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【ムーラン(木蘭)元ネタ】
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明『楊家将演義』
北宋時代、楊一族が戦う歴史劇。『北宋志伝』のような先行作品では男性主体であったものの、明代あたりから何かが変わってきます。
「強い女戦士に興奮したい! あとなんか魔法みたいなもんも入れる!」
と、考えたクリエイターが無茶振りをやらかすようになります。
ともかくこの家は女性が強い!
女性名に「桂」や「蘭」が多く、木蘭へのリスペクトがあります。例えばヒロイン筆頭は穆桂英(ぼくけいえい)です。
この話のパターンは、もうツッコミどころがありすぎてつらい。
楊家の男が、ツンデレ、ヤンデレの女盗賊に打ち負かされると。
「はぁ? 私ごときに負ける? 恥ずかしくないの? バッカじゃないの!? 少しは、自分で戦うってことしてみなさいよね! で、でも、捕まえたんだから、あんたイケメンだし……まぁ、結婚してやらないこともないけど……もうっ、結婚しないと殺すからね!」
これがだんだんとパワーアップしていく。
なんと、三人のヤンデレに迫られ、ハーレム展開をする羽目になる楊文広なんて人物も。それなんてギャルゲー? いいえ、中国古典文学です!
ツンデレとヤンデレとロマンスを繰り返した結果、楊一族が女戦士パワーでピンチを乗り越える。だいたいそんな話です。
ハイライトがなんといっても「十二寡婦征西」(十二人の未亡人、西へ遠征す)なんだから、ともかくスゴイ!
ちなみに映画版の邦題は『女ドラゴンと怒りの未亡人軍団』(原題:『楊門女将之軍令如山』)でした。セシリア・チャンが穆桂英を演じています。大島ゆかりさんも出演しています。
一体どういうことかと戸惑った方もおられるかもしれません。内容にふさわしい、素晴らしいタイトルです。
明『花関索伝』
「やっぱり関羽はすごいよね。そんな関羽の息子と女戦士の恋愛があったら萌えない?」
そういう発想とニーズがあったのか。
スピンオフ『花関索伝』誕生!
劉備・関羽・張飛はある日、こう言いました。
「俺ら家族が足手まといだと本気出せないよな。でも自分で殺すのは嫌でしょ? 互いに殺し合わない?」
「いいね!」
何を言ってんだかわからない冒頭ですが、関羽の妻・胡金定(こきんてい)は妊娠中でありながら逃亡に成功。
胡金定の産み落とした子・関索(かんさく)は花のようなイケメンです。そんなイケメンが、ツンデレ&ヤンデレ女戦士たちと恋愛しつつバトルもする。そういうハーレムスピンオフです。
イケメン関索好きの女性ファンも、ハーレム大好き男性ファンも幸せになった、そういう二次創作ですね。
関羽は死後が熱い!「義」の代表が「万能の神」として崇敬されるまでの変遷
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※コーエーテクモでも出てきました
清『隋唐演義』
隋から唐へ。
激動の時代を背景にしたスペクタクルドラマです。
なんと花木蘭も登場します。かなり時代がズレておりますが、豪華ゲストということでご理解ください。
改変もされています。
なんと可汗から後宮に入れと迫られ自殺しているのです。
そのあと妹の花又蘭(かゆうらん・しかも木蘭二号的なネーミング……)が活躍するというものすごい設定。勝手に殺し、妹を生み出す。クレームは作者の褚人獲(ちょじんかく)にお願いします。
清『説岳全伝』
岳飛と並び称される名将・韓世忠(かんせいちゅう)夫人・梁紅玉(りょうこうぎょく)が大活躍を遂げます。
金の兵士をボコボコにする彼女は最高です!
ヤツは売国奴か平和主義者か? 今も評価が揺れ動く南宋の秦檜と岳飛
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清『説唐後伝』
唐代の名将・薛仁貴(せつじんき)。その子・薛丁山(せつていざん)の妻・樊梨花(はんりか)がともかく強い!
中国古典文学史上最強のヤンデレ。ともかく凶悪でもあります。
木蘭は父のために戦った、そんな「孝」ヒロインでしたが、彼女はそうじゃない。
・西涼の将軍の家に生まれる。唐とは敵同士のはずが、武芸を授かった師匠からついでに恋の予言も受けてしまう
・「薛丁山と結婚する予言があるから、ダーリンのいる唐軍に城を明け渡して!」そう父に迫ったところ、父娘喧嘩になりはずみで父を殺害! 「孝」はどうした?
・兄二人もうっかり殺しちゃった! やりすぎだ!
・そしてついに薛丁山を発見!「臨陣招親」(戦場で戦ってプロポーズ)に挑む。三度戦い、三度薛丁山を負かし「もうっ! アンタは私と何度戦っても勝てないんだからねっ! け、結婚しなさいよ!」と迫る
・「あの娘、強いねえ。嫁にしたいわ。息子よ、結婚しなさい」そう言い始める薛仁貴。しかし薛丁山は「あんな親兄弟を殺すヤンデレ絶対に嫌です!」と断固拒否。それはそうでしょう……
・なんだかんだで結婚するも三度離婚。それでも結局結ばれました。
これが「三休樊梨花」(樊梨花と三度離婚する)という最大の見せ場なんだからもうわけがわからない。
これなんてラブコメ?中国古典文学です!
ここでは木蘭の流れを汲む、従軍女戦士を取り上げました。
民間の世界「江湖」で活躍する「女侠」はもっと多数おります。『児女英雄伝』の十三妹をはじめ、ともかく中国文学は美少女戦士が大勢出てきます。
美少女戦士に助けられ、時にはボコボコにされながらうっとりする。これぞ中国文学の一面です。
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※実写版木蘭を演じた劉亦菲(リウイーフェイ)は、伝説の女侠・小竜女が当たり役
日本のサブカルチャー、漫画やアニメこそが、戦う美少女の元祖だという意見を時折見かけます。
それは不正確です。
中国大陸には、女戦士のそれこそ長い歴史があります。
その他にも……。
美少女ハーレムもの(『紅楼夢』他多数)
推し論争、聖地巡礼、二次創作が熱い(『紅楼夢』他多数)
エロパロスピンオフ(『金瓶梅』他多数)
人外美女との恋愛(『白蛇伝』他多数)
幽霊美女との恋愛(『剪灯新話』他多数)
ともかく、中国の方が先のものが山ほどありますので、そこは気を付けておいた方が良さそうです。
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「孝」という儒教道徳。
そして異民族との戦いという、歴史的な要素から生まれた木蘭――。
詩の中から飛び出した彼女は、物語の世界に旅立ち、そのあとに多数の女戦士を生み出しました。
そしてついに、ディズニーヒロインにまで到達したのです。
儒教道徳から飛びだった彼女は、スクリーンで偽りの自分を捨て、自分自身の生き方を決めると言い切ります。
21世紀に生きる彼女は、誰かのためではなく、自分自身を探すために生きる存在となりました。
これぞまさしく、時代が求める女戦士の姿なのでしょう。これからもそんな彼女の勇敢な姿を楽しもうではありませんか。
文:小檜山青
木蘭辭(木蘭の詩)
喞喞復喞喞
喞喞復た 喞喞
ああつらい どうしてこんなにつらいのか
木蘭當戸織
木蘭、戸に当りて織る
木蘭は、戸のそばで機織りをしている
不聞機杼聲
聞かず機杼の声
それなのに、機織りの音が止まってしまった
唯聞女歎息
唯だ聞く女の歎息
ただ聞こえるのは、彼女のため息ばかり
問女何所思
女に問う何の思う所ぞ
彼女に何が悩ましいのか聞いてみよう
問女何所憶
女に問う何の憶う所ぞ
彼女はどうして悩んでいるのか?
女亦無所思
女また思う所無し
彼女が思うことは、もうない
女亦無所憶
女また憶う所無し
彼女が思うことはもう、ないのだ
昨夜見軍帖
昨夜、軍帖を見るに
昨日の夜、召集令状を見てしまった
可汗大點兵
可汗、大いに兵を点ず
王は、大軍を徴兵している
軍書十二巻
軍書、十二巻
徴兵名簿は、十二巻もあって
巻巻有爺名
巻巻に爺名有り
そこに年老いた父の名もあった
阿爺無大兒
阿爺、大児無く
老父には、成人した息子はいない
木蘭無長兄
木蘭、長兄無し
木蘭に兄はいない
願爲市鞍馬
願わくは為に鞍馬を市い
市場で馬と鞍を買おう
從此替爺征
此に従いて爺征に替えん
召集に応じて、年老いた父の身代わりになろう
東市買駿馬
東市に駿馬を買い
東の市場で駿馬を買って
西市買鞍韉
西市に鞍韉を買う
西の市場で鞍を買って
南市買轡頭
南市に轡頭を買い
南の市場で轡(くつわ)を買って
北市買長鞭
北市に長鞭を買う
北の市場で鞭を買おう
旦辭爺孃去
旦に爺嬢を辞して去り
朝になったら両親に別れを告げて出立しよう
暮宿黄河邊
暮に黄河の辺に宿す
暮れになったら黄河のほとりに泊まる
不聞爺孃喚女聲
聞かず爺嬢女を喚ぶの声
年老いた両親が娘を呼ぶ声は聞かない
但聞黄河流水鳴濺濺
但だ聞く黄河の流水の濺濺と鳴くを
ただ、黄河の水の流れる音だけを聞こう
且辭黄河去
且つに黄河を辞して去り
そして黄河にすら別れを告げて
暮至黒山頭
暮に黒山の頭に至る
暮れには黒山の頭にたどりつく
不聞爺孃喚女聲
聞かず爺嬢女を喚ぶの声
年老いた両親が呼ぶ声は聞かないようにしないと
但聞燕山胡騎鳴啾啾
但だ聞く燕山の胡騎の啾啾と鳴くを
ただ燕山に迫る異民族兵の声だけを聞く
萬里赴戎機
万里、戎機に赴き
万里を超えて戦場へ赴き
關山度苦飛
関山、度りて苦飛す
関山を苦労して超えてゆく
朔氣傳金柝
朔気、金柝を伝え
北の冷気に軍楽の音が響いている
寒光照鐵衣
寒光、鉄衣を照らす
冷たい光が、甲冑を照らしている
將軍百戰死
将軍、百戦にして死に
将軍は、百度戦って戦死を遂げ
壯士十年歸
壮士、十年にして帰る
屈強な兵士も十年を経てやっと帰った
歸來見天子
帰り来たりて天子に見ゆるに
やっと帰って天子に拝謁する
天子坐明堂
天子、明堂に坐す
天子は明堂におられる
策勳十二轉
策して十二転に勲じ
その功績を称え、十二回級特進し
賞賜百千彊
賞して百千彊を賜う
百千の金を報奨金として賜った
可汗問所欲
可汗、欲する所を問うに
王から望みを問われても
木蘭不用尚書郎
木蘭、尚書郎を用いず
木蘭は高い地位を望まない
願馳千里足
願わくは千里の足を馳せ
願いはただ千里を超えて帰ること
送兒還故郷
児を送りて故郷に還らしめよ
この子をなんとしても故郷へ戻して欲しい
爺孃聞女來
爺嬢、女の来たるを聞き
年老いた両親は、娘の声をやっと聞いた
出郭相扶將
郭を出で相い扶け将く
助けられながら、やっとの思いで迎えに出る
阿姉聞妹來
阿姉、妹の来たるを聞き
姉は妹の帰ってきたことを聞いて
當戸理紅粧
戸に当たりて紅粧を理う
家の中で化粧をして出迎える準備をする
小弟聞姉來
小弟、姉の来たるを聞き
弟は姉の帰宅を聞いて
磨刀霍霍向猪羊
刀を磨き霍霍として猪羊に向う
刀を研いで、声をあげながら豚肉と羊肉を準備する
開我東閣門
我が東閣の門を開き
東の門を開き
坐我西閣牀
我が西閣の牀に坐す
西の寝台に休む
脱我戰時袍
我が戦時の袍を脱ぎ
戦っていた時の軍装を脱いで
著我舊時裳
我が旧時の裳を著る
昔着ていたスカートを身につける
當窓理雲鬢
窓に当りて雲鬢を理へ
窓のそばで髪を綺麗に結って整えて
對鏡帖花黄
鏡に対して花黄を帖る
鏡に向かって化粧する
出門看火伴
門に出でて火伴を看るに
門を出て戦友を迎えると
火伴皆驚忙
火伴、皆驚忙す
戦友は皆驚いてしまう
同行十二年
同行十二年
十二年も一緒にいたのに
不知木欄是女郎
知らず木欄これ女郎なるを
木蘭が女だなんて知らなかった!
雄兎脚撲朔
雄兎、脚撲朔
雄のウサギがだだっと走って
雌兎眼迷離
雌兎、眼迷離
雌のウサギがうろちょろして
兩兎傍地走
両兎、地に傍いて走り
両方のウサギが地面をそうやって走っていたら
安能辨我是雄雌
安んぞ能く我がこれ雄雌なるを弁ぜん
どうやって雌雄の区別をつけられる?
【参考文献】
井波律子『中国文学の愉しき世界』(→amazon)
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他