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【恋川春町】
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黄表紙はやがて町人へと広まってゆく
恋川春町は、さらに読み応えのある【黄表紙】を求めた結果、幕政批判までおよぶ『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』を寛政元年(1789年)に執筆。
記録的な売上になったとされ、その結果、幕府(松平定信)から呼び出され、彼はその生涯に幕を閉じてしまいます。
同年(1789年)7月7日に自殺したと伝えられるのです。
病死の可能性もありますが、武士としてはタブーである幕政批判に触れてしまえば、自害に追い込まれても仕方ないことかもしれません。
とにかく筆により命を縮めたことは確かでしょう。
そして【黄表紙】の作家は、武士ではなく、町人へと変わってゆきます。
この変化は江戸時代の歴史において、大変重要な流れといえます。
実は【士農工商】の流れはそこまで確固たるものではなかったと、近年は見直されつつあります。
武士とそれ以外を分ける要素として、教育や文書作成能力があげられますが、徳川吉宗は明代の政策を参考にしながら、庶民にまで儒教規範や教育を広めました。
結果、日本各地で寺子屋が設置。
特に都市部では、めざましい成果となりました。
その背景にあったのが出版文化です。
印刷術が伝わり、書籍の流通量が上がる。ヒット作を敢行すれば金になる。そして、武士が担ってきた教養を込めた【黄表紙】のような作品を町人が手がけるようになってゆく。
江戸時代後期は、日本人の教育レベルを上げる時代となったのです。
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知的好奇心で学ぶ日本人の姿が
歴史を振り返ると、教育は時代を動かす大きな原動力となります。
例えば、ロシアの場合、啓蒙思想が伝わると、エカテリーナ2世はそれを広め、孫でアレクサンドル1世も、フランス人家庭教師から開明的な教育を受けました。
しかしロシアでは、あえて農奴と呼ばれる下層階級には文字を覚えさせませんでした。
上流階級はフランス語を用いることで、教養はますます断絶。
識字率の向上により、思想を持った民衆の蜂起を警戒したのでしょう。
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だからでしょうか。幕末に来日した外国人は【瓦版】を読み漁る民衆の姿に驚きました。
ロシア以外のヨーロッパでも、識字率向上には程遠い状況だったのに、この極東の国では庶民が文字を読み漁っている!――そう驚愕したのです。
ただし、注意が必要です。
来日外国人が接した層は、比較的上層にあたる都市部の住民であり、山村の農民や女性の識字率はそこまで高くありません。
サンプルに偏りがあることは注意せねばなりません。
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日本の隣国であった清朝では、教育はあくまで【科挙】を突破するため。
学習意欲は立身出世のために用いられ、知的好奇心で学んだり、楽しいから学習するといった認識は育まれにくかったのかもしれません。
科挙から落ちこぼれた知識人層は様々な分野で見られるますが、どうしてもレールを外れた負い目がつきまとっていた。
明治維新後、日本には魯迅はじめ、清朝からの留学生がやってきます。
なぜ日本では、近世から近代へ変貌を遂げられたのか?
なぜ清ではうまくいかないのか?
そんな疑念を抱きながら日本へ来た彼らは、いざ来日してさらに驚きました。
日本には漢籍が大量に残されていて、漢詩を読みこなす者もいたからです。
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こうした都市部における識字率の高さ。
漢籍教養。
これがどうやって浸透していったのか?
様々な理由が考えられる中で【黄表紙】は非常に重要です。
漢籍からの知識というフレームの中に物語を入れ込むことで、エンタメ性だけでなく教養の底上げを果たした。
この仕組みは大きな発明と言えるでしょう。
残念ながら現在では、日本人の漢籍教養は薄れ、その影響下にあった江戸の文学も忘れ去られつつあります。
しかし、明治維新という改革を果たすため、都市部庶民層まで浸透していった教養が重要な役割を果たしてきたことは確かなのです。
2025年の大河ドラマ『べらぼう』が、そんな歴史認識を再確認させる契機となることを願ってやみません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
八鍬友広『読み書きの日本史』(→amazon)
加藤徹『漢文の素養 漢文の素養 誰が日本文化をつくったのか?』(→amazon)
『金々先生栄花夢』
他