斎藤利治

斎藤家

道三の末子・斎藤利治が信長の命を受けて「月岡野の戦い」に大勝利

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
斎藤利治
をクリックお願いします。

 

足場の悪いぬかるみで大勝利

穏便に拠点を作ることができた利治は、気を取り直してさらに兵を進めました。

次の今泉城には謙信の側近として仕えていた人物もおり、一筋縄ではいかないと判断した彼は一計を講じます。城攻めを中止すると見せかけて、上杉軍を城の外へ誘い出したのです。

そして地形の複雑な月岡野までひきつけてから一斉に転進。

実に360人を討ち取るという大勝利を収めました。

これを【月岡野の戦い】と言います。

月岡野の位置は、現在の富山市上栄あたりといわれており、今も大小さまざまな川が流れているので、おそらく当時から足場の悪いところだったのでしょう。

地元でもないのにそこまで把握してた利治がパネェっす!

この働きにはもちろん信長も信忠もホクホク顔で、感状(主君からのお褒めの手紙・領地について書かれていることも)をあげています。

特に信忠は、自分の家臣が大功を挙げたことがよほど嬉しかったらしく、

「寒い中ご苦労様」

「今後も良い知らせを待っている」

と労いの言葉を送っており、気遣いや喜びようが窺えます。かわいいな。

 

いいところで荒木村重の裏切りが……

謙信亡き後とはいえ、上杉家を合戦で破り、各地の大名は「織田家ってヤバくね?」と考えるようになります。

特に越中では織田家についた人が多く、このまま一気に上杉家を破れるかに見えました。

しかし、本格的に動き出す前に冬が深まり始めたこと、さらに上方で荒木村重が裏切ったためその対処に当たらねばならず、こちら方面の作戦は一時中止となります。

荒木村重
信長を裏切り妻子を捨てて逃亡した荒木村重~道糞と蔑まれた生涯52年

続きを見る

その間に上杉家では、御館の乱を片付けた上杉景勝と直江兼続らが態勢を立て直し、次は、リベンジを狙う柴田勝家とぶつかります。

上杉家と言えば謙信。

そのライバルと言えば武田信玄ですから、どうしても

【上杉家vs武田家】

という構図を思い浮かべてしまいますが、実は上杉家vs織田家という闘いもドラマに満ち溢れていますね。

大河ドラマか映画でここにクローズアップしたら面白そうなので、どなたか良い脚本を書いていただけないかなぁ。

武田信玄
史実の武田信玄は最強の戦国大名だった?人物像に迫る生涯53年まとめ

続きを見る

あわせて読みたい関連記事

手取川の戦い
織田軍と上杉軍が激突!手取川の戦いで上杉謙信が柴田勝家に大勝

続きを見る

柴田勝家
当初は信長と敵対していた柴田勝家~秀吉に敗れるまでの生涯62年

続きを見る

御館の乱
御館の乱で上杉真っ二つ!謙信死後に景勝と景虎が激突した経緯とは?

続きを見る

織田信長
史実の織田信長ってどんな人?生誕から本能寺まで49年の生涯まとめ

続きを見る

織田信忠
信長の嫡男・織田信忠(奇妙丸)ってどんな人?最期は光秀に狙われて

続きを見る

直江兼続
戦国武将・直江兼続の真価は「義と愛」に非ず~史実に見る60年の生涯

続きを見る

濃姫(帰蝶)
信長の妻で道三の娘である帰蝶(濃姫)は史実でどんな女性だった?

続きを見る

長月 七紀・記
絵・小久ヒロ

【参考】
国史大辞典
太田 牛一・中川 太古『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon
谷口克広『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで』(→amazon
峰岸純夫/片桐昭彦『戦国武将合戦事典(吉川弘文館)』(→amazon
月岡野の戦い/Wikipedia

TOPページへ



-斎藤家
-,

×