日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

フランス その日、歴史が動いた

ルイ15世の美人公妾『ポンパドゥール夫人』とは? その功績は完全に敏腕政治家!

更新日:

 

その日、歴史を動かした女性もままおりまして 

現代は男女平等が進んでスバラシイということになっていますが、歴史を紐解いてみると、名が残っていたり制度上女性のことも考えられていたというのは案外多かったりします。

鎌倉時代や室町時代には女性が領地を受け継ぐことも珍しくありませんでしたし、いかにも男女差別がすごそうな中世ヨーロッパでも、「女公」=女公爵という身分がありました。どちらも名目上のものであることのほうが多かったでしょうが、あるのとないのとでは雲泥の差ですよね。

それでも国のトップや同等の役職まで登りつめた女性となるとごくごく限られるわけで、やはりというかなんというか、そういう人は一般人には考え付かないような発想で歴史を動かしたことが多々あります。

1721年(日本では享保六年)12月29日に誕生した、ポンパドゥール夫人がそのいい例でしょう。

ルーブル美術館に所蔵されているポンパドゥール夫人/Wikipediaより引用

ルーブル美術館に所蔵されているポンパドゥール夫人/Wikipediaより引用

 

スポンサーリンク

仏国ルイ15世の公妾として 

フランス王ルイ15世の愛人として有名な人ですね。日本語では「公妾」とも呼ばれます。
つまり「正式な妃じゃないけど王様と関係を持っていることを公にしておk」な女性だったわけですが、なんでカトリック=一夫一妻制のフランスでそんなことが当たり前になっていたのかというと、法律で「王様は妾おk☆」ということになっていたからです。うわーご都合主義。

とはいえ、法律で許されてなくてもこの時代のフランス貴族は「えー愛人いないの?」「愛人がいなくて許されるのは社交界デビュー前までよねー」「キャハハ(ry」みたいな感じでしたので、何をいまさらという感じですが。

どこの国でも慣習とか暗黙の了解というものはありますが、フランスというかヴェルサイユ周辺ではこの他にもアレな意味でそういうものがたくさんあるんですよねえ。トイレは庭の片隅(ry

まあそれはさておき、ポンパドゥール夫人はなぜ一国の政治を担うような立場にまで登りつめたのでしょうか。

 

スポンサーリンク

ポンパドゥールというのはフランスの地名から

実は彼女、元は貴族でも王族でもありません。平民の中でもお金持ち、つまりブルジョワ階級の生まれです。本名はジャンヌ=アントワネット・ポワソン。裕福ゆえに貴族と同等以上の教育を受けて育ち、成長するにつれて美貌とともに学力も上がっていきました。

そして20歳で結婚して社交界デビューを果たすと、その美貌により当時の王様・ルイ15世の目に留まり、公妾として認められて政治の世界にも足を踏み入れます。このときポンパドゥール夫人という名を与えられました。
ポンパドゥールというのはフランスの地名からきている称号で、彼女個人の名前とは関係ありません。

愛人というと夜のお相手ばかりを連想するかもしれませんが、日本で大奥の女性達が表の老中に匹敵することがあったのと同様、ポンパドゥール夫人のような公妾も政治上で大きな役割を果たすことがありました。
自らの才能と頭脳について自負していた彼女は、政治に関心の薄いルイ15世よりもはるかに積極的かつ上手にフランスの舵取りをしていきます。

 

浪費には非難もあったが、同時に芸術家たちのパトロンにも 

まぁ、愛人につきもののトンデモナイ贅沢もしていたのですけどね。あっちこっちに豪華なお屋敷を建てさせたりとか。
その浪費振りにはもちろん非難の声もありましたが、芸術家や建築家、学者たちのパトロンとして彼らへの支援も惜しみなく行ったため、後世から見るとプラマイゼロといったところでしょうか。

女性にしては珍しく、複数の肖像画で本を手にしていますから、本人としてはデキる女性としてアピールしたかったのでしょうね。メディアがほとんどないこの時代、肖像画はイメージ戦略としてとても重要な手段でしたし。

彼女の功績として最も大きいのは、「外交革命」と呼ばれる出来事です。長年相争っていたオーストリアとの和解のことで、プロイセンという新興国家に対抗するためのものでした。

 

3人の女帝が手を組み 名づけて「三枚のペチコート作戦 !」

「◯◯戦争」の連続になってややこしいので乱暴に略しますと、この両国は当時の300年前から少なくとも6回は戦争もしくは一歩手前の状態になっています。そりゃそんな状態の国同士が手を組んだら革命的な出来事ですよね。

ここにロシアの女帝・エリザヴェータが入り、オーストリアのトップも女帝マリア・テレジアということで三人の女性が協力する形となりました。

このことを「三枚のペチコート作戦」ともいいます。ペチコートはスカートの透け防止・形を整えるするための下着のことですが、当時はドレスのこともさしていました。
女性が名実ともに国の主だったロシアとオーストリアはともかく、愛人に過ぎないはずのポンパドゥール夫人がいかに世間から重要かがわかりますね。

ちなみにプロイセンの王様・フリードリヒ2世は大の女性嫌いで、自分の妻にも冷淡だった上、一時はマリア・テレジアとお見合いするのしないのの話になっていたことがあるので、ある意味「男と女の戦い」でもありました。ワーコワーイ。

 

七年戦争終結の翌年に亡くなる ルイ15世は涙目

ここで起きた戦争を七年戦争というのですが、結果的にはプロイセンを滅ぼす一歩手前まで行きながらそうはなりませんでした。エリザヴェータが急死した&オーストリア軍と仲違いしたため、ロシア軍が途中で引いてしまったからです。
オーストリアとしてはこの前の戦争で奪われた領土を取り戻せなかったので「ぐぬぬ」状態に終わりましたが、フランスは当面の脅威を取り除けたことになりますから、まあまあといったところだったでしょうね。

七年戦争が終わった翌年、ポンパドゥール夫人は肺の病気で亡くなります。42歳でした。
彼女の影にすっかり隠れてしまうほど存在感も政治への関心も薄かったルイ15世でしたが、これには大いに悲しんだそうです。
ずっと前に夜のお相手としての関係は終わっていましたが、公私共に何かと頼りにしていたようで、「20年来の友人」とまで言っていたそうですからむべなるかなといったところでしょうか。

晩年にはナポレオンと最初の妻・ジョゼフィーヌ(過去記事:ナポレオンが惚れて愛して別れてやっぱり愛した女性とは【その日、歴史が動いた】)のような関係だったのかもしれません。

ポンパドゥール夫人/Wikipediaより引用

ポンパドゥール夫人/Wikipediaより引用

 

フランス一有名な寝取られ夫

こうして彼女は歴史に名を残したわけですが、本来の夫であるシャルル=ギヨーム・ル・ノルマン・デティオールとの関係まではうまく行きませんでした。

そりゃそうですよね。

一応夫妻の間には二人子供がいたのですが、どちらも夭折してしまい、さらに「フランス一有名な寝取られ夫」とまで言われた彼は一生妻を許しませんでした。

ポンパドゥール夫人がルイ15世と夜のお付き合いがなくなった後も復縁を拒み、他の多くの女性と関係を持っていたそうです。
そして彼女が亡くなってからそのうちの一人と再婚して田舎に引越し、静かに暮らしていたとか。フランス革命の時には一度捕まったこともあるものの、後に釈放されてパリで亡くなっています。

ルイ15世やフランスにとって彼女が大きな役割を果たしたことは間違いないですし、彼女自身も満足していただろうと思いますが、本来の夫を踏みにじってのことかと思うとなんともいえないですね

公のためには個人的な事情を犠牲にせざるを得ない場合がある、というのはよくある話ですけども。

 

長月 七紀・記

スポンサーリンク

参考:ポンパドゥール夫人/Wikipedia

 

 





1位長篠の戦い 注目すべきは…


わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?


2位 西郷隆盛49年の生涯!


3位 史実の真田幸村とは?


4位 最上義光 名将の証明


5位 ホントは熱い!徳川家康


6位 意外と優しい!? 織田信長さん


7位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか あらすじ&感想レビュー

-フランス, その日、歴史が動いた

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.