魏無羨と藍忘機のルーツ

『陳情令』と『魔道祖師』/amazonより引用

陳情令・魔道祖師

魏無羨と藍忘機のルーツ|陳情令と魔道祖師は「武侠」で読み解く

2023/05/22

Amazonの海外ドラマランキングで首位に輝いた『陳情令』。

同じ原作のアニメであり、これまた大人気の『魔道祖師』も

“#魔道祖師しんどい”

というハッシュタグが上位に上がるほどの大反響となりました。

兎にも角にも意表をついてくる展開がシンドイ……と、日本ではなりますが、本場の中国では「ああ、これは王道」となっているかもしれません。

というのも武侠ファンからすれば「ああ、あれがモチーフか」となることが実に多いのです。

では、何がどうモチーフなのか?

本稿では、王道となる元のキャラクター像と比較してみたいと思います。

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『陳情令』(→amazonプライム)(→Blu-ray
『魔道祖師』(→amazonKindle版)(→アニメamazonプライム

 


同工異曲

まず最初に押さえておきたいのは、各キャラについて「パクリ」と即断しないことです。

「同工異曲」という言葉があります。

似たような手順で作っているのに、別のものが出来上がる――見事なアレンジだね!

と、原典である韓愈(かんゆ)『進学解』では、褒めるニュアンスで使われています。

この同工異曲という言葉、現在では「パクリ」と揶揄するような意味合いも感じられますが、本来はそうではなかったのです。

そして『陳情令』&『魔道祖師』こそ、同工異曲、匠の技が詰まった作品と言えます。

『魔道祖師』の公式サイトには「世界が熱狂する中国BLファンタジー小説」とあり、日本向けのキャッチコピーとしては無難ですが、どうしたって抜け落ちてしまう要素がある。

それが武侠です。

武侠から同工異曲を探りましょう!

※なお本稿は性質上、各作品のネタバレを含みますことをご了承ください

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魏無羨――羨むことを知らぬ好漢

この作品は、名前に意味が隠されています。

まずは魏無羨から。

名の「嬰」は、名詞としては「おむつのとれない赤子」という意味があります。無邪気なイメージですね。

字の「無羨」は、羨むことがないということ。赤ん坊のように無邪気で、何も欲しがらない。そんな印象があります。

しかし周囲からは「夷陵老祖」――術を極めた畏敬の念を込めて呼ばれてしまう。名前の時点で運命があります。

この魏無羨は、金庸『笑傲江湖』の令狐冲がモチーフとわかる要素がいくつもあります。

令狐冲の「冲」はからっぽ。無邪気という意味もある。無欲でカラッとしている彼には合っている名前です。

この二人の共通点とは?

 

酒の飲み方が豪快だ! しかもこぼす……

魏無羨は酒が大好き!「天子笑」という酒を飲みたくてたまらない。そんな場面が印象的です。

しかも飲み方が豪快です。

酒器を口につけて飲めばいいのに、なぜか離して飲む。うれしそうに真昼間からグイグイ飲む。その仕草がいかにも「うーん、やはりこれだ! かっこいいと思わない?」と演出されている。

これって不思議ではありませんか?

日本や海外のドラマで、おっさんならさておき、若い美青年が酒をグイグイ飲み、それがかっこいいとされる。

これは令狐冲の大きな特徴です。

金曜の小説でも、令狐冲は若干年齢層が上。かつ酒好きで「俺に酒よこせ! 酒だ、酒だ!」とやたらと言い出す。酒を持ち歩き、よく飲む。しかも無駄にアクロバティックな飲み方をします。

酒入り瓢箪や瓶を投げる。その瓢箪が地面に落ちぬうちに敵を倒し、落ちる前に受け止めて飲む。

かっこいい。でも意味がわからないし、もっと落ち着いて飲もうよ。

半分以上こぼれてない?

そうツッコミたくなりますが、それが「あの令狐冲のかっこいい仕草!」扱いなのでもう仕方ありません。

ファンアートでも、コスプレでも、令狐冲は酒がセットです。

 


愛する相手と音楽を共に奏でるのさ〜

『笑傲江湖』は楽曲の名前です。この作品は、正派と邪派の対立が描かれています。

令狐冲は正派に属するものの、邪派の気のいい人物を目の当たりにし「こんな対立意味がないんじゃないかな?」と思ってしまう。

すると正派からけしからん奴だと突き上げをくらい、酷い目に遭います。

それでも対立を乗り越え、邪派の任盈盈(じんえいえい)と心を通わせ「笑傲江湖」を合奏する。そんな楽器の演奏と敬愛をからめた話が『笑傲江湖』です。

これってそのまんま、まさしく、魏無羨と藍忘機ではありませんか!

 

精神面がタフだ! 究極の巻き込まれ主人公

令狐冲は主人公としては変わり種です。

愛国心や仇討ちといった目的は特にないし、ビルドゥングスロマンともちょっとちがう。滅法気のいい性格で、困った人を放っておけない。

そうして人助けをしているうちに、災難に巻き込まれてしょっちゅう死にかけます。

裏表がないので「あいつって使えるよな」と罠にひっかかることもある。

そうやって右往左往するうちに、治療できない怪我をしたり、陰謀に巻き込まれたりする。そんな不幸極まりない人物といえます。

常人なら闇堕ちしそうなところを、彼はやけ酒を飲んで音楽を演奏して「ま、いっか」と忘れて突き進んでゆきます。そうして人助けと立ち直ることを繰り返しているちに、なぜか異常に強くなっているのです。

これは魏無羨もそう。彼は江澄のような責任感を背負っているわけでもない。親の仇討ちでもない。

ただ、困っている人を助けた結果、やたらと強くなってしまい、かつ敵だと思われている。そんな巻き込まれ型です。

あれだけ痛い目にあったら、慎重になってもいいのにそうしない。そういう性格なのです。

令狐冲は中国語圏で大人気です。

過去には日本でも有名な周潤發(チョウ・ユンファ)や李連杰(ジェット・リー)といった錚々たる名優が演じています。

美形であること以上に、親しみやすくて軽やかなアニキっぽさ。やけ酒を明るく飲んでいそうな親しみやすさが大事。日本の俳優ならば、松坂桃李さんあたりでしょうか。

そんな人気キャラクターに似ているなんて素敵!

それにみんな、魏無羨を好演した肖戦こそ、ネクスト令狐冲だと思っているんじゃないかな……となったら実際のところそうなのです。

『陳情令』と『魔道祖師』の大ヒットは、武侠ものは若い世代にも訴求力があると証明しました。

ゲームも開発されます。武侠の世界観はぴったりハマるのです。

そこで発売されたのが『新笑傲江湖M(モバイル・日本語版はソード&ブレイド)』。

この大陸版主題歌とイメージキャラクターに、肖戦が起用され、テーマソング『滄海一声笑』を担当しました。

ゲームはデカデカと「正宗(=本物)」と掲げており、相当気合が入ったものです。

 

予想通り、これには「肖戦で『笑傲江湖』をドラマにして!」というコメントが殺到しております。

現在、令狐冲を演じるべき俳優投票をすれば、肖戦が上位に入ることは疑いようがありません。

そんな彼は俳優として頂点に登りつつあるの。ここまで令狐冲にぴったりな俳優がいることも大変幸運なこと。

これから『笑傲江湖』を読む方は、彼が脳裏に浮かぶことでしょう。なんとも羨ましいことです。

※原作改変があまりに酷いと不評の2013年版

※主演がミスキャストと評価が厳しい2018年版

ちなみに『笑傲江湖』2010年代以降のドラマ版は、原作をアレンジしすぎて評判が悪い。

原作のニュアンスを崩さず、肖戦主演でドラマにするだけでも傑作となることでしょう。私もそんな日を待ち望んでいます。

肖戦と王一博が『滄海一声笑』を歌う動画もあります。ぜひお探しください。

 

魏無羨――究極の愛を育む

全体的な世界観、音楽へのこだわり。正邪が争う。そういった点は『笑傲江湖』の同工異曲といえます。

ラブストーリーの場合、同じ金庸でも『神鵰侠侶』です。

恋愛要素が強い武侠ものでは上位であり、楊過と小龍女は名前を聞くだけでうっとりするファンも多いのではないかと思います。

タイトルの「神鵰侠侶」とは、愛情のみならず、信頼や正義感で結ばれたパートナーという意味。まさしく魏無羨と藍忘機の関係です。

その楊過と魏無羨の共通点は?

 

ズバリ生育環境

幼い魏無羨は残飯を漁って生きていた。それを見た江楓眠が憐れみ、我が子のように育て始めます。

楊過も同じような状況で、郭靖と黄蓉という夫妻に引き取られるのです。

楊過は令狐冲よりもキリッとしたイメージがあり、かつ悲壮感が似合う美形が適しています。日本の俳優ならば佐藤健さんでしょう。

人間関係も酷似しておりますが、それについては後述します。

 

藍忘機――伝説となった最愛の侠侶

魏無羨が楊過ならば、その相手となる藍忘機はまるで小龍女のよう。

私は見た瞬間「ああ、男版の小龍女だ」と思いました。

彼の名は「湛」。溢れる様、水が透き通っていること。

令狐冲と正邪を超えて結ばれる任盈盈(じんえいえい)の名は「満ち足りる」という意味。名前の由来で似たペアといえます。琴を携帯しているところも共通しています。

そうなると彼女に近いかというと、任盈盈は日本の女優ならば栗山千明さんのようなクール系なので、ちょっとタイプが異なるのですね。

字の「忘機」は、チャンスやきっかけを忘れること。よいチャンスならともかく、恨むきっかけすら忘れるのだとすれば、彼らしいと言えます。

「含光君」という号は、光を含んだように美しい彼にこれまた似合っています。

 

全身真っ白! 黒髪をなびかせていて白いヘアアクセサリ

見た目が白い。白い服だ!

これは元となった小龍女の特徴です。

あんなに戦っていたら泥や血まみれになるのではないか? そもそも白服って、中国語圏では喪服ではないのか?

そんな疑念が湧いてきますが、小龍女は全身白くないと話にならないお約束があります。

黒髪はまとめず、一部を結ってあとは垂らす。この時代の女性ならば、髪には貴金属製の簪(かんざし)が定番だけれども、小龍女は白系統の布をアクセントとしてつけるだけ。

『神鵰侠侶』は、日本で『コンドルヒーロー』というサブタイトルつきでアニメ化されました。

この作品の小龍女はペールピンクの衣装、茶色の髪をまとめているというデザインで、日本でなければこうはならないと感じたものです。

これはまさしく藍忘機も同じです。あの見た目だけでもう「ああ、これは男の小龍女……」となる理由がおわかりいただけたでしょうか。

 

無表情だけど愛は深い

といっても、服装だけではまだ足りません。

小龍女は美形とされておりますが、特定のイメージはあります。

丸顔ではなく面長で、表情豊かではなく、冷静であること。喜怒哀楽をおおっぴらに出さないのです。

それでも見慣れてくると、彼女なりの深い愛情や感情がわかるようになる。そんなクールビューティであることが大事。

日本の女優ならば清原果耶さんあたりが近いかと思います。

これまた藍忘機と一致する特徴です。

 

最愛の人と崖落ちで十年以上離別……

いきなり崖落ちから始める世界観。どういうことなのでしょうか?

これ、ある意味親切設計と言えます。

『神鵰侠侶』では、猛毒に冒された小龍女が「十六年後に会いましょう」と告げて楊過の前で崖から落ちます。ちなみに武侠ものでは崖落ちで重要人物が死なないこともお約束です。

そして長い年月を経ても、二人の愛は変わらない。そこが感動的な話として有名なのです。

落ちる側と、落ちて待つ側という違いはあるけれど。崖落ちで十年以上引き裂かれるところが、まさしく楊過と小龍女!

あの崖落ち場面だけでグッと心を掴まれる人は多いのです。

ちなみに原作では13年の離別が、『陳情令』では三年延長されているのは、どう考えても『神鵰侠侶』を意識しているとしか思えません。

そんな崖落ち離別を見て『神鵰侠侶』を知っていたら、誰と誰が愛し合っていて、どういう話なのかは想像がつきます。

「あっ、崖から落ちて十六年後! そうか、この二人が伝説のカップルなんだな」

そう判断して、ボーイズラブが苦手ならばそっと鑑賞をやめてもよい。

実に行き届いた配慮があると言えます。

小龍女は伝説的で浮世離れしており、しばしば仙女(女性の仙人)にたとえられます。庶民的な小龍女は誰も求めておりません。

隣のお姉さん系女優をキャスティングしてしまった2014年版は批判が殺到しました。日本で最も鑑賞しやすいドラマ版はこの2014年版です。

見るべきかどうか。それは各自の判断にお任せしますが、原作ファンからは大ブーイングであったことはご留意いただければと。脚本も出来が悪いとのこと。

※これでは小龍包とさんざんつっこまれた2014年版

※近年の小龍女役で好評であったのは、2006年版の劉亦菲(リウ・イーフェイ)

◆ 各バージョンの「小龍女」を比較(→link

◆旧版と新版でイメージが全く変わってしまった中・日のドラマ(→link

しかし、ネットユーザーからのブーイングは収まらず、「小龍女が『小籠包』になった。どうして、毎回女優のイメージが変わるのか?」との声が上がっている。

そこまでハードルが高い伝説人物の男性版。藍忘機は実に高度な像に挑んでいるのです。

この歴代小龍女と並んでも、王一博の藍忘機ならばまったく見劣りはしないことでしょう。

 

江澄――暴虐のツンと哀愁のデレ

人間関係が同工異曲である『神鵰侠侶』。江澄はこの作品に登場する郭芙の同工異曲と言えます。

先にお断りしておきます。

郭芙は性格が最低最悪であり、武侠ファンならばまず嫌っている、難ありの人物です。

よりにもよってアイツと江澄を比較するな! そういう反発は覚悟の上です。

まずは名前から。

名が「澄」です。これは藍忘機の名である「湛」と似ています。似たところはあるのに、何かが違ってしまう。それは果たして何でしょうか?

彼は字の「晩吟」が切ない。「吟」は苦しい思いを切々と訴えるとか。ぶつくさ言っているとか。そんな意味です。

晩吟――この字は「もう俺のバカバカ!」と夜になってから一人でつぶやく。そんな姿を連想させるのです。

三毒聖手という号からは、二面性も感じます。

毒はあるけど、聖なる手。なんとも複雑な人物像が浮かび上がってくるよう。

彼の武器は紫電という鞭です。鞭は男女双方使うとはいえ、イメージとしては女性的な武器といえます。

息子でありながら、母から紫電を継いでいるところも、彼のヒロイン属性を感じさせます。

 

人間関係がそっくり

前述した通り、魏無羨は江夫妻に引き取られています。江夫妻の元にいた実子が、江厭離と江澄です。

郭芙は、楊過を引き取った郭家の長女であり、引き取られた楊過に反発する。いちいち楊過に対し「引き取っているのにどうして逆らうの!」と反発してしまいます。

江澄の苛立ちと同じ構図ですね。

ちなみに、引き取った夫婦の母親(黄蓉と虞夫人)が引き取った子の親に悪感情があり、あたりが厳しい点も共通しています。

 

名門出の重圧

郭芙の両親は、前作『射鵰英雄伝』主人公である郭靖と黄蓉。名門出としての重圧はかかります。

江澄も江家嫡子、のちの宗主としての重圧があります。

 

アイツに酷いことをした

郭芙は怒りに任せ、楊過に取り返しのつかない怪我を負わせてしまいます。

江澄は、魏無羨を死に追い詰める討伐を開始しました。揃いも揃って、ろくでもないことをしていると言えるのです。

 

アイツと親しいあの人が気に入らない……

郭芙は楊過と深い信頼と愛で結ばれている小龍女に、つんけんした態度を取ります。

江澄も、藍忘機とすんなり仲良くできません。

 

弟妹のような存在がいて、年代ジャンプ後に重要な役割を果たす

郭芙には郭襄という歳の離れた妹がいます。『神鵰侠侶』は十六年の年代ジャンプがあるのですが、ジャンプした後はこの郭襄が楊過と交流し、共に困難と戦います。

年代ジャンプしたあと、江澄の甥にあたる金凌が重要な役目を果たします。

 

ツンデレだが、デレは微量

郭芙は物語の最終盤、自分の気持ちに気づきます。

「私が楊過をいたぶったり、酷いことをしたのは、愛していたからだった! 私のバカバカ! 小龍女より早く彼と恋に落ちていたら……私の方が先に出会っていたのに、どうしてえーッ!」

遅いよ。なんなんだよ。だからといって許されんぞ。読者がそうツッコミを入れたくなる。

愛していたにせよ、ツンデレでも、やっていいことと悪いことがあるだろう。だからお前はダメなんだ。そんな展開です。

この郭芙の気づきは、そのまま江澄にも適用できるといえる。悲しいツンデレなんですよ。

ちなみにここではわかりやすさのためににツンデレとしておりますが、デレはほとんどありません。虫眼鏡でやっとみえるか見えないか程度です。

どうしてなの? ずっとそばにいて、家族のように育ってきて。一緒にいられると思ったのに、どうして!

そんな悲しい愛が根底にあるとすれば、なんとも切ない。字のように、晩になってからぶつくさと己の気持ちを嘆いている。それが江澄だと思うと、なんとも悲しいではありませんか。

それでも江澄は、郭芙ほど性格が悪いわけではありません。うまく魅力的な人物像に変えたと思います。

江澄は素直になれなくて、怒りっぽいだけで、悪人ではありませんよ。本当の悪人は他にいます。

郭芙は気の強そうな美形とされています。日本の女優ならば橋本愛さんのイメージです。そんなツンデレヒロインの男性版が江澄だと思っていただければご納得いただけるかと思います。

※郭芙、あまりに遅すぎる微量のデレ

 

金光瑤――究極の悪にして悲劇の存在

金光瑤――作中でも屈指のきらびやかな名前です。

金に、光り輝く美しい玉。黄金に象嵌されたキラキラと輝く宝石を思い浮かべてください。

実に美しい名なのです。ここまで華麗な名前はそうそうありませんよ!

号の「斂芳尊(れんほうそん)」も美しい。芳しさと尊さを集める。うっとりするほど綺麗な呼び方です。

そんな彼は、名前のような美しい才知の裏におそるべき陰謀を秘めています。

表向きは君子なのに、実はその裏はどす黒い。そんな人物像はこう定義されます。

偽君子――そんな定型が武侠にはあります。あいつは偽君子だ。そういえばファンは納得する。そんな造形です。

君子とされるくらいですから、笑顔が素敵で、教養に溢れ、それは素晴らしい人柄なのです。それゆえ信頼を集め、大したものだと思われるのですが、腹黒く虎視眈々とさまざまな悪事の糸を張り巡らせている。

正体が判明したとき、作中の皆が「貴様だけはゆるさんぞ!」そう噴き上がる。究極の悪と言えます。

武侠ものでも屈指の偽君子といえば、『笑傲江湖』の岳不群です。

主人公である令狐冲の師匠であり、名門・崋山派総帥でありながら、下劣極まりない策を弄していた。君子剣と呼ばれていたのに、どういうことなんだ!

『柳生一族の陰謀』における柳生宗矩と立ち位置は似ています。

日本の俳優であれば、君子である表と狂気あふれた裏を演じ分けられる、長谷川博己さんがふさわしいと思えます。

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※中年の最低最悪闇堕ち例として解説される、それが岳不群……

ただし、江澄と郭芙以上に、この比較は危険かもしれない。いくらなんででもあそこまで下劣ではないという反発は当然湧いてきます。

彼にはもう一人、『笑傲江湖』の人物像が反映されていると思えます。林平之です。

両親を惨殺され、仇討ちのために剣士となる悲運の美少年。素直で心優しかったはずが、復讐に取り憑かれていわゆる“闇堕ち”をしてしまいます。

その堕落後の印象が強いため、どうにもどぎつい印象が上書きされてしまいますが、本来心優しい少年であったはず。

日本の俳優ならば、さわやかな美形である吉沢亮さんのようなイメージです。

金光瑤は悪役としての陰謀の巨大さでは岳不群、悲劇的な背景では林平之を思わせるのです。

彼らは全員、悪事のために彼に寄り添ってきた最愛の妻を失います。

犠牲となった妻のことを思うとあまりにやりきれない。最愛の人を犠牲にしてまで、達成したい野望や復讐とは何なのか?

※政治闘争による悲劇の人物として解説される林平之

『笑傲江湖』は怒涛の展開を見せることや、東方不敗が目立ちすぎる弊害もあってか、こうした悲劇を噛み締めることはなかなかできにくい。

それが『陳情令』と『魔道祖師』の世界観では、悩ましい同情すべき点や、深みがでていて興味深いと言えるのです。

もともと金庸の作品では、根っからの悪党というよりも、愛情不足や満たされぬ思いゆえに悪へ染まる者も多いもの。

薛洋にせよ、金光瑤にせよ、この作品の悪役はより一層掘り下げられているのです。

ちなみに『笑傲江湖』で大人気でありながら、『陳情令』と『魔道祖師』には該当者がいない悪役もいます。

『笑傲江湖』では途中で対峙する東方不敗の人気が高まり過ぎました。

原作ではそこまででもなかったものの、1992年映画版における林青霞(ブリジット・リン)が大好評で人気が高くなったのです。

そのためか、本来は中ボスなのにいつの間にかラスボス扱いされるようになりました。日本の『魔界転生』における天草四郎のような現象と言えます。

そんな東方不敗のように目立ちすぎる中ボスを排除したのは、よい判断に思えます。

※林青霞版東方不敗

 

魅惑の同工異曲

日中戦争終結後、香港で武侠小説が大流行した背景には、民衆の関心がありました。

武術家たちが果たし合いをするニュースを報道するうちに、新聞社は「これを小説にしたら受けるだろう」と閃いたのです。

中国本土や台湾では規制がかかる中、香港の新聞では武侠小説が紙面を飾り続けます。

荒唐無稽な世界のようで、その作品には発表当時の世相も反映されてきました。

『神鵰侠侶』の前日譚にあたる『射雕英雄伝』は、ビルドゥングスロマンの典型です。漢民族として南宋に忠誠を誓い、英雄にのぼりつめる主人公・郭靖の姿はまさしく理想的な好青年でした。

それが次の『神鵰侠侶』は、愛国心よりも個人の愛情に焦点があたります。

武侠では禁断とされる、武芸の師弟同士の愛を貫く主人公・楊過の姿に、大袈裟でもなく全中国語圏が泣いたのです。

そして『笑傲江湖』は、発表時期が文化大革命と重なります。

作者の金庸にせよ、香港の読者にせよ。あの作品の心理的背景には、深い絶望感がありました。

戦争も終わり、新たな国が生まれ、中国はきっとこれから発展してゆくのだ! そんな上向きの心境や愛国心がそれまでの作品にはあったもの。

それが身内同士で争い、無茶苦茶残酷なことに陥っている。なんだこれは……もう武侠でその憂さ晴らしをするしかない。そうした背景はどうしたってあります。

そうした作品を読んできた世代が2010年代以降、どう発展させてゆくのか?

『神鵰侠侶』で描かれた型破りとされるカップルは、男同士、ブロマンスという形で再定義されます。

藍忘機にせよ江澄にせよ、かつてならばヒロインとされていたことでしょう。

『笑傲江湖』は厳しい世間に嫌気がさし、「浮世を笑ってやる!(傲慢に江湖=世界を笑い飛ばす)」と言うしかない世界観です。

あの作品の時代背景である明代は、科挙選抜の理不尽さや宦官と官僚の競争が激しさに嫌気がさし、ドロップアウトした才人が大勢いた時代でもあります。

激しい競争社会に嫌気がさし。自分らしくありのままに生きる「寝そべり族」が増えている現在の中国と類似点を見出せなくもありません。

金庸はじめ武侠小説は、刊行後から半世紀経たものもあり、流石に古くなってきてはいます。

2004年には王蓉が『我不是黃蓉』(私は黄蓉=射雕英雄伝のヒロインじゃない)という歌を発表しヒットしています。

武功はないし、美人じゃないし、愛情に溢れていないし! 名前が同じゆえのひっかけもあるとはいえ、旧世代の理想的なヒロインへの反発もあるようで興味深いものがあります。

武侠はいくら面白くても、祖父母や親世代のものじゃない!

そう若い世代が見捨ててしまったら、ジャンルとしては下火になりかねません。金庸のドラマ版にせよ、原作を改変しすぎて失敗することもしばしば。前述の通り、「隣のお姉さんのような小龍女」には需要がさっぱりなかったのです。

そんな武侠もまだまだ大丈夫だと思えるのが『陳情令』と『魔道祖師』のヒットです。

原典にあった要素をうまくアップデートし、現代の若者も熱狂するように仕上げてしまう。

まさしく本来の意味での同工異曲がそこにはあります。

武侠要素がある作品が盛り上がり、武侠MMO『新笑傲江湖M』が作られる。

そのイメージキャラクターに肖戦が起用され、原点回帰したドラマを望む声があがってくる。

まさしくアップデートしながら発展する好循環に突入しています。

これはなんとも羨ましいことです。

かつて日本でも、若者たちが時代劇に熱中していた時代がありました。

それがだんだんと古臭くなり、時代ものはおじいちゃんおばあちゃんの好きなものとされていきました。そして2020年代現在、悲しいことに衰退期にあります。

そんな時代に、若者たちは韓流や華流時代劇にハマってしまう。極めて不幸な状況が生まれているといえるのです。

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武侠の伝統を引き継ぎ、大成功し、楽しむ機会が増えている中国語圏。今からでも彼らから学び、時代劇を存続できないのかとどうしても考えてしまいます。

『陳情令』と『魔道祖師』の大成功は、ボーイズラブだからとか、美形が揃っているとか、それだけではありません。

伝統を引き継ぎ、さらに発展させてゆく。そんな眩しいほどの成功例としてそこにあります。

パクリだのなんだの言わずに、同工異曲で高めてゆく。そんな成功例から学べることは多々あるはずです。


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【参考文献】
佐藤信弥『戦乱中国の英雄たち』(→amazon
岡崎由美『漂泊のヒーロー: 中国武侠小説への道』(→amazon
岡崎由美/浦川留『武侠映画の快楽』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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