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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第5回蔦に唐丸因果の蔓】
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唐丸との約束を、九郎助稲荷に祈る
九郎助稲荷で、蔦重はあの錦絵を眺めています。
と、そこへ花の井がやってきました。
唐丸が錦絵を描いた。絵がうまかった。それしか知らないと悔やむ蔦重。
どこの誰か。火事の時、なんであんなとこにぼうっと立ってたのか。
薄々気づいてはいた。覚えていないのは嘘で、何か隠しているんじゃないか、と。
それでも無理矢理聞くのは野暮だと思ってしまった。聞きゃよかった。無理やりでも言わせていればよかった。こうならなかった。そうため息をつく蔦重。
蔦重は、もう唐丸がこの世にいねぇかもしんねぇと、涙ぐんでいます。広い吉原であの少年のことを心配するのはもう彼だけなのか。
花の井が「親元に帰ったと思っている」と語り始めました。
「まことのことがわからないなら、できるだけ楽しいことを考える。それがわっちらの流儀だろ?」
「ああ……そうだな。うん」
ここでようやく、少しばかり笑う蔦重。
花の井が思うには、唐丸は大店の跡取り息子だった。後添え(後妻)の企みで追い出されたいたけれど、その後添えがぽっくり急死して、家に戻るよう言われた。
そうして戻ったところ、家業には身を入れず、絵ばかり描いているのだと。
唐丸はそんな奴じゃないと否定する蔦重。
「あいつはきちんと家業を継ぐ。義兄さんじゃねえんだから」
引き合いに出される次郎兵衛よ……。
花の井は蔦重が絵を描いて欲しいからそう言ったのだと返します。
蔦重が思うに、家業は継ぐものの、絵の思いだけは消えず、いつかふらっとここに戻ってくるのだそうです。
「蔦重、おいらにも描かせておくれ」
って、絵師に入門するのではなく、自分のもとに戻ってくるというところが、彼の希望なのでしょう。
「で、俺はあいつを謎の絵師として売り出す」
「謎の絵師?」
「ああ」
ここで、唐丸に語っていた計画を繰り返す蔦重。
笑っても涙がこみあげ、思わず上を向いてから、稲荷に手を合わせます。
「どうか、俺にあいつとの約束を守らせてくれ。頼んだぜ」
そう稲荷に語りかける蔦重。花の井にやっと笑顔を見せるのでした。
素晴らしい笑顔ですけれども、花の井の胸中はいかに……。
源内に蔦重に惚れているのかと聞かれた彼女は、みんなに優しく、誰か一人のものにはならないと返したものです。
しかし、この蔦重は、稲荷に頼み込んでまで唐丸一人に入れ込んでいる。
満開の桜のような花魁でなく、あんな小僧が心を掴むなんて。
いや、唐丸が愛おしいというよりも、それをプロデュースすることそのものが愛おしいのかもしれません。これも欲ですかね。
それぞれの再始動、そして蹉跌の予感
そのころ源内は、秩父中津川で鉄から炭への変換を語っていました。
炭はガンガン売れる!
そんなセールストークと、持参した小判の色に説得されたのか、人質は解放され、無事にビジネス再開へ。
地元ゆかりの平賀源内が出るということで、香川県からも熱い視線を注がれているという今年の大河ドラマ。
しかし、なかなか説明が難しいんじゃねえかと思えてきましたよ。
いいことは言うけど、胡散臭いんだよなァ。
ま、それを言うなら田沼意次は公文書を偽造するし。松平定信も、ゆかりの地としてアピールしている白河行きを嫌がっておりますし。長所短所それぞれあって、そうなんだけど。
そして蔦重は、鱗形屋で「改」を引き受けると爽やかに告げています。丸抱え計画に乗っちまったねぇ。
「俺はお前さんの才を高く買っている。お互いうまくやっていこうぜ」
「へえ、よろしくお願えいたしやす!」
そう和犬が尻尾を振るように頭を下げる蔦重。
公園でフリスビーをくわえてきた愛犬を見るような目つきの鱗形屋。
さあ、どうなりますかねえ。
蔦重が再び前に進み始めたそのころ――と、稲荷ナビが告げます。
尾張・熱田で、一人の男が一冊の古本を手にしておりました。
目を落とし、顔色を変え、『早引節用集』というその本を手にして震えております。なんだか嫌な予感がするぜ。
ここでさあ、来週だ!
MVP:平賀源内と唐丸
このセットです。
蔦重の背中を押したのは、この二人といえます。
源内の「耕書堂」は、何を見ても金儲けにつながる癖が出ただけかもしれません。
しかし、結果的にこれが蔦重の欲望スイッチを入れてしまいました。
そして唐丸。
もしかすると、彼は吉原と蔦重を繋ぐ綱であったのかもしれません。
駿河屋の市右衛門も、次郎兵衛も、蔦重に愛着はあります。
しかし、蔦重はそうでもないかもしれない。
市兵衛への愛着は、あの前回の錦絵の一件で途切れたように思えます。気持ちが完全に冷めてはいない。でも、どこか隙間が空いてしまったと。
それでも相方の唐丸がいればなんとかなったのに、それがこうして切れてしまった。
後腐れなく鱗形屋に向かえます。
板元となることで、なんとしても彼を迎えて絵師にする目標が成立するわけです。
この吉原と蔦重の縁に、花の井は含まれません。
売り物である女郎と、働く若いものの恋は御法度。はなから入らないのです。
それでも花の井は特別な思いがある。
彼女は誰か一人に蔦重の気持ちは向かないとわかっていた。それが唐丸相手には向かっていく。
人間関係の愛憎がこんなにも複雑で、それがよじれ途切れることが、プロットに絡み合う。
まさに「蔦に唐丸因果の蔓」ですぜ。お見事です。
そしてしつこいようですが、唐丸の今後。
「謎の絵師」から写楽説が強化されました。
しかし、やっぱりここはひとつ、歌麿に賭けます!
論拠でも。
◆歌麿説への論拠
・歌麿は他に名前が上がっている絵師よりも、美人画を描いた作品が多い
・歌麿の遊女を描いた作品は、哀愁を感じさせるものがあり、遊郭の裏も表も知り抜いた観察眼を感じる
・蔦屋の名前を一気に高めたのが、歌麿のプロデュース
◆写楽への反論
・絵師の経歴は、武士の出、弟子が記録を残すといった条件が揃わないと残らない。写楽だけでなく、実は大半の絵師が「謎の経歴」である。ゆえに「謎の絵師」は別に写楽だけのことでもない
・写楽は役者絵中心であり、女性美を描く作風とは異なる
・写楽はプロデュース失敗枠なので、唐丸の正体が写楽だとあまりに憂鬱な展開なので見たくねぇんだよな……
・写楽は蔦重最晩年なので、再登場まで間が空きすぎるのでは?
こんなところで、歌麿に賭けやすぜ!
ま、誰であれ、こんなに気になる伏線を張る本作は、てぇしたもんよ。
総評
すげぇ。このドラマは、蔦重がプロデューサーとして生まれていく過程だけでなく、近世から近代が生まれる過程まで扱ってる。これぞ歴史総合だよ!
平賀源内は、まさしく早く生まれすぎてきた近代人そのもの。
自意識と美学があり、忠義だのなんだの、伝統的な価値観にとらわれていません。そういう意味ではある意味彼も「忘八」かもしれません。
源内の言葉は私たちを納得させ、背中を押すようで、実は傲慢で現代に通じる嫌な課題もつきつけてきます。
金儲けにスイッチを完全に切った源内は、労働者の権利をどうでもいいと思っている。
私はここで何度も鉱山労働者の権利も酷いと指摘してきましたが、源内は現場で見てもあのヘラヘラ対応だから、本当に酷いものだと思います。
中世の人類は残虐極まりなく、利己的で、どこか鈍いものでした。
それではいかんと目覚めた人々が、宗教なり、法律なり、道徳で正そうとします。
近年大河ドラマでいえば、仏教の施餓鬼を実現して民衆救済を行なった『鎌倉殿の13人』の北条政子は宗教を用いた。
『鎌倉殿の13人』の北条泰時は【御成敗式目】という法で、人々の残虐性を抑え込んだ。
『麒麟がくる』の明智光秀は朱子学に乱世を鎮めることを期待し、徳川家康がそれを引き継いでおりました。
そういう宗教、法律、道徳が浸透した近世が江戸中期です。
しかし、こうしたものだけでは制御できない「我儘」――「自由」を求める近代へ向かいます。このドラマ序盤が描く時代は、自由・平等・友愛を掲げ、人権宣言を制定するフランス革命が起きた18世紀後半なのです。
近代へ向かうとはどういうことか?
そのマイナス面も本作では見えてくる。
近代は都市が形成され、経済が活性化する。
その中で利益を追い求めるあまり、人権を二の次にするという傾向も出てきます。
源内はああも雄弁で、旧来の慣習にとらわれない自由を求めている。
そのくせ、労働や利潤に労働者を縛りつけ、搾取は別に悪と看做さない――繰り返しますが、私はこの平賀源内と、アメリカのテック企業の経営者が重なって見えましたよ。
自由に表現させろ!
そう言いつつ、差別的な投稿は規制しない。むしろPVが伸びるなら歓迎する。そういう姿勢ですね。
私たちが使っている便利なテック企業のシステムの裏には、労働者搾取があると指摘されるところではあります。
世界観や権利の保障、差別の構造も広げてきました。これぞ次への妙手でしょう。
今年の大河は批判が大きい一因として、公式SNSもあると思います。
私個人としては公式SNSに全く不満はありません。むしろ丁寧で秀逸でミスもありません。
しかし、これがうまくいきすぎている。
ダイジェスト動画だけを見て、本編を見ずに批判する層が一定数出てくるんですね。
平賀源内の『吉原細見』紹介動画を「ルッキズム」と批判する意見は、こうした過程で出てくると思います。
公式だけでなく、出演者のSNSも一因です。
私は決して規制しろとは思いません。たとえば1話で女郎の死体役だった方のSNS投稿を取り上げ、さらにそれを別のSNSで切り取り、そこを論拠に批判する意見もありました。
NHK側もこれを問題視したのか、丁寧な説明記事をあげております。
そしてこれを指摘すると、私が高確率で「忘八」扱いされそうですが、書いてしまいます。
世の中には、女性の被差別事例しか取り上げないで透明化してしまう人がいます。
『べらぼう』では最初から蔦重が暴力含め酷い扱いを受けています。
唐丸もずっと児童労働をさせられてきました。
繰り返しますが、田沼政治という石をひっくり返せば、鉱夫はじめ犠牲者がワンサカと出てくることでしょう。
しかし、女性差別しか見えないフィルターがかかっていると、彼らの苦労が見えにくい。
吉原女郎のキラキラだけを扱っている、40分間ずっと吉原女郎の苦しむ姿だけをやっていろと言いたげな、極端な意見が出てきてしまうのです。
これは私も経験があります。
女性差別の酷さに覚醒したという人に、別の差別の話題を振ると「ハァ? 今は女性差別の話しているのに逸らさないでくれる?」と怒られたりします。
女性差別に敏感で、フェミニストとしてSNSで尊敬を集めている人が、他の差別についてはこそっと開陳していたりするのは、本当に洒落になってねぇと思ってしまいます。
これはフェミニズムの歴史にせよそうです。
例えばアメリカで黒人フェミニストが「性差別だけでなく人種差別もある」と主張したとする。
すると白人フェミニストから「今は女性差別の話をしているの」と肩をすくめられ、そのせいで揉めるような話がずっとあった。
そうした失敗を踏まえて、より間口を広く、差別そのものを考えていく流れができたはずなのです。
しかし、フェミニズムに覚醒して、仲間内で盛り上がることばかりを重視し、過去の失敗例だのなんだの学んでないと往々にして、あやまちは繰り返されるんですよね。
この構造を踏まえたドラマとしては2024年前半期朝ドラ『虎に翼』があります。
あれは性差別だけでなく、民族、性的少数者、貧困層など、幅広い差別を包括していました。
本作もその流れを汲んでいるようです。鉱夫を燃やし、怒らせ、それに冷淡な源内を描くことで、労働者差別まで広げてきた。
唐丸もあまりに酷い扱いとすることで、そもそもが児童労働は十分悪どい、子どもの弱みにつけこむ大人は許されざる悪として描きました。
このまま世界を広げ、人類の権利や近代へ向かう中での課題を描く――そういう境地に到達して欲しいもんですよ。
近代へ向かう世の中の明暗、その芽生えまで本作は踏み込んできている。すげえ力作ですよ!
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べらぼう/公式サイト