金瓶梅 (1) (まんがグリム童話)の表紙

中国

『金瓶梅』は中国一の奇書?400年前の『水滸伝』エロパロが今なお人気♪

2020/10/27

「君らのいる場所は、我々は既に三千年以上も前に通過しているッ!」

そんな台詞が、漫画『グラップラー刃牙』(著:板垣恵介)シリーズにあります。

烈海王という中国拳法の達人がこの台詞を発するのですが、要するに悠久の歴史を持つ中国では「おまえらのやっていることなんてとっくに経験済みだ」ということです。

実際、同様の話は歴史的にも多々ありまして。

中国史関連の書籍を目にしておりますと「えっ、昔からそんなのがあったの?」ということをしばしば目にします。

今回のテーマ『金瓶梅』もそのひとつ。

『水滸伝』をエロパロにした二次創作スピンオフであり、16世紀後半から17世紀前半には既に存在していたのでした。

 


108人もの豪傑が登場する水滸伝 埋没キャラの武松を……

金瓶梅――。

というと、なんとな~くポルノ関連の作品であることを知っている方はおられるでしょう。

日本でも色っぽいお店や映画のタイトルにもありますし、レディースコミック版も長寿連載を保っております。

『水滸伝』が高い人気を誇っていた江戸時代には、滝沢馬琴が翻案を手がけています。

そんな知識がなかったとしても、艶っぽいタイトルでありますね。

金色の花瓶に生けられた梅の花……って、なんともゴージャス!!

もともと本作は、先日当サイトで紹介させていただいた『水滸伝』のスピンオフにあたります。

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『水滸伝』には108人もの豪傑が登場するため、埋没してしまうキャラクターも多数います。

そんな中でひときわ目立つのが、行者こと武松。

ボサボサの髪型で、イラストでは虎とともに描かれ、大変人気が高い人物です。

武松は、本編の第23回から計十回にわたり、お尋ね者となる契機が描かれます。

 


武松が潘金蓮らの殺害に失敗したらどうなった?

武松の兄・武大は弟と比較すると冴えない男でした。

しかし、気のいい饅頭売りで、彼には美人妻・潘金蓮がいました。

潘金蓮は冴えない夫・武大に嫌気が差し、武松を誘惑。しまいには愛人の西門慶と共謀し、武大をまんまと毒殺してしまいます。

武松はこれに激怒し、潘金蓮、西門慶、その仲立ちをした王婆を殺害。

晴れて天下のお尋ね者となってしまうのでした。

『金瓶梅』は、

「武松が潘金蓮ら殺害に失敗したらどうなったのか?」

というif展開のスピンオフエロパロです。

まんまと武松を追い払った潘金蓮と西門慶は、酒池肉林の日々を繰り広げる、というわけです。

豪快な男たちが戦う『水滸伝』を、ぬけぬけとエロパロにしてしまう、その換骨奪胎ぶりには驚愕しかありません。

こんなエロパロを書いた人の素性は不明です。

ペンネームだけは伝わっていて「蘭陵笑笑生」と言います。

現代日本のインターネットスラング風に飜訳するならば「蘭陵在住大草原不可避www」とかそのあたりでしょうか。

彼の素性はわかりません。

ただし文学的な素養、豊かな女性経験、鋭い批評眼、ブラックユーモアのセンスを持っていたことは確かなようです。

 

エロパロ作品が中国文学史に残る理由

なぜ文学史にそんなエロパロが残されているのか。

当然の疑問でありましょう。

しかし実はこの作品、中国文学史においてかなり画期的な存在なのであります。

『三国志演義』、『西遊記』、『水滸伝』といったそれまでの作品は、講釈師画語り継いできた内容を小説家したものでした。

いわばドラマのノベライズですね。

ところが本作は、講釈ベースではなく筆者がはじめから小説として執筆した長編作品であるのです。

中国文学史において、画期的な転換点でした。

そしてこれだけ有名であるにも関わらず、いや有名であればこそ、本書はしばしば発禁対象とされました。

露骨な性や贈収賄描写が問題とされたのでしょう。

そのため他の作品と比較して研究は遅れ、限られた人しか読めない作品でもありました。

ところが、です。

腐敗した描写があればこそ、世相を鋭く批判する作品にもなりえます。

「その時代版『金瓶梅』」を描けば作品は腐敗しきった世相を皮肉り告発する内容になるのです。

腐敗を暴く本作の精神は、どの世相でも斬るだけの鋭さを秘めています。

 


ハーレムにいる個性豊かなヒロインたち

武松を追い払い、収賄で犯罪を隠蔽。いっぱしのパリピとなった西門慶はパーッと派手に遊びまくります。

彼の家はちょっとしたハーレムです。

色っぽいヒロインがずらりと居なければ話になりません。

このヒロインの描き分けがこれまた見事なんですな。

まずはメインの三人。タイトルにもなった金瓶梅からです。

潘金蓮:メインヒロイン。美人で気が強く、嫉妬深い。周囲に埋没しないメインヒロインにふさわしい存在感

李瓶児:病弱でおとなしく、儚げなヒロイン。スレンダータイプ

龐春梅:潘金蓮の侍女。男といるときより、主人に忠誠を尽くしている時の方が生き生きとして見える。実はプレイヤーの攻略キャラにならないヒロイン

呉月娘:西門慶の正妻。正妻のプライドがあり、常にお高くとまった優等生タイプ

李嬌児:元は遊郭の歌手。グラマータイプ。しっかり者で冷静なタイプ

孟玉楼:中肉中背で少しそばかすがある。性格に嫌味のないサブヒロインタイプ

この他にもたくさんヒロインは出てきますが、どれもさりげなく描き分けがしてあって、そのままギャルゲーになりそう。

しかも妄想ではなく、実体験に基づいているような堅実さがあります。

こりゃ、作者は相当遊んでいたな、と勘ぐりたくなるレベルです。

 

ディテールが細かい! 話もある意味面白い!

お色気たっぷりのハーレムものとして、ヒロインの描き分けができていることは、もちろん基礎中の基礎。

本作はそれだけではなく、当時の上流階級の衣食住を細かく描き、収賄贈賄が横行して腐敗しきった社会に批判の目を向けています。

日常生活の描写はわずらわしいほどではありますが、凝った料理のメニューや服装の描写は、当時の風俗を知る上でなかなか貴重です。

さらに肝心のストーリーも、ある意味面白い。

ただ主人公たちが酒池肉林を繰り広げるエロパロならばすぐ終わるところを、本作は多彩な登場人物の愛憎や流転する運命を、波乱万丈に描くのです。

『水滸伝』とはまるで毛色が違う、エロチックなソープオペラといったところでしょうか。これがなかなか面白いのです。

英雄豪傑のスカッとする物語をお求めの方には、あまりおすすめできませんが、極悪人になろうとして小悪人止まりの西門慶以下、右往左往する姿が何とも味があるんですよね。

ただのエロ小説ならばここまで読まれないと思うほど、人間関係がぎっしりと詰まっていて面白いのです。

 

オススメの日本版・三次創作は『妖異金瓶梅』など

本作はそのエロチックな内容が人気で、中国語圏だけではなく日本でも映画化されたことがあります。

しかし、本作の味が二時間程度の映画に入りきるとは思えません。

活きてくるのは、エロよりも人間関係の濃密さをふまえた翻案でしょう。

本作は『三国志演義』や『水滸伝』とちがって、明確な目的もないままだらだらと続くのが特徴。

オリジナルキャラクターを勝手に足すのにはもってこいの構成をしています。

では、日本ではどんな作品がオススメか?

高い評価を得ているのが、山田風太郎氏の『妖異金瓶梅 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)』(→amazon)です。

 

豪華な屋敷内で織りなす人間関係と愛憎を、ミステリ仕立てにした連作短編集でして。

原作を活かした、アッと驚くような仕掛けがあります。

きちんと流れを踏襲しつつ、ミステリとしても出来がよいのです。

他には、竹崎真実によるレディースコミックス版『金瓶梅』。かなり息の長い、隠れた名作となっているようです。

『金瓶梅 (1) (まんがグリム童話)』(→amazon

女性同士のドロドロした部分、殺人といった事件要素を強調した作品であり根強いファンがいるのも納得できる内容です。

長く、くどく、『水滸伝』のファンだからといって読むべきか?と問われたら、そうとは言い切れない『金瓶梅』。

しかし独特の魅力はありますし、こんなリアリティとブラックユーモアのあるエロパロ二次創作スピンオフが、400年も500年も前に創作されたのかと思うと、なんだか感動すらしてしまいます。

原典は流石にハードルが高そう、という方はとりあえず前述のミステリ版と漫画版からおすすめします。


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【参考文献】

『金瓶梅―天下第一の奇書 (中公新書) 日下翠』(→amazon

『中国の五大小説〈下〉水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 (岩波新書 新赤版 1128)』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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