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【直秀はなぜ検非違使に殺されたのか】
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まひろが直秀についていくことはありえたのか?
直秀は「都は狭い鳥籠だ」と告げ、山を越えて海の見える国へ向かうと語っていました。
同時に「まひろも行かないか?」と誘い、彼女からは「行っちゃおうかな」という返事がかえってきます。
このときの、苦笑しつつ「行かねえよな」と返す直秀のせつない顔は、視聴者の間で話題をさらいました。
ただ単に胸キュン要素が詰まっているのでなく、平安時代の社会や物語を踏まえたうえで興味深いものがあったからでしょう。
身分の低い男と、姫君の恋は、当時の物語にもあります。
悲劇的な結末を迎えた『伊勢物語』の「芥川」がその一例。
恋に落ちた姫とともに逃げ去る男。逃げる途中で、姫は露をみて「あれは何?」と問いかけます。
しかし男は答えません。
雷雨が降り頻る中、男は女を蔵に押し込め、自分は外を見張っていました。
すると鬼が女を食べてしまいます。女は悲鳴をあげたけれど、雷雨のせいで男は聞こえませんでした。
やがて男は女が鬼に喰われたことを知り、悔しがり号泣しました。
あのとき、露のことを教えていればよかったと嘆くものの、何もかもが遅かった。
また『更級日記』には、竹芝の伝説が記されています。
あるとき、内親王が御簾の影にいると、庭掃除をする坂東出身の男がぼやく声が耳に入りました。
「まったく、なんでこんなことしなきゃいけねえのかなあ。故郷には酒を仕込んだ壺がいっぱいあってよ。そこにさした柄杓の柄がよ、風にゆられてゆーらゆらしてんだ。それを見ねえでなんでこんなことしてんだろうなぁ」
男としては、故郷で飲んだ酒の味でも思い出して懐かしんでいただけでしょう。内親王はそのゆらゆらゆれる柄杓が見たくなって、男に声をかけました。
男は驚いておそるおそる近づくと、姫はもう一度今の話が聞きたいという。
聞かせると、その柄杓がみたいという。
男は驚くものの、姫が関東へ行きたいというものだから、普通は15日かかる道をわずか7日で駆け抜けて、内親王とともに関東へたどりついたのでした。
帝と后は内親王失踪に驚き、追っ手を遣わせました。しかし内親王は戻る気はないと言い切ります。帝は困り果てるものの、諦めるしかありません。
この内親王たちが住んでいた場所が、竹芝という寺になって残ったとか。
こうした伝説を踏まえると、直秀とまひろのやりとりは、物語の導入点のように思えなくもありません。
海が見たい姫君と、散楽の男が都を出て、山をこえ、遠くの国にたどり着く――そんな可能性がなかったわけではない。
直秀を出すことで、平安の姫君が持っていた可能性が少しだけ見えたともいえます。
彼は物語をさらに広げる重要な存在だったのです。
まひろが直秀と共に海の見える国へ向かうことは、まったくありえなかったともいえない。
しかし、彼女はそうしませんでした。
「行かねえよな」
そう直秀が口にしたとき、まひろは籠の中の鳥になることを選んでしまったのかもしれません。
道長の未熟
道長と直秀にも、興味深い対比が見られます。
権勢を誇る右大臣三男の道長。
しがない散楽の芸人に過ぎない直秀。
果てしなく格差のある身分の二人ですが、周囲は、異母兄弟だという作り話にすっかり騙されていました。
まるで『王子とこじき』のような、身分制度を痛烈に皮肉ったような設定です。
この直秀とのやりとりで、道長は非常に甘い判断をしてしまいます。
打毱のあと、わざわざ東三条の自邸に呼び出してしまった。
「屋敷の中を見て回りたい」という直秀の厚かましい望みに対して、流されて案内してしまった道長。
直秀らの盗賊団が東三条に盗みに入り、その正体が明らかになると、検非違使に引き渡しました。
検非違使に渡すということは、すなわち自らの手で直秀を処罰することはできなくなるということ。
まさか殺されるまではないという思い込みからの“迂闊さ”と指摘されれば、反論はできないところでしょう。
道長は獄に行き、看督長(かどのおさ)に賄賂を渡し、直秀たちの釈放を願いました。
これが甘い見通しだった。
直秀たちが右大臣家にとって欠かせぬものと認識されたのか、流罪にするのを面倒がって途中で殺しちまえ!となったのか、いずれにせよ彼らは鳥辺野で検非違使たちに殺されてしまう。
この回では、道長の父である兼家が、謀略を用いている様も描かれました。
帝を退位に追い込むため、身内すら騙し続けた兼家は、共犯者の安倍晴明には賄賂を渡してあります。
家名と財力を用いて大事な人を守る――その目的は同じだというのに、兼家と道長では大きな差がありました。道長はあまりに迂闊で、そのせいで大事な人を守りきれなかったのです。
まひろの腕の中で、己の愚かさを悔やみ、号泣する道長。
彼の中でひとつの時代が終わったのでしょう。
しかし、それはよいことなのかどうか?
父のように狡猾になるということは、家族すら信じられなくなるという負の側面を抱えることでもあります。
既に道長は、彼自身がこのあと変わっていくと思われる言葉を発しています。
道長は天皇に入内した女は幸福ではないと語っています。
他の貴公子よりも達観しているように思えます。
しかし、彼は不幸になるとわかっていながら、娘を入内させるために奔走することとなる。
序盤の道長に無邪気な言動が見受けられるのは、後半の対比とするためでしょう。
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