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【仁義なき戦いと鎌倉殿の13人】
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タブーを覗きたい衝動というのは近代以降の日本にもありました。
学校で習うまっとうなエンタメではない、バイオレンスに溢れた作品。
実在した清水次郎長など、侠客や博徒の物語を講談師がおもしろおかしく語る芸能が定着しています。
時代がくだって映画館が日本中に普及すると、こうした「任侠もの」も一大ジャンルとなりました。
鶴田浩二さんや高倉健さんが主演を務める映画は稼ぎ頭。
主役はアウトローながら人情味や温かさがあり、博打はしても弱い者いじめはしない。
そんな儒教道徳由来の倫理があればこそ、ヒーローとして愛される余地もあったのです。
が、しかし……。
舞姫ボコボコ!明治時代の小説はかなりヤヴァ~イというお話を7千字ぐらいかけて紹介する記事
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実録路線が空前の大ヒット
現実はそんなに甘くない――アジア太平洋戦争に大敗した後、多くの日本人はそう感じるようになりました。
戦争が終わっても、人心や社会は荒廃し、親を失い痩せこけた戦災孤児を誰も助けない。
軍隊から流れた拳銃を使った犯罪が横行する。
疲労回復のために覚醒剤を打つ。
新聞にはおどろおどろしい犯罪記事がおどり、繁華街からは銃声が響く。
殺伐とした時代が続きます。
そんな現実を知ってしまうと、スクリーンの中の侠客は美化され過ぎだ、と気持ちが離れてもおかしくはありません。
そこで登場したのが、1972年『週刊サンケイ』に連載された『仁義なき戦い』です。
実在のヤクザには、日本人が持ち合わせている仁義なんてない――そう告発する内容に日本中が衝撃を受けました。
凄惨なヤクザ抗争のひとつである「広島抗争」当事者であり、網走刑務所にいる美能幸三の証言をもとにしたというこの連載は、たちまち話題をさらいます。
連載の経緯は諸説ありますが、東映がヤクザのリアルな姿を世に送り出すことを前提としていたとされます。
菅原文太主演のこの映画シリーズは大ヒットを記録。
深作欣二監督と笠原和夫脚本はゴールデンコンビとされました。
真珠湾攻撃を裸の王様と看破した中学生・笠原和夫(仁義なき脚本家)
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文太兄貴がヤクザを演じれば大ヒット間違いなし!
として露骨な便乗作品も世に送り出され、日本中の映画館で実録ヤクザものが流れる時代が到来したのです。
そんな菅原文太さんが1980年大河ドラマ『獅子の時代』で主演をつとめました。
ヤクザ映画でスターの座にのしあがった俳優がテレビでも見られると話題になりましたが、もともと彼は非常に勉強熱心であり、半藤一利氏との対談集を出すほど幕末史の知識を身につけています。
大河主演を果たし、さらに高みに登った代表格でしょう。
菅原文太兄ぃは仙台藩士末裔~仁義なき幕末維新に見る賊軍子孫の気骨
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大河を学ぶために『仁義なき戦い』
細川重男氏『鎌倉幕府抗争史: 御家人間抗争の二十七年』の参考文献一覧に話を戻しましょう。
そこにはマフィアや馬賊についての本も挙げられています。
一体なぜなのか?
坂東武者を知るために、どうしてヤクザやマフィア、馬賊などに思いを馳せねばならぬのか?
彼らには共通点があります。
・道徳教育が不足している
・利益で結束している
・法の規制を受けていない
坂東武者の教養不足は『鎌倉殿の13人』でも描かれました。
坂東一の大物武士ながら、合戦ばかりで文字を書いたこともない上総広常が、這いつくばるようにして筆を持ち、汚い字ながらも懸命に文字を書く。
そんな姿は印象的だったでしょう。
鎌倉幕府は「御恩と奉公」を掲げています。
忠誠心や武士道はまだ確立しておらず、御恩があればこそ奉公する、という利益により結束している。
北条泰時により「御成敗式目」が制定されたのは『鎌倉幕府の13人』の終了後になるでしょう。
教養なき小集団同士が結束し、争うとなると、どうしようもない抗争が起きてしまう。
人種や文化は関係ない。
そんな人間心理を学ぶためにも、ヤクザ抗争はよい教材となる――歴史の研究者が参考文献に挙げたのもそういった理由からではないでしょうか。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、そのことをうまく反映したのでしょう。
もしも『仁義なき戦い』をリメイクするのであれば、この人があの役を演じたらよいのではないかと思えてくることもあります。
小栗旬さんは菅原文太さんの役を。
山本耕史さんは成田三樹夫さんの役を。
そして金子信雄さんの当たり役である山守組長を、坂東彌十郎さんが演じたらよいのではないかと思いました。
憎たらしいのに愛嬌がある。腹が立って仕方ないのに、謎のかわいらしさがある。
あの山守組長に扮して欲しい役者が見られたという一点でも、『鎌倉殿の13人』には意義があると思えるのです。
坂東武者がヤクザに近くて何が悪いのか?
仁義の定着前だから近くて当然。
そう示した『鎌倉殿の13人』は日本人の思想を考える上でも重要だと思うのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
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【参考】
細川重男『鎌倉幕府抗争史: 御家人間抗争の二十七年』(→amazon)
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