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【日本近現代史の暗部】
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生まれたばかりの乳児を殺すその行為。
西洋人たちは、驚愕と嫌悪をもって記録しておりました。
外国人宣教師から見た戦国ニッポン~そこは良い国or悪い国or鴨ネギな国?
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生類憐れみの令は日本人に必要だった?倫理観を正した“悪法”に新たな評価で考察
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「生類憐みの令」でやや緩和されたとはいえ、それでもまだまだ多い。
それは江戸時代の話で、明治維新以降は減ったのでしょう……と思いたいところですが、そうとも言い切れません。
明治政府は「富国強兵」の掛け声のもと「産めよ増やせよ」と言い続けました。
社会がそうなると堕胎・中絶への目が厳しくなります。
産めば終わりではなく、養育費という問題がある。
貧しいのに子供が生まれたら?
結婚していなかったら?
産んでしまった親と、金が欲しい殺人者。
そのニーズが不幸な一致を見た時、おぞましい大量殺人が発生します。
「貰い子殺人」です。
新生児を抱えて途方に暮れる親から、養育費と乳児を受け取る。
それを殺し、埋め、次の子を貰い受ける。
これを繰り返し、一体何人犠牲者がいるのかわからないまま、続いた事件がありました。
周囲が不信感を抱かなければ、罪はますます重ねられていったのです。
妊娠する女性の権利。
庶子の権利。
子どもの保護。
こうした目線での改善は一進一退を繰り返し、戦後、日本国憲法により著しい進歩を見せます。
その背景には、日本で暮らしてきたがゆえ目の当たりにした、階層の苦しみを改善したいと願った――ベアテ・シロタ・ゴードンの願いがあったのです。
日本国憲法の一部を起草したベアテ・シロタ・ゴードン 多国語を操る才女
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「女工」
関東大震災は、日本史上に残る災害と言えます。
地震と火災そのものの死者も甚大かつ、横行する自警団による特定民族が狙われた暴行殺人も、悲劇として記憶されています。
こうした凄惨極まりない犠牲者の中には、女工たちも含まれておりました。
工場で働いていて、被災死してしまった。
そうまとめるとわかりにくくなる実態があるのです。
女工たちの働く工場は、労働者の安全性を著しく軽視したものも多いものでした。
・耐震設備が不十分である
・それ以前に自然倒壊しそうな工場もあった
・女工を隙間なく詰め込んだがゆえの圧死
それだけではない、凄惨な例もあります。
富士紡小山工場では、避難しかけた女工が容赦ない言葉を浴びせられたのです。
「お前たちの体は、金を出して買ったんだ。自由に逃げるんじゃない」
そう怒鳴られ、空き地で身を寄せ合っているところへ、火災が襲いかかりました。
逃げれば死なずに済んだかもしれない女工たちは、こうして焼死したのです。
当時は人権意識もない。
労働者はそんなもの。
男性は男性で徴兵制度がある。
それはそうですが、女工には悲惨な条件が重なっておりました。
・女性は男性よりも低賃金である
・貧しい家庭出身者は、貧困や責任感につけこまれる
・うまく言いくるめて、地方から都市へと女工を連れてくる悪徳商人が跡を立たない。脱走しようにも地理感覚がなく、不可能だった
・劣悪な衣食住で、食事は栄養価が低く、まずいものしかない
・酷使と栄養不良の結果、健康が損なわれてしまう
・集団生活ゆえに、パンデミックも発生しやすい
・不健康となった女工は居眠りをする、作業効率を落とした結果、凄惨な体罰に遭う
・これほどまでに劣悪な環境を整えても、雇用側の罰則は軽微であった
失明まで放置された女工。
折檻死の挙句、死体を遺棄された女工。
全裸にされる、性的な暴行を受けるといった、異常なまでの搾取にさらされた女工もおりました。
あまりの生活の苦しさに、脱走して遊郭に逃げ込む女工も少なくありません。
このころの性産業に従事する女性も、過酷な目に遭わされておりました。
それでも女工よりはマシであるとすらと思われていた節があります。
当時が舞台のフィクション作品ですと、ミルクホールの女給や電話交換手等が女性の職業として出てきます。
慎ましやかに、そして楽しそうに生きているように彼女たち。
それもかなり恵まれた境遇ならではと言えるのです。
暗い顔をした女工は、画面の外にいます。
そうした悲惨な境遇は、日の当たらない場所で忘れられてゆくものなのです。
搾取構造は必要悪なのか?
※劣悪な搾取を描いた『蟹工船』
なぜ、これほどまでに悲惨な境遇が放置されたのでしょう。
貧しく弱い者を救うより、強い者が登りゆく話のほうがもてはやされる――そういう構造も影響したかもしれません。
地方出身者。
女性。
下層階級。
声が小さな者たちは、聞こえないものとして扱われる。そうした根源的な構造も、そこにはあります。
学校の授業でも近現代史はあまり取り扱われず、悲惨な下層階級の話は軽視されてしまう。
そこも忘れてはならないはずです。
前述の通り、朝ドラの主人公周辺は恵まれていることが多いものです。
見ていて悲惨な要素はほとんど取り扱われません。
高い乳幼児死亡率。
差別。
日本以外にルーツを持つ人々。
凄惨な暴力。
テレビ画面から流れてくるのは、極めてクリーンアップされた世界ですので、そこを念頭に置く必要はあると思うのです。
ドラマや教科書だけで知った気にならず、誰かの話を聞き、書物に目を通すことは、きっと忘れがたい知識を得るきっかけになるはずです。
もうひとつ、こうしたことを語り継がない弊害も考えたいところです。
「日本人は搾取をしなかった」
そうまとめてしまえば、気分はスッキリします。
しかし、それでよいのでしょうか。
現代だって、労働者の悲鳴は見逃されがちです。
だからこそ改善されず、劣悪な労働環境が残されてゆく可能性は考えられませんか?
見て見ぬフリは果たして賢明なのでしょうか?
歴史と現在を分断しないこと――劣悪な労働環境や生活の問題はかつて存在していたし、今もそれは続いていると認識することで、よりよい明日を目指すことができるのではないでしょうか。
すべては今と未来のため。
そのために歴史を考えること、暗部に目をやることは、決して無駄にはならないと思うのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
紀田順一郎『東京の下層社会(筑摩書房)』(→amazon)
湯沢雍彦/奥田都子/中原順子/佐藤裕紀子『百年前の家庭生活(クレス出版)』(→amazon)
松沢裕作『生きづらい明治社会――不安と競争の時代 (岩波ジュニア新書)』(→amazon)
澤宮優『イラストで見る昭和の仕事図鑑(原書房)』(→amazon)
他