安永6年(1777年)秋――朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)が煙管を燻らせながら、蔦屋重三郎と打ち合わせをしています。
吉原を国に見立てると喜三二がいえば、女郎屋を「郡」にすると蔦重が返し。
松葉郡には瀬川という美しい川が流れていると喜三二が続ける。

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用
道陀楼麻阿(どうだろうまあ)先生の新刊に乞うご期待
その具合だと喜ぶ蔦重。
すると次郎兵衛がやって来て、若松郡にはのぞくと怖い鶴の井という井戸があると言い出します。
笑い転げる喜三二と蔦重。
次郎兵衛は江戸っ子センスど真ん中を知っているので、彼のフィードバックがあれば百人力なんでさ。
ここでもポッピンを咥えていて流行に敏感だとわかりますね。

『ポッピンを吹く娘』喜多川歌麿/wikipediaより引用
喜三二はどうせなら『日本書紀』で遊んじゃおう!と言い出しました。
教養あるねぇ。そしてその教養をバカみたいな使い方するねぇ。江戸だねぇ。
思えば『光る君へ』の平安貴族は、秀才の藤原公任や藤原実資はじめ、理論を通す時や漢詩や和歌のために教養を用いていました。
江戸中期は、武士が教養の担い手です。
江戸では彼らがエンタメを通して教養を噛み砕き、読ませることで町人層にも落ちてゆく。
金のトリクルダウン理論は眉唾もんですけど、教養のトリクルダウンてえのはあると思うんすよ。ここ、重要な!
かくして「道陀楼麻阿」(どうだろうまあ)こと朋誠堂喜三二。本名・平沢常富と共に蔦重は吉原案内本の構成を練り上げていくのでした。
うつせみの身代金にエレキテルを
すると喜三二が、ふと思い出したかのように「例の足抜けの件」について蔦重に尋ねます。
俄に紛れて消えていったうつせみと新之助はどうなったのか?
場面変わって、平賀源内の家に松葉屋の女将いねが乗り込んでいました。
女郎をどこにやったのか?と問い詰めるいね。
んなもん知らねぇ!とシラを切る源内。
まぁ、源内も仕事のデキる新さんがいなくなってつれぇですね。
いねは源内の前で仁王立ちになると、即座にエレキテルを持ち上げ、ついてきた若い衆に渡してしまいます。身代金ということで、うつせみが捕まったら返すんだってよ。

平賀源内作とされるエレキテル(複製)/wikipediaより引用
ったく、眉を剃り落とした彼女の迫力よ。眉を落とした美人画はそう多くはないものの、そういう絵を連想させまさ。
実はこの現場には蔦重も同行していて、源内にこっそり新之助の居場所を聞くと「知ったか尻クソだぁ そんなもん!」だそうです。
二人がどうにも見つからないから、松葉屋にしても「神隠し」にあったことにすると言い出されたと次郎兵衛は喜三二に告げる。
それに対して、ややあってから同意する蔦重。
鋭い喜三二は即座に「間があったね!」と指摘しますが、蔦重は本当に何も知らないようでして。
「知ったか尻クソでさそんなもん!」
なおも不信そうな喜三二に対してそう言い切っていると、留四郎が入ってきます。
「どうやら捕まったみたいですよ!」
「新さんが?」
「鱗の旦那が」
おっと、なんてこったい。青本がどっさどっさと売れている割には何だか苦しそうな様子だったけど、一体何をしたってんだ?
聞けば、罪状は偽板だったそうで、しかも同じ版元、前と同じ本だそうです。
性懲りもなく同じ犯行を繰り返すとは……これは庇い立てできない状況ですね。
鱗形屋が捕まった
忘八親父どもは俄(にわか)の楽しさが忘れられぬようで、大文字屋と若木屋を中心にしてまた踊ってはしゃいでいます。和解成立だねえ。

明月余情/国立国会図書館蔵
これがこのドラマの本当によいところなのですが、江戸の挿絵にあるちょっと間の抜けた場面がそのまま再現されているんですね。
こういう呑気な人々が昔の江戸にいたのかと思うと、とてつもなく愛おしい。
蔦重が若木屋に、どうしてうちの『細見』を入れてくれるのか?と尋ねると、なんでも曰く付きの『細見』だと客が嫌がるんだとか。
鱗形屋の不幸は蔦重の幸運ときた。
駿河屋は「ここで乗り換えても角が立たなくなった」とまとめます。
なるほど、商品のクオリティとしては蔦重版の方がよい点も多い。薄い『細見』の需要はずっとあった。
それでも蔦重は慣習やら格式のせいで勝てない。敵が足を掬われたことで勝てるようになったというわけで、なんだかモヤモヤしますな。
かくして処罰を受けた鱗形屋は、実行犯の手代・徳兵衛が江戸十里四方から追放されることとなりました。
監督不行届として年が明けても店は開けられません。おまけに罰金は20貫文。踏んだり蹴ったりですな。
地本問屋の西村屋も鶴屋も、曰く付きで売れないものだから、青本をあまり仕入れられないようで、詫びております。
扱ってもらうだけで地獄に仏だと鱗形屋。
鶴屋も、青本の出来は頗るよい、地道に売るしかないと残念そうです。
これもねぇ。吉原の親父殿の前で、鶴屋は鱗形屋を盛り立てるために耕書堂を認めないと大見得切っちまったわけですよ。んで、階段落としと出禁までやられた。
その担ぎ上げた神輿の鱗形屋がこうもケチがついたんじゃァ、いろいろみっともねえ話ではあるんだよな。
だからといって水に落ちた犬を打つようなこたぁしたくもねえだろうしよ。
西村屋は『細見』は難しいと付け加えます。

初代西村屋与八/wikipediaより引用
鱗の旦那には、この商いしかない
「帰(けえ)れよ、疫病神! お前なんて死んでしまえ!」
三人が暗い顔をしていると、部屋の外から子どもの叫び声が聞こえてきました。万次郎です。蔦重にくってかかり、藤八に止められている。
万次郎と蔦重が同時に出てくるとゾクゾクすらぁ。
家が苦しいことと年齢やその聡明さを踏まえれば、万次郎は他家へ奉公に出されていてもおかしくないと思うんです。それなのにこうも目立つってぇなァ、因縁よな。
すると鱗形屋が駆けつけてきて、万次郎を奥に連れて行かせます。
蔦重が丁寧に一礼すると、鱗形屋はこうきました。
「ああ……これはこれは、蔦屋の旦那様。何か御用か九日十日」
「『細見』500冊、買わせてもらえねえかと思いまして」
「フッ、哀れな本屋に施しにございますか。だったら、店、畳んでくれませんか。そろそろ返(けえ)してくんねえですか。うちから盗んだ商いを!」
そうゆっくりと立ち上がりつつ、すごむ鱗形屋。
鱗形屋の声は低く、怒鳴るわけでもなく、しかも江戸っ子らしい巻き舌で凄みます。これは万次郎もそうなのですが、巻き舌が素晴らしい。これぞ江戸ですよ。
蔦重が「それはできない」と答えると、鱗形屋はますます憤ります。
「なんで、できねえんだよ。てめえは本屋じゃなくていいだろうが、あんな立派な茶屋があんだからよ! 俺にはこれしかねえんだよ、この商いしかねえんだよ! ええ!? 吉原もんはよ、女だけ売ってりゃそれでいいだろうが!」
そう突き飛ばし、頭を下げる蔦重の前から去ってく鱗形屋。

画像はイメージです(地本問屋の様子/国立国会図書館蔵)
吉原者の特権――今回はそんな構図が見えてきます。
弱い、差別されるはずの側だけれども、見方を変えればそれが特権にも見える――それが今回を貫くテーマですね。
鱗形屋の言い分にしても実に江戸らしいものでして、当時は世襲制度で家を継いでいきます。
「本屋が駄目なら魚屋にでもなるか!」なんてことは、そうおいそれとはできないのです。
蔦重は本屋が駄目ならいつでも吉原の茶屋に戻れる。しかし鱗形屋はそうはいかない。切実な悩みです。ただの僻みや嫉妬とも違うのですね。
だからこそ、蔦重も辛い。
座頭金に頼れば終わる
蔦重は須原屋に小判を持ち込み『細見』を買ってもらうことにしました。それなら角が立たねえってことっすな。
須原屋は、蔦重のほうの金銭事情を心配しています。
確かに『青楼美人合姿鏡』が売れずに金を借りちまってますね。須原屋は以前もこのことを気にしていましたっけ。
蔦重が、身内から借りている金だから……と答えると、そこが蔦重の恵まれている点だと須原屋が指摘する。後ろにはど〜んと吉原がついていると。
これが吉原と他の岡場所との違いでもありますね。

吉原の地図(二代目歌川広重1860年7月)/wikipediaより引用
吉原創設の許可を幕府から取り付けたのが、北条家臣であった庄司甚右衛門とされております。
この庄司甚右衛門は「甚内」という名もありまして、高坂、鳶沢、そして庄司、三人の甚内を「三甚内」と称し、元は風魔忍者だったなどという話もあります。
忍者かどうかはさておき「幕府の許可がある」というところが、実は吉原の「特権」ではありますね。りつが鶴屋にそう反論していたものでした。
蔦重はその特権を指摘され「今まで考えたこともなかったっすけど……」と返すしかない。
それにしてもなぜ鱗形屋は偽板なんかをやったのか。奉行に捕まり、生きるか死ぬかの目に遭っておきながら、確かに不思議ではあります。
「座頭金だよ」
須原屋が重々しく言うと、稲荷ナビが解説します。

葛飾北斎『北斎漫画』の座頭と瞽女/wikipediaより引用
座頭とは「座頭市」でお馴染の存在です。
勝新太郎の方が有名になりすぎた感も否めませんが、盲人組織である「当道座」の中で、最下層に属する人々でした。
しかし盲人はまっとうに働けないとのことから「お上から金貸しを許されている」そうで、特権のようでいて差別的でもある。
福祉のようで悪用できそう――そんな日本史の特色とも言える変わった制度ですね。
円一検校がこれを取り付けた相手は「神君」家康となります。
ゆえに当道座側がそれを盾にしたら、へへーっとひれ伏すしかなく、特権を活かした悪どい貸付や取り立てをする者がでてくる。
鱗形屋は実に運が悪かった。
あちこちにツケを溜めていて、そのうち一つが倒れてしまい、鱗形屋の証文が悪徳座頭金に流れてしまったんですと。
店先でしつこく悪どい取り立てをされ、座頭のトンデモナイ言葉が象徴的です。
「我ら盲の金はお上より預かりしもの! 鱗形屋は我らの金を返さぬと!」
よりにもよって青本で再起を図る大事な時ですから、徳兵衛は旦那に知らせず、陰で偽板作りに手出ししちまったそうで。
蔦重は考え込みます。
「弱えもん守んなきゃいけねえのは分かるんすけど……」
「もしかしたら、この世で一番強えのは、盲かもしれねぇ」
そう須原屋が続けます。
蔦重と須原屋のやりとりは田沼政治の成果ゆえのことと言えなくもない。金の重要性がそれだけ増しているからこそ、金を扱う盲人が強くなるのです。
当道座に金貸しが認められたのは、米が圧倒的に強い時代でした。
田畑で働けない盲人は弱いとなる。だからこそ金貸しを認める。
それが米の価値が相対的に落ち、金の地位があがると、盲人の地位もそれと比例する。
世の仕組みとはなんと難しいものなのか……。
須原屋は、札差による高利貸しは禁じていたと説明します。
しかし、それがかえって、唯一の貸金業として座頭金の重要性を高めているともいえます。客の中には旗本や大名もいるとか。
幕末の薩摩藩のように、借金踏み倒しをする豪快な大名はあくまで例外です。
にしても、江戸中期ってなぁ、つくづく大河ドラマにすべき時代だと思えますぜ。
江戸前期にはない問題が噴き出しているけれども、江戸後期や幕末ともなれば、タガが外れていてやりたい放題だったんだと再確認できます。
出版業にしても、鱗形屋は江戸後期と比較するとまじめでお上の権威を恐れている。
江戸後期ともなりゃ「お上には怒られるかもしれねぇけど、こちとら対策バッチリでやんす!」みてぇなふてぇ出版業者がゴロゴロ出てきますからね。
本作で描かれる時期が抜けてしまうと流れがわからない。その点、今年は実に勉強になるドラマだ!
瀬川は羽振りがよいようで…
金を自由気ままに動かせる盲人最上位に位置する鳥山検校――その屋敷へ場面は移ります。
検校が瀬以のために揃えた反物と簪がズラリと並べられている。
好きなだけ頼めばよいと促す夫に対し、妻は松葉屋の皆に着物を作りたいと訴えています。
女郎は自腹を切り、次々と着物を作らなければならない。それで客がつかずにお茶を引いてばかりだと、借金が膨れ上がって年季が伸びてしまう。
「そうか……どのみちわしはそなたの姿を見ることはできぬしな」
検校がそう返すと、焦る瀬以。
「決してそのような意味では!」
「よいよい。では然様に計らおう。そなたの望みならばな」
「ありがとうございます、旦那様」
そう頭を下げる瀬以です。
こうして瀬以から贈られてきた花見用の反物に、松葉屋の女郎は弾んだ声をあげています。
秋の俄。年が明けても店を開けられない鱗形屋。そこから花見の季節まで時は流れております。季節感があるよいドラマです。
その様子を松の井は少し離れ、柱に寄りかかりながら蔦重と話している。
「羽振りがいいものだ」と松の井。
確かに内実を知らぬ者からすれば、検校に嫁いで、唸る金に浮かれているとも思われかねないのかもしれませんね。
その様子をじっと見守る蔦重。
これは瀬以本人もどこまで意識しているかはわかりませんけれども、二人で見た夢のかけらのようにも思えます。反物を手にしている間、女郎は幸せな夢を見られることでしょうから。

吉原を描いた喜多川歌麿の作品/国立国会図書館蔵
すると見知らぬ男がやってきました。
彼が連れているのは武家出身のまだ若い娘。ありゃどこの武家の子か?と蔦重がいうと、松の井が「旗本の子だ」とあたりをつけています。なんでも近頃は珍しくないのだとか。
言うまでもなく旗本の娘といやァ、ちょっとした姫君なのです。
婚姻はだいたい同じ旗本同士となり、江戸後期ともなれば大名家との縁も出てくることもある。
そういう姫君が女郎屋に売られるなんて、悲惨と異常の極み。しかもそれが最近は珍しくないとは……。
ちなみに明治維新のあとは、新政府が旗本御家人救済を投げて政治を変えましたので、旗本御家人の娘が芸者や女郎に身を落とす苦労は東京のあちこちであったものでした。
幕臣の娘である樋口一葉が、なぜ『たけくらべ』で吉原女郎の苦境を描いたのか?
そのあたりの理由は、この明治維新の構図にもあるのです。
なぜ、武士は困窮するのか?
幕閣がこのことを座して見ているはずもない。
江戸城では松平武元が「旗本の娘が身売りとは何事か!」と田沼意次を責め立てています。
札差の高利貸しを禁じれば、武家の暮らしは持ち直すはずではなかったか!と苛立っているのです。
しかし意次は苛立ちながら「札差のみを禁じたところで他に流れるばかりと申した」と返します。
武家の借金を救いたいのであれば、札差のみならず、全ての高利貸しを禁じなければ意味がない。そこに気づかないわけがない。これは他の連中もそうでしょう。
頑固な武元はこの正論を言い訳だといい、それもこれも意次が武元に逆らって米価を上げぬからだとねじ込んできます。
「上げぬのではなく、上げられぬのです! 米の値、物の値、金の動きを操るは森羅万象を操るようなもの! 人の力では成し得ぬことと心得まする」
苛立つ意次。
「成せぬことを成すためであろうが、そなたがそこにおるのは! 成せることだけ成すのなら、足軽上がりに席を汚させるいわれは何一つなかろう!」
そう言い捨て、武元は去ってゆきます。
憮然とするほかない田沼意次。
すごい場面でしたね。
インフレ率を達成しろだのなんの、ニュースで出てくるじゃないですか。
そんなもん達成したいんだかしたくないんだか、わざとかそうでないのかわかってないのに、今もこうして物価はバンバンズケズケとあがり、給与はそうならない。
価格をそんなに楽に動かせっかよ。
でもできないと反論すると、わけわかんねぇ精神論みてぇなこと言われんのな。えらいさんは具体的なことを何も言わずに命令ばかり下すのな。そういう現実とカチッとはまっちまってまさぁ。
でもよ、ここはバカかと思うくれぇくらい答えはあるんすよ。意次がそこに気付かぬわけもねえ。

田沼意次/wikipediaより引用
意次は家に戻り、三浦庄司を相手に不満をぶちまけています。
実はこの三浦も武士出身ではありません。田沼意次が身分をああだこうだ言われてしまうのは、側近まで身分を無視して実力で決めていたこともあるのでしょう。
そして江戸時代の経済政策について。
田沼時代およびそれ以降となると、武士以外からも経済政策案を募集します。
しかし、これがすんなりとは通りません。
特定の業者が政治と癒着してうまい汁を吸うとなると、それを察知した周辺が「ふざけんじゃねえ!」と止めに入るのです。ゆえにズバッと快刀乱麻とはいかない。
政財官の癒着は、明治以降がむしろ甚だしいものです。
それというのも、明治新政府の連中は、江戸進撃の軍資金を京阪の豪商から提供させていて、その交換条件として新政府のもとでの利権がありました。
この時点で政財は癒着します。
そのあまりの激しさに西郷隆盛が井上馨のことを「三井の番頭さん」と揶揄したほど。
アジア・太平洋戦争敗戦後、日本を統治したGHQが財界に大鉈を振るったのは、こうした政財官の癒着を悪とみなしたからでもあります。
こうしたことを踏まえますと、大河ドラマで顕彰された渋沢栄一にせよ、五代友厚にせよ、おいそれと褒めていいものではないはず。
江戸時代を舞台にした時代劇で、悪代官と商人が「おぬしもワルよのぅ」と言い合う姿はおなじみですよね。
あれもすんなり受け止めてよいものかどうか。
明治以降のクリエイターが、素直に現政府と財界を批判しにくいから、江戸期に託して描くということもあるわけです。
てなわけで、歴史の常識をアップデートしていきやしょう!
西の丸で進物盗難騒ぎが起きた
田沼意次が息子の意知や三浦と話していると、田沼意致(おきむね)がやってきました。意次の甥(弟の子)にあたります。
夜半に来るとは異例のこと。座りながら挨拶をする意致の所作が実に美しいですね。
この時代は、日本史上、所作が完成されて実に厳しいと思います。このドラマはきちんとこなしていて眼福です。
ただらなぬ甥の様子に、さしもの意次も心配しています。
なんでも近々公(おおやけ)に知らされる人事があるそうです。
西の丸で進物(贈答品)盗難事件が発生し、その責任を取らされてしまうとのこと。
実際には盗まれておらず、紛れていたとはいえ、目付である田沼意致の管理不足ということになったそうです。
紛失事件くらいで大袈裟な!
そうなるかもしれませんので、補足でも。
江戸時代には歌舞伎の題材にもなった「細川血達磨」という事件があります。
細川家に仕える大川友右衛門という武士が、屋敷が火災になった際、家康からの御家領土を安堵する朱印状を腹を切ってその中にいれ、焼け落ちることから守ったとか。

『蔦模様血染御書』大川友右衛門市川左団次/東京都立図書館
これをそのまま作品にすることは憚られるため、家宝の達磨の絵としたのです。
切腹して守ったから「血達磨」。この大川友右衛門を美談にした演目が作られました。
それが歌舞伎になった際、大川友右衛門には相思相愛の美小姓がいたとされました。この最愛の美少年のために仇討ちを遂げた最中に火災が発生することになったのです。
なぜここまで長々と書いているのか?と言うと、これが通し狂言『染模様恩愛御書 細川の血達磨』として上演され、最愛の美少年小姓を演じたのが片岡愛之助さんだからなのです。
あの美童が、15年後、巻き舌が素晴らしい鱗の旦那になっていると「こりゃ奇跡なんじゃないか、夢じゃないか」と思ってしまうんですね。
片岡愛之助さんの素晴らしさに脱線しました。主の大切なものならば、命を懸けてでも守り抜くのが江戸時代です。それなのに、西の丸で進物盗難騒動とは、由々しき事態ということですな。
とはいえ、これは田沼派を嫌う連中の嫌がらせであることくらい、わかっているのです。
アンチ田沼である家基のお膝元である西の丸ですから、そこは針の筵というわけですな。
田沼の大博打
そこで田沼意次は、一橋治済の一橋家に甥の田沼意致を推挙します。そもそも彼の父であり意次の弟は、元は一橋家に仕えておりました。
治済は「当家の家老に取り立てる」と、太っ腹ぶりを見せつけます。
田沼の者はよう働く。金繰りにも長けておる。そう言われ、意次もすっかり安堵しております。
とはいえ、そこはモンスター治済ですので、微笑む顔も何か脂ぎっていると言いますか、いかにも毎朝生卵を食していそうな生々しさがあるんですね。
おもしろがるように立ち上がり、意次の前にまでわざわざ来て、「相当西の丸に嫌われておるようだ」と語りかける治済。
ただの悪口でなく、次期将軍に嫌われているとなると、将軍の寵愛を頼りにしている田沼派は立ち行かなくなるということです。
「このままでは早晩、田沼は干されてしまうのではないか?」
「仰せの通りにございまする。このままではこの流れは止められませぬ。故に大博打を打ってみようかと考えております」
「ほう、大博打とな」
「はっ」
そう語り合う二人は共犯者のようです。さしもの意次も、ちょっと警戒心が緩んでおりませんか。
事は密なるを以って成り、語は泄(せつ)を以って敗(やぶ)る。そう言われておりますが。
座頭金を暴け
田沼の大博打とは、座頭金の実情を明らかにすることでした。
意知や松本秀持にそう打ち明ける意次。不法な貸付や取り立てをしている者たちを一網打尽にするわけです。
確かに高利貸しの札差を取り締まろうと座頭金に手付かずでは画竜点睛を欠くといえる。しかし、このことを聞かされた側は驚きを隠せません。
意致がここで長谷川平蔵宣以を連れてきます。西の丸で進物番を勤めているそうです。平蔵は父の名により、意次も知っていました。
何故西の丸を出たいのかと尋ねられると、日がな一日人の噂や悪口ばかりで合わないと平蔵はこぼします。
そういえば鱗形屋の偽板捜査の際にもそんなことを言っていましたっけ。
意次に言わせれば、進物番は目立つし役得もある。蔑ろにされてはいないと言います。
しかし、そのせいでやっかみが多いそうで、親の名前だの七光りだの言われてしまうとか。吉原では親の名前を自慢していたものの、勤務先でそれをされると鬱陶しいようです。
さらに小さなミスまでネチネチ言われる。しょうもないいじめに、平蔵は限界に達し、こう返します。
「てめえら、そんなに進物番になりたきゃ、男前に生まれ直してきやがれ」
そうフッと笑ったそうで、以来、ますますいじめが激しくなってしまったのだとか。
進物番は贈り物を恭しく捧げる役目です。
現在、廃止へ向かっている職業として、麗しい女性が表彰台でトロフィーを渡すポディウムガールというものがあります。
それと同じ理屈で容姿端麗であればあるほど有利で、かつ、贈り物のおこぼれにあずかることもあるのでしょう。華のある役目ですな。
ルッキズムというと女性の問題とされがちですが、歴史的に見ていくとそう単純なものでもありません。
『鎌倉殿の13人』の時代ですと、坂東武者随一のイケメンとされる畠山重忠は、美味しい目立つポジションに任命されることが多かったとか。逆にそうでない坂東武者は目立つ場に配置されず、悔しがったそうですよ。

畠山重忠(月岡芳年画『芳年武者无類』)/wikipediaより引用
軍隊の近衛兵や親衛隊も、容姿端麗であることがしばしば採用条件に入ったものでした。
平蔵の男前自慢の話を聞いて、意知も三浦も納得しています。
確かに平蔵はどこからどう見ても、江戸前寿司のようにピチピチした男前でさ。しかも江戸前仕様。キリリとした眉に筋の通った鼻。目力。これは確かに男前でしょう。
平蔵はその男前ぶりで選ばれたことが不満であり、役目のための修練稽古、全てが苦痛なんだとか。
あー、平蔵。おめえさん、やる気を出すと突っ走れるけど、そうでねえと何もしたくねえタイプだね。花の井の心を得るためには、やる気出して暴走してたもんな。
だもんでこの嫌な役目から抜け出したくて、田沼様の力を頼ってきたわけですよ。
意次は平蔵の熱意を汲み取り、難しい役目を授けます。なんと、勤めをこなしつつ、西の丸にいる座頭金に手出ししている連中を探れと。これは相当なキレ者でなければこなせない役でしょう。
平蔵は「頼もしき仲間がおりますゆえ!」と自信満々です。
頼もしき仲間というのは、吉原でもそばにいた仙太と磯八であり、首尾よく江戸市中を探索しておりやす。これも伏線で、町人、しかも遊び人のネットワークを使って火付盗賊改をこなす彼の資質が見えてきます。
仙太と磯八のいた家は、森という武士のものでした。
座頭に迫られ、相談があると付け込まれる森。果たして何でしょうか。
他人の弱みにつけこむことはできない蔦重
蔦重は北尾重政のもとへ来ています。
そこには北尾政演(まさのぶ)という若い弟子がおりました。
なかなか筋が良く、達者な絵を見せてきます。なんでも絵にも女にも手が早いんだとか。
さっそく「褒美に吉原で遊びたい」と言い出す政演。仕草がいちいち愛嬌があって、とても愛くるしいボンボンといったところですね。
誰がいいのか?と問われて、ウキウキワクワク、冒頭で書いていた吉原案内本『娼妃地理記(しょうひちりき)』を取り出して熱く語り出しています。
タイトルもダジャレで笙(しょう)と篳篥(ひちりき)とかけてんのな。

笙(しょう・左)と篳篥(ひちりき)/wikipediaより引用
「もう誰でもいいんじゃねえか?」
そう蔦重がまとめています。
このボンボンは吉原女郎にとっちゃ上客ですぜ。顔はいいし、遊び方は粋だし、身請けできるだけの金はあるし、親に溺愛されているもんだから甘やかされちゃってる。
江戸随一のリア充だからね。
後に山東京伝となるのは一体どれほどのイケメンが演じるのかと思ったら、古川雄大さんです。
しかもいざ動いているところをみたらしっかり江戸前、醤油味に仕上がっていていいじゃねえすか。
重政はズズイと青本ナビ『辞闘戦新根』(ことばたたかいあたらしいのね)を持ち出してきます。
恋川春町作で実におもしろい。さすがの鱗形屋だと蔦重は誉めております。
重政はもっと評判になってもいいのに、鱗の名が入っているだけで避けられちまうと残念がっています。
「いっそ、お前さんが板木を買い取って出し直すなんてなぁ、ねえの?」
蔦重は「いやぁ……」と言葉を濁しながら、市中の本屋さんが申し出ていて俺なんてお呼びじゃねえと返します。
そういう相手の弱目につけこみたくないんでしょう。
しかし、業績からするとそうは思えず、むしろ油揚げをさらった鳶のように思えてしまう。それが蔦重の悲哀さね。
本は人にツキをもたらす
蔦重が街を歩いていくと、大文字屋が声をかけてきます。
なんでも神田に空いた屋敷があるそうで、借金で首が回らなくなった人が手放したものだそうです。
やっぱり江戸市中、経済がどうにもおかしい。んで、そういう時代は吉原が有利なこともあるんですね。
蔦重が向かう先は源内の家でした。
弥七という飲み込みが早く器用な男が、新之助の後釜に据えられたようです。
エレキテルもなかなか売れているようで、源内はしょうもねえことを言い出します。
「エレキテル、ウレテ〜ル! ウレテ〜ル! ゲンナイツイテ〜ル、オオバンコバンワイテデ〜ル! テンカイチオモイシ〜ル!」
調子こきすぎてねえか……。

平賀源内/wikipediaより引用
それを受けて蔦重は、皆がつきまくるようになれねえか?と言い出します。
誰かのつまずきの上のツキが成り立ってくるのは性に合わない。鱗の旦那のツキを奪ったと悔やんでいるのです。
源内はそれが申し訳ないなら、世の人をつきまくらせりゃいいと言い出します。できるわけねえ、お稲荷さんじゃあるめえしとこぼす蔦重。
「何言ってんだい。本ってなぁ、人を笑わせたり、泣かせたりできるじゃねえか」
源内はそう勇気づけます。そんな一冊に出会えたら、今日はツイていたと思える。本屋とは随分と人にツキを与えられる商いだと源内は語ります。
蔦重だって、本が運んでくれる幸せのことは十分わかっています。
幼い彼に朝顔が教えてくれました。
それにこれをドラマの中で言われると、作り手もそこを承知なのかと思えて、なんとも清々しいものがありますね。
所詮女郎と客なのか?
朝顔から、幼い頃に本の喜びを押しられたのは彼一人ではありません。
瀬以もそうでした。
そんな彼女に、鳥山検校はたくさんの本を送ります。
書庫を見せられ驚く瀬以。退屈する暇がなさそうだと彼女ははしゃいでいます。
それからあわてて「旦那様がおられぬ時のことにございます」と付け加えると、検校は「もっとそなたといることにしよう」と返します。それでは本を読む暇もなくなると笑う瀬以。
思えばこの二人をより強く結びつけたのも、本でした。
初めて花魁と会うしきたりを破り、本を音読したのが瀬川でした。

本を読む瀬川『青楼美人合姿鏡』/国立国会図書館蔵
検校は、本の話をして笑う妻の声を聞き、吉原から来客が来た時のことを思い出しています。あのときのような明るい弾むような笑い声を、妻は夫の前では立てません。
それを思い出したのか。妻の手をとり、こう言います。
「そなたは吉原に戻りたいのか?」
「まさか! そんな女子(おなご)がどこにおりましょう!」
「ではなぜ吉原の者たちとおる時のように声が弾まぬ? なぜじゃ……わしはそなたが望むことを全て叶えておるではないか」
「……吉原の者と話す声が弾んでおるとすれば、親兄弟に似た親しみがあるからかと。それは旦那様を押したいする気持ちとは別のものにございます」
妻の頬を手で挟み、検校は言います。
「所詮わしは客ということか? どこまで行こうと女郎と客……そういうことだな」
怯えたようにこう返す瀬以。
「旦那様、それは違います!」
「もうよい、嘘ばかりの女郎声など聞きとうない!」
そう言いながら倒れてしまう検校。よろめきつつ本棚に手をついて立ち上がり「お内儀様は当分ここで過ごされる」と告げ、鍵をかけて閉じ込めてしまいます。
そして検校は妻の私物を調べさせました。
文はない。しかし、吉原から大量の本を持ち込んでいる。古い赤本に、蔦重が手がけた本の数々があります。
検校は蔦重のことを思い出しながら「蔦屋重三郎が関わったものか?」と確認します。
嗚呼、思えば『光る君へ』と今年、二年連続で作品を通して愛が育まれ、そしてそれがこうも苦い形になるとは。
『光る君へ』のまひろは、籠から飛び立つ鳥でした。
一方でこの瀬以は吉原という籠から出られても、別の籠に入れられたうえに、弾む声を失ってしまいました。愛くるしい鳥の声に惚れ込み、それを慰めに生きたいと願っていた鳥山検校は、そのことが許せるわけもなく……。
座頭金はまさに悪逆無道
田沼意次は座頭金に手出しした者の一覧を見ながら、検校の蓄財に驚いていおります。
まともな稼ぎ方ではない。無法の証だと確信を得ています。
今はもう死語となった「盲滅法」という言葉があります。
目の見えない人が滅茶苦茶に振り回すような様を指しますが、この言葉には「法」が入る。法が滅んだかのようだというニュアンスがあります。
これには「座頭金が無法そのものの貸付と取り立てをしていた」という意味が含まれているのだとか。
問題はカネだけで済まないことで、その先には「家督の乗っ取り」まである。
これはさすがに由々しき事態。借金のかたにその家の嫡子を出家させ、代わりに別人を送り込み、跡を継がせるのだとか。
いわば旗本御家人の「売官」であり、それが横行しているのだとか。
意次は、西の丸の様子も尋ねます。長谷川の調べがあがってきています。
その長谷川がちょうど入ってきました。急ぎ耳に入れたいことがあるとかで、聞けばなんと小姓組の森が蓄電したそうです。
「なんと、あの森殿が!」
そう驚く意致。森殿と言えば、古参の真面目で名高い小姓で、西の丸様(家基)も気に入っているそうです。
それが数日登城せず、屋敷を見に行ったら無人だったとか。磯八と仙太が目をつけたあの屋敷ですね。
意次は松本秀持に命じると、秀持は平蔵ともども森捜索へ向かいます。
意知がここでその成り行きを尋ねると、意次は「使えるな」と手応えを感じていました。
弱き者を救うことが、上様の役目ではないのか
10代将軍・徳川家治の前に、松平武元をともない、息子の徳川家基がやって来ています。
意次の存在に気づいた家基は「なぜいるのか」と聞いてくる。家治は「彼が進言したいのだ」と告げます。

徳川家基/wikipediaより引用
意次は一礼をすると、剃髪した森と、その嫡子を呼び出しました。
父子揃って坊主頭の風体に驚く家基。
なぜそんなことになったのか? 森忠右衛門は顛末を語り出します。
地獄の始まりは座頭金と聞き、呆気に取られる家基。
事の発端は、息子の御番入りを願ったことでした。名誉だけでなく、禄が増える役職です。
森は20年間も小姓を務め、息子は育ち、部屋住みのまま妻子を持つ身となりました。
それなのに森自身は番替えもない。禄も変わらない。そこで収入を増やすために御番入りを考えたのだとか。
そうなると必要なのは賄(まいない)であり、その費用捻出のため座頭に借りたのが運の尽き。
大金でも御番入りが叶えば返せると思ったのに、それが叶わない。見込みは狂うわ、証文をみれば支払い期日が扶持米をいただく前、要するに給料日前でした。
返済はできない。借金は膨れ上がる。家財は売り払う。家人には暇(いとま)を出す。
倹約に倹約を重ねてきたけれども、それも限界に達したのです。
もはや食うものも食えず。あろうことか進物を盗み出そうとすらしました。田沼意致が責められた窃盗騒ぎですな。森は取り繕ったものの、そもそもが彼が盗んだものでした。
武士の誇りすら保てなくなり、家督を譲れと座頭に脅され、森はもはやこれまでと腹を切ろうとします。
そこを嫡子に止められました。
「もう家などよいではないですか!」
武士にこんなことを叫ばせるとは、なんという残酷さなのか……。
かくして家より命を選び、一家は逐電、剃髪出家したという話でした。
ここで意次は「森は遊興とは無縁、日頃から質素倹約に努めてきた」と庇います。長谷川平蔵とは違いますね。それでもここまで追い詰められるというのが、彼の主張の骨子ですな。
意次はさらに、西の丸で座頭金に手出しした者たちの一覧を差し出してきます。それを受け取り愕然とする家基。
「恐れながら、将軍家は、己の旗本すら養えておらぬのでございます」
恭しくそう語る意次と、蔦重が重なって見えてきます。
蔦重は、吉原はせめて女郎を養うべきだと主張していました。吉原も、将軍家も、養うべき者を取りこぼしてしまっている点では同じなのやもしれません。
「黙れ主殿!」
そう重々しく武元はたしなめますが、意次はさらに続けます。
「徳川家四百万石。されど米の値は下がるばかり。今のままのやり方で旗本八万騎を養うのは、土台無理な話!」
武元は止めようとするも、家治はじっと意次の訴えを聞いています。
武元は「上様方の耳に入れるな!」と言いますが、意次は「是非知っておいていただきたい」と一歩も引かない。
上に立つお方だからこそ、まことの姿をご理解していただかねばならない、この国の行き方を決めるのは上様なのだと。
わかるぜ! 言いてぇこたぁわかる。
こういう思いを江戸っ子だって抱いていたからこその『目黒のさんま』なんかだろ。えれぇ殿様は、民の実情を知らねえってことさね。
それに江戸中期ともなれば、旗本御家人や小藩は困窮してどうしようもなくなります。
大きな藩はマンパワーがあるので、特産品開発にはげむこともできる。
しかし、これも規模がある程度なければできない。倹約か、内職か、はたまた犯罪か。そういうどん詰まりになります。
ブラックバイトが世を騒がせておりますね。啓発にも限界があり、お金がなければ人は悪事に流されますから、今の世の中に通じるものがありますわな。
意次は「お考えいただきたいことがある」と告げます。
高利貸しを行う検校たちを一斉に取り締まるべき――。
検校の蓄財は凄まじいものがあり、なんでも名護屋検校は家財の他に有り金200両、貸金はなんと10万3千両余り。
こうも具体例をあげられたとき、お堅い奴はどうするか? 武元はわななきつつ、それでも意次に凄んでみせます。
「盲を厚く遇するは、神君家康様のご意向! うぬは何様のつもりじゃ!」
「私はただ、徳川の世を守りたいだけにござります! 神君家康公のお教えは従い、弱き盲は保護いたしましょう。されど、不法かつ巧妙な手口で蓄財を成し得た検校たちはもはや弱き者にあらず! 今や、真に徳川が守らなければならぬ弱き者は、どこのどなたにございましょうや」
いきおい武元は黙りこむしかない。
すると家治が口を開きました。

徳川家治/wikipediaより引用
「余は、徳川家臣および検校から金を借りておる民草を救うべきと考える。そなたは、どうじゃ?」
爪を噛み締め、家基は俯いています。
これはすごい。すさまじい問題提起です。日本の当道座の金貸しはかなり特殊な制度です。
連想したのは、ユダヤ人のこと。
キリスト教国ではユダヤ人は異教徒として職業選択が狭められ、賎業とされる金融業につくことがしばしばありました。賤しいとされても、実利はあるわけです。
その姿が憎らしく思われるせいか、シェイクスピア『ヴェニスの商人』のシャイロックのように悪役扱いをされることがあります。
実際のユダヤ人は豊かなわけでもなく、金融業で成功するものはほんの一握り。
それでも特権があるとみなされ、差別の根拠のひとつとされてしまいます。金融業が許されることで、差別の根が深くなる構図があるのです。
第二次世界大戦におけるナチスドイツのホロコーストにおいて、ユダヤ人は人類史上最悪といえる惨禍に苦しめられました。
この悲劇をうけ、ユダヤ人差別は明白に悪であり、間違っているという認識が戦後に根付いたわけです。
しかし、差別は悪としても、それをどう捉えるか。そこが難しい。
ヨーロッパでの差別に苦しんだユダヤ人は、新天地を目指すこともありました。
その行き先として選ばれたのが北アメリカ大陸と、イスラエルです。アメリカではユダヤ人は多く根付き、商業的に成功した資産家は政治家にも多額の献金を行い、政財の結びつきを確たるものとします。
となると、こうしたユダヤ系資産家や企業に政治は逆らうことができず、イスラエルのパレスチナに対する攻撃を正当化することとなるわけでして。
ユダヤ人差別は悪い。その歴史は実に悲劇的でもある。ホロコーストの悲劇を教訓とし、ユダヤ人差別には断固反対いたしましょう。
されど、巧妙な手口で蓄財を成し得て、政治に口を挟むユダヤ系資産家、シオニストはもはや弱き者にあらず! 今や、真に正義が守らなければならぬ弱き者は、どこのどなたにございましょうや? こう言えると思いました。
世の仕組みとは実に複雑なのでござる。強弱とは政治が決めるものなのでござる。そう痛感させられたのです。ほんと学びのあるドラマよな。
ユダヤ人差別との関連性をもう少し続けましょう。
江戸時代の盲人特権を描くことは、実に難しいと思える。吉原に続けてこういうことを入れるとなると、ともかく今年の大河は貶してこそ真っ当な良識人だとなりそうではありますよね。
でも、それではいけない。
『ヴェニスの商人』は差別的だから上演されないかというと、そうではありません。
ユダヤ人差別や境遇を考えるうえでの材料ともされ、注釈をつけるようにして封じられることはないのです。
黒人奴隷に差別的である『風と共に去りぬ』のような作品もそうです。
日本はどうもクレームを避けることばかりを重んじて、揉めそうなものは触れないことが正しいとされます。
それこそ『べらぼう』は打ち切りを求める署名すらありますよね。
それではいけない。差別とは何か?という根本問題を考えられなくなります。
今年の大河はそこに踏み込む覚悟がある。そういう志こそ、侠だと私は呼びたい。
検校屋敷が踏み込まれた
蔦屋重三郎が蔦屋で店番をしていると、武士がやってきました。
彼は赤本を取り出し「これはそなたのものか?」と尋ねます。
めくると「からまる」と幼い蔦重の字で書かれていました。
蔦重が認めると、武士は主人から話があるので屋敷まで来て欲しいと言います。
瀬以に何かあったのか?と驚く蔦重。
「来ればわかる」
そのころ瀬以は、蔦重が足抜けしようと手渡した「女 しお」と書かれた切手を見ていました。
そこに検校が入ってきます。
「もうすぐ蔦屋重三郎がくるぞ。どうだ、嬉しいか?」
瀬以は困惑しつつ、腰の物は何かと言います。小刀ではないですか。
「返事次第では斬ることいやるかもしれぬからな」
驚く瀬以。不義密通の罪だと言われ、瀬以はそんなものは吉原中の誰に聞いたっていいと言います。何もない、潔白だと訴えます。
「けど、心だけはある。いくら金を積まれようと、心は売らぬ。そういうことであろう。お前は骨の髄まで女郎だな」
瀬以は、ありんす言葉になって答えます。
「そう、仰せの通りでござりんす。重三はわっちにとって光でありんした。あの男がおるならば、吉原に売られたことも悪いことばかりではない。一つだけはとてもいいことがあった。そう思わせてくれた男にございんした。
重三を斬ろうがわっちを斬ろうが、その過去を変えることはできんせん!
けんど、わかっておるのでござりんす。主さんこそ、わっちをこの世の誰よりも大事にしてくださるお方であることは……人の心を察しすぎる主さんをわっちのいちいちが傷つけているということも!
人というのはどうして己の心ばかりは騙せぬのでありんしょう。今や抱いたところで詮無い主さんを傷つけるばかりのこの思い。こんなものは消えてしまえと、わっちとて、願っておるのでありんす」
涙ながらにそう訴える。
「けんど、この世にないのは四角の卵と女郎の実(まこと)。信じられぬというのならどうぞ、ほんにわっちの心の臓を奪(と)っていきなんし!」
そう刀を抜き、己の胸に向ける瀬以。
蔦重は鳥山検校の屋敷に向かってゆきます。
しかし、封鎖されています。いったい何が起きたというのか。
MVP:“神君家康公”
今週は見どころがたくさんありました。浮かびあがる“神君家康公”の存在感が圧巻でした。
今にして思えば『青天を衝け』冒頭の家康は陳腐な上に、日本史知識を悪化させておりました。
『どうする家康』の「神の君!」を連呼するキンキン声のナレーションは思い出だけでもうんざりさせられます。
歴史をおちょくっているようにすら見えた。
この幕末と幕府創成を扱う大河ドラマがもっと真っ当な出来であれば、視聴者の日本史知識はもっと向上したことでしょうに、貴重な時間を無駄にしたものです。
今にして思えば、あの手のドラマはジャンクフードのようなもの。
視聴者の、スマホをポチポチしながら深く考えずに見たい要求には応じられるけれども、なんの栄養にも知識にもならない要素が詰まっているだけ。
あれはお子様向けです。ガキってぇなぁ、自分の好きなお菓子ばかりぱくついて、大人が「もっと栄養になるものも食べないといけません」といっても嫌がるもんです。
大人になりゃ、健康診断の結果を踏まえつつ、我慢して意識して食べますよね。
そういう大人の鑑賞に耐えないしょうもない作品だったと思います。家康の墓前で謝るこたないんで、ああいうものは二度と作らないでいただければと。
今年の大河ドラマは江戸中期において、いかに家康の威光が暗い影を落としているのか描いてきます。
これに頼る筆頭は家治でなく松平武元であり、彼は日光社参にもひとかたならぬ思い入れを見せておりましたね。
それに抵抗するのが、田沼意次です。
彼は己の政治を貫くために、甥・意致失脚を利用し、西の丸に探りを入れました。彼の果断は、座頭金に踏み込んだこと。武元の狼狽ぶりをみればそれもよくわかります。
当道座の庇護を決めたのは、神君家康公です。
そこに踏み込むというのは大変なこと。いくら理不尽であろうが、人の命が失われ苦しんでいようが、偉大なる先人の権威に挑むことは人はそうそうできぬのです。
荒唐無稽なフィクションとはいえ、『水戸黄門』では大抵の悪党は徳川の印籠を見ればおとなしくなるではないですか。権威に弱いのです。
そしてこれは東アジア近世史を考える上で大切、かつ再来年『逆賊の幕臣』予習にもなります。
主役となる小栗忠順は、徳川が滅びる原因をこうまとめました。
「どうにかなろう。この一言が徳川を滅ぼしたのだ」
この「どうにかなろう」の中身を突き詰めると、神君家康以来のご威光あたりではないかと私は思います。まあ、神州だし、どうにかなろう。そういう心境でしょう。
小栗忠順が生きていたころのこと。
幕府はペリーが黒船艦隊を率いて来日することを、オランダから丁寧に説明する文書を受領していました。
ではなぜ、対処をしなかったのか?
というと、海禁政策は神君の決めたこと(ではなく、実際には家光時代に徹底されておりますが)であるし……ま、どうにかなろう。
そうして現実に向き合うよりも、逃避することを選んだというわけです。阿部正弘は焦り、対策を取ってはいたのですが。
さらにもっと遡ると、田沼政治の挫折にたどり着くのではないかと私には思えます。
今後ドラマで描かれることになると思いますが、意次はロシアの要求も踏まえ、海禁政策を変えようとしました。
その意次が挫折したとき、この小栗忠順の一言を思い出していただきたいのです。
田沼政治を全否定できるわけもなく、松平定信以降も幕府はロシアと向き合わねばならない事態に陥るにもかかわらず「どうにかなろう」とツケを未来にたらい回しにしてしまいました。
これは座頭金にせよ、旗本御家人の境遇ついても言える話でしょう。
当道座特権は明治維新まで保たれます。うまい具合に蓄財して、困窮した旗本御家人株を買い取る盲人も出てきます。
米山検校がその一人。男谷家の株を買い、息子を旗本にするわけです。
それでいいんですか、幕府は! そう突っ込みたくなりやしませんかね。結局これも「どうにかなろう」ですかね。
そしてこの米山検校の曾孫が勝海舟となります。
『逆賊の幕臣』では、小栗忠順が勝海舟のライバルとされます。
血筋という点では、三河以来の小栗と、検校の曾孫である勝ではかなり差があると思います。学業成績といった面でも、小栗がかなり上だったようです。
てなわけで『べらぼう』からずっと辿っていきますと、『逆賊の幕臣』にわりとすんなり接続できます。
舞台は江戸。百年経ていないからには、それも当然のことで、今から予習して再来年に備えるのもよろしいのではないでしょうか。
小栗忠順を演じる松坂桃李さんは、今年の渡辺謙さんに勝るとも劣らぬ気合いで演じることが求められます。
小栗の方が頭でっかちで理屈っぽいので、セリフもさらに長いかもしれません。
彼がどれほどの気合いで挑むか、楽しみでなりません。そんな再来年の予習のためにも、みなさまも今から横須賀のヴェルニー公演でも行ってみてはいかがですか。
総評
歴史を学ぶ意義とは何か?
去年に続き、今年の大河もそれを教えてくれるから、実に楽しい、刺激になると思えてきます。
戦国にせよ幕末にせよ、乱世はイレギュラーなことが多すぎます。
国民性や国のかたちということを考えると、実は例外的ともいえる。そういう時代ばかりを歴史として扱うと、意識が歪むのではないか。
その歪みを昨年と今年はマッサージして伸ばすような心地よさがある。
とはいえ、そうして得られる結論は、どうにも不都合なものかもしれません。
私なりに痛感させられることは、日本は基本的に貧しい――そうなります。
隣国の清は、当時の世界GDPの三割を占めていたとされ、圧倒的に豊かでした。西洋諸国はその富を狙い目を光らせており、かつ、世界各地から急速に富を収奪しつつありました。
そうやって次から次へと経済を上向きにできる国と比べると、どうしたって日本はそうもいかない。江戸中期となれば息詰まってきてしまい、成功しようと思うならば別の誰かを蹴落とすしかない。
奪い合うパイが小さければ、そうなってしまう。
蓄財しようにも質素倹約につとめるか。あるいは副業内職をするか。
そういう既視感のある生々しい頭打ち経済は、かつて通った道である。今年はそれをハッキリ示していて、いやはや、なんて勉強になる大河ドラマなのでしょう。
日本は明治維新で他のアジア諸国を先駆けて近代化へ突き進みました。
アジア・太平洋戦争で大敗北を喫するものの、その後、幸運が重なって高度経済成長を遂げた。
そのせいでずっと経済大国だったと幻惑されていると思うのですが、本来はそうじゃないでしょう、江戸中期以降を見てみろ、と。
幕末に幕臣たちが味わった焦燥感を再体験する必要があるのではないか。
歴史を学んで己を見つめ直すには、キラキラした英雄譚ではなく、眉間に皺が寄るような話が適しているのではないか。
良薬は口に苦いように、むしろスカッとしない歴史劇が求められているのではないかと本作を見ていると思えてきます。
確かに蔦重は快男児ですし、アイデアの数々はためになるし素晴らしい。日本のエンタメコンテンツはこうやってできたのだと思える。
確かに、スケール感がないというか、せせこましいといえばそうでしょう。
しかし、それでいいじゃねえか。精緻でおもしろいものを生み出せるのが、日本人のよいところではないか。と、幕末の幕臣が滞在先の外国で考えたことと一致する答えを、今年の大河は教えてくれます。
これは再来年もきっとそうなります。
地震大国日本に住むからには、いつ崩れてもおかしくない場所に建ったタワマンに憧れている場合じゃねえと思うんすね。
そういう本質を、大河が教えてくれるとは思いもよらねえことでした。
毎度毎度、ほんとうにありがた山すよ。
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【参考】
べらぼう/公式サイト





