高橋お伝

仮名垣魯文『高橋阿伝夜叉譚』より/国立国会図書館蔵

明治・大正・昭和

クズ男に翻弄され斬首刑に処された「高橋お伝」の不憫すぎる一生

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殺人罪で斬首刑に処されることに

要するに吉蔵が悪いんですけども、殺人ともなると近代国家の官憲は放置しておけません。

お伝は10日ほど逃げ回り、ついに逮捕され裁判にかけられることになります。

この逃亡と嘘だらけの供述が裁判官の怒りを買ってしまったのか。

お伝は斬首刑となってしまったのでした。

処刑のとき、お伝は嫌がり泣き叫び暴れ回り、処刑人の手を相当煩わせたそうです。三回も首を切り損ねたと言われていますが、そこはどうだったやら。

このとき刑を担当したのは、江戸時代から斬首刑を担当していた山田浅右衛門という人物です。

彼が実際に何人の刑を執行したのかは不明ながら、それまで10や20の経験では済まなかったでしょう。

そんな人が女性一人を何回も斬り損ねるなんてことがあるのでしょうか?

 

作家の創作意欲を刺激していつの間にか毒婦扱い

最後にはお伝も観念して首を差し出したそうですが、どうにも胡散臭さが漂います。

というのも、お伝の受難は死んだ後も終わらなかったからです。

最後の斬首刑であったこと、経緯に三人の男が出てくることはゲスな脚本家や作家の創作意欲を大いに刺激しました。

そのため、尾ひれどころか胴体まで付け替えられるような勢いで彼女の一生が脚色されていくのです。

やれ「最初の夫は助からないとわかったので毒殺した」だの「男を次々にたらしこんでは殺していった」だの、挙句の果てには「稀代の毒婦」なんて不名誉にも程がある二つ名をつけられてしまいました。

本当は、浪之助にも市太郎にも尽くした健気な女性だったというのにあんまりな話です。

吉蔵は自業自得だからしょうがない。

それまでの経緯に脚色が入ったからには、処刑時のことも怪しい気がします。

 

墓参りをすると三味線がうまくなる!?

たった一つの慰めは、お伝の墓参りにたくさんの女性が訪れるようになったことかもしれません。

といってもお伝を哀れんだ人が多かったというのではなく、いつしか「高橋お伝の墓参りをすると三味線が上達する」という都市伝説が広まったからでした。

三味線ということは、お伝はお座敷芸で生計を立てていたんでしょうかね。

どうせなら脚色するよりそういった人物像を明らかにする方向で調べてほしかったものです。当時はまだお伝を知る人もいたでしょうから、関係者から話を聞くこともできたでしょうに。

まあ、お芝居の世界なんていつでもそんなものかもしれませんが。

でも、せめて後世の我々くらいは、お伝が「毒婦」ではなかったことを理解してあげてもいいのではないでしょうか。

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長月 七紀・記

【参考】
日本人名大事典
新版 日本架空伝承人名事典
高橋お伝/Wikipedia

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