日本人にとって大河ドラマとは?

現在NHKオンデマンドでご覧いただける大河ドラマの数々/amazonより引用

大河ドラマ感想あらすじ

日本人にとって大河ドラマとは?『大河ドラマが生まれた日』から考察

2023/03/29

2023年2月に放映された『大河ドラマが生まれた日』をご覧になられたでしょうか。

今ではNHKの看板とも言える時代劇がいかにして始まったか――さぞかし、当初から大物を集めて、鳴り物入りでドーン!と豪華に作ったんでしょ?

と思いきや、まったくの真逆で、手探りの状態で動きだした様子が生田斗真さん主演で描かれたのです。

そもそも「大河」という名前すら後付けであり、決して成功を確約されたわけじゃない。

そんな黎明期を経て、なぜ日本のテレビシーンには欠かせない存在感を得ることができたのか?

大河ドラマとは何なのか?

その歴史を振り返りつつ、考察してみました。

 


テレビは当初コケにされていた

大河ドラマが始まった昭和38年(1963年)、当時、テレビドラマがどれだけバカにされていたか。

NHKドラマ『大河ドラマが生まれた日』では、生田斗真さん演じるアシスタントディレクター・山岡進平自身が下に見ている前提から始まっています。

たとえドラマであっても生放送のため、役者がセリフを忘れて放送時間をオーバーしたらリカバリできない――そんな苛立ちがあったのです。

劇中の山岡にしたって、そもそも映画会社に入りたかったのに採用試験で落ち、たまたま職員の大量募集をかけていたNHKに転がり込んだだけ。

しかし、結果的に山岡は幸運に恵まれていました。

当時、娯楽の王者として君臨していた映画の観客数は、昭和33年(1958年)をピークに下がり始めていたのです。

代わって台頭するのが、ご存知の通りテレビです。

「あんな重箱見たってツマランだろw」と当時の映画業界人が考えていた、取るに足らない存在のテレビが、グイグイと視聴者数を伸ばしている。

しかし映画に比べりゃ下の下でしょ、と低劣に扱われてしまう――。

そこで一念発起したのが中井貴一さん扮する成島庭一郎でした。

成島は、プロデューサーの楠田欽治を呼び出し「映画に負けない日本一のドラマを作れ!」と一喝するのでした。

「いいか楠田。貴様に対する要望はただひとつだ。

日本一の大型時代劇を作れ!

しかも連続ドラマで9カ月だ。演者は映画、歌舞伎、新劇の大スターを勢ぞろいさせて息をのむようなチャンバラから濃厚なラブシーンまで、ありとあらゆる娯楽を詰め込んだ、空前絶後のその上を行くような、新感覚の連続大型時代劇を作り出せ」

この現場に、無理矢理連れてこられたのが山岡。

んなこと、いきなり言われても無理だってばよ――と、強引な展開で大河一作目は始動したのです。

そんなドラマ『大河ドラマが生まれた日』は、昭和日本を美化しているわけでもありません。

仕事場は無茶ぶりの連続。パワハラや長時間労働は見ていて辛くなります。

それが当たり前の時代があったんですね。

 


原作は『花の生涯』主役は井伊直弼

当時、日本の娯楽王者といえば、やはり時代劇。

日本人がどれだけ愛していたか――思えば明治時代から、真田十勇士や忍者もの、美少年剣士が暴れる娯楽を楽しんできました。

大正時代にかけては、少年雑誌や少女雑誌が創刊され、子ども向けの楽しいお話が、美麗な挿絵つきで掲載されました。

お金持ちのボンボンやお嬢様が買い、それを近所の子ども同士で回し読みをする。

そんな情操教育を受けてきたのが日本の少国民です。

一方GHQは、アジア太平洋戦争の終戦を経て、そこに目を向けました。武士道賛美が軍国主義に繋がったのではないかとみなし、一時的に制限したのです。

それが解き放たれたタイミングと、戦後の映画ブームが伸びた時代は一致します。映画館でチャンバラをバンバンやる時代、テレビで対抗するならやはり時代劇でした。

ここで『鞍馬天狗』なり『真田十勇士』なりを選んでいたら、大河ドラマも違っていたかもしれません。

しかし、NHKは新聞連載が注目をあびた原作を選びました。

船橋聖一『花の生涯』です。同連載が新聞の部数を伸ばしたというほどで、映画化もされています。

井伊直弼が主人公の大河――というと、今の私たちからすると意外性がありますよね。殺されて最期となるのですから、盛り上がらないんじゃないか?

と、思いきや、それがエンタメのツボを抑えていて、かつ時代的にも斬新性がありました。

まずは艶かしいヒロイン・村山たか。井伊直弼の愛人とみなされ、生き晒しにされた悲運の女性です。

村山たか
女スパイ・村山たかは直弼の懐刀|粛清の恨みを買い 京都三条河原に晒される

続きを見る

このたかをファム・ファタールとして登場し、男たちのドラマにセクシーな恋心が絡む。

昭和に受けるロマンが満載だったのです。

 

大スターを揃えろ!

ドラマ『大河ドラマが生まれた日』は、中井貴一さんが出ているだけで胸が熱くなる方もおられたことでしょう。

劇中で、あの美男に是非とも出演していただきたい!と交渉に向かった佐田啓二は、中井貴一さんのお父様。

なんと中井さんは遺品の腕時計を小道具として提供されているとか。

そんな彼は、昭和の美男を語る定番フレーズ「甘いマスク」の代表でした。テレビで見られるだけでありがたいという視聴者が日本中にいた。

佐田啓二はじめ、スターを揃えようと四苦八苦する主人公たち。そこで悔しそうに語る、あるモノがあります。

昭和28年(1953年)に締結された「五社協定」です。

日本のトップ映画会社5社(松竹・東宝・大映・新東宝・東映)が、専属監督や俳優らに関して協定を結びました。

監督や俳優を自社所属とし育成する――いわば囲い込みです。後にこれは映画人の自由を縛り、邦画の衰退に繋がったともされる協定となってしまいます。

『大河ドラマが生まれた日』は、ラストのクライマックスとなる【桜田門外の変】を太秦で撮影するくだりが感動的に描かれました。

当時の映画とテレビの対立構図をふまえると、確かに感動的な場面でした。

いがみあっていた両者が手を携え、共に良いものを作ることで一致する、そんな和解のシーンだったのです。

かくして生まれた大河ドラマはその後どうなったか?

佐田啓二は劇中でもタイトルが語られていた『虹の設計』撮影中、交通事故で亡くなります。享年37。

そして一度きりのはずだった映画に負けぬ時代劇第二弾として、『赤穂浪士』が撮影されます。

劇中で触れられた通り、いつしかも日曜夜8時に放映されるNHKドラマは「大河ドラマ」として知られるようになるのです。

 


そもそも大河ドラマとは何だったのか?

『大河ドラマが生まれた日』は、昭和日本らしい無茶ぶりも描かれています。

成島が楠田に投げかけた要望はこうです。

「いいか楠田。貴様に対する要望はただひとつだ。日本一の大型時代劇を作れ!(中略)ありとあらゆる娯楽を詰め込んだ、空前絶後のその上を行くような、新感覚の連続大型時代劇を作り出せ」

いったい新感覚の大型時代劇とはなんぞや?

そこを模索するところから、楠田と山岡の奮闘が始まります。

実は大河ドラマ初期の作品は、今から見るとかなりの型破りに思えます。

一つずつまとめてみましょう。

◆1作目『花の生涯』

前述の通り、主役が井伊直弼ということからして意外でしょう。

アジア太平洋戦争の終結は、薩長視点の歴史観を克服する転機でもありました。あえて大悪党とされてきた井伊直弼の視点から幕末を見直すという、斬新な歴史観を感じさせます。

翻って考えてみるに、井伊直弼といえば悪役とみなす現代の歴史観は、当時とどこでどう変わってしまったのでしょう。

◆2作目『赤穂浪士』

絶対に外さない題材として選ばれました。

ただし、現在で『忠臣蔵』はむしろ受けなくなり、知らない人も増えていると指摘されます。

◆5作目『三姉妹』

ヒロインは架空の人物であり、かつ無名の三姉妹でした。

庶民であり女性の目線から明治維新を見直すという、今から見ても十分に斬新な試みがなされています。

◆8作目『樅の木は残った』

テーマは【伊達騒動】です。しかも悪役とされた原田甲斐の像を見直しました。

現代なら大河以外の時代劇枠でやるべき題材になりそうです。

◆第9作『春の坂道』

柳生宗矩が主役です。一年もの長丁場をもたせられるのか?と疑問に感じる方もいるかもしれません。

萬屋錦之介が同じ柳生宗矩役を映画『柳生一族の陰謀』で快演したことを合わせて考えると意義深い作品といえます。

◆第14作『風と雲と虹と』

舞台は平安中期、平将門と藤原純友が主役です。

吉永小百合さんが演じる貴子姫の悲劇は、今の大河では考えられぬほど惨いものでした。

◆第16作『黄金の日々』

実在はするものの事績がほとんどわからない、商人の呂宋助左衛門が主役。

フィリピンロケも敢行する異色作です。

◆第17作『草燃える』

脚本家の中島丈博が時代劇調を嫌うため、セリフが現代調で賛否両論を呼びました。

◆第18作『獅子の時代』

主人公は幕末から明治を生きる架空の会津藩士と薩摩藩士。リヨン駅から颯爽と降りてくる武士の姿を、パリロケで敢行しています。

銀幕の大スターであった菅原文太のテレビ初出演がいきなり大河主役という点でも大きな話題をさらい、映画とテレビの間にあった壁が崩れた象徴的な出来事ともいえました。

◆第22−24作『山河燃ゆ』・『春の波涛』・『いのち』

近代三部作と呼ばれています。

『山河燃ゆ』は日系アメリカ人から誤解を招くとして抗議を受けました。近現代を扱う難しさが出た作品といえます。

◆第31作『琉球の風』、第32作『炎立つ』

沖縄ご当地大河と、奥州藤原氏を扱う大河を半年ずつ制作しました。

いかがでしょう。

『麒麟がくる』では、駒という架空人物が大きく扱われるため、「ファンタジーだ」という批判意見や記事がありました。

しかし、『三姉妹』や『獅子の時代』のように架空人物でも主役をつとめてきたのが大河ドラマです。『黄金の日々』の呂宋助左衛門も創作ありきの人物です。

民衆目線を取り入れるため、架空の人物を脇役に用いることは大河ドラマでは定番の技法です。

そこに批判を入れるということは、視聴者側の意識が硬直し、むしろ作風の幅を狭めてしまう危険性があります。

歴史に名を残した有名人物しか描けないとなると、大河の可能性はむしろ狭まるでしょう。

しかもこうした理屈でいうと、琉球史やアイヌ史は大河ドラマから外されることになります。

ただでさえ戦国時代は中部偏重、通史でも京都や東京ばかりが舞台地になりがちな大河ドラマです。

もう一度、原点回帰して「ありとあらゆる娯楽を詰め込んだ日本一の時代劇」を目指してみてもよいのではないでしょうか。

 

民放、映画との切磋琢磨があったが

大河ドラマを貶す決まり文句として以下のようなものがあります。

「韓流ドラマかよw」

「中国のドラマみたい!」

こうした言葉がそのものが、2020年代ならではの特徴でしょう。もしもこれがもっと前の時代であれば、比較対象は民放時代劇や映画でした。

日本人にとって時代劇は娯楽の王者。

どのテレビ局でも映画会社でも花形時代劇を競い合い、大河と切磋琢磨しながら名作を作り上げていったのです。

そんな中で大河の個性といえば?

テレビドラマ時代劇で初となる「時代考証」の採用でしょう。

時代考証
大河ドラマの時代考証・担当者はどこまで責任を負わねばならんのか?

続きを見る

一年という長い放送期間やNHKならではの重厚さが特徴として磨かれ、民放時代劇お得意の『水戸黄門』や『大岡越前』、『暴れん坊将軍』と棲み分けができていました。

しかし、民放でも時代劇は徐々に見られなくなってゆきます。お年寄りの古臭い娯楽とされるようになっていったのです。

トレンディドラマはじめ軽妙な現代劇が若者向けでこれからの娯楽だとされました。

そんな嗜好の変化のみならず、終わらない不況下では時代劇は予算がかかりすぎることもあったのでしょう。

日本で時代劇が衰退してゆく中、変化していったのが隣の韓国と中国です。

 

東アジアでは若者にも時代劇が人気である

韓国は朝鮮戦争や軍事政権の傷が残り、娯楽そのものが遅れをとっていました。

韓国のテレビクルーたちは九州から電波を拾い大河ドラマを見て、こうため息をついていたとされます。

「我が国でも、こんな歴史ドラマを作れたらなぁ……」

中国では文化大革命や、政府による娯楽の規制もあり、やはり遅れをとります。

しかし、1980年代から改革開放が始まると、中国では香港や台湾の武侠小説が大ブームとなり、彼らは思い出しました。

自分たちの国には、歴史エンタメが溢れていたことを――。

かくして韓国と中国が力を付け始め、自国史をモチーフとした時代劇の制作に取り掛かります。

代表的な作品が以下の2つです。

中国では1994年制作の『三国志演義』。

韓国では2003年制作の『宮廷女官チャングムの誓い』。

こうした中韓の時代劇が日本でも放映されますが、まだまだ本格的なドラマは日本の大河が強い、そんな余裕がありました。

しかし、2020年代はどうでしょう?

そもそも時代劇の制作本数は激減していて、大河ドラマやNHK金曜時代劇がかろうじて残っているような惨状です。

2010年代は、それでもまだ深刻とは言えません。

海外のドラマとなればBSの有料放送か、ソフトレンタルに限られていて、その間は影響が限定的でした。

しかし、VOD、つまり動画のインターネット配信が普及すると状況が変わり始めます。

気軽に海外ドラマが見られるようになり、しかも放映時間が関係がないとなると、一気に拡散。

このころになると、韓国でも中国でも時代劇が大人気となり、制作本数がとにかく多いため、自由度が高い。

つまり新しいことにチャレンジできる。

韓国には「フュージョン時代劇」(歴史改変やタイムスリップといったSF要素も加味したもの)があり、若い世代でも大いに楽しんでいます。

ウェブトーン(スマートフォンで閲覧するカラー漫画)原作ものも多く、若者世代にはハードルが低いのです。

そして中国は、2010年代頃からウェブ小説全盛期を迎え、そうした作品を原作とした時代劇が『陳情令』はじめ数多あります。

作風も自由度が高い。かつ、中国は露骨な二番煎じをやる。一本当たったらそのテーマに殺到し、最近ではブロマンス時代劇がその代表例となっています。

中国ではさらに、SFや歴史改変との融合を時代劇でも模索し始めました。

世界的に大ヒットしたSF小説『三体』は各国で度肝を抜きました。

その自由な発想は時代劇まで及び、現代人がタイムスリップするような歴史ものは、日本が一歩先をゆくような印象はすでに過去のものとなってしまいました。

中国では、時代劇は若者や特に女性に人気があるとされます。スマホアプリでも、男女双方をターゲットにしたものが多くあり、女性向け着せ替えゲームや乙女ゲームでも、時代劇の衣装は定番で欠かせません。漢服コスプレも大流行しています。

若者受けを狙ったという奇想天外な発想も、実は韓国や中国時代劇では既にもっと洗練されたかたちで実現していることが往々にしてあるのです。

つまり日本の若者も時代劇そのものが嫌いになったわけではなく、何か別の要因で興味が持てなかっただけではないでしょうか。

 

大河ドラマは初志が必要かもしれない

こうした現状を踏まえると、大河ドラマは一周回ったのではないかと思えます。

大河には、もはや手強いライバルがいる。

ライバルと切磋琢磨しつつ、斬新で、おもしろい、時代劇の王者を目指すしかない――そんな時代ではないでしょうか。

2022年『鎌倉殿の13人』は、脚本の三谷幸喜さんはじめ、海外ドラマの影響を受けたことを明かしていました。

2023年は大河ドラマ『どうする家康』が振るわない一方、ドラマ10『大奥』こそ大河ドラマの初志を取り戻したようだと評価されています。

◆(テレビ時評)「大奥」は時代劇か 太田省一(→link

大河ドラマというブランドは、もう飽和状態かもしれない。そんな煮詰まった状況で『大奥』という新たな息吹が生まれてた。

初志のような、ともかく面白い日本一の娯楽時代劇という条件を『大奥』は満たしています。

むしろ今年は『大奥』が大河ではないか? そんな声すら広がりつつある。

これからも大河を守り、それこそ百周年を祝うためには、初期にあった荒削りな衝動に加え、これまで蓄積した技術を用いて、切磋琢磨してゆくことが大事ではないでしょうか。

大河が消えて日本から時代劇がなくなったら、明らかに損失です。

初志を取り戻し、純粋に面白い時代劇を作り続けて欲しい。そう願うばかりです。


あわせて読みたい関連記事

時代考証
大河ドラマの時代考証・担当者はどこまで責任を負わねばならんのか?

続きを見る

大河ドラマ『独眼竜政宗』
大河ドラマ『独眼竜政宗』は渡辺謙さんの出世作で名作だ!同時に悲しき誤解も産んだ

続きを見る

大河ドラマ『利家とまつ』
大河ドラマ『利家とまつ』レビュー 昭和平成の良妻賢母は現代社会にどう映る?

続きを見る

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」

続きを見る

大河ドラマ『秀吉』
大河ドラマ『秀吉』は底抜けに明るい!しかし秀吉の暗黒面を描かず問題を残す

続きを見る

大河の主人公はどんな基準で決まる? なぜ逆臣中の逆臣・北条義時が選ばれたのか

続きを見る

仁義なき戦いと鎌倉殿の13人
仁義なき鎌倉殿の13人~実録ヤクザ映画と中世大河がリンクするのは当然のこと?

続きを見る

文:武者震之助
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
鈴木嘉一『大河ドラマの50年』(→amazon
星亮一/一坂太郎『大河ドラマと日本人』(→amazon
NHK出版『NHK大河ドラマ大全』(→amazon
大石学『時代劇の見方・楽しみ方』(→amazon
能村庸一『実録テレビ時代劇史』(→amazon

TOPページへ


 



リンクフリー 本サイトはリンク報告不要で大歓迎です。
記事やイラストの無断転載は固くお断りいたします。
引用・転載をご希望の際は お問い合わせ よりご一報ください。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-大河ドラマ感想あらすじ

右クリックのご使用はできません
目次