日本近現代史の暗部

関東大震災後に避難列車へ飛び乗る人々/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

残飯で食いつなぎ 暴力が横行 カネで赤子も殺す 日本近現代史の暗部

2025/04/14

今から百年後の2125年。

次のような会話があったと想像してみてください――。

20世紀末から21世紀にかけて、ブラック企業という概念がありました
はい、授業で聞いたことあります
半べー
半べー
しかし、この日本人たちを見てください

実は当時、皆が平和を謳歌してました。男女差別もなくなり、女性がハイヒールを強制されていたなんて嘘っぱち。極めて自由だったのです
うん、なんだか幸せそう
半べー
半べー
残業もない。育児休暇も取得できます。賃金も高い。この方たちのご家庭は年収1千万円が水準で、世界から見ても高水準なのですね
つまり、教科書は大袈裟だったんですね。21世紀の日本では、労働環境が劣悪じゃなかったと
半べー
半べー
そうなんですよ
そういえば、歴史ドラマで見る平成令和の方たちは、みんな楽しそうに生きてますよね
半べー
半べー

もしも22世紀の未来人たちが、こんな会話をしていたら?

彼等が、日本でも屈指の福利厚生を誇る大手企業――つまり一部分だけを掬い上げた情報(歴史)に注目していたら?

22世紀から見れば100年前という歴史の舞台になる、現在の私達。

それが全員、きわめて豊かで平和で不安もなく充実していて、それが平均的な日本人像だとされたら、いささか背筋の凍る話ではありませんか。

怖いのは、これが決して他人事ではないことです。

現にあなたが今、そんな未来人と同じ思考になっていてもおかしくはありません。

おおよそ百年前。

この日本には、ほとんど注目されることのない貧しい生活を送る人々もおりました。

それは一体どんなものだったか?

歴史ドラマや教科書では、あまり取り上げられることのない日本近現代史の暗部にスポットをあててみました。

 


近代の都市とは過酷な場所であった

日本へ入る前に、まずはイギリスを見てみましょう。

大英帝国の首都ロンドン――。

霧の街をシャーロック・ホームズが馬車で駆け抜けていく。

ヴィクトリア朝の大都市と言えば、そんな厳かなイメージを抱くかもしれません。

フィクションで見るぶんには面白いですが、あなたはそこに住みたいと思いますか?

※以下は大英帝国の暗部を記した関連記事となります

産業革命の闇
産業革命の闇が深い!大英帝国ロンドンで悪臭漂う環境に置かれた子供たち

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ホームズは「ベイカー街遊撃隊」という浮浪少年たちを情報収集に使いました。

それが可能だったのは、当時の福祉が劣悪で、二束三文を払えば危険なことをする子供が溢れていたという証左でもあります。

「そっかぁ、大英帝国って酷かったんですね。日本とは違うんだな」なんて考えを抱いてしまう可能性もありましょう。

『あゝ野麦峠』だのなんだのいうけれども、富岡製糸場は労働条件がしっかりしていたんだしね……と認識してはいませんか?

 

日英の違いは、実はそこにあるわけではない。

イギリスの邪悪さを取り上げて、日本だけじゃないと溜飲を下げている場合ではありません。

残念なことに、歴史の教科書や授業でも、近代日本の貧困を赤裸々に取り上げることはほとんど皆無。

そしてここからが日英の違いではありますが、イギリスでは、自国の暗黒部分も映像化することが多いものです。

英国の上流階級を舞台にした人気ドラマ『ダウントン・アビー』でも、救貧院の劣悪さ、使用人の抱える困難は描かれています。

 

『ヴィクトリア』でも、アルバートがヴィクトリアに下層階級の困窮ぶりを語ることはある。

 

シャーロック・ホームズなり、切り裂きジャックを映像化するのであれば、むしろそこは欠かせない。

 

それでは日本ではどうでしょうか。

近代史ドラマが得意な、朝の連続テレビ小説(朝ドラ)を例にとってみましょう。

戦前舞台の朝ドラがクランクインすると、

【主演女優が羽織袴の女学生衣装を着て微笑むニュース】

が流れます。

朝ドラだけを見ていると、当時の女性はああいうものかと思えてくるかもしれません。

しかし、それは事実とは言い難いものです。

女学校に進学できた女性はごく一握り。

女学生よりもはるかに人数が多い層が社会に存在しており、朝ドラには出てこない人々が大勢います。

そこにいたはずなのに、消えてしまう人々です。

外国ルーツの人々。

女工。

女郎。

俥夫馬丁。

ゴミ拾い。

当時のドラマと言えば、結核で亡くなる人物――特に美男美女はお約束になっております。

けれども、結核菌が蔓延していて、そこに引っ越したがために全滅する一家はなかなか出てこない。

それを承知で次の一家を入居させ、幽霊騒動だと誤魔化す大家も出てこない。

コレラで全滅する一家も。

些細なことで殴り合いになる労働者たちも。

そんな人物たちは決してドラマに出てこない。

けれども歴史の中には確実にいたのです。

 


「貧民街」

明治時代は、近代化を遂げると言いながら、地域によりその進展速度は異なりました。

戊辰戦争で敗れた東北地方や開拓で苦しむ北海道とは違う、帝都・東京の賑わい。

教科書にも掲載される【ガス灯が輝く錦絵】は有名です。

造幣局創業当時(1871年)のガス灯/wikipediaより引用

では、東京や大阪に住む人々は、みんな豊かだったのか?

そんなはずはありません。

当時の貧民街に潜入し、渾身のレポートを残した記者たちが、以下のような記録をしています。

・最低ランクの「木賃宿」は8割が無灯火なので、日が沈むと真っ暗闇

・老若男女、皮膚病や感染症に苦しみ、顔は無表情で生気がない

・「残飯屋」に群がる人々は、軍の宿舎から出た焦げた飯、野菜の切れ端、腐りかけた食品……そうしたものを煮詰めた残飯を食事としている

・性的暴行が横行していた。施錠できない女性の住民は当然のように被害に遭うばかりか近親での関係も横行。日常茶飯事と化していた

・コレラや結核といったパンデミックの発生。結核で一家全滅した例もある。消毒もしないまま「幽霊屋敷だから住民が死んだ」と騙して次の家族を入居させ、また同様の被害が……

おそるべき人命軽視の現実がそこにありました。

こうした貧民街が、近代日本にも存在していたのです。

政治は彼等を救わなかったのか?

誰もそうしなかったのか?

これは気になるところではあります。

キリスト教圏ですと、教会が貧民救済の担い手となるものです。

しかし、日本では施しをすると厳罰が待ち受けていたことすらありました。

【通俗道徳】が社会の根底にあった明治以降の時代――福祉や援助は、かえって甘えにつながり、独立の気風を削ぐという【通俗道徳】論理が通用していたのです。

通俗道徳
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救いの手をさしのべず、自滅すればかえって好都合とでも言うような措置。

これは日本に限った話ではなく、近代とはそうした突き放し道徳観念の時代でもありました。

当時を思わせるノスタルジー豊かなアルコールとして「デンキブラン(→link)」というものがあります。

電気のようにしびれるブランデーという由来があり、独特の風味を残すお酒ですね。

浅草のバーなどで見かけますが、現在ならば、もちろん飲んでも危険はありません。

しかし、流通当初はそうではない。

貧民街の住民たちが、憂さ晴らしとして飲む目的があったため、アルコール度数が強烈かつ危険な代物でした。

イギリスの下層階級労働者は、ジンで飲んだくれておりました。

『ビール通り』と『ジン横丁』ウィリアム・ホガース/wikipediaより引用

あれは彼らだけのことではなく、日本でも似たような状況があったのです。

かつてはデンキブラン。

現代はストロングゼロ。

歴史は繰り返す――そう言えるのではないでしょうか。

 

「貰い子殺人」

近年、児童虐待の件数が増えているとされます。

被害の可視化により報道が増えているだけ――というご意見もあるかもしれません。

そこは注意せねばなりませんが、あらためて考えてみたい。

日本人は子供を大切にしてきたのか?

幕末の来日外国人は、日本人の子供を見る目のやさしさを記録してはおります。

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その一方で西洋人たちが記録してきた日本の悪習に「嬰児殺し」があります。

生まれたばかりの赤ちゃんを殺めるのです。

西洋人たちは、驚愕と嫌悪をもってその様子を記録しておりました。

「生類憐みの令」でやや緩和されたとはいえ、それでもまだまだ多い。

それは江戸時代の話で、明治維新以降は減ったのでしょう……と思いたいところですが、そうとも言い切れません。

明治政府は「富国強兵」の掛け声のもと「産めよ増やせよ」と言い続けました。

社会がそうなると堕胎・中絶への目が厳しくなります。

産めば終わりではなく、養育費という問題がある。

貧しいのに子供が生まれたら?

結婚していなかったら?

産んでしまった親と、金が欲しい殺人者。

そのニーズが不幸な一致を見た時、おぞましい大量殺人が発生します。

「貰い子殺人」です。

新生児を抱えて途方に暮れる親から、養育費と乳児を受け取る。

それを殺し、埋め、次の子を貰い受ける。

これを繰り返し、一体何人犠牲者がいるのかわからないまま、続いた事件がありました。

周囲が不信感を抱かなければ、罪はますます重ねられていったのです。

赤子の推定被害85人~169人とされる寿産院事件/wikipedia

妊娠する女性の権利。

庶子の権利。

子どもの保護。

こうした目線での改善は一進一退を繰り返し、戦後、日本国憲法により著しい進歩を見せます。

その背景には、日本で暮らしてきたがゆえ目の当たりにした、階層の苦しみを改善したいと願った――ベアテ・シロタ・ゴードンの願いがあったのです。

 


「女工」

関東大震災は、日本史上に残る災害と言えます。

地震と火災そのものの死者も甚大かつ、横行する自警団による特定民族が狙われた暴行殺人も、悲劇として記憶されています。

こうした凄惨極まりない犠牲者の中には、女工たちも含まれておりました。

工場で働いていて、被災死してしまった。

そうまとめるとわかりにくくなる実態があるのです。

女工たちの働く工場は、労働者の安全性を著しく軽視したものも多いものでした。

・耐震設備が不十分である

・それ以前に自然倒壊しそうな工場もあった

・女工を隙間なく詰め込んだがゆえの圧死

それだけではない、凄惨な例もあります。

富士紡小山工場では、避難しかけた女工が容赦ない言葉を浴びせられたのです。

「お前たちの体は、金を出して買ったんだ。自由に逃げるんじゃない」

そう怒鳴られ、空き地で身を寄せ合っているところへ、火災が襲いかかりました。

逃げれば死なずに済んだかもしれない女工たちは、こうして焼死したのです。

当時は人権意識もない。

労働者はそんなもの。

男性は男性で徴兵制度がある。

それはそうですが、女工には悲惨な条件が重なっておりました。

・女性は男性よりも低賃金である

・貧しい家庭出身者は、貧困や責任感につけこまれる

・うまく言いくるめて、地方から都市へと女工を連れてくる悪徳商人が跡を立たない。脱走しようにも地理感覚がなく、不可能だった

・劣悪な衣食住で、食事は栄養価が低く、まずいものしかない

・酷使と栄養不良の結果、健康が損なわれてしまう

・集団生活ゆえに、パンデミックも発生しやすい

・不健康となった女工は居眠りをする、作業効率を落とした結果、凄惨な体罰に遭う

・これほどまでに劣悪な環境を整えても、雇用側の罰則は軽微であった

失明まで放置された女工。

折檻死の挙句、死体を遺棄された女工。

全裸にされる、性的な暴行を受けるといった、異常なまでの搾取にさらされた女工もおりました。

あまりの生活の苦しさに、脱走して遊郭に逃げ込む女工も少なくありません。

このころの性産業に従事する女性も、過酷な目に遭わされておりました。

それでも女工よりはマシであるとすらと思われていた節があります。

当時が舞台のフィクション作品ですと、ミルクホールの女給や電話交換手等が女性の職業として出てきます。

慎ましやかに、そして楽しそうに生きているように彼女たち。

それもかなり恵まれた境遇ならではと言えるのです。

暗い顔をした女工は、画面の外にいます。

そうした悲惨な境遇は、日の当たらない場所で忘れられてゆくものなのです。

 

搾取構造は必要悪なのか?

※劣悪な搾取を描いた『蟹工船』

なぜ、これほどまでに悲惨な境遇が放置されたのでしょう。

貧しく弱い者を救うより、強い者が登りゆく話のほうがもてはやされる――そういう構造も影響したかもしれません。

地方出身者。

女性。

下層階級。

声が小さな者たちは、聞こえないものとして扱われる。そうした根源的な構造も、そこにはあります。

学校の授業でも近現代史はあまり取り扱われず、悲惨な下層階級の話は軽視されてしまう。

そこも忘れてはならないはずです。

前述の通り、朝ドラの主人公周辺は恵まれていることが多いものです。

見ていて悲惨な要素はほとんど取り扱われません。

高い乳幼児死亡率。

差別。

日本以外にルーツを持つ人々。

凄惨な暴力。

テレビ画面から流れてくるのは、極めてクリーンアップされた世界ですので、そこを念頭に置く必要はあると思うのです。

ドラマや教科書だけで知った気にならず、誰かの話を聞き、書物に目を通すことは、きっと忘れがたい知識を得るきっかけになるはずです。

もうひとつ、こうしたことを語り継がない弊害も考えたいところです。

「日本人は搾取をしなかった」

そうまとめてしまえば、気分はスッキリします。

しかし、それでよいのでしょうか。

現代だって、労働者の悲鳴は見逃されがちです。

だからこそ改善されず、劣悪な労働環境が残されてゆく可能性は考えられませんか?

見て見ぬフリは果たして賢明なのでしょうか?

歴史と現在を分断しないこと――劣悪な労働環境や生活の問題はかつて存在していたし、今もそれは続いていると認識することで、よりよい明日を目指すことができるのではないでしょうか。

すべては今と未来のため。

そのために歴史を考えること、暗部に目をやることは、決して無駄にはならないと思うのです。


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【参考文献】
紀田順一郎『東京の下層社会(筑摩書房)』(→amazon
湯沢雍彦/奥田都子/中原順子/佐藤裕紀子『百年前の家庭生活(クレス出版)』(→amazon
松沢裕作『生きづらい明治社会――不安と競争の時代 (岩波ジュニア新書)』(→amazon
澤宮優『イラストで見る昭和の仕事図鑑(原書房)』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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