今、華流ドラマやエンタメが熱い――。
そのトップ作品である『陳情令』はAmazonの海外ドラマランキングで一位を獲得。
オーケストラコンサートまで開催されました。
原作が同じアニメ『魔道祖師』もまた大人気で、グッズ販売やコスプレ、そしてファンアートも大量に投稿されています。
こうして華流が盛り上がれば盛り上がるほど、気になってくるのがその理解度です。
近年、日本では中国史や漢籍への理解が低下しているとされます。
背景には、政治外交的な対立や、受験科目での不人気ぶりといった要因があると推察され、いわば明治時代以降の宿命かもしれません。
結果、ネット上には誤った情報が流され、多くの方が混乱されているもようです。
そこで僭越ながら『陳情令』と『魔道祖師』の世界観・基本事項について解説させていただきたいと思います。
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『陳情令』(→amazonプライム)(→Blu-ray)
『魔道祖師』(→amazonKindle版)(→アニメamazonプライム)
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世界観は「古代中国」なのか?
本作をネットで調べていると、最初から躓いてしまうポイントがあります。
それがWikipediaのここ。
古代中国を背景にした世界観。
古代中国――とは、この時点で危ういです。
中国史の時代区分論争はややこしいので割愛しますが、『陳情令』と『魔道祖師』の世界観は絶対に古代ではないとだけは言い切れます。
では、いつの時代なのか?
まず小道具をチェックしてみましょう。
両作品には、古代にはないものがたくさん出てきます。
紙、鉄製武器、陶器、蒸留酒、屋根瓦……とか『キングダム』では絶対に出てきませんよね?
中国フィクションは、小道具、セット、衣装、ヘアメイク等でおおよその時代は推定でき、上記のような製品は、かなり時代が経過してからになります。
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登場人物が青銅器で濁酒を飲み、竹簡を使っていて、屋根も茅葺きが多ければ、たしかに「古代」かもしれません。
しかし本作は違う。
古代の時代設定をシッカリ整えようとすると、いちいち竹簡を作ったりなどで、かなりの手間と予算が必要。
フィクションであれば、できるだけ避けた方が良い、となる。なんせ予算がかかりますので。
中国史であれば、北宋以降(10世紀以降)が無難です。
巨大な街並みセット村がありますので。
※宋代は女性の衣装がカワイイ点もヨシ!『射雕英雄伝 レジェンド・オブ・ヒーロー』
本作の場合、劇中での技術がなかなか発展しています。
特に都市部の描写は、建物からしてそこまで古くもなさそうだなぁ、という印象。
原作は魏晋南北朝をイメージしているらしいのですが、実写ドラマを見るとそうとは思えません。
『陳情令』はセットやロケに、既存のものを使用しているのでしょう。
※魏晋南北朝といえば、日本でもおなじみのあの時代も含まれます『三国志 Secret of Three Kingdoms』
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そしてもう一つ。
これも、少しややこしい話で、『三国志演義』にせよ、『水滸伝』にせよ、ブラッシュアップさせた作者が明代の作家であったりすると、当時の風習が入り込みます。
日本ならば滝沢馬琴が『南総里見八犬伝』に作中の時代にはなかった鉄砲を出してしまうようなモノと言いますか。
敢えて言えば、こんな感じになりましょう。
「明代の作家が考え出した古代世界。魏晋南北朝あたりと明代がミックスされた、そんな曖昧な中華ファンタジー」
「明代とミックスされた」そんなミックス感は、ある象徴が本作に出てきます。
ジャガイモです。
中世ヨーロッパ風ファンタジーにおいて、しばしば話題となるジャガイモが、この世界にはあるらしい。
おかしいだろ!……とはなりません。むしろ時代が特定しやすくなります。
中国では、早い地域では明代万暦年間(16世紀後半〜17世紀前半)には伝播されていたそうです。
つまりこの世界観には「明代」も混ざったと考えられなくもありません。銃や大砲といった火器は出てきませんけれが。
※『大明皇妃』
そして「明代」まで入るとなると、古代中国としては扱えなくなります。
日本だと、南北朝から江戸時代初期にあたる時代を「古代」として扱えないのと同じですね。
それでも敢えて知人に説明するとしたら、古代や中世では分類しきれない「ファンタジー中国版」といった言い方が無難でしょう。
本作はあくまで架空の世界観なのでこうした曖昧な設定も通じます。
なまじ時代設定をしたために、ごちゃごちゃした時代考証が祟り、中国語圏で叩かれた作品として実写版『ムーラン』があります。
中国モチーフの時代劇って、実はかなりめんどくさいお約束があるんですね。
※なんちゃって魏晋南北朝とされた『ムーラン』
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中華ファンタジーのイメージが日中間で異なる
なぜ、明代モチーフなのか?
それはさまざまな要素から推察できるのですが、それが最も中国語圏では無難である点も大きいのです。
そしてややこしいことに、日中間の差が生じかねないところでもあります。
昔の中国……こう言われたとき、実は国と地域によってイメージが異なります。
中国語圏や朝鮮半島:明・漢族が支配した王朝で最も時代が近いから
欧米:清・本格的なファーストコンタクトだったため。オランダ人作家ロバート・ファン・ヒューリックは、唐代を舞台にした「ディー判事シリーズ」執筆時、清より前の中国について説明するために苦労したとか
日本:唐・この時代に最も熱心に中国から文化を吸収したため
日本人の平均的中国感は、実は唐の影響が濃い。
日本人の漢詩は、どの時代に詠もうと唐詩の形式に近くなります。
漢文の授業で習う文法も、唐代あたりまでの古文に適しているため、明清の漢文を読むとなると大変な手間がかかります。
※西洋からすれば清後半から民国のイメージ『新少林寺/SHAOLIN』
※日本人が長いことイメージしてきた中国といえば唐代『空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎』
文化や美術にせよ、唐代の影響は長いこと受けています。
人形劇『三国志』の衣装は唐代を参考にしています。
あの『横光三国志』も、唐代の甲冑になっていることがしばしばありました。
なんとなくイメージした「昔の中国」なのに、中国語圏では明代。日本では唐代になってしまう。そんな現象があるのです。
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これは日本独特の現象だと考えたほうがよいでしょう。
ゆえに『陳情令』や『魔道祖師』は、知っているようでなんだかちょっとちがう。そんな中華ワールドに思えてもおかしくはないのです。
本場にある「教養としての道教」
本作は、中国語圏の若い世代に向けて書かれたWeb小説が原作。
ポータルサイトやアプリにはこうした投稿コーナーがあり、盛況となっています。
そこからのメガヒットが世界へ向けて放たれました。
言い換えると、中国語圏の読者とそれ以外には、教養や背景の差があります。
例えば、この作品はジャンルが【仙侠】とされます。
これがまた面倒でして、ファンタジー要素が強い武侠もの――という分類です。
いずれも日本人にとっては馴染みが薄く、まずはファンタジー要素、すなわち「仙」について解説しますと、元となるのが【道教】です。
お札。印の結び方。紙人形を操る。自分自身に霊を呼び込むのではなく媒介となり、憑依させて操る。
こうした表現は、明代までに確立された道教由来の動作が元となっています。
中国語圏の宗教は【儒教・仏教・道教】がセットとして存在します。
孔子の教えを守り、お経をあげて、道教神の関帝廟に参拝する。それが宗教のありようです。
日本ならば、儒教・仏教・神道といえるでしょう。対立するのではなく、セットで信じる。
そして、そのうち道教は日本人にとって最も馴染みが薄いのです。
日本の伝統で考えるのであれば、陰陽師、神主、巫女が除霊をするようなものとご想像ください。
フィクションでの立ち位置において、道士はそうしたものです。
日本でも『霊幻道士』がおなじみですね。
『三国志演義』で諸葛亮が東南の風を呼ぶ動作も、道教由来です。当時は道教確立前……というツッコミは野暮ですよ!
※『霊幻道士Q 大蛇道士の出現!』
道教を理解せずにこの作品はわからない……とまでは言えません。
ただ、日本での陰陽師のようなものととらえれば、わかりやすくなるでしょう。
ちなみに本作の場合、武侠ものでは必須の仏教要素(少林寺が代表格)はほとんど出てきません。
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そしてもうひとつ「侠」は「武侠」の「侠」――。
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今の中国語圏の若い世代にとって、武侠とは何か?
ちょっと長くなりますが考えてみましょう。
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