「馬」が動かした日本史

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武士は「馬に乗った縄文人」だった?文春新書『馬が動かした日本史』

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火山列島と武士の文化、馬の文化

河内国は「馬の日本史」のはじまりの地と言ってもいいと思うのですが、その後の歴史において、主要な馬産地になることはありませんでした。

日本列島を代表する馬産地となったのは、九州南部、関東、東北。実はこの三つの地域には共通点があります。

いずれも火山の多いところで、火山的な地質が目立つ地方であることです。

『「馬」が動かした日本史』に掲載したこの地図を見ていただければ、それは明らかです。

黒ボク土の分布図

灰色の部分は「黒ボク土」という土壌、▲は活火山です。馬の飼育という産業は古代から近代に至るまで、火山地帯に広がる黒ボク土の地方で営まれてきました。

黒ボク土という土壌は、日本列島の三割を占める代表的な土壌ですが、戦後、化学肥料が普及するまで、農作物を育てにくい不良土でした。

農作物だけでなく、樹木にとっても厳しい生育条件であるので、草地の目立つ原野が広がっていたのです。馬の放牧地になった背景には、このような地質学的な条件があります。

地図で示しているとおり、知名度のある武将は、黒ボク地帯を勢力基盤としています。それは黒ボク地帯が馬産地であったことと直結すると考えられます。

黒ボク土の視点に立つと、日本列島は大きく二つに分かれていることがわかります。

火山帯と重なり、黒ボク土が密集するエリア(九州南部と東日本)。黒ボク土がまばらにしか見えないエリア(九州北部、瀬戸内地方、関西など)。

前者では縄文文化と武士の文化が栄え、後者は弥生文化から奈良、平安時代へとつづく朝廷と貴族の歴史の舞台となりました。

 

武士の誕生と「馬の日本史」

『「馬」が動かした日本史』の裏テーマといいますか、本の全体を貫くテーマのひとつは「武士の誕生」をめぐる謎への探究です。

武士の誕生をめぐる議論では、少し前までは、地方の有力者が自衛と勢力拡大のために武装を強化したという「地方発祥説」が教科書的な定説になっていました。

これに対する新説として、朝廷や摂関家に仕える武技に秀でた下級貴族が軍事の専門家となったという「都発祥説」があります(髙橋昌明『武士の日本史』など)。

二つとも律令国家が制度疲労を起こす平安時代の中ごろに焦点をあてた議論です。

これに対して、一部の考古学者の間で、古墳時代の武人は甲冑を着て馬に乗り、弓で戦っているのだから、軍事技術の上ではのちの時代の武士と本質的な違いはないとする議論もあります。

旧来の武士論が政治・社会状況を踏まえた議論だとすると、こちらは武士の技術論だといえます。

学術的な議論はさておき、武士の基本である「弓馬の道」は、馬の普及によって定着するのだから、古墳時代の五世紀に注目するのは意味のある視点だと思います。

 

武士の文化は縄文系の文化

馬の歴史の取材をすすめ、原稿を書いているあいだ、ひとつの仮説的なアイデアが私のなかで生じ、次第に確信めいたものに変わってきました。

それは「武士とは、縄文系の文化の正統な継承者ではないか?」ということです。

そう考える第一の根拠は、先の地図で有力な武士たちの拠点地として提示した「黒ボク地帯」(東日本と九州南部)が、ほぼそのまま縄文文化の栄えたエリアと重なる点です。

同じことを裏から言えば、武士文化のエリアは水田稲作の栄えた弥生文化圏ではないということです。

二番目の根拠は、縄文文化とは狩猟採集の文化であり、シカ、イノシシを弓矢で狩ることが日々の営みになっていたことです。日本列島における弓矢の伝統は、確実に縄文時代にさかのぼります。

縄文時代の弓

現代の弓道で使われる弓は、アーチェリーをはじめ諸外国の弓と比較して、特段に長大ですが、すでに縄文時代の弓には二メートル級のものもあり、「長弓」に分類されます。

五世紀になるまで、日本列島に馬がいなかったことが、こうした「長弓」の伝統と関係すると指摘されています。

「長弓」は、馬上で扱うには不便ですが、飛距離がでるというメリットがあります。

戦闘であれ、狩猟であれ、馬を使えば対象物に接近できるので、短い弓のほうが好まれるといえます。

武士の歴史のうえで面白いのは、縄文時代以来の「長弓」の伝統が、古墳時代から武士の時代を経て、現代の弓道にまで継承されていることです。

武士の歴史を図式的に示すと、こうなるのではないでしょうか。

【縄文時代の弓矢+古墳時代の馬】

【武士の誕生】

もちろん、これはひとつの仮説的な見通しであり、『「馬」が動かした日本史』のなかで声高に主張しているわけではありません。

自信をもって書くには、まだまだデータ不足というのが正直なところです。

ただ、この仮説を支持するいくつかの状況証拠を本のなかで紹介しています。

武士とは何か──。

この永遠のテーマを考えるうえでの素材のひとつとして、拙著『「馬」が動かした日本史(文春新書)』(→amazon)がお役に立てればと考えています。

文:蒲池明弘

蒲池明弘『「馬」が動かした日本史(文春新書)』(→amazon

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