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見参、賤ヶ岳の七本槍! いや八本槍! いやいや九本槍だ……って何本だよ!? 【戦国boogie-woogie vol.85】

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豊臣秀吉と柴田勝家がぶつかり、秀吉が勝利を掴んだ「賤ヶ岳の戦い」。
この著名な合戦で名を挙げたのが、俗にいう【賤ヶ岳の七本槍】である。

福島正則(1561年 - 1624年)
加藤清正(1562年 - 1611年)
加藤嘉明(1563年 - 1631年)
脇坂安治(1554年 - 1626年)
平野長泰(1559年 - 1628年)
糟屋武則(1562年 - 1607年)
片桐且元(1556年 - 1615年)

自身が成り上がり者で配下を持たぬ秀吉が、その地盤を固めるためにアピールしたという説も根強いが、他に興味深いのは、彼ら全員が1600年を大きく超えて生き抜き、関ヶ原の戦いではほとんどが東軍についたことだろう。
言わずもがな、西軍を率いたのは石田三成や大谷吉継たち。
そう考えると五奉行と七本槍の対立とも言えるが、ともかく今はまだ若く功名を立てんとする彼らに注目してみたい――。

 

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鬼玄蕃・盛政の散り際は、大紋と紅梅に彩られ

20151010アニィたかはしさん4コマ漫画1
◆戦国時代には「これぞ漢!」という武将が何人もおりますが、そのエピソードにおいて一二を争うのが佐久間盛政さんでしょう。
柴田勝家の下での働きが凄まじかったことから「鬼玄蕃」と称された盛政さんは、賤ヶ岳の戦いで敗戦の将となり秀吉に捕らえられます。
そして、秀吉から「肥後をやるから配下になれよ」と誘われるのです。後に、加藤清正の熊本城が出来たところっすな。
しかーし! こんな好条件の話を蹴り、あろうことか「罪人としての斬首刑」を自ら望んでしまう盛政さん。
刑の執行日、京都ではナマの「鬼玄蕃」を一目見ようと、大勢の人が集まったといいます。

 

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他にもいたゾ、八本槍! いやいや九本槍!?

20151010アニィたかはしさん4コマ漫画2
◆賤ヶ岳の七本槍は、リアルに活躍したメンバーに送られた――というよりも、秀吉が子飼いの武将たちに箔を付けさせるための喧伝だったという説も根強いですよね。
だから八本槍でも九本槍でも不思議ではなく、なんだかジャニーズ事務所のグループみたいになってきそうです。
ただし、その中でも福島正則さんと加藤清正さんは、後の出世っぷりからして別格だったのでしょう。

 

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地味~なカトーと、派手~なカトーと

20151010アニィたかはしさん4コマ漫画3
◆熊本城やくまモンの活躍で、加藤清正の名前は広く知られております。
その死因が謎めいたこともあり(徳川に毒殺されたのでは?という説も根強い)、清正については多くの戦国ファンも彼のことを慕っております。
一方で、もう一人の加藤さんと来たら・・・。えぇ、加藤嘉明さんのことです。
この加藤嘉明さん、本人は地味キャラということで済めばよかったのですが、せっかく会津藩の大大名となったのに、あろうことかバカ息子の改易騒動のせいで壊滅的な減封を食らいます。
ヘタしたらそちらの方が有名かもしれませんね(´・ω・`)

 

お茶じゃなくて柿? どのみち厚き友情に変わりなし

20151010アニィたかはしさん4コマ漫画4
◆病気を患っていた大谷吉継と、その親友の石田三成。
1600年関ヶ原の戦いでも両軍が重要拠点に双璧をなすようにして陣を築いておりましたが、2人の友情を示す有名なエピソードとして茶会での話がありますね。
病気を患っていた大谷吉継が飲んだ茶碗を、他の参加者が飲みたがらず、これを石田三成が一気飲みすることによって面目を保ったというものっすね。
最後のコマ、ちょっと理屈っぽい三成の返答が、逆に愛を感じて面白いっすなぁ。

 

(来週へ続く)

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