べらぼう感想あらすじレビュー

背景は葛飾応為『吉原格子先之図』/wikipediaより引用

べらぼう感想あらすじ

『べらぼう』感想あらすじレビュー第5回蔦に唐丸因果の蔓 欲に目覚めてしまったら

2025/02/03

吉原で、うつせみと新之助が松の井を描いた錦絵を見ています。うつせみの絵はないのか?と聞かれ、おずおずとこう返します。

「わっちなど、とてもとても……」

「それはよかった」

開きかけた花の蕾のような、うつせみの愛らしさに夢中な新之助。あまり世に知られても困るとしみじみと語りかけます。

ここで「ふふっ」と笑う、そんなうつせみはどこまで本気なのか?

花の井の手練手管にひっかかる長谷川平蔵は「バカじゃねえのか」と笑い飛ばせましたが、この二人には本物の純情が見えてくるようで、実に悩ましいものがあります。

しかし、この新之助も、何者なんでしょうねぇ……。

ちゃんとした教育を受けてきた、しっかりした武士に思えます。

吉原も当初は武士が太客であったものの、この頃はそうそう出入りはできません。ましてやこんな浪人ともなれば厳しい。

真面目な二人はどうなってしまうんでしょうねぇ。

布団の上で絵を見ながら、互いの手と手をそっとくっつき合わせる様も、あまりに可憐じゃねえですか。

嘘にまみれた廓なのに、泥の中で咲く蓮の花みてぇな風情があると言いますか。

板元印を見た「耕書堂」は蔦重だと新之助は指摘します。

しかし、蔦重の名前が出るのはこれきりだそうで……。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用

 


株仲間で仕事を回す江戸時代

さて、その蔦重は盛大に不機嫌そうな顔をしております。

花の井が「仲間に入らないと商いができないなんて当たり前だ、そこを見落とすなんてトンチキもいいところだ」とまで言うと、稲荷ナビが、この時代には「株仲間」があると補足説明します。

江戸時代は仲間内で商売を回すことが当然でした。

江戸だけでなく、ヨーロッパや中国にもギルド制度があります。

不自由なようで、そうして権益や流通を確保する仕組みだということです。

都市の形成が進むことで、それまでは村落や血族で分かち合っていた権益を、同業者でそうするようになっていくわけですね。

税制や田沼政治も関係があります。

田沼意次/wikipediaより引用

こういう商売に税をかけることで、為政者も潤う仕組みができてくる。

「どうせ、俺ァ、トンチキのべらぼうだよ!」

花の井に図星を指されて、蔦重は開き直るしかない。

頭の切れる花の井が、板元でなくても本は作れると言っても、蔦重は話を逸らし「あいつらはズルい」と不貞腐れるばかり。

花の井の指摘はごもっともで、『一目千本』を作る作業が楽しかったころの蔦重とは別の何かが顔に出始めていますね。

ウダウダとうるさい蔦重に、花の井はピシャリ!

「あんただって吉原以外は取り締まれって、言いに行ったじゃないか!」

不満を全く隠せない蔦重だけど、そう指摘されて納得するしかない。反論はできません。

これも先ほどの税の話と関係があります。

『光る君へ』の最終回に出てきた“ちぐさ”こと菅原孝標女の『更級日記』には遊女を目撃した話が出てきます。

『平清盛』で大暴れをしていた「悪源太」こと源義平。

『鎌倉殿の13人』でおなじみの源範頼

この兄弟は源義朝と遊女の間に生まれた子とされます。『鎌倉殿の13人』でも、落魄した静御前の姿を遊女の宿で見たという目撃談が出てきました。

遊女は古来から日本の歴史に散見され、大河ドラマも無縁ではありません。西洋史だと、娼婦の子となればそれだけで蔑まされるものですが、日本史ではそうではない。

こうした遊女と、江戸の吉原は何が違うか?

金の問題です。

遊女に使われる金に課税すれば、為政者にとってはうまい話ではないか?

そう気づいた室町幕府の頃から定住する遊女には税が課されるようになりました。その京都由来の制度を江戸に大々的に持ち込んだものが、吉原となる。公認と非公認の差ですね。

鋭い花の井はそこを突いてきた。

あんただって公認を振り翳してどうにかしようとしたじゃない。立場の違いしかないんじゃないか。

そうビシッと切り込んできた花の井の頭の回転は尋常じゃねえもんを感じますぜ。

すると松葉屋が「改」の注文を入れてきた。蔦重としては引き受けざるを得ない場面ですが、不満気で腰も重い。それを察知した唐丸が松葉屋のおつかいを引き受け、出かけてゆくのでした。

 


向こう傷の浪人、唐丸にからむ

店でおつかいを済ませた唐丸は、向こう傷が顔にある浪人に「よう、久しぶりだな」と声を掛けられます。

何もかも忘れていて、あなたが誰だかわからない――そうシラを切ろうとしても、そうは簡単に済むはずもなく、男は「あの日何をしたのか教えてやる」と脅してきました。

そして人気のいない場所に連れていく浪人です。

浮かぬ顔で戻ってきた唐丸に対し、蔦重は「耕書堂」と書かれた紙を見つめてきもそぞろ。文を預かってきたと言われ、その辺に置いて置いて欲しいと背を向けたまま返します。

蔦重の脳裏には、平賀源内の言葉が焼き付いて離れません。彼はこの名によって何かが変わろうとしているのです。

『光る君へ』では、「男は位によって変わる」と言う藤原北家の独占人事を踏まえた言葉を、藤原道綱が母から言われたと引き、高い位をおねだりしていました。

それから時が流れ、江戸中期。

吉原生まれの男が、立派な号をもらい、悩んでしまうことになっている。

平賀源内は、こんな男にまで「才で国を豊かにする」という意識を持たせてしまったのです。

そこには近代の芽生えがありました。

 

労働者、苦労を知らない外道テックリーダー・源内に怒る

そのころ平賀源内は、秩父の中津川鉱山で坑夫たちに詰め寄られていました。

もう製鉄はやめにしたい! 10年もやっていてクズ鉄しかできねぇ!

そう詰められる源内は、製鉄の吹子の使い方が悪いと指摘し、新しいやり方を教えたそうなのですが……その手法を試している最中に、あの人が燃えてしまう事故があったそうです。

死人は出ないものの、潮時となったそうで。

やはり源内、労働安全性については何も考えちゃいねぇな。

吉原ばかりが労働環境の悪どさとして注目を集めがちなのですが、鉱山も劣悪です。

潮時どころか今が踏ん張りどころ、ここを超えりゃいい鉄ができる! ここを超えりゃザブンザブンと小判の波が押し寄せる。

と、悪徳テックリーダーじみたことまで言い出します。

激務でフラフラの時にこういうことを言われると、相手の頭をカチ割りたくなりますよね。

平賀源内/wikipediaより引用

確かに江戸っ子にとっての源内は、インフルエンサーとして愛すべき存在かもしれない。

しかし、現場にしてみれば、こいつはどうしようもねえべ! しかも、人の気持ちに疎いのか、こんなことまで言ってしまう。

「こうしてね、めでたく災難も起こったことですし!」

「めでたく災難?」

相手が血相を変えると、司馬遷の『史記』にも「災い転じて福となす」だなんだの言い出しましたぜ。「塞翁が馬」は前漢の『淮南子』(えなんじ)か。

思えば『光る君へ』では藤原為時やその娘であるまひろ(紫式部)が引用していたものです。

それが時代が下り、江戸時代になると、ここまで知識が降ってきている。

本草学者である平賀源内は当然わかっています。彼の文人仲間や武士階級も理解できることでしょう。

源内は才気走っておりますので、当時の現代中国語である「唐語」もある程度理解できます。長崎で清人から学んだと思われます。

じゃあ、江戸の町人はどうか?

暇と金のある商人には「読みたい」という需要が生じております。

そういうインテリ町人がこれから出てくることでしょう。この知識が武士から町人にまでジワジワと降りてきている点が、実に重要といえるのです。

ドラマ後半には漢籍に通暁し、明清直送の白話小説までも把握している博覧強記、陰キャの極みといえる曲亭馬琴も出てきます。

ただね、そんなインテリの話は労働者に刺さらねえんだわ。

源内先生への返事は、相手の“拳”でした。

 


“Think Different”とか言われても現場の労働者は動かねえんだよ!

どうかしていると言われるものの、源内はどうかしているのはそっちだという。

経営者マインドで、現場の苦しみが全然わかってねえ――その他人事みたいな言い方に、相手は怒るばかりなのです。

しかし源内は、ろくに米も取れねえ、金を稼ぐタネが欲しいと始めたのはそっちだと反論。

相手には当然通じず、5年で10倍にすると言って募った初期投資を返せと言い出しました。

そしてついに源内は言っちまいます。

「あのクソのことですか? 金なんてクソみてえなもんですよ。どこの世界に放り出したのに腹に戻るクソがありますか!」

いや、もう、最低ですね……。

さすがにマズイと平秩東作が割って入り、江戸に戻って金を返す算段に取り掛かるとフォローするのですが、源内は「返してどうすんだそんな金!」と無反省です。

すると、今度はレスラー体型をした船頭が乗り込んできました。なにせ演じるのが元プロレスラーのの佐々木健介さんですからね。これ、生きて帰れんのか?

なんでも源内が鉄を運ぶために、と大型船を作らせたそうで、怒り心頭の船頭は東作を捕まえ、源内が江戸で金策してくるまでの人質にすると言い出します。

源内、まるっきり悪徳テックエンジニアの親玉じゃねえか!

TwitterをXにして治安最悪にしたアイツのツラが思い浮かんだぞ!

本物の作品というのは時代を切り取ってしまうのかもしれません。

倫理を度外視、労働者を無視して理論先行させるエンジニア。

そのエンジニアが政治家に取り入って思うがままに世を動かすというのはどういうことか?

大河ドラマからアメリカ大統領選のことまで思い起こすことになるたぁ、思いもよらぬ事でしたぜ。すごいドラマだ。

さて、同行者が人質に取られてしまった源内にアテはあるのか?

ちなみに大河舞台地巡礼ですが、この秩父中津川の鉱山はご注意ください。近年でも毒ガスが出て深刻な事故が起きています。

 

蔦重、「欲」に目覚める

蔦重への文は鱗形屋からのものでした。

それにしても江戸中期で大物商人となれば、綺麗な文を書くモンですね。

恋文と誤解した次郎兵衛が「隅におけないねぇ、誰からだい?」とか能天気なことを言っておりますが、重大なオファーです。

なんでも蔦重を専属の「改」にしたいそうで。

それと引き換えに吉原で作った本を売り広めてやる。お互いのためにもそうしようと働きかけてきたとか。

次郎兵衛がすかさず「悪い話じゃねぇ」と意見を述べます。

それはわかっている。しかし不満な思いを消せない蔦重。どんだけ頑張っても、鱗形屋名義になることが納得できねぇようでして。

次郎兵衛は面白そうに「欲が出てきたな」と見抜きます。

「欲」とは?

骨折ったものをタダでやるのは合点がいかねぇ、それが欲だと見抜く次郎兵衛。

確かに名誉欲が出てきたと言えるのかもしれません。色欲と金銭欲が渦巻く吉原に生まれ育った蔦重が、名誉欲にとらわれた。なんとも業が深い話と言える。

ここまでの蔦重は、目の前で困っている女郎のために右往左往していました。

それが欲がムクリと湧いてきた。さぁ、どうなるのやら。

ハッとして、板元に拘ってんのは俺だけと気づく蔦重。自分が欲張りだってことを認めようとしています。

しかし、次郎兵衛は「それが悪いと言いたいわけじゃない」とのことで……まだ悶々と納得できない蔦重。

次郎兵衛が、鍵付きの銭入れを開けています。それを外から見つめている唐丸。

 

人は今も昔も、「欲」に絡め取られ生きる

この「欲」ってぇのが重要だと思います。

蔦重は初回から、ずっと女郎のために走り回っている。むしろ優しいんじゃないかというと、こういう趣旨のことを言われました。

「吉原のシステムを廃業しないで、そこから成り上がるのであれば私は認めない。

そんなものを大河で扱わないでください。

戦国武将が戦いながら平和を求めようとするとか、大河なんて嘘ばっかり」

いや、そういうのは、なろう系か転生ものじゃねぇと実現できねぇじゃねぇですか。大河への文句っていうより人類史そのもののクレームで、そんなもん言われたところで何をどうしろと。

吉原を廃業ねぇ……んなこと言われてもよ……。

これは歴史を見ていれば、無理だとわかるもんでして。

田沼意次のあと、松平定信(賢丸)の時代にはいくつかの遊里が廃止されます。

松平定信/wikipediaより引用

幕末の長岡藩家老・河井継之助も、人道的な配慮から自領の遊郭を廃止。

幕末水戸藩では、天狗党が遊郭に入り浸った結果、他の客が寄り付けなくなり結果的に廃業しました。

天狗党は幕府から討伐令が出されると、ヤケになって水戸近郊の遊郭まで破壊しながら遊んだため、これまた廃業に追い込んでおります。この水戸天狗党の話は悪い話かつ特殊例なので、忘れていいとは思いますが。

そして明治になってから「マリア・ルス号事件」を契機にして、「芸娼妓解放令」により遊里は閉鎖されたことになっている、と。

しかし、いったん女郎になったら、社会復帰は難しい。

世の中から偏見をなくし、代わりの職業を身につけさせ、雇用するようにしないとどうにもならないんです。

ちょうど先ほど、フランスのニュースが流れていきました。

売春規制をしたところ、抜け道をくぐる必要が生じてしまい、結果的にパリの従事者たちはブーローニュの森で危険に怯えながら、以前より安価な営業をしなければならなくなった。現代のフランスでも、性産業の撲滅は実に難しいことがわかります。

江戸中期に吉原を廃業しないとは何事か――そう大河にイライラするよりも、現実社会において考えることはあるんじゃないですかね。

そもそも蔦重も吉原の中では、自分の意思で選んだわけでもなく、児童労働からそのまま成長した一労働者に過ぎません。

吉原を変えたいというのであれば、それこそ松平定信のように老中にでもならなければ無理な話。

どうして一労働者に対してそこまで当たりが厳しいのか?

企業のハラスメントに苦しんでいる。あるいは苦しんできた人に対し、

「どうしてその会社を放置するの? 運動するなり、策を弄して潰さないのであれば、あなたは無力です!」

って言えますか?

とてもじゃねえが、私にはとてもとても、ンな冷てぇうえに諸葛亮ぶった助言をするこたァ、できかねますぜ。

話が脱線しましたけれども、蔦重のすることは吉原改革じゃない。

クリエイター業へ進みたい欲があるなら、そこをどうするか考えるってことだ。今は悪徳企業からクリエイターとして進むために動き始めたってタイミングだな。

そこへニヤニヤして懐手をしたあの向こう傷の浪人が近づいてきます。

素早く迎えようとする蔦重。唐丸が小声で「店に来ないと言ったはずだ」と困っています。人相の悪い男を蔦重は自分で迎えようとするも、唐丸が自らの手で強引に連れてゆきました。

男に金ができたか?と尋ねられ、鍵がないから無理だと返す唐丸。

すると、ここで平賀源内がフラフラになってやってきて、蔦重に助けを求めています。

どうやら腹を空かせているようで……次郎兵衛は「これが源内先生なのか!」と驚いています。

三人は半次郎の蕎麦屋へ。

男は唐丸に「今なら銭箱から盗める」とそそのかすのでした。

 

 

鉄から炭へ

半次郎蕎麦をうまそうにすする源内。いやぁ、本当に美味しそうですね。

ちなみに蕎麦価格は江戸の物価指標として重要です。

浮世絵一枚=蕎麦一杯で16文が基準。大判にしたり、ホログラムやエンボス加工をつけるとお高くなります。

浮世絵は刷りの効果も素晴らしいので、できれば現物をご覧いただくとよろしいかと思います。

蕎麦をすする源内は借金の金額を尋ねられ「千両くらい」と実にあっさり答えて、皆、驚いています。

どうやって返すのか?

半次郎が問いかけると、返せるわけねえ、返す義理もねえ、博打みてぇなもんだと笑い飛ばす源内。

この人、やはり悪人では……普通はそんなに借金して笑い飛ばせねえよ。

源内はニヤッと笑い、蔦重に助けを求めます。金がないと慌てると、どうやら計画があるようで、鉄ではなく炭を売り物にするんだってよ。

鉄の精錬には大量の炭を使う。もう炭焼きはできている。

だったらもう鉄でなく、炭を売ればいい――というわけでも炭を売るには“株”が必要だ。

そこで、蔦重に株を売りたい炭屋を探すよう頼むわけでして。

ちなみに以前作っていた炭は、公儀の依頼による試作品の余りを売っていた程度であり、今回はそれが大規模になるとのことです。

次郎兵衛は、この炭屋株のことを親父たちに聞いてみると言い出しました。話は一歩進んだのかな……。

この炭も、現代人からすればローテクノロジーのようで江戸からすればそうでもありません。産業革命は火力をどう生み出すか、ここが大事ですね。

もっと身近な存在である、料理にも火力は影響してきます。

例えば日本料理と中国料理を比較してみましょう。

中国料理といえば、揚げ物が特徴ですよね。

実は日中の料理の差は、調理手法についてはかつてはそこまで差がつきませんでした。

『光る君へ』ではまひろが宋人の羊肉をおそるおそる食べておりましたが、ああいう肉や香辛料といった食材の差だけで、調理法はそこまで差がついていません。

それが宋代も後半になると、炭で火力が高まり、かつ精油技術も高まり、現代の中国料理にかなり近づいてきます。

大量の油を使い、高い火力で仕上げる調理法が定着したんですね。

日本では高火力と油の普及が遅れて、それが料理にも反映されます。

江戸時代にようやく油が広まり、最新鋭のファストフードとして江戸に天ぷら屋台が出てきました。

座敷で食べないのは火災対策で、かなり時代が進まないと屋内では食べるようになりません。

そして天ぷらをカリッと揚げるため、炭は欲しい。鉄よりはるかにピンとくる商品ということですね。

さて、留守の唐丸は浮かない顔をしています。

平賀源内が来て、吉原の親父たちが騒いでいる。

「鯛の味噌吸に四方の赤、飲めや歌えやチンドンチンドン……」

鋭い唐丸は、蔦重の声が明るくなったことに気づいているようです。

一方の蔦重は、唐丸に落ちる影に気づいているのやら。

 

向こう傷の浪人、唐丸を脅す

さて、源内はちょうどいい炭屋を見つけまして。店も居抜きでそのまま使う。こりゃいい話だと炭屋はニコニコ。

300両という価格を出してきます。

しかし、源内は値切ってくる。借金持ちだし、出せるのは50だという。温厚そうに見えた主人もこれにはムッとして声を張り上げる。

「こっちだって借金持ちだ!」

借金勝負に走る二人。負けず嫌いの江戸っ子だねぇ。で、話はまとまるんですかい?

一方、駿河屋では、次郎兵衛が金の減りがおかしいと気づきました。重三が高い本でも買ったのか?と唐丸に尋ねると、次郎兵衛が使ったのではないかと誘導してきます。

そこにあの浪人がやってきて、唐丸に迫ります。

「博打ですっちまってさ、もっぺん頼むわ」

「無理だよ。知ってるでしょ。鍵かかってるの」

そう断られると、隣でいいからなんとかしろと語りかける浪人。

唐丸が、いい加減にしないとお奉行所に言い、死罪になると脅し返すと、浪人は笑い飛ばし、こうきた。

「言ってみろ。俺はお前があの日、何したか言うけどな。そうなりゃ、お前ももちろん死罪だし、お前を匿ってた廉(かど)で、蔦重や次郎兵衛も死罪、遠島、累が及ぶだろうなぁ。とっくに詰んでんだよ、お前は」

唐丸は何をしたのか?

火災現場で立ち尽くしていたこと。これほどの重罪ということ。

つまりは放火をしたということでしょう。

長谷川平蔵宣以の父・宣雄が「メイワク火事」の放火犯は捕えたはずですが、どうなのか。身に覚えはあるようですが、果たして。

 

我儘でいることが、自由ということだ

長引いた交渉の末、源内はどうにか炭屋を買えたようで。

蔦重は、道を歩きつつ「いつもこんなことをしているんで?」と尋ねます。

儲け話を考える。

人と金を集める。

いちいち大変じゃないのか?と不思議がっているのです。

「へへへ……仕方ないじゃない。俺には抱えてくれるお家も、お役目もないんだから。てめえで声張り上げて回らねえと何一つ始まらねえんだわ」

そう笑い飛ばす源内。

蔦重は不思議そうに、田沼様から山の仕事を任されているはずだと言うと、源内は説明します。

「俺のことはどこも召し抱えちゃなんねぇって、元仕えてたとこがくだんねぇお触れを出しやがったのよ」

「そんなお触れが」

「なんともケツの穴の小せぇ話よ。けど、そんな小せぇケツの穴に、俺の壮大な逸物は収まりっこねえわけでさ! とどのつまりはそういう話よ! ハハハハハハ!」

ったく、吉原どころか、それ以外にも子どもへの説明に困る大河ドラマだな!

さて、下ネタはさておき。

源内は「奉公構」(ほうこうかまい)という大変珍しく厳しい処置を受けております。

「奉公構」とは、武家に仕えながら役目を放棄させられ、かつ他家への再就職を禁じられる、あまりに重い罰則です。

ただし、源内は勤務態度が酷いので、これはある程度仕方ないかとも思えます。

現代ならば「出勤は嫌! リモートワークのみ!」と言い張るタイプですね。『光る君へ』のまひろも似たようなところがありました。

本作の後半に出てくるであろう曲亭馬琴も、主君への不満を歌に詠んで自主的に家を飛び出しておりますので、この手のタイプに該当しますね。

「まァ、けど、自由に生きるってのは、そういうもんでさ」

そうここで、下劣を極めたあとでよいことを言い出す源内先生。

「自由に生きる?」

「うん、世の中には、人を縛るいろんな理屈があるじゃねぇか。親とか生まれとか家、義理人情。けどそんなものは顧みずに自らの思いに由ってのみ、我が心のままに生きる。我儘に生きることを自由に生きるっつうのよ」

「我儘……」

「我儘を通してんだから、キツいのはしかたねえや」

蔦重はここで何かパアッと明るい顔になり、本屋の株を買う計画を持ちかけます。

突然のことに驚く源内。そういう話をできる人を教えてほしいというと、源内はすぐさま「書林」という店へ向かってゆきました。

 

「地本問屋」に株はなかった

そこにいたのは、見るからに温厚で生真面目そうな須原屋市兵衛でした。

演じるのは時代劇のレジェンド・里見浩太朗さん。

「お前さん、漢籍は読めんのかい?」

そう聞かれた蔦重は、即座に否定します。

ここはなかなか重要で、後年、曲亭馬琴は蔦重のことを「教養はない」と評しています。

まぁ、馬琴は「俺以外は全部バカ!」みたいな価値観の持ち主で周りを皆貶していますので、そこは多少差し引くとしましても、実際、そうなのでしょう。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)/国立国会図書館蔵

二人が話すその前に江戸の町人がいて、端正な佇まいで座り、漢籍を読み合っているようです。

これも重要です。

何度も指摘してきましたが、隣の清や朝鮮では科挙合格を目指して学ぶ。

一方で日本の人々は、楽しみのため、教養のため、自己表現のために学ぶ。

書林の常連客は真面目に学ぶ人々なのでしょう。

しかし蔦重が欲しいのは書物問屋ではなく、地本問屋の株でした。

すると須原屋は意外なことをいう。地本さんは株仲間に入ってねえんだと! 源内もこれに同意。

「仲間、仲間、言ってたんだけどなぁ」

不思議がる蔦重に対し、「書物問屋」は株仲間に入るけれど、「地本問屋」の場合、「仲間」は本来の素朴な意味、なかよしのお仲間という意味だと説明されます。

な、なんだとー!

あのむかつく優等生ヅラでニヤニヤしていた鶴屋。マシリトヅラの西村屋も、ただの内輪で回す話を振り翳して威張っていたってコト?

しかし蔦重はガッカリ……。これで株を買って、地本仲間に入ることはできないのだと悟ります。

じゃあ、どうすりゃ板元になれんだよ!

そう不貞腐る蔦重に対し、「勝手になっちまえ」といい加減なことを言う源内。

須原屋は「どこかの本屋に奉公にあがったらどうか?」と現実的なアドバイスをくれました。

なんでも彼の店も、暖簾分けしてもらったのだとか。

それだけ助言すると、寄り合いに出かけると去って行くのでした。

須原屋がすごく善人で人格者とわかる一方、地本の連中が悪どく思えてきますよね。

この「書物」と「地本」の区別は重要ですぜ。

いわば地本はサブカルなんですな。お上もそこは放置していてよさそうなもんで、田沼意次ならここから金をふんだくろうとでも考えることでしょう。

源内もそこを踏まえての「耕書堂」ともいえる。

でも、存在そのものが気に入らねぇ人が出たらどうなるか?って話なんですよ。

 

田沼意次から金策する平賀源内

そのころ源内は、田沼意次に500両を都合するよう依頼しています。

株と店、炭の積み出しにそれくらいかかるそうで。

意次が「やめたいと言っている者を説き伏せられるのか?」と確認すると、源内は即答。

「それは必ず! 何としても説き伏せてみせます」

本当に?

そう突っ込みたくはなりますが……。

「千賀道有を通して、金は流しておこう」

そうぼそりと呟く意次。

この千賀道有も田沼人脈の一人です。幕閣からすれば新参者である田沼意次は、個人的な引き立てやら姻戚関係を活用し、金を流すルートを築きました。

必要悪といえばそうかもしれませんが、このへんが「悪徳政治家」とされる一因のようではあります。

「ありがとうございます! まことに、神様、仏様、田沼様!」

源内がこう頭を下げるわけですが、悪どさは匂い立つようではありますわな。

意次はそれを軽く受け流し、礼を言うのはこっちだとしながら、障子を開けて庭に面した縁側へ向かいます。

それにしても、意次のいる場所はインテリアに金や絵があしらわれ、なんとも美しいものですな。

山を開く。

水路が開かれる。

商いが盛んになる。

川沿いには宿場ができ、会所が開かれ、民は潤う。

その結果として、運上冥加が入ってくる。

ここまで語ると、さしもの意次も少しテンションがあがってきました。

本来お上が旗を振ってもよいくらいだと、苦い口調で付け加える意次。

それを妨害している「お前は商人か」などとほざく由緒正しき方々がおらなんだらな……と憎らしげに付け加えます。

公文書偽造までして田安賢丸を将軍の座から遠ざけた動機も見えてきましたね。

あれが将軍になったら緊縮財政待ったなしで、田沼政治が終わる――彼からすれば禍根を残すことは明白でしょう。

 

国を開けば、おのずから世は変わる

「いっそもう、四方八方、国を開いちまいたいですね!」

そう軽く言ってのける源内。

「国を開く?」

意次が源内の方を振り向きます。

そうすりゃあいろいろ片付く。

日本中津々浦々の港を開いて、誰でもどこでも外国と取引できるようになりゃ、皆異人と接する。あいつら相手にすりゃあいろんなことがはっきりわかる。

意次は「いろんなこと?」と促します。

たとえばものの値打ちだと源内。

異人相手に米俵抱えてそれを売ってくれと言ったところでどうにもならない。

それを「由緒正しき方々」がやってみりゃいい。葡萄の酒一本売ってくれねえと。やつらが取引してくれるのは「金・銀・銅」だ、と。

人の値打ちだってそう。先祖が偉いとまくしたてたって通じない。通じたところで「はぁそれで?」で終わっちまう。

「やつらが相手にしてくれる、そんな値打ちがあるのは話ができるやつです。由緒ってのは屁みたいなやつだとわかりますね。一方で何もねえやつらにとっては、こりゃ待ってましたの檜舞台ってわけでね。異人相手に商売やってりゃいいってなりゃあ、いろんなやつらが出てきましょうなぁ」

そう源内は思いをぶちまけつつ、いろんなやつが出てくるといいます。はて、なんでしょう?

たとえば「幇間」――幇間というのは、蔦重もそう言われてもおかしくない。「太鼓持ち」ともいう役割です。英語だと「プリーザー」ですね。パーティで盛り上げるタイプです。いわばプロのパリピですね。

源内はここで言葉を覚えて「通詞」になる奴が出てくると言います。

異人は牛や豚の肉を食べる。その提供店が出れば大儲けできる。

そう二人は笑い合います。

造船業。異国語の塾を開くやつ。上から下まで知恵を絞って、これでもか、これでもかと値打ちのあるものを考える、作り出す。

「国を開けば、おのずから世は変わる」

そう確信を込めて言う意次。立ち上がり、こう続けます。

「俺たちがやろうとしていることなど、ほっといても変わる世の中になる!」

「然様でございます! 国を開きゃあ占め子の兎! 全てがひっくり返ります!」

笑い合いつつも、ため息をつく二人。悲しげな表情になり「そういうわけにもいかぬ……」と意次が背を向ける。

国するとなれば、あっという間に属国とされて終わる……と源内も沈んでしまいます。

「この国には戦を覚えている者はいない」

そう締めくくる意次でした。

 

国を開いたから世は変わったのか? 開く前から変わっていたのか?

ここの場面は非常に重要だと思えます。

明治維新は薩長、西国の雄藩が主導してできたとされる。江戸の幕閣なんて古臭い連中だとされます。

しかし、そう単純なことではない。

源内が挙げたような“逞しく動きの素早い商人”たちは実在します。

幕臣の小栗忠順は、急速に近代化を進めていました。

造船。製鉄。フランス式兵学校。ホテル。豚の飼育および食肉化。

凄いのはアイデアを出した小栗一人ではありません。

「築地にホテルを作るぞ」

そう号令をかけられ、せっせと洋式ホテルを作るために従事した建築業者は、どれほどフットワークが軽かったか。

幕末には、海外から持ち込まれた冷蔵庫までありました。

横浜の居留地で「日本産の氷があればいいのに」と言われ、ビジネスチャンスに開眼した中川嘉兵衛という商人がいます。彼は日本中を周り、ついには函館五稜郭まで出向きます。そうして氷ビジネスを軌道に乗せたのです。

五稜郭氷
『ゴールデンカムイ』最重要拠点の五稜郭には金塊より儲かる“函館氷”があった

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こうした業績が私たちに伝えられているのも、記録が残されたからこそ。

蔦重の関わる出版業も、幕末には当時の先進性があらわれています。

江戸では規制もなんのその。蔦重の死後、むしろギリギリの政治批判ものが出回るようになります。

フランス革命は幕府からすれば、「農民一揆が公方様と御台を斬首した危険すぎる事件」となり、なるべく広めたくない。

それにもかかわらずナポレオン伝出版ブームが起き、町人も手に取る挿絵入り伝記まで出回っています。

明治維新前夜にも、当時の政治情勢を批判した瓦版や錦絵が大量に出回っています。

板元印や絵師の名前は伏せ、リスクを冒してまで彼らは世の動静を見守ったのです。

しかし、こうした絵や瓦版が、現在、我々の目に入る機会は少ない。それはなぜか?

薩長を「野暮で無粋な田舎モン」とさんざんコケにしているだけでなく、明治天皇を薩長に操られる赤ん坊として風刺画にまで描いているものがあります。

不都合な史実といえばそうですし、読み解きが難解かつ作者不明、芸術性が高いわけでもないためか、どうしても見る機会は限られているのです。

知名度が高いこの手の連作としては、月岡芳年『魁題百撰相』があります。

月岡芳年『秀頼公北之方(千姫)』/wikipediaより引用

鎌倉時代や戦国乱世に擬した、当時の人物を描いているのです。たとえば千姫を描いた絵は、当時の人からすれば「ああ、これは天璋院か、和宮か」と連想できるわけです。

最近はこうした幕末浮世絵も、展覧会で目にする機会が増えています。『魁題百撰相』は3月20日から町田市立国際版画美術館で「日本の版画1200年―受けとめ、交わり、生まれ出る」で展示予定です。

今年は浮世絵の展示も増えておりますので、ご興味があれば是非ともご覧ください。

つまり、近代化の萌芽は江戸時代にはある。この二人の対話はまさにそのことを示しているといえます。

日本の近代化は素早いとされるのはなぜか?

開国前に近代化への地ならしが進んでいたからではないだろうか?

これが、田沼意次を考える上で重要でしょう。彼が果たした近代化への地ならしは、実に興味深いところなのです。

江戸中期を大河にする意義がギッチリと詰まった秀逸なこの場面。

同時に暗部もあります。

意次の語る整備される宿場には「飯盛女」と呼ばれる性産業従事者がいました。

1話の時点で、意次はこうした従事者を放置することを是としていることが、蔦重との対話で明かされていたものです。

国を開くとなると、幇間だけでなく、外国人相手の性産業従事者もあらわれます。

唐人お吉や蝶々さんの悲劇はあくまで美化されたもの。幕末当時の日本人女性は、外国人の妾になることを特に恥とは思っていなかったようです。

お吉を拒んだハリスのようなお堅い外国人はさておき、羽目を外して複数の愛人を持ったヒュースケンや、僧侶でありながら遊郭に入り浸ったメルメ・カションもいました。

ヒュースケン襲撃の想像図(あくまで想像図です)/wikipediaより引用

なお、ここでは軍事力不足ゆえ日本が西洋列強の属国となるシナリオを危惧していることが伺えます。

果たしてこれは正解と言えるのかどうか?

江戸幕府が海禁政策、いわゆる鎖国を行ったのは確かに防衛の意図がありました。しかしそれは海外からの脅威というより、国内の脅威です。

戦国時代、各地の大名は自領で金銀を採掘し、それを用いて明経由で貿易を行い、武器を手にしていました。

そんなことを自由にされると非常に危険であるため、幕府は鉱山も管理下に置くようにしています。

ゆえに水軍力についても大型船建造に制限を設け、諸藩の動きを封じるようにしました。

幕末においてもこの政策は功を奏し、戊辰戦争での幕府海軍の戦績はほぼ不敗といえます。あまりに強過ぎて箱館戦争まで粘られ、海外から軍艦を譲ってもらい、やっとトドメを刺せたのです。

ちなみに幕府が国内反乱防止のために、海禁を行なっていたのは結果的に正解といえるでしょう。

薩摩藩は琉球経由の密貿易を収入源とする。そして幕末には、薩英戦争を契機にイギリスから武器を買い付け、これが戊辰戦争につながってゆきます。

日本の場合、戦国乱世に戻さぬようにした政策の数々が、発展を妨げてきたことは確かです。

しかし西洋列強の脅威は、ナポレオン戦争に絡んだフェートン号事件で顕在化し、阿片戦争での清の敗北がターニングポイントとなります。

ここでの意次と源内は、海外の脅威を曖昧模糊なものとしてしか認識できていなくてもおかしくはない。そのぼんやりとした危機感を抱く意次に、赤蝦夷ーーすなわちロシアというヒグマの像を示すことになるのが、工藤平助となります。

江戸幕府が対外戦争に巻き込まれることを危惧した契機は、日本乞師があります。

徳川家光時代、漢族の王朝である明が滅亡し、その残存勢力が満洲族の清に対し抵抗しました。この復明のための援軍派遣を求められ、幕府は断りました。

この日本乞師は今の情勢にも一致するといえる。明の残存勢力は台湾に拠点を持っていたのです。

そんな中国と台湾の戦いに駆り出されるなんて断る――日本はそう判断したのでした。ただし、その代わりに明からの亡命者は受け入れております。

海禁政策を行う清や朝鮮と軍事衝突することは考えにくいので、これも「属国」というのはどうなのでしょうか。

清相手に朝貢貿易をすることを「属国」とみなすことはあり得るとは思います。

歴史から学ぶ。大河で勉強する。そういうことを言い出すとなれば、実は対外関係が重要です。

たとえばの話、隣国と国土について話すとなれば、近代史知識は必須となります。

『SHOGUN』ブームもありますし、戦国時代の武士について意見を言えるとなれば、おしゃべりの種にはなるでしょう。

しかし、シリアスな話となれば江戸時代中期以降、歴史総合が扱うあたりが欠かせません。

その点、今年の大河ドラマは本当にためになる、ありがてぇモンなんですよ。

 

蔦重、決意を固め、唐丸に語る

蔦屋の店先に腰掛け、次郎兵衛はポッピンを吹いています。

現代人にとっては見慣れぬもので、それこそ喜多川歌麿の代表作『ポッピンを吹く女』くらいしか馴染みがないのではないでしょうか。

現物をこうして見られるなんて感無量です。

ポッピンを吹く女/wikipediaより引用

そこへ蔦重が戻ると「働きすぎておかしくなっちまいそうだよ」と言いつつ、店番を交代し去ってゆこうとします。

猫背になって、ポッピンをぺこぺこ吹きながら歩いていく姿が、まさにバカボンでいいですねぇ。

馬鹿野郎が、どこが働いてんだ、テメェ!

そう苛立った方もいるかもしれませんが、こんなもんでいいんじゃねえですか。現代人が働きすぎなんですよ。

なお、去り際に次郎兵衛が「銭箱の金が減っている、高い本でも買ったのか」と蔦重に聞きました。

「義兄さんがなんか高いモンでも買ったんじゃねえですか」

えっ、俺なのか?と言いくるめられる次郎兵衛が呑気だねぇ。

唐丸が身をこわばらせています。

拍子木が鳴り、吉原の扉も閉められます。

布団に入った蔦重は、鱗形屋の「改」になる話を引き受けることにしたと唐丸に決意を語ります。

暖簾分け狙いだ、鱗の旦那に認めてもらうと希望を語る蔦重。源内先生ほど我儘を通して生きる気概はないから、気が長い話になるな。

「おいらもそれがいいと思う」

そう澄み切った目で言われ、蔦重は思い出します。

「あっ、お前のことは約束通り当代一の絵師にすっからな!」

そう頭を撫でる蔦重。もう戦略は考え始めているんだとか。

まず唐丸の錦絵を鱗形屋から出す。最初は亡き春信の再来路線で花魁を描き、次は同じ花魁を湖龍斎風で……次は重政と、そっくりな画風を続けてゆく。

そうしていれば謎の絵師として話題になる。

そこでドーン!

こんなガキなのに、天下一の才だ!と、どんどん人気になり、あれよあれよという間に当代一の絵師になるって寸法だぁ。

そんなうまくいくわけないと返す唐丸も、嬉しそうにしています。

蔦重が、どうせなら目一杯楽しい話の方がいい!と返すと、唐丸も相槌を打つのですが……。

「お前、何か隠してねえか?」

蔦重の問いかけに対し、暗い顔になる唐丸。

「困っていることがあんなら言え。悪いようにはしねえし、力んなる。何せお前は俺の大事な相方だ!」

「ないよ、悩み事なんて」

「じゃあなんでそんな顔してんだよ」

「蔦重がおかしなこと言うからだよ」

「そうか。じゃあ寝るか、ふふっ」

「うん」

蔦重も、唐丸も、お互いの声音や顔色の変化を見て悟り、すぐに気づきます。

これぞソウルメイトってやつだな。こうして二人は眠りに落ち……と思いきや、唐丸は眠れないようです。

 

どこへ行った、唐丸!

翌朝、蔦重が目を覚ますと、隣に唐丸はいませんでした。

銭箱の引き出しも抜けている。

慌てて「眠たいよう」とぼやく次郎兵衛を連れてきて、寝ててもいいからと留守番を任せ、江戸の街を駆けてゆく蔦重。

主演が若いからか、身体能力が高いからか、なんか蔦重、毎週全力疾走してねえか? こんなに走る大河主人公はいねえよ。

そのころ、唐丸はあの浪人に銭箱を渡していました。

これでもうあの店に戻れないとキッパリ言い切る唐丸。だからもうあの店には構わないで欲しいと言います。

こうして身を遠ざけることで、蔦屋の連中を守っていると。偉いじゃねえか。

「じゃあ、今度はどこに倒れて拾われるかだ。いい手口考えたもんだよなぁ。何も覚えてねえってよ」

浪人はそう言うと、馴れ馴れしく肩を抱いてきます。

唐丸がキッと相手を睨みます。

「おしまいだよ、こんなの」

そう走ると、抱きつきながら浪人を突き飛ばし、川に二人で落ちるのでした。

蔦重が、道ゆく人に「縞模様の格好をしたガキを見かけませんでしたか?」と尋ねるも、唐丸は一向に見つかりません。

とぼとぼと吉原に戻ると、奉行所から同心がきていました。

なんでも土左衛門、つまりは水死体があがったんだとか。

顔に向こう傷があり、盗人の一味ではないかとされていた男で、その土左衛門の胸元から「つたや」と書かれた貸本が出てきたと言います。だからここまで来たんですかい。

蔦重はそいつと思われる客が一度冷やかしに来た、その時に持ち帰ったのではないかと言います。

「まことにそれだけか?」

疑う同心に対し、駿河屋市兵衛がこう返します。

「八丁堀の旦那。吉原は、お上に咎人を突き出す役目も負ってます。そんな輩と関わりがあるとなったら、私がこいつらを突き出しますんで、どうかお任せいただけませんでしょうか」

「庇い立てなどすれば、どうなるかわかっておろうな」

そう立ち上がりつつ言うと「もちろんにございます」と駿河屋は返します。

同心が去っていくと、駿河屋は舌打ちしつつ、向こう傷と揉めて川に共に落ちた子がいるという話も出ていることを告げます。

駿河屋はたかが痩せ浪人一人、大して調べもしねえだろうと楽観視しつつも、唐丸が絡んでたとすれば面倒くせえことになりかねないと警戒し、これ以上騒がないようにと釘を刺します。

これには吉原ならではの事情もありまして。

女郎逃亡防止のために警備が厳重な吉原に、犯罪者が入り込んだら面倒なことになります。

そもそもが公方様の権威あっての吉原であり、そこは厳重に警戒しなければならない。それが同心が取調べに来たとなったら、その時点でもう大迷惑でして。

しかし、人の口に戸は立てられぬもの。稲荷ナビがそう言います。

吉原では唐丸の悪い噂があっという間に広まり、悪党の手下としてすっかり広まってゆきました。

人間の認識は、記憶を改竄します。愛くるしい少年は消え去り、小賢しい小僧に書き換えられてゆきます。

 

唐丸との約束を、九郎助稲荷に祈る

九郎助稲荷で、蔦重はあの錦絵を眺めています。

と、そこへ花の井がやってきました。

唐丸が錦絵を描いた。絵がうまかった。それしか知らないと悔やむ蔦重。

どこの誰か。火事の時、なんであんなとこにぼうっと立ってたのか。

薄々気づいてはいた。覚えていないのは嘘で、何か隠しているんじゃないか、と。

それでも無理矢理聞くのは野暮だと思ってしまった。聞きゃよかった。無理やりでも言わせていればよかった。こうならなかった。そうため息をつく蔦重。

蔦重は、もう唐丸がこの世にいねぇかもしんねぇと、涙ぐんでいます。広い吉原であの少年のことを心配するのはもう彼だけなのか。

花の井が「親元に帰ったと思っている」と語り始めました。

「まことのことがわからないなら、できるだけ楽しいことを考える。それがわっちらの流儀だろ?」

「ああ……そうだな。うん」

ここでようやく、少しばかり笑う蔦重。

花の井が思うには、唐丸は大店の跡取り息子だった。後添え(後妻)の企みで追い出されたいたけれど、その後添えがぽっくり急死して、家に戻るよう言われた。

そうして戻ったところ、家業には身を入れず、絵ばかり描いているのだと。

唐丸はそんな奴じゃないと否定する蔦重。

「あいつはきちんと家業を継ぐ。義兄さんじゃねえんだから」

引き合いに出される次郎兵衛よ……。

花の井は蔦重が絵を描いて欲しいからそう言ったのだと返します。

蔦重が思うに、家業は継ぐものの、絵の思いだけは消えず、いつかふらっとここに戻ってくるのだそうです。

「蔦重、おいらにも描かせておくれ」

って、絵師に入門するのではなく、自分のもとに戻ってくるというところが、彼の希望なのでしょう。

「で、俺はあいつを謎の絵師として売り出す」

「謎の絵師?」

「ああ」

ここで、唐丸に語っていた計画を繰り返す蔦重。

笑っても涙がこみあげ、思わず上を向いてから、稲荷に手を合わせます。

「どうか、俺にあいつとの約束を守らせてくれ。頼んだぜ」

そう稲荷に語りかける蔦重。花の井にやっと笑顔を見せるのでした。

素晴らしい笑顔ですけれども、花の井の胸中はいかに……。

源内に蔦重に惚れているのかと聞かれた彼女は、みんなに優しく、誰か一人のものにはならないと返したものです。

しかし、この蔦重は、稲荷に頼み込んでまで唐丸一人に入れ込んでいる。

満開の桜のような花魁でなく、あんな小僧が心を掴むなんて。

いや、唐丸が愛おしいというよりも、それをプロデュースすることそのものが愛おしいのかもしれません。これも欲ですかね。

 

それぞれの再始動、そして蹉跌の予感

そのころ源内は、秩父中津川で鉄から炭への変換を語っていました。

炭はガンガン売れる!

そんなセールストークと、持参した小判の色に説得されたのか、人質は解放され、無事にビジネス再開へ。

地元ゆかりの平賀源内が出るということで、香川県からも熱い視線を注がれているという今年の大河ドラマ。

しかし、なかなか説明が難しいんじゃねえかと思えてきましたよ。

いいことは言うけど、胡散臭いんだよなァ。

ま、それを言うなら田沼意次は公文書を偽造するし。松平定信も、ゆかりの地としてアピールしている白河行きを嫌がっておりますし。長所短所それぞれあって、そうなんだけど。

そして蔦重は、鱗形屋で「改」を引き受けると爽やかに告げています。丸抱え計画に乗っちまったねぇ。

「俺はお前さんの才を高く買っている。お互いうまくやっていこうぜ」

「へえ、よろしくお願えいたしやす!」

そう和犬が尻尾を振るように頭を下げる蔦重。

公園でフリスビーをくわえてきた愛犬を見るような目つきの鱗形屋。

さあ、どうなりますかねえ。

蔦重が再び前に進み始めたそのころ――と、稲荷ナビが告げます。

尾張・熱田で、一人の男が一冊の古本を手にしておりました。

目を落とし、顔色を変え、『早引節用集』というその本を手にして震えております。なんだか嫌な予感がするぜ。

ここでさあ、来週だ!

 

MVP:平賀源内と唐丸

このセットです。

蔦重の背中を押したのは、この二人といえます。

源内の「耕書堂」は、何を見ても金儲けにつながる癖が出ただけかもしれません。

しかし、結果的にこれが蔦重の欲望スイッチを入れてしまいました。

そして唐丸。

もしかすると、彼は吉原と蔦重を繋ぐ綱であったのかもしれません。

駿河屋の市右衛門も、次郎兵衛も、蔦重に愛着はあります。

しかし、蔦重はそうでもないかもしれない。

市右衛門への愛着は、あの前回の錦絵の一件で途切れたように思えます。気持ちが完全に冷めてはいない。でも、どこか隙間が空いてしまったと。

それでも相方の唐丸がいればなんとかなったのに、それがこうして切れてしまった。

後腐れなく鱗形屋に向かえます。

板元となることで、なんとしても彼を迎えて絵師にする目標が成立するわけです。

この吉原と蔦重の縁に、花の井は含まれません。

売り物である女郎と、働く若いものの恋は御法度。はなから入らないのです。

それでも花の井は特別な思いがある。

彼女は誰か一人に蔦重の気持ちは向かないとわかっていた。それが唐丸相手には向かっていく。

人間関係の愛憎がこんなにも複雑で、それがよじれ途切れることが、プロットに絡み合う。

まさに「蔦に唐丸因果の蔓」ですぜ。お見事です。

そしてしつこいようですが、唐丸の今後。

「謎の絵師」から写楽説が強化されました。

しかし、やっぱりここはひとつ、歌麿に賭けます!

論拠でも。

◆歌麿説への論拠

・歌麿は他に名前が上がっている絵師よりも、美人画を描いた作品が多い

・歌麿の遊女を描いた作品は、哀愁を感じさせるものがあり、遊郭の裏も表も知り抜いた観察眼を感じる

・蔦屋の名前を一気に高めたのが、歌麿のプロデュース

◆写楽への反論

・絵師の経歴は、武士の出、弟子が記録を残すといった条件が揃わないと残らない。写楽だけでなく、実は大半の絵師が「謎の経歴」である。ゆえに「謎の絵師」は別に写楽だけのことでもない

・写楽は役者絵中心であり、女性美を描く作風とは異なる

・写楽はプロデュース失敗枠。今でいうところの消えた一発屋。唐丸の正体が写楽だとあまりに憂鬱な展開なので、見たくねぇんだよな……

・写楽は蔦重最晩年なので、再登場まで間が空きすぎるのでは?

こんなところで、歌麿に賭けやすぜ!

ま、誰であれ、こんなに気になる伏線を張る本作は、てぇしたもんよ。

 

総評

すげぇ。このドラマは、蔦重がプロデューサーとして生まれていく過程だけでなく、近世から近代が生まれる過程まで扱ってる。これぞ歴史総合だよ!

平賀源内は、まさしく早く生まれすぎてきた近代人そのもの。

自意識と美学があり、忠義だのなんだの、伝統的な価値観にとらわれていません。そういう意味ではある意味彼も「忘八」かもしれません。

源内の言葉は私たちを納得させ、背中を押すようで、実は傲慢で現代に通じる嫌な課題もつきつけてきます。

金儲けにスイッチを完全に切った源内は、労働者の権利をどうでもいいと思っている。

私はここで何度も鉱山労働者の権利も酷いと指摘してきましたが、源内は現場で見てもあのヘラヘラ対応だから、本当に酷いものだと思います。

中世の人類は残虐極まりなく、利己的で、どこか鈍いものでした。

それではいかんと目覚めた人々が、宗教なり、法律なり、道徳で正そうとします。

近年大河ドラマでいえば、仏教の施餓鬼を実現して民衆救済を行なった『鎌倉殿の13人』の北条政子は宗教を用いた。

『鎌倉殿の13人』の北条泰時は【御成敗式目】という法で、人々の残虐性を抑え込んだ。

『麒麟がくる』の明智光秀は朱子学に乱世を鎮めることを期待し、徳川家康がそれを引き継いでおりました。

そういう宗教、法律、道徳が浸透した近世が江戸中期です。

しかし、こうしたものだけでは制御できない「我儘」――「自由」を求める近代へ向かいます。このドラマ序盤が描く時代は、自由・平等・友愛を掲げ、人権宣言を制定するフランス革命が起きた18世紀後半なのです。

近代へ向かうとはどういうことか?

そのマイナス面も本作では見えてくる。

近代は都市が形成され、経済が活性化する。

その中で利益を追い求めるあまり、人権を二の次にするという傾向も出てきます。

源内はああも雄弁で、旧来の慣習にとらわれない自由を求めている。

そのくせ、労働や利潤に労働者を縛りつけ、搾取は別に悪と看做さない――繰り返しますが、私はこの平賀源内と、アメリカのテック企業の経営者が重なって見えましたよ。

自由に表現させろ!

そう言いつつ、差別的な投稿は規制しない。むしろPVが伸びるなら歓迎する。そういう姿勢ですね。

私たちが使っている便利なテック企業のシステムの裏には、労働者搾取があると指摘されるところではあります。

世界観や権利の保障、差別の構造も広げてきました。これぞ次への妙手でしょう。

今年の大河は批判が大きい一因として、公式SNSもあると思います。

私個人としては公式SNSに全く不満はありません。むしろ丁寧で秀逸でミスもありません。

しかし、これがうまくいきすぎている。

ダイジェスト動画だけを見て、本編を見ずに批判する層が一定数出てくるんですね。

平賀源内の『吉原細見』紹介動画を「ルッキズム」と批判する意見は、こうした過程で出てくると思います。

公式だけでなく、出演者のSNSも一因です。

私は決して規制しろとは思いません。たとえば1話で女郎の死体役だった方のSNS投稿を取り上げ、さらにそれを別のSNSで切り取り、そこを論拠に批判する意見もありました。

NHK側もこれを問題視したのか、丁寧な説明記事をあげております。

そしてこれを指摘すると、私が高確率で「忘八」扱いされそうですが、書いてしまいます。

世の中には、女性の被差別事例しか取り上げないで透明化してしまう人がいます。

『べらぼう』では最初から蔦重が暴力含め酷い扱いを受けています。

唐丸もずっと児童労働をさせられてきました。

繰り返しますが、田沼政治という石をひっくり返せば、鉱夫はじめ犠牲者がワンサカと出てくることでしょう。

しかし、女性差別しか見えないフィルターがかかっていると、彼らの苦労が見えにくい。

吉原女郎のキラキラだけを扱っている、40分間ずっと吉原女郎の苦しむ姿だけをやっていろと言いたげな、極端な意見が出てきてしまうのです。

これは私も経験があります。

女性差別の酷さに覚醒したという人に、別の差別の話題を振ると「ハァ? 今は女性差別の話しているのに逸らさないでくれる?」と怒られたりします。

女性差別に敏感で、フェミニストとしてSNSで尊敬を集めている人が、他の差別についてはこそっと開陳していたりするのは、本当に洒落になってねぇと思ってしまいます。

これはフェミニズムの歴史にせよそうです。

例えばアメリカで黒人フェミニストが「性差別だけでなく人種差別もある」と主張したとする。

すると白人フェミニストから「今は女性差別の話をしているの」と肩をすくめられ、そのせいで揉めるような話がずっとあった。

そうした失敗を踏まえて、より間口を広く、差別そのものを考えていく流れができたはずなのです。

しかし、フェミニズムに覚醒して、仲間内で盛り上がることばかりを重視し、過去の失敗例だのなんだの学んでないと往々にして、あやまちは繰り返されるんですよね。

この構造を踏まえたドラマとしては2024年前半期朝ドラ『虎に翼』があります。

あれは性差別だけでなく、民族、性的少数者、貧困層など、幅広い差別を包括していました。

本作もその流れを汲んでいるようです。鉱夫を燃やし、怒らせ、それに冷淡な源内を描くことで、労働者差別まで広げてきた。

唐丸もあまりに酷い扱いとすることで、そもそもが児童労働は十分悪どい、子どもの弱みにつけこむ大人は許されざる悪として描きました。

このまま世界を広げ、人類の権利や近代へ向かう中での課題を描く――そういう境地に到達して欲しいもんですよ。

近代へ向かう世の中の明暗、その芽生えまで本作は踏み込んできている。すげえ力作ですよ!

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅


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【参考】
べらぼう/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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