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【松前藩】
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迫るロシア、蝦夷地は幕領に
蝦夷地はじめとする、日本の北にある領地へ野望を燃やす国が出現します。
ロシアです。
不凍港に動物の毛皮、漁場……と、そこは魅力あふれる土地でした。
むろんロシア側も、突如攻撃をするほど無茶ではありません。
安永8年(1779年)には、松前藩とロシアで会談まで行われています。
「貿易しませんか?」
「いや、幕府で貿易は長崎だけと決められていますし……アイヌ経由ならありかもしれないんですけどねぇ」
なんともモヤモヤした回答。
ここで松前藩は問題を抱えてしまいました。
「幕府に相談すべきかな?」
そこで出た結論は、おいおい、そりゃ無責任でしょ、と突っ込まれかねないものでした。
「このタイミングで相談したら、今までロシア人が迫っていたのに黙っていたことを咎められるだろ。かといって警備しろと言われたって無理。こうなりゃ……黙っておこう!」
日本にとっては最悪の選択だったかもしれません。
実は、ペリー来航の75年も前に、ひっそりと、北ではこんな会談が行われていたのです。
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しかし、こんな重大事、いつまでも隠し通せるワケがありません。
仙台では同藩医の工藤平助がロシアの脅威を著書で発表。
当時の老中である田沼意次は、ロシアと交易する可能性に気づきました。最上徳内の蝦夷地探険といった動きは、こうした中で行われています。
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しかし、将軍家治の死に伴い、田沼が失脚。蝦夷地への感心も低下してしまいました。
松前藩は、ロシアのみならず、商人ともトラブルを抱えておりました。
彼らの方針に激怒した飛騨屋が、幕府の勘定奉行にまで訴えたのです(飛騨屋公訴事件)。
貿易商人相手に借金が膨らみ、天明の大飢饉も起こり、松前藩はかつてない窮地に陥っていきます。
なお、飛騨屋は松前藩の請負商人でしたが、田沼意次が蝦夷地調査団を送り込んだため、貿易中止となることがありました。
松前藩にせよ、飛騨屋にせよ。
不慮の事態で利益が少なくなると、アイヌ相手にふっかけて儲けを補おうとするところがありました。
寛政元年(1789年)。
こうした態度に反発したアイヌが蜂起、「クナシリ・メナシの戦い」が起きます。
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この危難を、アイヌの大量処刑という凄惨な結末でもってなんとか切り抜けた松前藩ですが、ことはそう単純ではありません。
蝦夷地探険をした幕府は、松前藩で本当によいものかと、疑いの面を向けて来たのです。
「そもそも松前藩が広大な蝦夷地を統治って、無理があるのでは?」
当時の幕府には、蝦夷地について二種類の意見がありました。
開発論:蝦夷地を幕府が支配する
非開発論:敢えて蝦夷地を放棄することで、外国の関心をそらすノーガード戦法
これはどう考えても開発論でしょ! と言いたくなりますが、どっこい松平定信は【非開発論】だったのです。
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開発論が浮上してくるのは、定信の解任後でした。
寛政11年(1799年)。
蝦夷地は幕府領となり、松前藩は梁川へと移封されます。
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蝦夷地の警備は、奥羽諸藩が当たることになりました。
ただ、松前藩にとっては幸運が訪れます。
19世紀初頭のロシアは、ナポレオン戦争に巻き込まれ、日本探険どころではなくなったのです。
文政4年(1821年)、松前藩は蝦夷地の大名として復帰することとなりました。
松前藩は海防に備えて松前城を築く等、対策を整えております。
しかし、時代の流れはあまりに早いものでした。
そして幕末動乱へ
ここまで辿り、何かを思いませんでしたか?
「なんだ、松前藩はペリーなんかより遙かに早くから、異国船の脅威にさらされていたのだな」
確かにその通りです。
ではペリーが来て落ち着き払っていたのか?というと、そうではありません。
黒船来港翌嘉永7年(1854年)。
幕府は蝦夷地を幕領(直轄地)にすることにしたのです。
異国船の脅威が迫る中での措置であり、松前藩は完全に消え去ったわけではなく、残されているだけ温情があったと言えます。
ちなみにペリーは、浦賀の帰り道に蝦夷地の松前藩にも立ち寄っています。
応対した松前勘解由は、のらりくらりとした「コンニャク問答」をしたそうです。
「どうなんですかねえ、まあなんとも言えないっすねえ」
要するに、結局どっちなんだよ、とイライラするタイプの受け答えですね。
失望したペリーは「コイツは駄目だ、無気力で話にならん」と失望したのだとか。
日本が攘夷で燃えたぎる中、松前藩はそんな問答をしていたのでした……。
といっても、松前藩が無気力だったわけでもありません。
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官軍についたのに! 箱館戦争で大損害
幕末の混乱期。
各藩は新政府につくか、幕府につくかで別れました。
当然ながら、最終勝利者の新政府についた藩がよい――と言い切れないのが歴史のフシギです。
秋田藩の場合、強引な流れにより新政府側につくと決まり、【奥羽越列藩同盟】に加盟しない数少ない奥羽の藩となりました。
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結果、東日本最強の庄内藩に攻められ、藩主が自刃を覚悟するほど厳しい目にあっております。
松前藩も、大変なことになりました。
正議隊という勤王派の一隊が藩政改革を断行し、藩政を掌握したのですが……これが最悪の結果に繋がります。
まず一点目。
正議派のやり方は強引でした。藩内のくすぶった不平不満が、あとあとまで尾を引くことになります。
そして二点目は……不運としか言いようがありません。
戊辰戦争の結果、敗北を重ねて奥羽にもいられなくなった幕臣たちがおりました。
彼らは蝦夷地を最後のより所とみなし、上陸してきたのです。
結果、榎本武揚、そして新選組鬼の副長こと土方歳三らが、松前藩を攻撃することになったのです。
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その技能と才知を惜しんだ明治政府によって助命され、仕えている榎本。
それを考えれば、新政府が榎本ごと残してロシア警備に当ててもよさそうなものですが、そうはなりませんでした。
土方にしてみれば、死に場所を探していていたようなもので、立場はそれぞれです。
ただ、彼らに統一された意思があるとすれば、松前藩を追い払うことでしょう。
戦火が容赦なく松前藩に広がりました。
そして函館戦争が起き、松前藩は壊滅。
新政府軍は最終的に勝利しますが、松前藩の受けた打撃が回復できるはずもありません。館藩と名が変わってからも、復興費用すらひねり出せないほどの深刻な状況に陥いるのです。
官軍として戦ったことから若干の加増はありました。
と、これも焼け石に水。明治政府による開拓使の設置により、収入源であった請負制も奪われてしまいます。
更には不運なことに明治3年(1870年)、城下町で大火災が発生するのです。
莫大な借金と、焼け落ちた城下町を持つばかりの館藩。
廃藩置県で、安堵したかもしれません。
全国の藩でも屈指といえる、あまりに過酷な結末が待っていたのでした。
★
どうにも松前藩というのは、幕府時代からイメージが悪かったようです。
・アイヌ相手にあくどい取引をする
・商人とトラブルを起こす
・異国相手に真面目に対処しない
・幕府に対して隠し事がある
・やる気を感じない
そんなマイナスイメージがつきまといますが、そもそも広大な北海道を小規模の藩で統治せよという方が、無理なのです。
【試される大地】と称されるほどの北海道――かつての蝦夷地。
そこで悪戦苦闘を繰り返した松前藩。
その苦難は、もっと評価されてもよいのではないでしょうか。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
濱口裕介/横島公司『松前藩 (シリーズ藩物語)』(→amazon)
加藤博文/若園雄志郎『いま学ぶ アイヌ民族の歴史』(→amazon)
菊池勇夫『五稜郭の戦い: 蝦夷地の終焉 (歴史文化ライブラリー)』(→amazon)
一坂太郎『幕末維新の城 権威の象徴か、実戦の要塞か (中公新書)』(→amazon)
菊地明『上野彰義隊と箱館戦争史』(→amazon)
宮地正人『土方歳三と榎本武揚: 幕臣たちの戊辰・箱館戦争 (日本史リブレット人)』(→amazon)