手紙を届いたと、よしが説明セリフで語り。
ホトガラが割とすんなりと受け入れられ、娘のうたもきています。
「とっさま?」
どうして顔をろくに見ていないのに、わかるのか? そんな疑問を抱いてはいけないのでしょう。
パリで算盤を弾いていると、幕府にとって頼みの綱であったフランスからの借款が消滅したと杉浦が報告。
田辺も焦っています。向山は薩摩とモンブランのせいだと怒る。
こうなると、もはや徳川昭武の滞在すら危うく、金の節約が大事になってきて、田辺は昭武名義での手形発行を考えるのですが……。
フランスの外では幕府の信用はまだあるはずだ!
と、栄一がオランダの貿易会社やイギリスの銀行へ金策に走ることになります。
薩摩らの背後にイギリスがいることには気づいていないようですね。メルメ・カションがシーボルトを警戒していたのに、どうしたことか。
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日本から勘定奉行の栗本
当面の金銭問題をどうにか片付け、スイスのベルンへ。
スイスに滞在中、日本から勘定奉行・栗本鋤雲がやってきました。
本作は似ている人物とそうでない人物が極端でして、脳内変換してください。
『おんな城主 直虎』の近藤康用(小野政次を追い詰めた暑苦しい人・橋本じゅんさん)が実物の栗本鋤雲に似ているかな。

栗本鋤雲/wikipediaより引用
函館時代にロッシュとメルメ・カションと知り合っていたのは栗本です。
幕府随一のフランス通。
明治以降の活躍や知名度から誤解されがちではあるのですが、当時、幕府が本当に頼りにしていたのは栗本です。
渋沢栄一ではありませんのでご注意を。未来の有名人がいた、そういう扱いです。
ここで杉浦が日本へ帰国します。そんな杉浦に成一郎や家族への手紙や土産を託し、再会を誓う二人なのでした。
感動的な場面といえばそうですが、もっと差し迫った状況を描いて、幕末の緊迫感を出すのはダメなんですかね? 正直、酒が強いとかどうでもいいと感じます。
平九郎の長いシーンが……
日本の京都では、原市之進が死亡フラグを立てつつ出てきます。
そして暗殺。徳川慶喜が兵庫開港を決めたため「上様をたぶらかせたのだ!」と殺されたのです。
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平岡円四郎と同じパターンですね。慶喜側近では中根長十郎も犠牲になっています。
こうも同様の悲劇が続くとなると、問題はもはや慶喜自身にあるのではないか?と勘繰りたくなるところですよね。実際そうですし。
しかし、自分の迂闊さで死んでしまったことを反省しない。
「なぜだ……」
って、いやいや、ご自身の軽率な行動を考えて欲しいところです。反省がないのか……。
このあと栄一のみなし養子となる渋沢平九郎が出てきます。
史実では可能性が薄いアオハル描写や家族の話、合成が甘いVFX出てきて、ほっこりした場面に。
千代は平坦な口調で武家の心得を語り、ていがアオハルアピールをします。
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当時の女性、ましてやプライドが高ければ歯を見せてヘラヘラ笑わないものです。
彼らの描写に時間を割くなら、原が暗殺された原因をもう少し説明して欲しかった。あの描き方で『兵庫開港問題が問題だったんだな』と理解できた方がどれだけいたでしょうか。
肝心のアオハル描写もワンパターンで既視感があり。
まぁ、平九郎の近未来を考えるとここで盛り上げておくのは布石だということでしょう。なんだか死亡フラグの立て方が雑になってきたというか……それにしても長い。
この場面は後からつけたしたものでは?とすら思ってしまいます。
慶喜の苦悩とは
このあと岩倉具視が錦旗のデザインを大声で話し合っています。
倒幕という一世一代の大きな話が、雑な言葉遣いと理論でどんどん進んでいく感があります。
西郷隆盛が浪士を募って倒幕を狙っている動きがあります。
天璋院の保護を名目に「戦じゃ!」とわかりやすく繰り返す西郷。そこまでしないといけませんか。『八重の桜』をならってはいけませんか。それでもあまりに雑でちょっとよくわかりませんね。
『西郷どん』といい、薩摩にとって都合の悪い【薩摩御用盗】をぼかしにぼかして描くからワケがわかりません。
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慶喜はこのあと、ボソボソと一人で話しています。
フランスから金は届かない!
軍の整備もできていない!
これじゃ負ける……って、んん? なんかドヤ顔で調練していませんでしたか?
この辺りの描写も、後年の慶喜が言い訳のために作り上げた話をベースにしたんじゃないか、と思われます。
幕府海軍は飛び抜けて強かったし、元込め式のシャスポー銃兵がいた。確かにお金は足りませんでしたが、手が打てないワケじゃない。
こういうことを一人で考えねばならない……なんて慶喜は嘆いていますが、自業自得なんですね。
史実でもドラマでも本心を明かさずスタンドプレーばかり。だいたい、当人が酔っ払って久光を罵倒したところにも遠因はあり「快なり!」とか言える立場ではありません。
「快なり!」にしても、要は「いいね!」「気持ちいいね!」程度の気休めでしかない言葉です。何を盛り上がっていたのか。
春嶽も困惑
徳川家康が登場し、大政奉還です。
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こうなったら政治を朝廷に返還するか。
それなら薩摩が戦う名分もなくなるし、幕府が政治を握れる!
と、すべて慶喜のアイデアように思えますが、原案を考えたのは藩主許可を得た後藤象二郎中心とした土佐藩士です。
それにしても狭い二条城だ……人が少ない。
そしてもうひとつ気になるのが、慶喜の棒読み。
彼は謡曲で鍛えた喉が有名で、朗々たる声が持ち味だったとされます。その声であればその場の雰囲気で人を説得することも可能だったと納得できますが、本作は無表情で淡々と暗記を読み上げる感がある。
プロンプタを読み上げる政治家みたい。いくらカメラを回そうと、BGMを流そうと、説得力がありません。
慶喜は一人でなんでもやりました。永井尚志(どこにいたっけ?)しかわかっていないから、案の定、幕臣が揉めています。
場面は江戸城へ。
自害しようとする歌橋をわざとらしく止めようとする天璋院。
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こんな簡単に止められるような自害ってありですか? 逆に死ぬ気がないパフォーマンスにすら見える。
松平春嶽も困惑しています。春嶽にすら話していない慶喜はなんなのか。
土佐藩を抜いたせいで話が無茶苦茶になっています。坂本龍馬をおとなしく出しておけばごまかせたかもしれないのに。
春嶽が慶喜を褒めるのも信じない方が良いと思いますよ。
なんせ春嶽自信が「常に優柔不断な慶喜公、最悪だ」と振り返っています。地元の英雄がファン一号扱いをされて、福井県民に失礼ではないでしょうか。
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着替えに時間をかけすぎでは
慶喜は「新しい日本を作る」と言い始めました。
何を言っているんだ……と思いきや、これには岩倉具視も褒める。【倒幕の密勅】がキャンセルされ、薩摩もしてやられた!
しかし、薩摩には武力という「プランB」がある。
トメという老婆がわざとらしく来て、岩倉が下品な驚き方。赦されて洛中に戻れるそうです。
にしても、思ったことを全部叫ぶ岩倉って脇が甘すぎやしませんか? 斬新と言えばそうかもしれませんが、幕末屈指の策略家にはとても見えません。
徳川昭武たちは諸国を周り、パリへ戻りました。
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勉強のためです。教師はナポレオン3世からつけられたヴィレッド。
軍服の質がどうにも……まぁ、海外ドラマのことは忘れるべきなのでしょう。
まずは髷を落とし刀を外し、洋装すること。
水戸藩士が暴れながら、昭武以下、これにならうことになりますが、それにしても、政治外交の説明を省いてまで、こんなお着替えに時間をかける意味もわかりません。
そして栄一も洋服に。実物とは似ても似つかないなぁ。
というか、このお着替えが今週の見どころでしたか?
通りすがりのフランス人も、昭武がイケメンだと噂しています。
そんな中、栄一は銀行家のエラールと話をします。
フランスでは誰もが平等で国のために尽くすと感銘を受ける栄一ですが、史実の彼を見ると割と真逆のことをしています。藩閥政治のもと、長州閥政商として活躍したので、あまりに言動不一致。
そしてついに出てきました、レオポルド2世!
非常に緊張させられる場面です。
危険すぎるレオポルド2世
国王自らがセールスをする。
栄一が褒めちぎったトップセールスですが、このレオポルド2世はその結果、とんでもない虐殺を生じさせています。
罪なきコンゴ自由国の人口を半分にまで減らし、最低最悪の王として死に際しては棺に唾を吐かれたほとでした。
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そんな大量殺戮王に感動してスピーチする栄一。
恥ずかしい……あまりに恥ずかしくていたたまれないものがあります。
主役が何の疑念もなくレオポルド2世を褒めた時点で、本作の海外展開はありえません。
嫌な予感が見事に当たってしまいました。
これだけは本当に的中してほしくなかったのに……。
そしてこのあと、水戸藩士がまた出てきます。警備はどうなっているんでしょうね。彼らは笑い物にされ帰国の途へ。
日本の京都では、薩摩藩と土佐藩によって政変が起こり、慶喜を支持する中川宮ら公卿らが排除されます。
薩摩のクーデター開始です。岩倉と中山忠能が出てきました。
「おかみ〜おひさしうございまするぅ〜」
明治天皇にあまりに軽く挨拶する岩倉。なぜこうも品性がない描き方なのか。
天皇に対して不敬としか思えなく、その後、王政復古と言われたところで何が何やら。
このあと小御所会議で春嶽や容堂が反発します。
山内容堂の出番があまりに少なく、慶喜を褒めるだけのパフォーマンスみたいな話が続きます。相変わらず政治のことは掴めない構成ですね。
慶喜は賢いが人徳はない、というセリフはナイスですね、その通り。
このあと西郷は戦をすると軽やかに言い出します。
大坂城で慶喜が咳をしていると、江戸では、江戸城が放火されたと報告があります。
特に悩むこともなく罠だと見抜く慶喜。
静観を指示しつつ、(わざとらしい)咳をしながら幕臣を見回します。
薩摩を討つべし!
そう盛り上がっているというか、あまりに雑なコール。もっと別のセリフはないのでしょうか?
慶喜はさすがに困っています。
そのころ栄一は呑気にワクワク。そこに電信が入ります。
電信の小道具担当者さん……illustratorで作った感が出ていますね。時間がなかったのですね。とりあえず何かあったと悟る栄一です。
総評
劇中に登場させれば、どう取り繕ったってマイナスでしかない。
そんなレオポルド2世を登場させたところは「偉い」と思いました。
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とにかくコンゴ自由国とレオポルド2世というのは、世界史上でもトップクラスで陰湿な惨劇が行われた組み合わせです。
それを手放しで褒める――。
結局、渋沢栄一って、人命を踏みつけてでも金儲けしたい、自分が高評価されたい、そういう心根だと改めて感じました。
儒教からは何を学んだのでしょうか。
今週、最大のやらかしは【鳥羽・伏見の戦い】への導線です。
幕臣が揃いも揃って「薩摩討つべし!」と叫んでおり、慶喜が当惑しています。
こういう描き方は、明治時代に入ってかなり落ち着いてから、慶喜と栄一の君臣が己のミスを取り繕うために出してきた下劣な言い分。
そのソースである『徳川慶喜公伝』を持ち出した時点でお話にならないことは、以下の記事でも触れさせていただいてます。
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戊辰戦争が始まる直前、慶応4年の正月時点では幕府軍の方が多かった。
兵力差で3倍。武器性能も実はそこまで変わらない。
こんだけ差があれば余裕でしょ。
慶喜は薩摩勢を蹴散らして大坂城から上洛を果たし、権力を握るつもりでした。
戦国時代ならば【桶狭間の戦い】の今川軍を思い出せばよいかもしれませんね。
それが鳥羽・伏見の戦いで予想外の敗北となってしまう。
皆に檄を飛ばしておきながら、あわくって開陽丸で逃げ出した。
「薩摩討つべし!」と多くの幕臣が言ったのは確か。それに押されて将軍として「薩摩討つべし、そうだ討て!」と言い切ったのは慶喜です。それを後からこんな嘘をついて広めました。
「戦うつもりなんてなかった。それなのに空気の読めない会津や桑名が命令無視して、暴走して最悪の結果に……」
渋沢栄一プロデュースの『徳川慶喜公伝』でそれを流布したところ、会津藩出身で元白虎隊、明治屈指の知性の持ち主である山川健次郎が『会津戊辰戦史』で激怒しつつ否定しました。
「命令ってそもそも何ですか? 千騎が一騎になるまで戦えとドヤ顔で言ってたの誰でした?」と、そう記していたのです。
そんな山川の見解はまるで無視して、慶喜の言い分ベースでコトを進める。
それが今年の大河なんですね。
その結果「慶喜かわいそう……空気の読めないバカ幕臣や諸藩のせいで気の毒ね」なんて視聴者に思われたら、やりきれない気持ちの方も少なくないはずです。
なぜこんな嘘をズケズケと流してしまうのか。
不誠実なものを庇うということは、庇う側まで不誠実になる。それが本作。
幕末において、幕臣や東北諸藩、そして水戸藩を血の海に沈めておいて、一人のうのうとして反省すらろくに見せない――そんな日本史屈指の不誠実な人物をかばった渋沢栄一も、それを誤魔化して描くドラマの製作者も、みな一様に不誠実に思えてきます。
イギリスとフランスの思惑が飛ばせない渋沢栄一大河
『青天を衝け』はわかりやすさを売りにしていたと思います。
それなのにパリへ行ったとき、イギリスとフランスが火花を散らしている理由が全くわからないように見えました。
そもそも渋沢栄一がなぜ過去において大河作品にならなかったか?
というと、難易度が高くなるのがその一つ。
当時のイギリスとフランスの動向と、国内(特に幕府・長州藩・薩摩藩)との関係性が大切になり、描き方が難しくなる。
まず長州。攘夷攘夷で激しく高ぶっておきながら、いざ負けると借りてきた猫ちゃんみたいになってしまった。
薩摩藩は当初から外国の力を認識していた。特に島津久光は諸外国からも「日本でもトップクラスの政治家」とおだてるわけでもなく記録されています。
要は、明治維新後にリードしていた政治家にとって不都合な史実がてんこ盛りで、来日外国人関連の記録は長いことクローズアップされませんでした。
現在は多くの書籍からそれを学ぶことができます。
第二次世界大戦後に、明治礼賛も喪失したあたりで冷静にその辺りの事情を批判するようになればよかったのですが、とある大物作家の出現でそうはなりませんでした。
司馬遼太郎です。
彼は不都合な史実を消した上に、真逆の物語を流布させ、定着させてしまいます。
例えば『世に棲む日日』では、高杉晋作が負けても傲岸不遜な態度で、相手を驚かせたとありますが、あれは実際には逆。
すっかりおとなしくなっていたのです。
司馬遼太郎は偉大だし、売れっ子だからなかなか文句は言えない。
それに待ったをかけて、怒っている幕末史および大河ファンの先生は大勢おります。
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バイアスを超えて整理する英仏の思惑
そして司馬史観を受けた明治礼賛からの「日本はスゴイ論」は、たとえ甘い嘘でも気持ちがイイからすんなり通っちゃう。
清は植民地にされたのに日本はされなくてスゴイ!
こう言われるとデレデレしてしまう悲しい性があることは否定できないでしょう。
当時の英仏はじめ西洋諸国にとって、日本の植民地はそこまでメリットがありませんでした。
サムライソードで武装したローニンがうろついていることも、理由の一つですが、
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それよりなによりコスパです。
植民地管理はそう楽じゃない。
インフラ整備も必要だし、維持できるかどうかが肝要。赤字になったらいけない。
日本を取ったら絶対に儲かる!そう明白でなければ、手出しするものでもありません。
フランスは手痛い失敗を、幕末と同時期にやらかしています。
メキシコにマクシミリアンを皇帝として送り込み、無策が仇となって処刑という最悪の結果に繋がっています。
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当時のフランス外交はよろしくない。このメキシコ介入をとってみても行き当たりばったりで、信頼できる相手でもありません。
ブリュネのような個人単位で騎士道精神を発揮したフランス軍人はいますが、相対的にみてそんなに信じて良い相手とはいえない。
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では、イギリスはどうか?
狡猾さではフランス以上ですが、彼らは百戦錬磨。かつ自国の利益のためならなんでもやりますので、Win-Winと示せば頼りになる相手です。
イギリスからすれば、日本を同盟国とするメリットはあります。
南北戦争集結で余った武器を売るのがグラバーの主目的。
そしてロシアを東から牽制する。
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イギリスやフランスからすれば、日本に領地を持つことは魅力がない。
しかし不凍港が欲しいロシアは別です。
18世紀からロシア船は姿を見せ始めていて、幕府や東北諸藩、そして蝦夷地は早くから彼らの南下に対抗しようとしていました。
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こうした幕府の対ロシア政策は自発的なものでした。
しかし、明治以降はそうでもなくなってゆき、イギリスの思惑は、日露戦争で成功を収めました。
こんなことを申しますと「話が大きくなりすぎ」と思われそうですし、何よりややこしい。
しかし、これこそが渋沢栄一を題材とする問題点です。
渋沢を大河ドラマでなるべく正確に取り上げようとするならば、幕末から明治にかけての難しい外交を超絶技巧を駆使していかなければならない。
それなのに各種メディアにおける今週の見どころはこうでした。
◆ 【青天を衝け】第23回見どころ 篤太夫、まげを落とし洋服を着ることに(→link)
見どころ部分のテキストを引用させていただくと……。
今回、フランスからの借款は消滅したが、篤太夫が当面の資金繰りに奔走し、昭武(板垣李光人)は留学を続ける。
家庭教師のヴィレットの教えに従い、篤太夫たちは髷(まげ)を落とし、刀も外し、洋服を着ることに。
いかがでしょう。
本作で明治期以降の渋沢も描くなら、もっと他に大事なことがあったのではありませんか。
あの人物不在の理由
『青天を衝け』は「あの歴史有名人を出さない」ということが指摘されたりします。
有名人といっても、歴史上の人物はタレントと同列に扱えないはずですが、その謎を考えてみますと。
坂本龍馬が出なかったのは?
大政奉還は慶喜の斬新なアイデアということにしたいからのように思えます。
正確には土佐藩の山内容堂や後藤象二郎らが詰めた案を、受け入れた形なのですが、龍馬と中岡慎太郎も推進しています。ゆえに凶刃に斃れたともみなせます。
今週の容堂の出番がミニマムすぎて、土佐藩まで軽んじたように見えました。
本作の慶喜は、ミスは全て部下のせい、功績は全て彼のもの。そんな酷い描写を否定できません。
そして慶喜とも密接に関わる重要人物も出ないことが確定しました。
勝海舟です。
以前、このドラマに出ることそのものが屈辱的だから、いっそ勝海舟はいらないし、出そうにないと書きました。
一応、予想は当たったというところでしょうか。
◆龍馬に続き勝海舟も登場せず!? 栄一がパリでカルチャーショック! NHK大河「青天を衝け」第22回見どころ(→link)
番組関係者は「今のところ出演の予定はありません。、少しだけの出番になる可能性もあります」と明かす。数多い幕臣の一人として、後ろ姿やナレーションでの出演はあるのかもしれない。
勝海舟を倒幕の過程でモブ扱いとはどうしたことでしょう?
それって再来年の『どうする家康』で、服部半蔵の伊賀越えにおける多大な貢献を否定するようなものでしょう。あるいは『麒麟がくる』で今川義元を打ち取るのが毛利新介ではなく織田信長みたいな。
要するに、歴史ドラマでそれをやってはいけないやつ。
恐ろしいのはこんな意見を見かけたことでした。
「栄一は勝海舟が嫌いだったから、出さなくていいんじゃないの」
慶喜も栄一も、勝海舟を嫌っていたことはその通り。
慶喜は、勝のことを煙たがっていたにも関わらず、自分の生死がかかった局面になると泣きつき、それまで冷遇していた勝海舟ら周囲に無血開城のほぼすべてを投げました。
そして勝海舟が自力で歩けないような死の直前になるまで顔を合わせようともしなかった。
慶喜には、自分にべったり甘い人間を高評価し、厳しい人間のことは軽んじる傾向があります。となれば慶喜べったりな栄一だって、勝海舟を評価しないでしょう。
だからといって作品でまで妙な描き方をしてよいものか。
あまりに誠意なき姿勢ではありませんか。
オカルト&スピリチュアルが大好き?
今週は、あの偽遺訓を唱和しても放置する謎の家康のことも考えたいところです。
◆「こんばんは、徳川家康です」大河ドラマ『青天を衝け』に“型破りな語り部”が出るのはなぜ?(→link)
この記事では、過去の大河における異色の語り手を網羅し、語っています。
私なりの推理では、慶喜のこのあたりの回想ゆえの家康ではないかと思いますが。
『昔夢会筆記』第一にこうあるんですね。
東照公(家康公)は日本国のために幕府を開きて将軍職に就いたが、私は日本国のために幕府を舞るの任に当るべしと覚悟を定めたのだ。
私の脳内で福沢諭吉や山川浩・健次郎兄弟が「ハァ〜〜〜〜ふざけんなこのやろう!」と突っ込んでいます。
慶喜は「自分は家康公と同じ!」と酔っ払ったふりをしている。
なまじ狡猾で策謀があって、周囲からも「家康公以来」なんてリップサービスされちゃったから、陶酔してしまったのでしょう。
この『昔夢会筆記』にしたって時間経過してからのもので、各方面から反発された。
そうなる前の、慶応4年初頭、リアルな慶喜評価はどうか?
大久保利通は「バカの極みじゃねえか」と罵られ、会津藩士からは「あんた、マジ、正真正銘の腰抜けっすね……」と面と向かってあきれられる。松平春嶽に至っても「いつも優柔不断」と振り返られています。
私が危険であると感じるのは、こうした慶喜の自己陶酔ワールドに視聴者も酔ってしまうことです。
もちろんそこまでハマるこむ方は少ないにしても、何らかのキッカケになったら恐ろしい。
なんせ渋沢栄一は死者・行方不明者推定10万人を超えた関東大震災に際し、天譴論(てんけんろん)を大々的に吹聴した人物でもあります。
天譴論とは、大災害が驕り高ぶった人間を罰するためのものとする非科学的な論ですね。
一言で言えばスピリチュアル。劇中での彼は合理的だとされますが、そんな実像もあるのです。
それなのに「えらい渋沢栄一は正しい! あの災害も驕り高ぶった人間を罰するためのものだ!」なんて肯定している投稿も見かけてしまい、ゲンナリしてしまいました。東日本大震災からまだ11年しか経過してないのに一体どうしたことでしょうか。
思えばVFXの無駄遣いだった「お蚕ダンス」や、尾高長七郎が狐の幻を見て殺人を犯す描写もありましたね。
そして最も危険なのは、あのわけわからん家康でしょう。
◆青天を衝け:草なぎ剛「家康様が降りてきちゃって」 演出担当語る、次週“大政奉還”(→link)
あの家康を否定するどころか、こんな不気味なことを言い始めた。しかも見る側も飲まれてる雰囲気さえ感じる。
御三家でありながら徳川斉昭が宗家をズタボロにして、その子である慶喜がトドメを刺す。
そんな裏切りに次ぐ裏切りをされ、家康にしてみれば「なんてことするんだ!」と怒る方が自然ではありませんか。なぜ、こんなにオカルトなんでしょう。
信じることは自由じゃない。日本はかつて、死者の声の利用をして痛い目にあったからこそ、そこは距離を取るようになっていたはずです。
明治を代表する科学者である山川健次郎。
彼は己の科学力で、千里眼はじめオカルト騒動を叩き潰しました。そのせいで自殺者まで出てしまい、やり過ぎの感もある。あの貞子のモデルもそのせいで亡くなっています。
そんな山川は、過剰な皇室崇拝にも懸念を表明し、愛国者に叩かれています。
なぜか?
皇室に不敬とされただけで自殺をするような事例があり、これではかえって天皇陛下にとってマイナスであると懸念を表明していたのです。
山川の危惧は的中します。
戦死者を軍神とし、死ねば神になるという思想は、日本人に辛い記憶として残ることになります。
ゆえに、死者に好き勝手なことを言わせるだの、夢のお告げで決断するだの、馬鹿げた描写は慎むようにしておりました。
確かに、過去の大河ではVFXで馬が飛んだり、最終回でお迎えが来たり、トンデモオカルトはありました。
しかし、レギュラーになって撒き散らすのは一線を超えてるとしか言いようがありません。スタッフやメディアにしても、それを危惧しない。逆に肯定的に捉えるばかりで戦慄を覚えています。
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山川浩&山川健次郎&捨松たちの覚悟を見よ!賊軍会津が文武でリベンジ
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武士が武士らしくない時代が幕末
現場が弛緩しきっているのではないか。
そんな私の懸念を払拭するどころか、逆に証明するような記事は数多くあります。
以下もその一つ。
◆モデルプレス - 志尊淳、吉沢亮をリスペクト「役者として壁にぶち当たった」初大河ドラマで感じたこと<青天を衝け>(→link)
申し訳ありませんが、ダメ出しをしてしまいますと、以下の引用部分です。
志尊:役柄の印象についてですが、お話をいただいた時は杉浦愛蔵という方が存在していたことを知らなくて、撮影に入る前にいろいろ調べさせていただきました。
フォーカスされる前に亡くなられた方ですが、ものすごく功績を挙げていらっしゃる方で、かつ人柄も愛されている方。
陰で渋沢栄一を支えていたという史実を拝見させていただき、もちろん武士の時代に生まれてきた方ですが、あまり武士らしくないと言いますか、いつも戦っているところと違うフィールドで栄一を支えられるような役柄にしたいな、そんな方なんじゃないかな、という印象を最初に持ちました。
大切なのは「ものすごく功績をあげて」の中身でしょう。
如何なる功績なのか?
そこに触れてないと、試験だと点数をもらえません。
手前味噌ですが、以下の記事だとこうなっていますね。
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トラブルの連続だった昭武と栄一の遣欧使節団|パリ万博や欧州で何があった?
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郵便制度の確立、富岡製糸場建設に貢献する
この程度の具体性すら出てこないのでは、記事にも説得力がありません。
インタビュアーが聞いて理解できなかったのか。それとも触れられなかったのか。
真相は不明ながら、もし私が演者だったらこんな回答をしてみます。
「郵便制度というと、一円切手の前島密のことは知っていました。けれども杉浦も貢献していたんですね。ただ、彼は十分な功績を挙げる前に若くして亡くなられていたので、あまり知られていないのです」
そしてコチラも気になります。
「もちろん武士の時代に生まれてきた方ですが、あまり武士らしくない」
この時点でかなり無理があります。
ちょっと続けて後半も引用させていただきますね。
― 武士らしくない印象だったとのことですが、そのために何かやっていたことがあれば教えてください。
志尊:一番最初は発声です。武士らしい役柄の方は、声や様で相手を威嚇するようなイメージなのですが、杉浦はものすごく学問に通じているので、どちらかと言うと知的で、気品があって、芝居の温度感としては内に秘めていく方向性のように感じました。それは演出について相談しながら感覚的に作り上げていきました。
これは彼のせいでなくて、彼を引っ張ってきた田中氏の責任が大きいと思われます。いや、田中氏一人でなく、現場がそうなっているのでは。
「もちろん武士の時代に生まれてきた方ですが、あまり武士らしくない」ということを幕末から明治について語った時点で、試験だったら容赦なく「0点」回答とされてもおかしくありません。
福沢諭吉は、こんな調子で嫌味ったらしく皮肉っておりました。
武士は刀なんて帯びているけど、持ちかたすら知らんじゃないですか。武士なんてとっくにオワコンで全然頼りにならなかったよね? ハァ〜ほんとうにみっともない!
近藤勇のような新選組にせよ、生まれながらの武士が情けないからこそ、自分達のような豪農出身者が武士道を実践するとはりきっていた。
要は、多くの武士が武士らしさを忘れていたのが幕末です。
ですので、ここで彼が語る「武士らしくない武士」なんて「赤いトマト」と同じくらい個性がありません。
繰り返しますが、これは彼の責任ではありません。
曖昧な幕末理解のまま引っ張ってきた上で、ろくに資料も用意せず(そうとしか思えない回答を役者がしている)、撮影に送り出す――そんな現場の責任が大きいのです。
こんなことで若い役者の才能を摘むような真似は勘弁していただきたい。
では逆に「これぞ大河俳優の歴史理解だ!」という好例はあるのか?と申しますとあります。
『麒麟がくる』の秀吉を好演した佐々木蔵之介さんです。
◆【インタビュー】舞台「君子無朋~中国史上最も孤独な『暴君』雍正帝~」佐々木蔵之介、11年ぶりの主宰公演で初の皇帝役「ただの暴君では終わらない」(→link)
該当の部分を引用させていただきますと。
-その彼の面白さを、具体的にどんなところに感じていますか。
例えば、彼は、中央のエリート役人をすっ飛ばして、地方の末端役人と直接、手紙のやりとりをしていました。それって現代でいったら、大企業の社長が地方の支店長にSNSで細かい数字の指示を出しているようなものですよ(笑)。夜中に「明日中に改善策を出して」と言ってきたらたまったものじゃないですよね(笑)。そんなことを雍正帝はずっとやっていた。血を吐きながら、玉座に座りもせずに。それで、息抜きに? コスプレをしていた。そう考えると、ワーカーホリックだけど、何てユニークな皇帝なんだなと感じました。
満点取れそうな回答です。
先ほど試験と言いましたが、これは当然ながらテストではなく、この先エンタメとしてどう消化するかが大事です。
何をどうすればそうなったんだと突っ込みたくなる箇所はあるにせよ、ポイントを押さえているかどうかが肝要でしょう。
佐々木氏のインタビューでは「それで、息抜きに? コスプレをしていた」というのが実に良い!
というのも、雍正帝のコスプレは中国史でも屈指のネタとして有名で、こんなことまでされています。
◆清朝第5代皇帝「雍正帝」が萌えな姿になっているとネットで話題に / ツイッターの声「魔改造されすぎ」「雍正帝なら仕方ない」(→link)
ワーカホリック皇帝の趣味がコレ。そこをバッチリ押さえるあたり、満点ですよね。
ジョークを交えながら史実もキッチリ踏まているなんて、歴史劇に出演する役者として素晴らしい答えではありませんか。

装の雍正帝/wikipediaより引用
大河に出た――と、役者さんはそれで終了ではなく、この先もまだまだあります。
志尊淳さんだって、今後、三英傑まで到達できるかもしれない。
その際、佐々木蔵之介さんの姿勢を見習っても損にはならないはずでしょう。
なぜ本作の“CG”は褒められたのか?
先週のレビューで「本作のVFXはどうなっているのか」と厳しく突っ込みさせていただきました。
案の定、私だけでなく「お粗末すぎるVFXはどうにかならんのか?」というぼやきも見受けますが、一方でそうではない意見も当然あります。
次の記事には「どうしてそう思うのか?」という答えまであるので引用させていただきますね。
◆『青天を衝け』 CGと合成を組み合わせた1867年のパリ再現に絶賛の声「ロケかと思った」(→link)
◆ NHK青天を衝け「CG合成」でパリ再現 美麗映像に感嘆の声「本当に現地に行ったような気分」(→link)
まず、この記事タイトルに「CG」と使っているところにご注目ください。
もう少し読者年齢層が低いと思われる雑誌は「VFX」とCG混在。
◆<青天を衝け>VFXの勝利? 凱旋門からの眺め、ナポレオン三世の謁見式… “1867年のパリ”再現!(→link)
実はここに答えがあり、以下の解説記事が参考になります。
◆VFXとは?(→link)
VFXとは、「Visual Effects」の略で、視覚効果という意味を持っています。
実際に現実では目にすることのできない画面効果を実現させるために、特撮を用いる映画やテレビドラマの中で使われる効果がVFXです。
CGとはコンピュータグラフィックスのことで、コンピュータによって制作された映像のことを指します。
映像の場合は、具体的に3DCGアニメーションのことをCGと呼ぶことが多いです。
この区別がついていないと全て「CG」になる。
ちなみに、本気でVFXに自信がある場合、公式ツイッターだのネットニュースでチマチマ発信せず、メイキング動画公開することが定番です。
『八重の桜』ではそうした動画がありました。
あの作品は国際エミー賞でもノミネートしましたし、世界規模で見ても基準以上だったということです。
※『ゲーム・オブ・スローンズ』のVFXメイキング
申し訳ありませんが「CG」という言葉遣いの時点で、32bitか64bitくらいで止まったイメージになってしまいます。
CGを作ることは当然として、VFXでどう合成するか。そこがポイントなんですね。
そういうことまで気を配らないと「テレビってやっぱり老人ばかりなんだな」と若者がますます遠ざかる悪循環に陥るのではないかと不安になってきます。
◆「毎日テレビを見るの老人ばかり」キー局が冷や汗をかく"テレビ離れ"の最新データ 衝撃「若者の半分はテレビを見ない」 (→link)
こちらの記事では、とっくに現実を見ればわかっていた若者のテレビ離れについて指摘されています。
注目したいのはここです。
国民が支払う受信料を財務基盤とする公共放送のNHKと広告費で成り立つ民放の共存が日本の放送文化を形づくってきたが、その仕組みが根底から崩れて「NHK一強」体制に移りかねない。
NHKは、公共放送として「自主自立」を掲げ「不偏不党の立場を守り、何人からも干渉されない」とうたっているが、かねてから国営放送と見まがうような政権寄りの姿勢を批判されてきた。
政権の意向を汲んだり忖度するようなNHKを「公平公正な報道機関」と呼ぶのは心苦しい。
政府が決めたお札の人物を顕彰する。
海外の基準で言えばむしろ銅像を倒される側の強欲資本家を讃えてしまっている。
最近のニュースはこうなっていますからね。
◆衝突と死者の原因になった南部将軍の銅像、4年経て撤去 米シャーロッツヴィル(→link)
ストーンウォール・ジャクソン(リーの右腕)、ウィリアム・クラーク(探検家、軍人。先住民迫害)も撤去。
世界ではこうした動きが起きているのに、日本では不健全なコンテンツが無批判に流されてしまっている。
こんな状況下で、若者が面白がるテレビ番組が作れるのでしょうか。私には焼き畑農業としか思えません。
福沢諭吉は明治初期に喝破しました。メディアは権力の犬になっている、と。そのことを思い出してみても『青天を衝け』はそうそう素直に受け入れられないものであります。
「資本主義の父」は否定される時代へ
私のレビューはえらく評判が悪いのでしょう。毎回ひねくれた見方ばかりをすると指摘されるかもしれません。
シャーロック・ホームズとワトソンが田園風景を見ていました。
ワトソンは美しい景色にうっとりする。
一方でホームズは、こんな場所で事件があったら危険だと言い出す。
世の中にはこういう2種類の見方があると思ってください。
『真田丸』の昌幸や『麒麟がくる』の道三は「おっ、そうだな! こんな人口密度低い場所は暗殺に最高ではないか!」とニヤリとするタイプでしょう。
ムカつくかもしれませんが、世の中にはそういう人間も必要ではありませんか。
ひねくれ謀殺マニアじみた私からすると、毎週こちらのレビューは参考になります。
田園を見て美しさを褒め称える。素直で素朴な模範解答はまさしくこれだろうと。
◆『青天を衝け』22話。五代さまが邪悪な紳士に「金がなければ政は動きもはん」(→link)
そういえば五代才助(ディーン・フジオカ)も普通にコーヒーを飲んでいた。明治維新後の時代に活躍できるかどうか、コーヒーが試金石になっていたのかもしれない
栄一がコーヒーをおいしく飲んだことに感心しているのですけれども……。
私にはリアリティ不足、栄一お得意の盛った話としか思えず、猜疑心からかえってシラけてしまいました。
山川健次郎や福沢諭吉も洋食に苦労しています。
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マズい! 醤油をもう一杯! あの福沢諭吉も苦労した文久遣欧使節団の食事情
続きを見る
もちろん舌の感覚は人それぞれですが、長らく和食で過ごしてきた人間がいきなり洋食と出会って躊躇なく喜ぶのも不自然に思えてしまうのですね。
そしてこちらです。
しかし本作では、誇り高く正々堂々としているけれど金に無頓着な武士たちが没落し、「金」の力で新しい時代を作る商人たちを描こうとしているのではないだろうか。
金に無頓着な武士――というのは『青天を衝け』の関連記事でよく見られる誤りですよね。
武士は別に金に無頓着ではないことを本レビューでは散々説明してきたので省かせていただきますが、そもそもの前提が間違っている記事が模範解答になるなるのは危ういことではありませんか。
今、世界は資本主義の見直しに直面しています。
誇りなんて捨てちまえ。金さえ儲ければいい! そうできないなら没落する、武士は終わって商人の時代でえ、おかしれぇ!
そういう価値観そのものが何をもたらしたのか?
そこに直面しています。
冷戦終結以降、資本主義国家は勝者としての地位を味わい、謳歌していたように思える。
それに翳りが見え、コロナで急速にブレーキがかかっています。
その手のことを解説する本ならいくらでもありますので、図書館でもどうぞ。それが難しいなら、この記事がおすすめです。
◆「コロナ禍でも五輪すらやめられない」資本主義の暴走を止めなければ人類は滅びる 「中間層を増やせばいい」は間違い(→link)
【斎藤】というのも、資本主義の本質が、際限のない利潤追求だからです。
マルクスが『資本論』で書いているように、資本の目的は「蓄積せよ、蓄積せよ」、つまり「世界中の富をひたすら蒐集せよ」ということです。
先進国の生活だけを見れば、資本主義は私たちを豊かにしたかもしれません。
しかし、植民地で奴隷のような過酷な環境で人々を働かせて搾取した歴史もあれば、現代でも社会に過剰な負荷をかけてグローバル経済はまわっている。日本でも、コロナの感染拡大がわかっているのに、資本主義のために、五輪をやめることさえできずにいます。
そしてもうひとつは環境の問題です。現代は人類の経済活動が地球を破壊しつくす「人新世」の時代に突入しています。環境危機を引き起こした犯人は資本主義です。もはや、経済成長を目的とした資本主義というシステムを維持していくことは、まったくもって不合理です。
経済ばかりを重視した結果、先住民を迫害し、野生動物を絶滅させ、森林を破壊してきた。
欲望の赴くままに人類が暴走した結果を直視せねばならない。
道徳を取り戻し、資本主義と訣別することが課題である。
そう直面する2021年に、大河ドラマで「資本主義の父」を流しているなんて、これほどの皮肉もありません。
むしろここは父殺しが大事な局面と私は見ます。
ゆえに私は、このドラマを否定する方向へ走ります。
ひねくれた見方? いえいえ、古きを脱し新しきを創るのは新しき視点でしょう。
民、信無くば立たず
本作の何が悪いのか。
渋沢栄一もお好きな『論語』でまとめさせていただきましょう。
民、信無くば立たず。
これが本作そのものであり、嫌悪する理由そのものです。
美男美女はいる。宣伝はしている。
しかし「信」がない。
だから立ってすらいない。他の誰かはともかく、私の目からすればそうなります。
出演者からスタッフまでエゴサーチして、ファンの声を拾っては感謝する。
そういう評価を切り取ったコタツ記事は、日曜午後10時には光る。Twitterトレンドにも乗ったりします。
では、本作に中身はありますか?
誠意は? 仁は? 信は?
つまるところ真面目さが全く感じられない。
出演者が数秒の場面のために早起きしたくないと冗談まじりでぼやく。
スタッフから出演者まで「歴史がめちゃくちゃ苦手なんです!」と堂々という。謙遜でもなく本気で言う。
やる気のない小道具、セット、殺陣、そしてVFX。
毎週のようにどっさり見つかる考証の初歩的なミス。
時代劇の所作をやる気すら感じさせない演出。
何が嫌かって、こんなのプロとしての誇りがあれば採用しないような場面が流れてくることでしょう。
ドローンカメラがいきなりガタンと落ちたような動きを見せる。
聞き取れないほどくぐもり、アクセントがおかしいお国訛りの数々。
背景に映る電線。
合成とわかるVFX。
相手と会話しているのに、腕をだらっとして、背筋も伸ばさずぼーっと立っている役者。
薩摩藩士でなく水戸藩士が猿叫する(薩摩藩士の特徴であるジゲン流の掛け声)。
船酔いがひどいほど揺れているはずの船上場面なのに、カメラすら揺れない。
薩摩出身者同士の会話で、片方だけ途中でイントネーションが標準語に戻る。
滅びゆく幕府のことを、ウキウキした顔で語る家康。
そして後世捏造された家康遺訓を堂々と読み上げる。
どうしてこんなお粗末な場面がNGにならないのですか?
あくまで推定ながら、脚本が遅れているのではありませんか?
場面のつながりや設定も途中で変更されることがしばしばあります。
書き手に力量がないなら『麒麟がくる』のようにチーム脚本家体制にすればよいのではありませんか?
大河のような大仕事に対して「テーマに興味ないんです」「めちゃくちゃ苦手です!」と発信するような人間を採用している時点で、話は終わっていると思います。
コロナ後の時代、倫理観や道徳が大事になると予測されます。
そうあって欲しい。
そこでは、不義の塊である『青天を衝け』なんて評価されなくなると信じたいのです。
今年の大河には最低限の良識すら感じられません。
ニュースで「ワクチンデマに注意!」だのなんだの言っておいて、自局の看板番組で嘘だの捏造だのを毎週のように流す。
検証不十分な番組公式アカウントがあやしげなことをつぶやき、どんどん拡散されてゆく、インフォデミックの状況を自分たちで作り上げている。
既にその例はあります。
渋沢栄一が日本で初めて紙幣を発明しただの。慶喜は天狗党を助命しただの。現在否定された家康公遺訓は真実だの。嘘を信じてしまった人が出てきている。
むしろ仁ある世に訪れる麒麟を呼んでいた『麒麟がくる』こそ、時代に即しているのでしょう。
しばらく放送はお休みになります。
その間に私も勉強をやり直したいと感じているところです。
真夏に入って熱くなりますので、みなさまもご自愛ください。
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【参考】
青天を衝け/公式サイト


















