忘羨

『陳情令』と『魔道祖師』/amazonより引用

陳情令・魔道祖師

“忘羨”こそ最上の幸福! 陳情令と魔道祖師は“知音”の世界だった

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「広陵散」は失われたのか

「笑傲江湖」は伝説の名曲「広陵散」を元にしたとされています。

この曲には悲しい由来がありました。

魏の時代、嵆康(けいこう)という文人がいました。

魏の公主(姫・曹操の曾孫)を妻にもち、才能を讃えられていたものの、性格は自由奔放。老荘思想と琴の演奏を好んでいました。

彼や彼の友人たちが好んだ哲学談義に「清談」があります。この清談は『魔道祖師』と『陳情令』の世界でも開催されています。

ときは、曹氏の魏と、司馬氏の晋へとうつりゆく政治闘争の時代です。

嵆康は敢えて中央から距離をおき、巻き込まれぬように生きていました。

しかし、友人である呂安を庇ったところ、嵆康に怨恨を抱く鐘会が利用します。そして罪を大袈裟に讒言され、有力者である司馬昭によって処刑されることになってしまうのでした。

洛陽にある市場で、嵆康は処刑に臨みました。

彼は表情も変えずに琴で広陵散を弾き、こう言います。

「この曲を誰にも教えなかったことが悔やまれるな。私が死んだら、広陵散はもうおしまいか……」

琴の名手である彼しか弾けぬ伝説の名曲は、かくして失われてしまったのです。

多くの人が助命を嘆願し、処刑を命じた司馬昭も悔やみました。しかしすべては遅すぎる。嵆康は広陵散とともに消えてしまったのです。

あの名曲は消えてしまったのでしょうか?

それがそうとも言い切れません。

作曲者不明の古典的な音楽として、現在でも演奏されることはあります。曲は滅びず、偲ばれ、今も奏でられるのです。

そしてフィクションでも、この名曲は蘇ります。

『笑傲江湖』では、原曲を伝えられた嵆康が知っていたという設定です。

広陵散は後漢の政治家・蔡邕の幽霊が嵆康に教えた伝説がありますので、それを取り入れたのでしょう。

劉正風と曲洋は、嵆康に伝えられていた曲譜を入手し、琴と簫の合奏曲「笑傲江湖」を作ったという設定です。

この嵆康のことを踏まえると、もっと深い何かが見えてきます。

あの世界観の時代背景は断定されないものの、魏晋南北朝の要素があるとされます。それが嵆康の継承だとすれば、納得ができるのです。

嵆康の思いが「笑傲江湖」になる。「滄海一声笑」になる。そして「忘羨」になる。

音楽、友情、自由を愛する心は、音に乗って響いてゆきます。

酒が大好き。自由奔放。口が悪い。友情を重んじ、危険だろうが困った人は助けてしまう。政治闘争の結果、大変なことに巻き込まれてしまった――。

嵆康の運命は、魏無羨に引き継がれていると思えます。

魏無羨の悲運は見るものの心を圧倒します。嵆康の悲運も、長らく人の心に残り続けました。

しかしだからこそ、そんな人物の思いを受け継ぎながら、明るい未来へ繋げたい。そんな思いが人を動かしてもいます。

悲運の先人たちを思えば、大自然の中で悠々と音を奏でることが、どれほど幸福であるか! もう誰かや何かを羨むことすら忘れてしまった――。

千年を超える幸福への想いが、そこにはあります。

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そんな彼には愛し、愛される友がいた

嵆康の重要性は、音楽と悲運だけでもありません。彼の友情こそ、伝説的なものがあります。

嵆康には大親友がいました。阮籍(げんせき)です。

大変な時代の中でも、人を食ったような言動をして生き延び、「白眼視」の由来を作った人物でもあります。

それでも嵆康が処刑されると、彼もほどなくしてあとを追うように亡くなっています。

阮籍と嵆康は「竹林の七賢」の筆頭とされています。

同じく七賢に山濤(さんとう)という人物がいました。

彼が親切心から嵆康に司官を持ちかけたところ、そんなことはお断りだと絶縁状「與山巨源絶交書」(山巨源に与える絶交書)を叩きつけられました。

しかもなまじ文才のある作者であり、かつ大々的に発表されたため、この絶縁城が名文として残されているのです。

そんなことがあっても、山濤はめげません。彼は嵆康が好きでたまりませんでした。

「嵆康の人柄は骨があってそびえたつ一本松のよう。酒に酔ってぐらりとする様は、玉山が崩れるようだ……」

玉の山とは、宝石が積み重なっていること。酔態までこうも美しく語られるのです。

嵆康は七尺八寸(188センチ)、色白の美男子。聡明で、物知りで、人柄も立派で……ともかく尊い!

山濤は妻の韓氏に、いかに自分の友人たち、嵆康と阮籍の友情が素晴らしいのか語っていました。

すると韓氏は二人の関係に並々ならぬ関心を抱いたのです。

「その二人の友情って、何か特別なものがあるのかな。普通とはちがうみたいだけど」

気になって韓氏は夫に尋ねます。この“特別な友情”、“普通とはちがう友情”にご注目ください。

すると彼はこう返します。

「そうなんだよ。彼らこそまさしく私にとって真の友でね」

「そんなにすごい友情なら探ってみたいなぁ。僖負羈(きふき)の妻と同じように確かめたいな。ダメ?」

これはどういうことでしょうか?

昔、後に晋文公となる重耳が曹に亡命しました。

そのとき僖負羈(きふき)の妻は重耳の入浴をのぞいたのです。なんでも重耳は肋骨の形状が特殊だとか。

曹・共公はそのことを調べたかったのですが、あからさまにすることもできず、僖負羈(きふき)の妻が確認したのでした。

「いいよ、確かめたくなるよね!」

許可を求めてきた妻に対し、山濤は賛成しました。

妻の要求とは、脱衣した状態の二人を見て確認するということです。

阮籍が王一博で、嵆康が肖戦だとご想像いただければ、山濤と韓氏の気持ちもご理解いただけるかと思います。

 

かくして夫妻の自宅に阮籍と嵆康がやってきました。

夫妻は酒とごちそうで盛大にもてなします。そして韓氏は、夜になると壁に穴を開けて寝室の二人を確認します。観察は夜明けまで続きました。

翌朝、山濤は妻に感想を尋ねます。

「さあどうだい? 今、あの二人をどう思うかな?」

「素晴らしい! あの二人はあなたよりずっと優れてる……いい友達を持ったね!」

「わかる? あの二人の尊さに私はとても及ばないよ。すごいんだよ、全力で推せるよね!」

これほど素晴らしい友情はないと夫妻は感動したのでした。

山濤は嵆康の遺児・嵆紹を手厚く保護しています。彼らの友情は偉大です。

これが『世説新語』という、当時のびっくりエピソード集「賢媛」(けんえん・賢い女性)に掲載されているのです。

つまり当時、男性同士の究極の友情とは、脱衣状態によって確認できるとされていたのです。

このように、嵆康とその大親友である阮籍は、音楽と友情を司る、いわばブロマンス伝説といえる人物、友愛伝説であり「あんな二人になれたらいいな」と憧れの対象とされてきました。

そしてそんな二人を覗く。そんな欲求こそが「賢媛」のふるまいであったのです。

いわば史実こそが最大手となる。それが中国史の世界観です。

このことをふまえ、腐女子という自虐的で古臭い呼び方は変えることを提案します。

私たちこそ賢媛――そう呼び合ってもよいではありませんか。

賢と対になる言葉は“聖”。男性を自認するのであれば“聖哲”あたりはいかがですか?

男性同士のうるわしい友愛をめででいるのですから、その嗜好はもう“聖賢の嗜み”とでも呼んでよいでしょう。

「ホラ、うちら腐ってるから!」

こうした古い自虐はもう時代遅れです。変えてゆきましょう!

さて、そんな嵆康と阮籍ではありますが、なまじ中国語圏ではおじさんが琴を弾いているイメージが強いものでした。

これでブロマンスはちょっと……そんな戸惑いが生まれ、上の世代はむしろ日本の作品や、BBC『SHERLOCK』等を好んだ事情があります。

琴を弾く嵆康(明時代画)/wikipediaより引用

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しかし時代は変わりました。

スマートフォンアプリ『江南百景図』で、琴を抱えて気だるげな嵆康と、酒を飲んでご機嫌そうな阮籍が実装されたのです。

どちらのイラストもイケメン!

数多くのファンアートが投稿される時代が実現しました。

長い歳月を経て、やっと人類は嵆康と阮籍、山濤と韓氏に追いついたのです。

なお、このアプリは中国史に名を残す文人や英雄を次々にイケメンにしており、ねんどろいどもあります。その沈周と張良とともに日本発売されます。

◆ 中国明代の街づくりゲーム「江南百景図」が話題に(→link

◆ねんどろいど 沈周(→link

◆ ねんどろいど 張良(→link

 

これからは中国史こそ、ブロマンスの最前線になるかもしれない。そんな時代が21世紀に到来しました。

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