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【土井利勝】
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幕府初の”大老”へ
寛永期(1624-1644年)も後半に差し掛かる頃になると、さすがの利勝も寄る年波も感じられるようになっていたと思われます。
徳川家光は寛永15年(1638年)、こんなお達しを出しています。
「土井利勝と酒井忠勝は、今後大事のときのみ登城すれば良い」

江戸城/wikipediaより引用
実はこれが”大老”の始まりとされています。
利勝はこの前年に中風(脳卒中)を起こして辞任を願い出ていたので、それに対する慰留策でした。
ここまでの間に参勤交代の定着や寛永通宝の流通など、あらゆる面で幕府を支えてきた利勝ですから、特別扱いを受けるのも至極当然のことでしょう。
家光からすれば、「できるだけ長生きして幕府を支えてほしい」と思っていたに違いありません。
後輩を叱る
むろん土井利勝も、ただ地位に胡坐をかいたり威張りくさるような人ではありません。
大変実直で、見掛け倒しやごまかしを嫌ったと言われています。
それを示すエピソードとして、”知恵伊豆”こと松平信綱との間にこんな話があります。
あるとき家光が徳川家の菩提寺である増上寺に行ったとき、お寺の壁に一部が壊れていた。
家光は松平信綱に修繕を命じますが、構造上そこは修理するのが難しいということがわかります。
そこで信綱が、ちょっとした細工で修繕したように見せようとすると、利勝は
「そのようなごまかしは姑息である。できないならば正直にそう報告せよ!」
と信綱を叱りつけました。
相手は天才として知られる松平信綱。
天正元年(1573年)生まれの利勝より20歳ほど歳下であり、まだまだ幕府を支えていかねばならない人材です。
ゆえに次世代への教えとして厳しく接したのでしょう。
普段の土井利勝は頑固で怒りっぽい”雷親父”ではありません。
たった一つの糸くずが 300石の加増
これまた年次不明の逸話ながら、土井利勝の人柄がうかがえそうな話にもう一つ注目します。
あるとき利勝は、座敷で拾った糸くずを大野仁兵衛という近習に預けておきました。
「何のためにそんなことを……w」
そう笑う者もいたそうですが、3~4年後に利勝が仁兵衛を呼び、「以前、預けた糸はどうした?」と尋ねると、仁兵衛はすぐに「こちらにございます」と取り出してみせました。
利勝は自分の脇差の下緒がほどけていたのに気付き、応急処置に使うため「以前の糸は?」と切り出しました。
そして処置をしたあと「主人が預けたものを守り続けた褒美に、300石加増してやろう」と、その場で昇給させてやったそうです。
それにしても、利勝は、なぜわざわざ糸を拾ったのか?
「この糸は中国から我が国に渡来し、こうして世の中で使われるまでの過程で多くの人が苦労をしたのだ。そういうものをゴミ扱いしたら天罰が下る。今、下緒を直すのに使えたので、無駄にならずに済んだ」
もったいないおばけの江戸時代バージョンみたいな話ですね。
「どんな些細な命令も忠実に守った」ことを利勝が評価したとみると、人材育成や評価の参考になるかもしれません。
隠し子以外の点に注目するべきでは?
家光のはからいで職務が軽減されたところで、老人は老人。
寛永16年(1639年)元日、土井利勝は江戸城内で再び中風の発作を起こし、一人では立てなくなるほどの状態になってしまいました。
その後いったん持ち直し、政務に復帰したそうですが、正保元年(1644年)7月6日の夜に中風が再発。
同月10日に亡くなりました。
享年72。
利勝は実績も逸話も多く、その人柄にも学ぶべきところの多い人。
”隠し子”疑惑だけで片付けられてしまうのは非常にもったいないのです。
絵面としては少々地味かもしれませんが、映画などで彼の実像に近いところをしっかり描いてくれる作品が出てくれば、世間一般のイメージも変わるのではないでしょうか。
中間管理職や人事を担当する部署の方などは、特に参考になりそうです。
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長月 七紀・記
【参考】
徳川家臣団 組織を支えたブレーンたち (講談社文庫) https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B08GKJS6D6/
国史大辞典
日本大百科全書(ニッポニカ)
日本人名大辞典
世界大百科事典