在原業平

月岡芳年の「在原業平と二条后」/Wikipediaより引用

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伝説的なイケメン貴族・在原業平とは?『伊勢物語』のモデルは実際モテたのか

2025/05/27

元慶四年(880年)5月28日は、在原業平が亡くなった日です。

伝説的なイケメンかつ歌人(六歌仙・三十六歌仙の一人)。

そんな当時のモテ男に欠かせない二大要素を持っていた人であり、また『伊勢物語』のモデルとも称される御仁ですね。

同物語は、あの『源氏物語』にも強く影響を与えたとされる最古の歌物語なわけですが、今回は業平の人生を振り返りながら、物語の成立にも思いを馳せてみましょう。

在原業平/wikipediaより引用

 


事件で変わった天皇の系統 業平の人生も左右する

天長二年(825年)に生まれた在原業平の前半生は、苦労の連続でした。

彼の父は平城天皇の第一皇子・阿保親王(あぼしんのう)で、母は桓武天皇の皇女・伊都内親王。

つまり業平は、父方は平城天皇の孫かつ桓武天皇の曾孫という血筋であり、母は桓武天皇の孫という、この時代ならではのサラブレッドです。

しかし我々現代人にあまりそのイメージはないかもしれません。

彼の運命は、その生誕前に起きた【薬子の変(810年)】で大きく変わっておりました。

この変は、一言で言えば

平城天皇
vs
嵯峨天皇

の内乱未遂事件です。

平城天皇の愛妾である藤原薬子が原因となって争いが勃発。

その結果、天皇の系譜が嵯峨天皇系に移ったため、業平の父である阿保親王の意向で在原姓を名乗るようになり、業平誕生の翌年には臣籍降下していました。

業平は「在五中将」とか「在五」などと称されましたが、在原氏の五男だからとされます。

 


父の阿保親王も文武の才に恵まれていた

臣籍降下したのは、血筋を理由に権力争いに担ぎ上げられたり、逆にお咎めを被ることがないように……という思いやりだったのでしょう。

いかにこの時代の皇族なれど、有力な後ろ盾がなければ生活が厳しくなることは珍しくありません。

ならばいっそのこと臣下に降ったほうがいい、という判断もありえます。

また、阿保親王は謙虚で控えめ、文武と弾き語りの才があり、腕っ節も強いというかなりチートな人でした。

阿保親王(奈良県奈良市・不退寺蔵)/wikipediaより引用

業平も当時から和歌の才や鷹狩の名手として知られていたので、父親に似たのでしょうね。

業平だけでなく、その息子や孫も歌才に恵まれていたとされますし、やはり才能は血筋によって伝わるもののようです。

ただし、阿保親王も伊都内親王も「美貌」だったという記録は特にないようなので、なぜ業平が伝説的なイケメン(『三代実録』に記されている)といわれるようになったのかは謎ですが……。

まぁ、いい感じに遺伝子が噛み合ったんでしょう。

 

妻は紀氏一族 後世の紀貫之や友則に影響を与えた!?

そんなこんなでガッツリ皇室の血を引いていた在原業平。

又従兄弟にあたる文徳天皇の時代まで、官位がほとんど上がらず、苦労していました。

文徳天皇像(法金剛院蔵)/wikipediaより引用

「学はないが歌は素晴らしい」という評価や、「伊勢物語」の主人公がちょっとひねくれたような感じになっているのは、うだつが上がらなかった時代に、外から見られた印象が含まれているのかもしれません。

あるいは彼の歌が、技巧的というより素朴でわかりやすいというのも理由のひとつでしょうか。

業平が本格的に昇進するのは清和天皇の代になってからで、ほぼ3~4年に一度、官位が上がっています。

プライベートでは、妻が紀氏出身のため、紀氏とも交流があったとされます。

舅の紀有常(きの ありつね)もまた温厚な人柄で、『伊勢物語』でもべた褒めされているので、不遇だった間も親しくしていたのでしょうね。

紀氏といえば有名なのは紀貫之や紀友則ですが、業平は彼らより上の世代なので、彼らの子供時代を見たこともあったかもしれません。

業平からすると「妻の実家の遠いような近いような親戚」くらいの関係です。

全く会わなかった可能性もありますが、まあそれこそ歴史ロマンということで。

伊勢物語/国立国会図書館蔵

 


群像劇の中に業平を盛り込んだストーリーか

在原業平といえば、やはり伊勢物語の印象が強いものです。

となると色々な女性関係を彷彿させますが、主人公の「昔男」は業平そのままでもありません。

「筒井筒(つついつ)の恋」(井戸の縁の木材で背比べをした幼馴染同士の恋)など、業平の身分ではあり得なさそうな話が混じっているのです。

実話と、イメージからきた創作を半分くらいずつ織り交ぜているのでしょうね。

現代でよくある「実話を元にしたフィクション」というやつです。

個人的には、伊勢物語は一人の主人公がいるというよりは、群像劇に業平作と思しき歌の中からストーリーに合いそうなものをつけたという感じがします。

いずれにせよ、伊勢物語が最古の歌物語であることや、後世の文学に大きな影響を与えたことは間違いありません。

例を挙げれば、源氏物語の「夕顔」は伊勢物語の「芥川」にそっくりです。

伊勢物語の作者に紫式部が訴えられたら勝てないレベルで。

源氏物語『夕顔之巻図』板谷桂意作/出典:ColBase

「小野小町は本当に絶世の美女だったのか」と同様、「伊勢物語はどこまで真実か」というのも、謎のままであるほうがロマンがあっていいのかもしれませんね。

伊勢物語の本文はかなり簡潔というか、和歌の詞書くらいの文量しかないので、マンガ化や映像化にも向いていそうな気がします。

そのうち名作が出てくる……かも?


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【参考】
国史大辞典
在原業平/Wikipedia

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長月七紀

2013年から歴史ライターとして活動中。 好きな時代は平安~江戸。 「とりあえずざっくりから始めよう」がモットーのゆるライターです。 武将ジャパンでは『その日、歴史が動いた』『日本史オモシロ参考書』『信長公記』などを担当。 最近は「地味な歴史人ほど現代人の参考になるのでは?」と思いながらネタを発掘しています。

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