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マクベス/wikipediaより引用

イギリス

マクベスはそこまでワルじゃない? 実はよく頑張ったスコットランド王の統治事情

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スコットランドといえば、何を思い浮かべます?

・ウイスキー
・パグパイプ
・キルト

昨今の話題で言えばイギリスからの独立を目指した国民投票でしょうか。
あのとき、こんな風に思った日本の方は少なくないでしょう。

「イギリスの一部だと思っていたのに今さら独立とか何なの?」

と、これは世界史を習った方には当たり前かもしれませんが、そもそもイングランドとスコットランドは別の国です。

日本と同じく島国であり、その中に別の国があるなんてイマイチ納得がいかないかもしれません。
が、事実は事実なので飲み込むしかありません。

さて、本稿で注目したいのは、スコットランド史で最も有名な王。
マクベスです(女王メアリー・スチュアートは別として)。

シェイクスピアによってこっぴどく悪役として描かれたマクベスとは一体どんな人物だったのか?

歴史は見方一つであり、実は、さほど悪い王ではないと言えるかもしれません。

 

マクベスは本当に悪人なのか?

マクベスは、シエイクスピア悲劇の中でも、リチャード3世に匹敵する悪役です。

彼もまた創作に歪められた人物ですが、詳細は以下の記事に譲り、先へ進めましょう。

リチャード三世は邪悪な「ヒキガエル」ではない シェイクスピアに歪められた汚名をいま返上する

マクベスは、ダンカン王に仕える身でありながら、彼を弑逆(しいぎゃく・しぎゃく・王や主君を殺すこと)
さらにバンクォーらライバルたちを次から次へと血祭りにあげ、王位を手にします。

まさしく血塗られた王・マクベス。
魔女の予言と妻の助言に導かれるまま、悪事を重ねる姿はまさに梟雄であり、彼は結局、暴政に憤る貴族やダンカンの息子によって討たれます。

そんな血みどろの物語を書くとき、シエイクスピアがマクベスを極悪非道の人物として描くことになんの躊躇もなかったでしょう。
なんせ主君、しかも王を殺したとなればとんでもない悪党という理屈であり、イングランド人のシエイクスピアからすればそうでしょう。

ただし、スコットランド人からすれば「王を殺すくらいよくあること」となります。
畳の上で死んだスコットランド王は少数派……いや、スコットランドに畳はありませんが、自然死を遂げた幸運な王は少ないのです。

それはなにゆえか?
スコットランド人が謀略にまみれていたというより、王権が弱く、山と谷が入り組んだ地形に氏族(クラン)単位で人々が住み、混沌としていたということが大きいのではないでしょうか。

スコットランド王が弑逆されるという事態は、戦国武将が謀叛を起こされるような事態に近いでしょう。
イングランド王とは立場が違うのです。

もちろん、日本の戦国時代でも、謀叛をやらかした者はたびたび非難されました。
一方で、主君があまりに理不尽・暴虐な場合は、情状酌量の余地もあります。

何が言いたいのか?と申しますと、マクベスにも、同様の事情があったのです。

 

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マクベスの統治期間 実は敢闘賞もの

マクベスが弑逆したダンカンは強引な性格で、人々の反発を招いていました。
氏族の統治に介入し、自治を重んじる彼らから反発を買っていたのです。

ダンカン/wikipediaより引用

そのダンカンを戦場で殺したマクベスは、むしろ勇敢な英雄と考えられていたフシもあります。

強調したいのは、マクベスはダンカンを“戦場で倒した”ということです。

シエイクスピアの悲劇では、ダンカンは妻にそそのかされたマクベスの手にかかり、寝室で暗殺されています。
史実は無視され、「この方が面白いから採用!」と取り入れられたのです。

殺害という結果は同じでも、戦場で討ち果たすのと、寝室でブスリと刺すのでは、人々の印象はまったく異なります。

シエイクスピアの悲劇では、マクベスのいきあたりばったりな統治はすぐに暗礁に乗り上げ、妻は精神的に病んでしまいます。

しかし、これも史実とは異なります。

彼は1040年から1057年にかけて、実に17年間もの安定した統治を行っていたのでした。

 

スコットランド王の統治期間は短くせいぜい5年

ステュアート家登場以前、スコットランド王の統治は、基本的に短いものでした。

5年を超えればまあまあ。
10年を超えれば健闘。
15年を超えれば敢闘賞ものであります。

正直、ローマ皇帝や中国の魏晋南北朝時代の皇帝よりもキツい、エクストリーム王位争奪戦なのです。
なんせダンカンだって6年間しか統治していませんし、そう考えるとマクベスが優秀な王だったことがご理解いただけるでしょう。

ただし。
シエイクスピアだって、何でもかんでも嘘をデッチあげたわけではありません。

ダンカンの遺児が父の死後イングランドへ亡命し、戻って来てマクベスを討ち果たし王位に就いたことは史実に基づいています。
また、バンクォーの子・フリーアンスの子孫がスコットランド王になるのも史実です。

『この人間関係でもイケるやん!』

そうシエイクスピアが考えても無理はないところです。
乱世の極みのようなスコットランド史は、凄惨で謀略だらけという話の種に満ちていました。

 

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考えようによっては、マクベスは被害者では?

あることないことデッチ上げで広められたマクベスの悪行。
それもまた気の毒ですが、実は、史実における死に方そのもののほうが可哀相です。

マクベスは、シエイクスピアが描いた通り、ダンカンの遺児であるマルカム3世率いる軍勢によって討ち取られています。
しかしこのマルカム3世は、援軍としてイングランドの貴族を連れていました。

見ようによっては、マルカム3世の行動は、イングランドからの介入を手引したとも言えます。

自分の欲望のために、よりによってイングランド人の手を借りるマルカム3世。
日本史で言えば朝鮮王朝や中国王朝(あるいはロシアやモンゴル)の軍隊を招いてリベンジを果たすという感じですかね。
当事者の国民からしたら、とても許せた行為ではないでしょう。

スコットランドの歴史は、イングランドの介入によってしばしば災厄に見舞われてきました。
その背景には、イングランドの援軍を利用したいスコットランド氏族側のもくろみもありましたが、介入の結果、大半はロクなことになっていません。

シエイクスピアの作品は、作者自身も観客もイングランド人です。
観劇をノンキに眺めながら「我らがイングランド軍は頼りになるのぅ」ぐらいの感覚だったかもしれません。

そう考えると独立投票で票が均衡するのも無理のない話で。

文:小檜山青

【参考文献】




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リチャード・キレーン『スコットランドの歴史




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