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【クレオパトラ7世】
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色褪せていたのは彼女の美貌ではなく政治力か
霊廟から連れ出されたクレオパトラを、オクタヴィアヌスは丁重に扱いました。
オクタヴィアヌスにとって、生きたクレオパトラも、死んだアントニウスも、絶好の宣伝材料です。
「ローマを捨てて淫らな女を選んだ敵にも、その妻にも、私はこんなに寛大な態度を取るのだ!」
そうアピールする絶好の機会でした。
彼は、クレオパトラの望みであるアントニウスの葬儀も、かなえてあげました。
ところがクレオパトラは、一向に自分と交渉しようとしないオクタヴィアヌスの態度に、焦りを感じ始めます。
カエサル、アントニウスの時と違って、彼は交渉すらしようとしないのです。
やっと顔を合わせたときも、彼は丁寧だけれども冷淡な態度でした。
このときクレオパトラはオクタヴィアヌスを誘惑しようとしたと伝わります。しかし、その色香も色褪せたのか、それとも相手が潔癖すぎたのか、それも通用しません。
この場合、むしろ色褪せていたのは、彼女の政治力でしょう。
権力から失墜し、相手を惑わせる淫らな女王という悪名にまみれた彼女に、わざわざ手をさしのべる者はもういないのです。
『このまま生きていたら、ローマに連れて行かれ、死ぬよりも辛い目に遭うかも知れない』
クレオパトラは、ある苦い記憶を思い出していたかもしれません。
屈辱の生よりも、誇り高き死を!
紀元前46年8月。
カエサルの愛人となっていたクレオパトラは、ローマに招かれて凱旋パレードを見物していました。
そこで見世物にされていたのは、異国の反逆者たちです。鎖に繋がれ罵声が浴びせられる中には、クレオパトラの妹であるアルシノエもいました。
あの時のアルシノエのような目に遭うことは、誇り高き女王にとって耐えがたいことです。
決断の時が訪れました。
クレオパトラは黄金の寝台に身を横たえ、死を選びます。
死にゆく女主人の傍らで、忠実な侍女も二人、運命をともにしました。
女王の豊かな乳房、あるいはなめらかな腕に毒蛇がからみつく。
なんとも絵になる光景です。彼女の最期は歴史絵画の題材にうってつけでしょう。
しかし、本当に彼女が毒蛇に噛ませたかどうかは、判然としません。
奇妙なことに、部屋からは蛇は見つかりませんでした。体にも毒蛇に噛まれた人に出るような斑点はなかったと言われています。
二つの小さな刺し傷があったとされていますが、毒を直接飲んだのかもしれません。
こうした状況から、他殺説もあるそうです。
コブラに胸を噛ませて自殺した美女クレオパトラ~そんな計算通りに死ねるもの?
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「なんということだ! クレオパトラが自殺未遂だなんて」
報告を聞いて慌てたオクタヴィアヌスは蘇生を施させますが、内心は『このまま死ねばラッキー』と思っていたでしょう。
やはり女性を処刑することは、王として憚られる行為です。
事実、オクタヴィアヌスは、クレオパトラが生んだ男子を殺害しましたが、女子は見逃しました。
殺さないかわりに監禁して「敵を寛大に扱う」芝居をするのも面倒です。
ここで伝説として死に、その葬儀を悲しそうな顔で執り行うのが最善の方法。凱旋パレードは肖像画でも間に合います。
オクタヴィアヌスは死せる政敵を駒として、プロパガンダのネタとして存分に利用し、その政治的影響力を一段と高めることに成功したのです。
男を手玉にとった淫らな女王――。
そんなイメージは、プロパガンダが元ネタになっている要素も大きく、それがシェイクスピアからハリウッド映画まで、様々な作品の中で増幅されていったのですね。
政治的に不安定な玉座を守るため、流転の日々を強いられた苦悩の女王。
それが、絶世の美女クレオパトラ、真の姿ではないでしょうか。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
『王妃たちの最期の日々 上』(→amazon)