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江戸時代に13回も大流行した『命定め』 犬公方・徳川綱吉も”麻疹”で亡くなった

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古今東西、女性に年齢を聞くのは失礼な話です。

が、昔は◯◯という病気のせいで年齢がバレました。『命定め』なんて物騒な名前でも呼ばれたこの病気、いったい何だと思いますか?

答えは麻疹(ましん・はしか)です。

 

一度感染すれば免疫が付き一生かからない

麻疹は発熱と皮疹を特徴とする急性感染症で、原因は麻疹ウイルスです。

非常に強い感染力を持ち、感染すると1-2週間の潜伏期の後、風邪症状と38度くらいの発熱。この熱は一旦下がりますが半日ほどで再び39-40度の高熱となり身体に発疹が生じます。

発疹に先立ち口の中に白い斑点ができるのが特徴的で、2度目の発熱の際、口腔粘膜の荒れのせいで痛みを生じることが多く、経口摂取の低下と併発する下痢で脱水をおこしやすくなります。また角膜の損傷で失明したり、予後の悪い脳炎をおこしたり意外に怖い病気なのです。

しかし、1度かかると免疫がつき一生かかりません。

予防注射がなかった頃は幼いうちに麻疹にかかり免疫がついたことから、若い時期に趣味や色恋沙汰に没頭することを「はしかのようなもの」と表現するのはここからきています。

日本は麻疹対策に遅れをとっていましたが、昭和53年からはじまった予防接種開始および平成18年からの追加接種の結果、平成21年には約1万人、平成23年には293人と稀な病気になりつつあります。平成14年には年間患者数20万人(アメリカでは100人程度)でしたので、その効果は我々にも実感できるでしょう。

 

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天然痘が『もがさ』で、麻疹が『赤もがさ』

麻疹の死亡率は日本などの先進国では0.1%程度です。が、全世界でみると3-5%と高い数字です。

江戸時代以前の死亡率もこのくらいか、もう少し多かったのではと推測。『麻疹』という名前自体は、皮疹の色や形が麻の実に似ていることから付きましたが、もともとは中国由来の言葉です。

実際、日本で麻疹と呼ばれるようになったのは江戸時代以降で、それまでは『赤もがさ』と呼ばれておりました。『もがさ』は天然痘のことで発熱と皮疹という症状が似ているからでしょうね。

ちなみに天然痘は【見目定め】、麻疹は【命定め】の病と呼ばれました。

もちろん死亡率は天然痘の方が格段に高く、あばたも残しませんが、その割りにあっけなく死んでしまうことから命定めと呼ばれたんでしょうね。

 

江戸時代には13回の大流行 綱吉、64歳で亡くなる

さて、麻疹が原因で死んだ有名人としては犬公方こと徳川5代将軍『徳川綱吉(1646~1709)』がいます。

綱吉は宝永6年1月3日、当時流行していた麻疹にかかり同月10日に死亡しました。享年64歳。成人が麻疹にかかると子供よりも重症化しやすく後遺症も残しやすいのです。

このとき老年の域にあった綱吉は重症化して亡くなったんですね。

綱吉と聞いてすぐに思い出すのは『生類憐みの令』ですが、彼の死後、すぐに廃止となりました。ちなみにこの法律は、動物を保護するいくつかの法を差しており、そのままズバリ同名の法があったわけではありません。

さて、綱吉の命を奪った麻疹ですが、江戸時代には13回ほど大流行した記録があります。

麻疹は先に説明した通り1度かかれば生涯かかりません。予防注射のなかった江戸時代、流行時に麻疹にならなければ、前の流行時にかかって免疫があると推測できます。

江戸時代にこんな川柳があります。

麻疹で知られる傾城(けいせい)の年

傾城とは、美女が転じて遊女のことも指します。彼女らが「私は18歳でありんす」と年齢をサバ読みしても、「あれ? 姐さん、麻疹にかからないけど前の流行は23年前でしたよね……」となるんですね。

ところで馬渕まりは何歳なのかって? えーっと22歳ですよ? 医学部には飛び級で卒業した……なんてウソついたらいけませんね、てへへ。

徳川綱吉

 

文/馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)
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【編集部より】

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【参考】




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麻疹/wikipedia 厚生労働省 栄研化学株式会社 大阪府立公衆衛生研究所 徳川綱吉/wikipedia 葬仙ネットワーク





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