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女性 その日、歴史が動いた 鎌倉・室町時代

4人の子どもたち全員に先立たれた北条政子は 剛毅な女傑か不幸な女性か

更新日:

 

毎度の事ながら突然ですが、「女丈夫」という言葉をご存知でしょうか。
体が丈夫な女の人……ではなくて、考え方がしっかりとしていて、男性にも負けないような気迫を持っている女性のことです。「女傑」とほぼ同じ意味ですが、たぶん心身ともに立派な男性をさす「偉丈夫」に対応して作られたのでしょうね。

日本史上にも、これに当てはまりそうな女性が何人かいます。

身重ながらに大陸へ渡って戦の指揮をした神功皇后や、正式に即位した初の女性天皇・推古天皇あたりがまさにぴったり。
本日はそんな歴史上の偉大な女性の中でも、キツいイメージの強そうなあの人の別の面を見てみましょう。

嘉禄元年(1225年)7月11日は、北条政子が亡くなった日です。

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尼将軍で剛毅なイメージの強い政子だが

若い頃には(当時罪人だった)頼朝との愛を貫いたり、夫が亡くなってからは「尼将軍」として御家人たちを叱咤するなど。北条政子といえば、なかなか剛毅な女性としてのイメージが強いですよね。
しかし、彼女は一つだけ、けれどもとてつもなく大きな悲しみを背負った人でもあります。

自分が産んだ子供に、全員先立たれているのです。

古来より、子に先立たれた親、特に母親の悲しみはこの世で最も哀れなものとされてきました。仏教用語では「逆縁」といいますが、これほど有名な人物がそんな状態にあったことを、今では誰も気に留めませんよね。
とはいえ、一人だけは助けられそうな子供もいたのですが……。

ということで、政子の四人の子供と、彼女自身の人生をあわせて見ていきたいと思います。
頼朝は他の女性との間にも子供がいるのですが、ここでは政子の子供として数えるので、頼家を長男と書かせていただきますね。

 

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禁断の恋から始まった伊豆のビッグカップル

政子の一生においては、前半生……特に、頼朝と結婚する前後が一番幸せだったかもしれません。
彼女は伊豆の実力者・北条時政の長女として生まれ、父親が頼朝の監視役となったことで運命の出会いを果たします。
まるで仕組まれたかのように、時政が京都へ仕事をしに行ったため、いわゆる「禁断の恋」といったシチュエーションになったのです。
どこぞの悲劇と同様、「ああ頼朝、あなたはどうして源氏なの?」とかなんとか言ってたかもしれませんね。何だこの違和感のなさ。

定番の源頼朝肖像画(近年は足利直義説が強い)/Wikipediaより引用

 

当時としては珍しく、政子は自ら忍んで頼朝に会いに行くほどの熱烈ぶりだったので、時政も渋々結婚を認めました。
ちょうどこのあたりに、上方では「平家ブッコロ!」な動きが見え始めていたため、時政としては「一応源氏の御曹司だし、仲良くしておけばいいことあるかも」と思ったのかもしれません。

そしてまず、長女・大姫が生まれ、その四年後に長男・頼家、同じく頼家の四年後に次女・三幡(さんまん)、そして最後に末っ子・実朝が生まれました。
……なんだか素晴らしいほどの家族計画ですね。ついでに言うと、女性二人の誕生日は不明なのですが、頼家と実朝はどちらも8月の前半生まれです。
どんだけだよ!

 

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夫が成立させた幕府を軌道に乗せて

この中で一番長生きしたのが、末っ子の実朝だというのがなんともいえません。大姫と三幡は10代で亡くなり、頼家は以前取り上げた通り(過去記事:母・北条政子から嫌われて?暗殺された2代将軍源頼家の悲劇【その日、歴史が動いた】)、政子の実家によって殺されてしまいました。
実朝暗殺については政子は関与していなかったようですが、下手人の公暁は父・頼家の敵討ちのつもりだったでしょうから、自ら蒔いた種と言えなくもないですね。
頼家暗殺については、政子が止めようとしていたのかしていなかったのか、はっきりしないので微妙なところですが。

いずれにせよ、こんな経緯で四人もの子供に先立たれたら、そりゃ「この年老いた尼一人が生き残らなければならないのか」とも言いたくなりますよね。
「承久記」という歴史書に書かれている発言なのですが、この本は元々承久の乱の記録なので、御家人たちに対する「しっかりせんかい!」(超略)発言などの前に書かれていることになるのがまた何とも。

実朝暗殺から、承久の乱の宣戦布告が届くまでの2年間、彼女は一体どんな気持ちだったのでしょう。
「政子ってスゴイと思われてるけど何もしてねーじゃんwwwww」という人もいますが、全ての子供に先立たれた悲しみを、夫の残した制度を守り抜く力に変えたというのは、そうそうできることではありません。

そこだけは、誰もが認めてもよいのではないでしょうか。

長月 七紀・記

【TOP画像】北条政子/Wikipediaより引用

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【参考】北条政子/Wikipediaより引用

 

 





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