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フランス娘からスウェーデン王妃になったデジレ 元彼はナポレオンです

捨てるフランスあれば、拾うスウェーデンあり

指揮権を取り上げられ、軍人としてのキャリアが終わったベルナドット。
ナポレオンに捨てられた彼に、意外な申し出が届きます。

「スウェーデン国民一同、あなたを是非とも次期国王として、王室に迎えたいのです」

なんだかふってわいたような話ではありますが、これには理由がありました。
スウェーデンの老王カール13世には世継ぎがおらず、このままでは大変な問題になります。ロシアはじめ隣国の干渉も予測されます。

どうせ他から迎えるならば、最強のフランス皇帝ナポレオンに近い一族から世継ぎを迎えるのが安全策。かくしてスウェーデンから使者がフランスにやってきたのです。

「皇帝陛下のご一族でも並外れて人格高潔、騎士道精神にあふれた御方といえばあなたしかおりません。あなたのような国王を迎えられるなんて、これに勝る幸運はありません!」

ベルナドット様ブームに沸いたスウェーデン人がこう考えるのは、当然とも言えました。

いやあ、俺、捕虜に親切にしてよかったなあ。「情けは人の為ならず」を地でいく展開です。
しかし、ナポレオンは気に入りません。
「なにぃ、あいつをスウェーデン国王? 他に適任者はいるだろ」

ナポレオンは面白くなく、ジョゼフィーヌの連れ子のウジューヌら従順な一族、軍人に声を掛けるものの、皆、顔を曇らせます。
「スウェーデン国王の座は魅力的ですが、改宗はちょっと……」

はかばかしくありません。
スウェーデン国王になる条件として、カトリックからプロテスタントへの改宗があったため、皆尻込みしてしまうのです。
こうなると渋々、ナポレオンは黙認せざるを得ません。
「まあ、あんな奴でも一応は家族だ、一族の名誉になると考えればいいか。どうせスウェーデン議会が却下するかもしれないわけだし」

ナポレオンだけではなく、デジレは複雑な心境です。
泣いて夫に抗議します。
「家族やお友達と離れて、寒い外国で暮らすなんて。言葉もわからないし」

姉・ジュリーはじめ、ボナパルト一族の女性たちが王冠を被る中、デジレ派それを羨んでいませんでした。
彼女は王冠よりも、パリでお友達と仲良く暮らす方が大切なのです。

デジレだけではなく、オーストリアのメッテルニヒのような政治家もこの話には懐疑的でした。

「外国人、しかも平民出身者に王冠をかぶせて、それで国民が納得するかね……」

しかし、千載一遇のチャンスを前に野心を滾らせていたベルナドットに断る理由などありません。
振り返ってみれば、革命が起こった若い頃、ベルナドットは二の腕に「王侯貴族はくたばれ」と刺青をしていました。
その時はまさか、自分が王冠を被ることになるとは思わなかったでしょう。

スウェーデン議会は全員賛成でベルナドットを後継者とすることを可決。
1810年、かくしてジャン=バティスト・ベルナドットは、カール13世の養子でありスウェーデン王太子であるカール・ヨハンとなったのでした。
スウェーデンで対面したカール13世夫妻も、ベルナドットの人柄に惚れ込みました。

王子となったベルナドット/wikipediaより引用

 

スウェーデン王太子カール・ヨハン、本気を出す

ナポレオンはスウェーデンへ向かうベルナドットにこう約束させようとしました。
「自分の母国フランスには刃を向けるなよ」

しかしベルナドットは断ります。
「スウェーデン王太子になったからには、スウェーデンの為に尽くすのは当然のこと。そのためにフランスを敵に回すことになったとしても、それは致し方ないことでしょう」

むむぅ、そう正論を言われるとぐうの音も出ません。

ベルナドットはスウェーデン国民と議会の期待に応え、病弱な老王にかわって、摂政王太子としてスウェーデンを導くために邁進します。
彼は身近でナポレオンを見てきて、その栄光ももはや翳り、没落は不可避であると分析していました。
まずはナポレオンの大陸封鎖令を撤廃、隣国ロシアと同盟します。

更には、元ナポレオンの配下として冷徹に観察したフランス軍の弱点をロシア皇帝アレクサンドル一世に伝え、細やかなアドバイスをします。アレクサンドル一世はすっかりベルナドットの人柄と戦略眼に魅力され、思わずこう漏らします。
「いやあ、キミは実に素晴らしいね。私の妹の夫にしたいくらいだなあ! どうかね? 悪い話ではないと思うのだが」

スウェーデンとロシアは歴史的に因縁のある仇敵です。
ロシア皇帝がスウェーデン国王を褒め、皇女を娶らないかと薦める。平民出のベルナドットにとって、信じられないような話でした。
「陛下、まことに光栄な話です。しかし私には、愛する妻デジレがいます。たとえ陛下の妹君であっても、他の女性を妻にするなど考えられません」

ベルナドットは断ります。賢明な判断です。
この決断には反面教師がいたかもしれません。他ならぬナポレオンです。

ナポレオンは深く愛する糟糠の妻にして、国民から絶大な人気を誇るジョゼフィーヌがおりましたが、1801年に子ができないことを理由に離婚しているのです。
そして、ヨーロッパ王室の血を引く世継ぎを作るため、各国の王室に縁談を持ちかけたのでした。

が、ロシアはじめことごとく断られ、やっと迎えることができたのは、オーストリアの皇女マリー・ルイーズです。
マリー・アントワネットを「オーストリア女」と罵り、断頭台に送り込んだフランス国民にとって、そのトラウマを刺激する新皇后は好かれるはずもありません。ナポレオンはこの離婚と再婚によって国民からの人気を大きく落としていたのです。

ベルナドットとデジレ/wikipediaより引用

 

勝手知ったるフランス軍の弱点をつき勝利に導く

ナポレオンもベルナドットも、低い身分の出から今の地位に登った存在です。
国民の人気を失えば、その地位は危ういもの。どんなにうまい話であっても、自分の高潔なイメージに泥を塗りかねない離婚と再婚は、彼にとっては避けるべき陥穽でした。
彼にとっては、ナポレオンが断られたロシア皇女との縁談を、持ち込まれただけでも名誉なことでした。

1812年、ベルナドットのアドバイスも功を奏し、ロシア軍は侵攻してきたフランス軍に壊滅的な打撃を与えます。
もはやナポレオンの天下は下り坂でした。

ヨーロッパを苦しめたナポレオンも、ついに終わりが見えて来たぞ!
全ヨーロッパが満を持してフランスに反撃の牙を剥いたとき、ベルナドットもかつての母国に刃を向けました。
スウェーデンは対仏同盟に参戦したのです。

しかし、あのアレクサンドル一世をも含めて、諸国の首脳はベルナドットに冷たい目を向けます。
「今でこそスウェーデン王太子だけども、元はフランス人だ。彼には本気でフランスと戦う気はあるのだろうか?」

よっしゃ、見せてやりますよ、スウェーデン王太子の本気を!
ベルナドットは、勝手知ったるフランス軍の行動パターンを各国に伝えるのです。
そして1813年、ライプツィヒの戦いを迎えます。

諸国民の戦いと呼ばれた反ナポレオン戦争は、今ここに決戦のときを迎えました。
プロイセン、オーストリア、ロシア、そしてスウェーデン。
四カ国の軍を束ねるのはベルナドットです。

ベルナドットはフランス軍の行動パターンを読み、半年間の激戦ののち、敵を罠に誘いこみ、見事勝利をおさめたのでした。

 

「いずれ王位を追われろ!」と、ナポレオンの願い虚しく……

三万の捕虜を残しフランス軍は撤退。ベルナドットは祝杯をあげます。
いやぁ、ナポレオンを倒して勝利の酒もうまい( ^ω^)
もちろんナポレオン側は納得ができなかったでしょう。

「あいつ、フランス軍で俺の部下の時は弱かったよな。なんで今こんなに強いんだ!」

そりゃ俺の使い方が悪かっただけだろ!とベルナドットなら思うところでしょうか。
味方では頼りなく、敵にすると強いというのはある意味最悪ですよね。

ベルナドットは、フランスにとどめを刺す過程において、デンマークからノルウェーを割譲させることにも成功。スウェーデン国民は、優れた王太子を迎えたことにさぞかし満足したことでしょう。

そして1818年2月、ベルナドットは即位しカール14世ヨハンとなります。
統治に意欲を見せる彼は、その後も名君として慕われました。

「あんな奴、どうせ長続きはしないさ。いずれ王位を追われるに決まっている!」
1815年、ワーテルローの戦いで完敗し、皇帝の座を追われていたナポレオンは、流刑地セント・ヘレナ島でそう毒づきました。

しかし、ベルナドットは1844年に81才という、当時としては驚異的な高齢で崩御するまで、ナポレオンを倒し、国を豊かにした名君として、国民に慕われるのです。

かつての祖国フランス、特にナポレオン好きからは「石川数正小早川秀秋を足して、さらに一万をかけたくらい」嫌われていますが、スウェーデンの名君という評価からすれば大したことではありません。

 

危険な情事に耽るよりお喋りや手芸を楽しむ方がいい♪

かようにベルナドットが波乱万丈の人生を送る一方、デジレはどうしていたのでしょうか。

ドラマや小説のヒロインなら、元婚約者と夫との板挟みになって胸を痛めるところでしょうが、特にそんなことは感じられません。彼女がフランス崩壊という状況下、真剣に取り組んでいたのは姉・ジュリーの安全確保でした。

フランス革命期から第一帝政において、女性たちも数奇な運命に巻き込まれたものの、彼女はそんな中、極めてマイペースに生きていました。夫とナポレオンという巨大な男に挾まれ、両者から「コイツが情報を漏らすのでは?」と疑いの目で見られても、彼女はとことんマイペースで、うまく泳ぎ回るのでした。

新婚当初こそ軍務で不在になりがちな夫を慕い、悲しんでいたものの、その寂しさを姉や友人との交際で紛らわせることを学びます。

ナポレオン本人はじめ、当時の軍人は留守中の妻の不貞行為に悩まされる男が多かったのですが、デジレの場合は違います。
危険な情事に身を任せるより、気の合う女友達とのおしゃべり、手芸を楽しむ方が彼女の好みにあっていたのです。
政治に口を出すこともなく、野心に燃えて夫を焚きつけることもなく。興味関心があるのはいかに楽しく生きるか。
それと、家族のことでした。

ジュリー(左)とデジレ/wikipediaより引用

こう書くとなんだかつまらない無個性な女性のようですが、ちょっとお嬢様風で子供っぽいところはあるとはいえ、なかなかチャーミングな人でした。
人と争うようなところもなく、元婚約者を掠奪したジョゼフィーヌとも関係は悪くはありません。
ナポレオンの母や妹がジョゼフィーヌを露骨に嫌いましたが、デジレはそんなことはしません。

しかもデジレの子・オスカルの妻はそのジョゼフィーヌの孫でこれまた同名のジョゼフィーヌ(ややこしくてすみません)なのですが、この嫁とも良好な関係でした。
そんな性格のためか、劇的な生涯のわりに、フィクション等ではあまり日の目が当たらないようです。

ストレス発散をうまくできていたのか、彼女はこれまた驚異的な83才という長寿を保ち、1860年まで生きたのでした。
マルセイユのお嬢様から王妃へ、幸福なシンデレラストーリーでした。

デジレは死ぬまでこっそりとナポレオンの恋文を保管していたそうです。
愛が残っていたのか、それともフランス皇帝の遺品として珍しかったのか。
ベルナドットとデジレの子孫によるベルナドッテ王朝は、断絶を経験することなく、現在に至るまで続いています。

ボナパルト家の天下は崩壊し、彼らの王朝よりはるかに歴史が長い、ハプスブルク家やロマノフ家ですら玉座を追われました。

「外国人の、しかも平民の王朝なんて、どうせ長くは持たないだろう」

そんな予想に反して王家は栄え、彼らの子孫はノーベル賞授賞式のプレゼンターを務めているのでした。

文:小檜山青

【参考文献】

『ナポレオンに選ばれた男たち―勝者の決断に学ぶ』(→amazon link

 



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