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【『陳情令』と『魔道祖師』の世界観】
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本場にある「教養としての武侠」
武侠とは何か?
中国語圏の若い世代にそう聞けば、おそらくこのような答えが返ってくるかと思います。
「親が武侠ファンで、本棚にたくさん入っていました」
「祖父母も両親も、よくドラマを見ていました!」
日本ならばさしずめ司馬遼太郎……と言いたいところですが、話のテイストとしては吉川英治や山田風太郎が近い。それが武侠です。
武侠ドラマは同じ原作が十年ごとにドラマ化されるようなことも多く、同じキャラクター像がしばしば比較されます。
そんな娯楽の王者・武侠ですが、実は禁止されていた時期もあります。
大陸では第二次世界大戦後、中国共産党によって武侠ものは封建的であるとして禁止されていました。
日本ではGHQが時代ものを一時期禁止しています。
日中ともに「封建的なエンタメはいかんぞ」となっていた、そんな現象があったのです。
あるいは台湾でも歴史背景が特定できる作品は禁止されたため、時代をうやむやにした武侠ものが流行した時期がありました。
しかし……。
そうはいっても武侠への愛は止められず――粗悪な海賊版が流通しジワジワと広まっていました。
香港で作られた映画やテレビドラマも、これまたコッソリと楽しまれております。中国語圏において「娯楽の王者」たる武侠を禁じるなんて、最初から無理があったのです。
1980年代になると改革開放路線となり、武侠小説最大の作家とされる金庸全集が堂々と刊行されます。
待ちに待った王者の到来!
中国の人々は熱狂し、大歓迎しました。金庸についてとことん語り合う「金学」なんてものも生まれたのです。
金庸はただ面白いだけではありません。中国文学の伝統をふまえた別格の作家でした。
「エンタメを楽しむだけではない……読むだけで何か得られるようにしたい!」
中国文学の作家たちは、そう考えてきました。
妖怪退治だろうが、美男美女のラブコメだろうが、読むものの教養を刺激したい――そう知恵を絞っていたのです。
『三国志演義』の羅貫中はその代表で、関羽はじめ多くの人物像をブラッシュアップしたものです。
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金庸の作品も、まさにこうした流れに合致します。
面白いだけでなく、道徳心や教養をも磨き上げるものとして受け入れられたのです。金庸全集が大陸で出版された時代、読者にとって理想的な魅力がありました。
新しくて、教養を得られ、道徳心をも鍛える。しかもおもしろい!
その時代に生きた人々は買い漁り、読み、ドラマも見て、心を撃ち抜かれたというわけです。
『陳情令』と『魔道祖師』は、そうした上の世代を見て育った層にヒットしたのでしょう。金庸はじめ武侠ものはドラマや映画にもなっていて、中国語圏の読者とすればこう思える。
「あ、この展開、そういえば昔ドラマでみたっけ」
「父が好きなあの小説でも、こんな展開があったなぁ」
「これぞ王道だよね。こういうのが読みたかったんだよ!」
この共有ができるかどうか?
そこが日中間の違いとなって現れるのです。
ゆえに、武侠基礎知識がないためか、誤解されてしまったり、難易度が高くなってしまうこともあったりします。
とりあえず『笑傲江湖』はオススメですが……
そんな金庸は、全作日本語訳がある唯一の武侠小説家です。
今から全部読むように薦めたところで、時間と根性が要求されます。
そこでまずは『陳情令』と『魔道祖師』のモチーフであると推察できる『笑傲江湖』だけでもオススメしたい。
『機動武闘伝Gガンダム』東方不敗の元ネタも登場する作品です。
1990年映画版テーマソングである許冠傑(サミュエル・ホイ)『滄海一声笑』は中国語圏でともかく大人気。世代を超えて「ああ、あの!」と歌える。そんな存在なのです。
しかし、これまたちょっと厳しいものはありまして。
・原作が全7巻。長いし、難易度が高め
・原作が絶版で中古を買うか、借りるしかない
・実写映画版やドラマ版が酷い。2010年代以降の作品はむしろ非推奨!
※「原作を記憶から消して見るしかない!」そう嘆かれた2013年版
※「キャストの時点で終わってる」と言われた2018年版
※MMO『ソード&ブレイド』は原作に忠実! ゆえに豪華声優が担当したキャラでも悲惨な退場をします
ドラマ版はVODでも鑑賞できるのですが、原作ファンが総じて言葉を濁すか、目を逸らす……そんな酷い出来です。
私も予告編と設定を知った時点で絶望したゆえに未見です。
『進撃の巨人』ファンが敢えて実写版を推奨しない。それと同じ現象です。
日本語版があるドラマ版では2001年版は出来がよろしいのですが、古いために鑑賞のハードルが高いのです。
それでも『笑傲江湖』だけは、基本的な要素だけは、知ると知らないでは大きく異なる……ゆえに悩ましい話です。
そこでここは佐藤信弥氏の著作『戦乱中国の英雄たち』(→amazon)を推奨します。
ネタバレに踏み込みつつ、どのあたりがオマージュされているのか、適切に解説されているのです。新書なので入手もしやすく、Kindle版もあるのですぐに読めます。
とはいえ、やはり武侠用語や中国文学のお約束を知らないと厳しいことも確かでして。
この作品と『神雕侠侶 』の設定だけでも抑えておいた方が楽しめます!
今後、需要があれば、そのあたりも解説できれば幸いです。
【TOP画像】
『陳情令』(→amazonプライム)(→Blu-ray)
『魔道祖師』(→amazonKindle版)(→アニメamazonプライム)
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
佐藤信弥『戦乱中国の英雄たち』(→amazon)
岡崎由美『漂泊のヒーロー: 中国武侠小説への道』(→amazon)
岡崎由美/浦川留『武侠映画の快楽』(→amazon)
他