まんが戦国ブギウギ

まんが戦国ブギウギ74話 勝家で始まり“お市”で終わるキヨスカイーギ!

天正10年(1582年)6月。

本能寺の変】で、織田信長とその跡継ぎ・織田信忠の命を奪った明智光秀

そのころ織田家の方面軍は、北の柴田、東の滝川、南の丹羽がいずれも動けず、光秀が畿内を制圧!というところで、西から羽柴秀吉が【中国大返し】を敢行させる。

そして、山崎の戦いで明智軍を撃破。

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戦いはいったん終息したが、織田家の混乱はまだまだ収まらず、次なる戦いが始まった。

波乱含みの「清州会議」スタート!

 

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会議

◆信長の仇討ちを秀吉に先越されてしまった柴田勝家さん。

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織田家の筆頭家臣として、信長を愛する武将として、その苦しさたるや言葉では表しきれないほどだったでしょう。

それだけに【清州会議】に賭ける思いは、並々ならぬものがあったハズ……。

 


秀吉の対策

◆清州会議を迎えるにあたり、豊臣秀吉最大の難関が後継者でした。

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たしかに山崎の戦いでは光秀を討った。しかし、それまでの織田家中のランクからして、いきなり柴田勝家を上回る存在になれるワケではない。

しかも、勝家は織田家三男・織田信孝の烏帽子親でもあり、実質の後見人だったため、圧倒的不利は動かしようがありません。次男・織田信雄は最初から……。

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そこでプッシュしたのが織田信忠の嫡子・三法師(後に織田秀信)だったというわけですね。すると……。
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アニィたかはし

2014年から歴史系の漫画家として活動。
2015年にはコミック版『戦国ブギウギ』を全国の書店へ向けて発売。
武将ジャパンでは、従来の歴史マンガには無かった独特のポップ感で『ブギウギシリーズ』を展開している。
現在は『大河ブギウギ』シリーズを連載中。
◆主な著書
『織田信長の戦国ブギウギ』鉄人社・2015年・ISBN-13 : ‎978-4865370324

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