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甲州流軍学(家康が学んだ信玄のノウハウ)なぜ徳川軍に採用されたのか?

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自分の城は自分で築け それが戦国の常識です

藤堂高虎加藤清正黒田如水など。

築城の名人としてよく名前が挙げられますよね。

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彼らはもちろん築城を生業としていたわけではありません。

「じゃあ軍師だ! 軍師が考えたに違いない!」といっても、そもそも軍師という職種はありませんし、百歩譲って軍師が築城したと考えても、日本軍師界ではナンバーワンの実力と名声を誇る竹中半兵衛が築城したと確実に分かる城は美濃の岩手城くらいです。

その岩手城も半兵衛自身の居城ですので、自分の城を自分で築城するのは当たり前です。

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実は、中世から戦国期を通じて職業的な縄張りの技術者というのは存在しません。

縄張りを請け負っていたのは、その城を居城とする城主、すなわち地元を愛する領主と家臣たちでした。

夢も希望もない結論ですが、仕方ありません。

もちろん石垣造りや建築技術については専門の集団を雇い入れます。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン20140921-3

北陸の名城「七尾城」も能登国の守護、畠山氏による縄張り。地元の地形を知り尽くしているからこそ難攻不落の城が築けるのでしょう

「あいつの縄張り、ヤバいらしい。ちょっと作らせてみないか?」

そんな志向で手がけられたのは【天下普請】の城だけです。

これは築城の歴史からすると例外中の例外。

諸大名に命じて城を作らせるのですから、支配者たる豊臣家や徳川家にしかできません。

藤堂高虎や黒田官兵衛などは、とにかく例外中の例外であり、それを我々は築城名人と呼んでいたんですね。

重ねて確認しておきます。

築城の基本はあくまでその土地の領主。

もしくはその領主に仕える家臣たちによる縄張りなのです。

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高田城の縄張りは伊達政宗? こりゃやべぇ!

では、ここからもう少し実際の城を見ながら進めていきましょう。

まずは松平忠輝の高田城です。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン20140921-4

松平忠輝の高田城

家康の六男・松平忠輝の高田城も天下普請です。

縄張りは舅の伊達政宗に任せました。

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「高田城って政宗の縄張りだってよ」と囁かれただけでこの城への警戒度は上がります。

「制作総指揮 S.スピルバーグ」と書かれただけで、内容は知らなくても面白いかもと思わせるくらいのインパクトなのであります。

お次は北陸・金沢城。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン20140921-5

金沢城大手門

こちらの縄張りは高山右近に任せました。

もともと右近は大名クラスの武将です。

が、このときは改易されて前田家の食客でした。

高山右近
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金沢城は元々、一向宗の拠点「尾山御坊」で一般民衆が御坊内を行き来していたので、城内の造りが金沢の住民に丸裸。

そこで前田家は、金沢城を縄張りするにあたり、大手門を北に移したりして城内を大改修したのです。

前田利家は「どうだ!一向門徒が絶対に分からないように、切支丹(高山右近)に縄張りさせたったわ!ガハハ」(「花の慶次」の前田利家っぽく)とか考えていたのでしょうか。

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全国各地の壮麗な天下普請の城や、豊臣徳川時代に異動してきた上方の武将が築城した総石垣の城も確かに素晴らしいですが、地方の戦国武将が地元でせっせと縄張りして築いた城にも名城はきっとあるはずです。

お城の入り口にある縄張りの案内図を小一時間ニヤニヤ。そんな楽しみ方もあると思うのです。

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筆者:R.Fujise(お城野郎)

◆同著者その他の記事は→【お城野郎!

武将ジャパンお城野郎FUJISEさんイラスト300-4

日本城郭保全協会 研究ユニットリーダー(メンバー1人)。
現存十二天守からフェイクな城までハイパーポジティブシンキングで日本各地のお城を紹介。
特技は妄想力を発動することにより現代に城郭を再現できること(ただし脳内に限る)。

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