お田鶴の方

今川家

おんな城主お田鶴の方が井伊直平に飲ませた毒茶はフグ&トリカブトか

大河ドラマの主役となり大いに注目された井伊直虎――。

実は直虎と同時代、しかも同エリアの浜松にもう1人の「おんな城主」がいたことをご存知ですか?

それが曳馬城主・飯尾連龍の妻『お田鶴の方』です。

本日は、永禄11年12月に亡くなった彼女の生涯と【毒の話】を見てみたいと思います。

 

今川家臣・飯尾連龍に嫁いだお田鶴の方

お田鶴の方の生まれは諸説あり、本稿では天文19年(1550年)で進めます。

直虎は1530年〜1540年頃の生まれと推測されていますので、お田鶴の方のほうが妹分になりますね。

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父親は小笠原鎮実または鵜殿長持とされています。いずれにしても今川家臣なので「今川家」に縁が深いと考えておけばよさそうです。

彼女の嫁ぎ先もまた今川家臣で、曳馬城主の『飯尾連龍』でした。

それだけに彼女の生涯も永禄3年(1560年)を契機にガラッと変わってしまいます。

そうです。同年に【桶狭間の戦い】が起きたのです。

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皆さんご存じの通り、桶狭間直前の今川家は所領を駿河・遠江から三河や尾張の一部にまで拡大していた最盛期。

あの徳川家康も今川配下として戦っておりました。

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しかし、今川義元が討ち取られたことで同エリアの勢力は一変します。

西では、徳川家が独立して織田と手を組み。

北では、信玄率いる武田軍が虎視眈々と領土を狙う状況になってしまったのです。

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この激動の中で遠江の領主たちはこのまま『今川』に付き従うか、見限って『徳川』に付くか、はたまた『武田』になびくか……。

大河ドラマ『おんな城主 直虎』でも、この荒波に翻弄されつつ乗り切る『井伊家』が描かれました。

では、同じ状況にあった飯尾家は?

 

井伊直平に勧めたお茶、それは毒茶でした

飯尾氏は、三善氏の流れを汲むと言われ、元々は室町幕府の奉行衆でした。

飯尾連龍の曾祖父にあたる長連の代に駿河国に下向し、それ以来、今川家に代々奉仕。

桶狭間の戦いでは今川義元だけでなく多くの国人領主も討ち死にしており、直虎の父・井伊直盛も、連龍の父・飯尾乗連も落命してしまいました。

父の後を継いで曳馬城主となった連龍は、今川氏真に仕えます。

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しかし、その後、徳川と内通したことが発覚。

永禄5年(1562年)、今川氏真に攻められると、曳馬城は陥落……とはならず、一旦和睦で済みました。

そしてその翌年。

今川氏に反逆した天野氏を討ちに行くため、直虎の曾祖父である井伊直平が、曳馬城主を訪れた時、連龍夫婦がある事件を起こします。

事件のあらましを『井伊家伝記』より抜粋してみますね(ちなみにこの文献では連龍は井伊直平の家老と書かれています)。

氏真、掛川の城にて直平尻打の段、吟味成され候所に、直平公、則、新野左馬助を以て、白須賀不慮の出火の旨申され候。ここに因り、氏真より右の過役に、遠州八城山城主天野左衛門尉(氏真に随はず候)直平に相攻む可き旨、申され候故、遁れず請負申され候間、出陣の支度成され候所に、直平公の家老飯尾豊前守妻、天野左衛門と縁者豊前え相進め、夫婦同心にて直平公へ逆心。直平公出陣の節、豊前が妻、直平公え茶を進め申し候所に、その茶毒にて、直平公先勢は、遠州国領蔵中瀬まで参り候所に、直平公、有玉旗屋の宿にて、惣身すくみ落馬、毒死成され候。惣人数引馬へ引き退き候所に、飯尾豊前守一味同心の輩を相催し、大手を固め、籠城仕し候。この節は、井伊家直平公ばかり故、直平公家来も毒死の上、多くは皆々豊前に一味同心申し候なり。(『井伊家伝記』より)

※1原文は記事末に掲載しております

大事なところをざっくりまとめますとこうです。

「飯尾連龍の妻(お田鶴の方)が天野左衛門と連龍に直平を裏切るように勧め、夫婦して直平を裏切りました。

出陣の時にお田鶴の方が直平にお茶を勧めましたが、それは毒茶だったので、直平は有玉の宿で全身がすくみ落馬して死にました。

何人かが曳馬に引き返したところ、籠城しちゃってました。

家来も毒死し、生き残った者は連龍に付きました。」

毒殺キタ!!

ここから歴史パートをお休みして、毒の話を考えたいと思います。

 

小説『井の国物語』ではフグの毒として描かれ

まず、直平の死亡地点「有玉旗屋の宿」は浜松市東区有玉南町にあたります。

Googleマップで曳馬城のあった浜松の東照宮から有玉南町までを徒歩検索しますと5.7 km、 約1時間9分です。

どんな速度で進軍したか不明ながら、この距離なら茶を飲んで1~2時間で死亡したと考えられます。

谷光洋氏の小説『井の国物語』では、この毒を遠州フグの毒として描いておりました。

作者の創作だそうですが、症状と潜伏時間、お茶に混ぜた点ではかなり良いと思います。

そんなわけでフグ毒「テトロドトキシン」いきますよ~っ!

テトロドトキシン(TTX)は、クサフグやトラフグに代表されるフグ毒の成分。

フグ自身が作る毒ではなく、元々細菌が生産したものが貝などの餌を介してフグに蓄積したもので神経毒となり、その機序は次の通り。

「末梢神経軸索突起でNaチャンネルをブロックし、興奮の伝達を遮断する」

簡単に言うと神経伝達が阻害されるため、興奮が筋肉に伝わらず、筋肉は収縮せずに麻痺がおこります。

最初は骨格筋から麻痺するので四肢麻痺による運動障害や構音障害ですが、重度になると呼吸筋が麻痺して窒息死。

馬に乗っている状態で麻痺がおこれば落馬しちゃいますよね。

中毒症状は食後30~40分(遅くとも2~3時間)で口唇、舌、指先などのしびれから始まり時に嘔吐、時間の経過に伴い上下肢の知覚麻痺、運動障害、全身の運動障害、著明な構音障害を来します。

さらに進むと呼吸困難、血圧低下がみられ、重傷例では意識障害とともに自発呼吸が停止し、呼吸筋麻痺で死亡します。

TTXの致死量は約2mgで、これはクサフグの肝臓約2gに相当します。

しかも熱および酸に強く、煮沸しても乾燥しても毒性がおちません。

がんばって煮出せばお茶に混ぜられそうですね。

解毒方法は……残念ながらございません。

身体から排泄されるのを待つしかないので、現代でも呼吸筋の麻痺を人工呼吸器で補うことが治療になります。

と、ここまで書いてもう一捻り欲しくなりました。

「もしも私が直平を毒殺するなら?」というケースで考えてみます。

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