厚と広岡浅子(あさが来た主人公のモデル)の間にさほどの面識はないとはいえ、彼ら二人が商業都市大阪復活の鍵を握るキャラクターとしてドラマに描かれたのは自然なことでした。

あさが来たモデル・広岡浅子69年の生涯まとめ!偉大なる女実業家の素顔とは

続きを見る

 

痛恨の「開拓使官有物払下げ事件」

薩摩藩士の若手が集まり結成されたグループ・精忠組。

彼らの尊皇攘夷思想をナンセンスと片付け、薩摩人のメインストリームから外れたところにいた五代は、それでも大久保利通とは懇意でした。
これまた『あさが来た』でも、五代と大久保は親しい仲でしたね。

こうした五代の立ち位置は、プラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともありました。

プラスの例が「大阪会議」です。
明治8年(1875年)、明治政府の要人である大久保利通・木戸孝允・板垣退助(征韓論で下野していた板垣は同会議から復帰→再び下野する)らが集い、今後の方針についてまとめた集まりのことです。

木戸孝允(桂小五郎)の出世道! 意外に気さくな「維新の三傑」とは?

続きを見る

征韓論で西郷隆盛らが下野した後、政府をどう舵取りするか。
それを話し合う、重要な場でした。

この場に参加し、取りまとめたのが五代でした。

大阪会議開催の地にあるレリーフ/photo by ごーちゃん wikipediaより引用

そんな五代と政府のつながりが、最悪の時代を引き起こしたのが明治14年(1881年)「開拓使官有物払下げ事件」でした。

1869年(明治2年)に設置された「北海道開拓使」は、1882年(明治15年)に廃止。その長官が、五代と同郷の黒田清隆であり、黒田は、格安無利子で開拓使官有物を五代に払い下げることにしたのです。

これに対して、薩摩閥の台頭に憤っていた政敵が批判に回ります。

各地で弾劾集会が開かれ、新聞も批判記事を連日掲載。五代も黒田も、悪意はなかったかもしれませんが、非常に脇が甘かった、と言わざるを得ません。

◆赤字になるから格安だという説明をしていない
◆薩摩以外の者からの引き渡しを拒否していた
◆同郷同士でのやりとりだった

とまぁ、100%クリーンな状況ではなく、不透明な部分をつっこまれても仕方ない取引。これは五代の経歴に、大きな傷を残しました。

政府との関わりが強かったとはいえ、五代はその関係を悪用してはいません。
むしろ当時政府と結託していた大商人と比較しても清廉潔白な部類であり、特権を利用したりはしませんでした。

戦争で儲けようとする「死の商人」タイプでもありません。

たまたま、悪いタイミングで、脇の甘いことをしたら突かれてしまった――ということでしょう。

しかも五代の事績において、教科書にまで掲載されるような大事件はこの「開拓使官有物払下げ事件」のみとなってしまうのです。

それゆえに歴史に詳しい方にはかえって
「ずるい政商」
だというイメージを抱かせてしまったかもしれません。

彼が立ち上げてきた実績の大きさを考えると、格安で官有物を払い下げて貰わなければならない理由はほとんどありません。

かくして失意の事件から4年後の明治18年(1885年)、五代は糖尿病のため死去。享年49でした。

 

西郷どん原作には登場しておりました

結局、大河ドラマ『西郷どん』には登場しなかった五代友厚。

実は林真理子氏の原作では、島津斉彬生存のころに仙巌園(せんがんえん)で出会った設定でした。
父親の影響で国際感覚に優れた五代に対し、斉彬直々に質問するというもので、その後、西郷が二度目の島流しから復帰した後に再会するのです。

島津斉彬50年の生涯まとめ! 西郷や大久保らを育てた開明派の生き様

続きを見る

アメリカで南北戦争が起きているため「木綿の需要」が上がり、それで商売せよと西郷に勧めたのが五代でした(実際にバク儲けとなる)。

ただし、これはあくまで本筋とは関係ない部分。
結局『あさが来た』のディーン・フジオカさんで、あまりに人気が出過ぎたキャラは扱いにくかったようで……。

次は、五代を主役にした物語で出会いたいものですね。

あわせて読みたい関連記事は以下へ

西郷や大久保を育てた郷中教育って? 泣こかい飛ぼかい泣こよかひっ飛べ

続きを見る

精忠組(誠忠組)とは? 西郷・大久保らの主要メンバーが薩摩を動かす

続きを見る

幕末に長崎海軍伝習所を設立!海軍を重視していた幕府は無能じゃない

続きを見る

勝海舟77年の生涯まとめ【年表付】いつドコで生まれ維新後は何をしていた?

続きを見る

生麦事件~そしてイギリス人奥さんは頭髪剃られ 薩英戦争で友情生まれる

続きを見る

薩英戦争で意外に少ない薩摩の被害 イギリスと仲良くなった理由とは?

続きを見る

戊辰戦争のリアル~生活の場が戦場となり 食料奪われ殺害された悲劇

続きを見る

大久保利通49年の生涯まとめ【年表付】暗殺に斃れた西郷の親友とは

続きを見る

渋沢栄一とは? 大河『青天を衝け』主役、激動の生涯92年まとめ

続きを見る

あさが来たモデル・広岡浅子69年の生涯まとめ!偉大なる女実業家の素顔とは

続きを見る

島津斉彬50年の生涯まとめ! 西郷や大久保らを育てた開明派の生き様

続きを見る

文:小檜山青

【参考文献】
『商都大阪をつくった男五代友厚』宮本又郎(→amazon link
国史大辞典

 



-幕末・維新
-, ,

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2020 All Rights Reserved.