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激怒した頼朝は宗親の髻を切る
亀の前も邸も共に亡き者にせよ――。
とは、あまりに大袈裟ですが、実際に伏見広綱邸は破壊されてしまいます。
亀の前はすんでのところで広綱に命を救われ、鐙摺(あぶずり・鎌倉市の隣の逗子市)にある大多和義久邸に逃げ込んでいました。
唖然とする頼朝は激怒します。
「いくらなんでもそこまでするか! しかし、政子は怖いし、北条を敵に回したくないし……ええぃ、こうなったら!」
頼朝は実行犯の牧宗親を大多和義久邸に呼びつけました。
そして伏見広綱らが見ている前で、宗親の髻(もとどり・髪を結った部分)を切り捨ててしまいます。
『んっ、髪を切っただけ?』
と、拍子抜けされた方は、ご自身が「パンツ一丁にされて、尻を打たれる様子がネット配信された」というシチュエーションをご想像ください。
当時の人は、髻を結って隠すことが身だしなみであり、それを切ってしまう頼朝の行為は極めて侮辱的だったのです。
『吾妻鏡』によると、頼朝の言い分はこうです。
「そりゃ妻のことは大事に思うし、尊重するよ。けどさぁ、こういうことは事前にそっと教えてくれてもいいじゃない!」
哀れなのは宗親ですよね。
政子の命令に従っただけなのに、なぜこんな屈辱を受けねばならないのか。
彼は納得できず、北条時政に泣きつきます。
「なぜ、私がこんな目に……命令に従っただけなんです」
「まったくだ! なんなんだこれは!」
そう時政が怒る側には、牧の方もいたことでしょう。
調子を合わせて、彼女がさらに時政を煽っても不思議ではありませんし、逆に、あまりに突拍子な頼朝と政子の行動に唖然としたかもしれません。
頼朝の行為に怒りがおさまらぬ時政は、鎌倉から伊豆へ引き払ってしまいました。
源頼朝にとっては一大事。
義理の父を怒らせただけではない。政子まで激怒させ、これでは北条一族ごと敵に回してしまうのではなかろうか。
不安でならない頼朝に対し、義弟の北条義時だけは特に行動は起こさず、鎌倉に残っていました。
すぐさま呼び寄せると、義時も快く応じ、頼朝はホッと一息。
「義時! お前はいつかきっと俺の子孫を守ってくれるだろうと信じている!」
「ありがたいことです」
とまぁ、コントのように終わった事件。この時点で牧の方は、余計なことを告げ口した女性に過ぎません。
しかし、次に歴史に顔を出した彼女を、義時や政子はどう思ったのか……。
最愛の子・政範の死
時をぐっと進めて建仁3年(1203年)。
二代将軍・源頼家が失脚すると、まだ幼い弟が三代将軍・源実朝となりました。
源実朝は将軍としてどんな実績が?朝廷と北条に翻弄された生涯28年
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この実朝をめぐり、ちょっとした異変が生じています。
実朝の乳母である阿波局(劇中では実衣)が、姉の政子にこう告げているのです。
「どうにも牧の方が実朝を見る目がおかしい。引き取った方がよいのでは?」
妹の進言を受け、政子は実朝を自邸に引き取ります。
そして元久元年(1204年)。
義時にとって親子ほど歳の差がある異母弟・北条政範が、甥にあたる三代将軍・源実朝の正室を迎えるべく、上洛を果たします。
牧の方の娘が大納言である三条実宣に嫁いでいて、京都との繋がりがあったのです。
しかし……。
北条政範は京都で病に倒れ、わずか16歳で急死してしまいました。
政範は若いながらも官位が高く、年齢差を押し退けて、義時のライバルとなり得る存在だった。
そんな政範の死が、別の悲劇をもたらします。
“坂東武士の鑑”畠山重忠を死に追いやる
翌元久2年(1205年)11月のことです。
畠山重忠の子・畠山重保と平賀朝雅が、酒宴で言い争いとなりました。
平賀朝雅は、あの武田信玄の祖である源義光の曾孫かつ母が頼朝の乳母である比企尼の娘で、血筋は超一流。
さらには時政と牧の方の娘を妻としていて、重保への恨みを牧の方に訴えます。
そんなしょうもないことで……と思われそうな事件の背景には、生々しい利害関係もあります。
畠山重忠の妻は北条時政の娘、つまり義時の姉です。牧の方からすれば、夫の先妻が生んだ子を妻としていて、畠山の領土は武蔵国北西部にありました。
一方で、牧の方の娘婿である平賀朝雅は、武蔵国南東部に勢力があります。
二人は武蔵国において勢力圏が隣接。
それに加えて、時政の先妻と現在の妻、それぞれの娘婿同士でもあり、そんな関係から酒宴で諍いが生じてもおかしくはありません。要は、きっかけに過ぎなかったのでしょう。
そして鎌倉に不穏な噂が流れ始めます。
畠山重忠に謀反の兆しあり――。
時政と牧の方は、自邸に義時と時房を招き、こう告げました。
「重忠を討て!」
義時は反論します。
重忠には忠義がある。実朝にも忠誠を尽くしている。我々兄弟も、妹の婿として義弟だと思っている。父上にとっては義理の息子ではないか。今殺してしまっては後悔しますよ。
そう言うと、時房とともに立ち去りました。
ところが、義時が帰宅すると、追いかけるようにして牧の方のきょうだいにあたる大岡時親が義時邸に来て、彼女の言葉を告げます。
「私が義理の母だから、父の言うことに逆らうのですか?」
思わぬ詰問に、袋小路へ追い込まれてしまった義時と時房。
二人は、やむなく行動に移します。
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