2023年5月、不況極まる出版業界で異例の事態が起きました。
集英社の文芸誌『すばる』6月号が、1979年の創刊以来、初の重版となったのです。
2刷でも足りず、3刷も決まったとかで、一体何が起きているのか?
キーワードは“中華”であり、朝日新聞で取り上げられるほどでした。
◆「すばる」6月号が重版 中国のファンタジー小説が後押し(→link)
芥川賞作家の綿矢りささんが手掛けた特集「中華(ちゅーか)、今どんな感じ?」が話題となったばかりでなく
集英社は9日、同社が発行する文芸誌「すばる」6月号の重版を決めたと発表した。
同誌が1979年に月刊化して以降、重版は初めて。初版5千部を6日に発売後、8日に1万部の増刷を決めた。
作家の綿矢りささんがプロデュースした特集「中華(ちゅーか)、今どんな感じ?」が話題を呼び、売り切れる書店が続出した。
同誌には、もう一つの目玉がありました。
佐藤信弥氏による『陳情令』の論考です。
『陳情令』は、日本の歴史ファンからも熱い支持を得ている作品ながら、適切な解説記事が決して多くはなく、だからこそ潜在的な需要は高まっていて『すばる』の重版にも繋がったのでしょう。
そこで注目したい一冊があります。
同じく佐藤氏が著した『戦乱中国の英雄たち』(→amazon)です。
2021年5月に発行された書籍ですが、氏の論考の源とも言える貴重な一冊であり、中国時代劇の入口として絶対的な信頼を持ってオススメできる。
それは一体どんな内容なのか?
僭越ながらレビューをお送りさせていただきます。
※以下は佐藤氏の関連書籍レビューとなります
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刊行当時 売り方に迷った跡が見える一冊
『戦乱中国の英雄たち』は佐藤信弥氏のツイッターでも固定表示。
中公新書ラクレより『戦乱中国の英雄たち 三国志、『キングダム』、宮廷美女の中国時代劇』が発売となりました。講談社現代新書3月刊の『戦争の中国古代史』ともどもよろしくお願いします。https://t.co/U7ehrugMi1 pic.twitter.com/grL2bnDDWO
— さとうしん (@satoshin257) May 8, 2021
タイトルだけ読むと、中国史の人物伝のように思えますが、一方でサブタイトルはこうです。
三国志、『キングダム』、宮廷美女の中国時代劇
さらに帯には『陳情令』と『三国志 Secret of Three Kingdoms』の写真が大々的に使われ、いま流行の中国ブロマンス本にも思えますが、こんなフレーズもあります。
始皇帝政
軍神白起
毒親曹操
偽君子劉備
影武者献帝
女帝武則天華やかなドラマで学ぶ中国の歴史
かれらはいかに生き、死したのか?
本書は、サブタイトルと帯がより核心に迫っていて、
「中国時代劇とその歴史的背景や世相を分析した」
一冊です。
刊行時の2021年は大ブーム前夜といったところでしょうか。
帯の作品から時代を先取りするセンスが感じられ、無難な『三国志』ものから諸葛孔明あたりを用いるのではなく、ブロマンスを意識した選択といえます。
2023年なら、ズバリ『中国時代劇が好き!』というタイトルで出せたような気がしないでもない書籍です。
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陳情令&魔道祖師の理解深まる!華流時代劇を楽しむ18のお約束とは
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中国時代劇に潜む「孔明の罠」とは?
本書は貴重です。
VODでも次々に中国時代劇が放映されている昨今、歴史ファンでも作品チョイスは迷いがち。
しかも、韓流や他国海外ドラマにはない、日本ならではの罠が待ち受けています。それは何か?
日本では、人気のある中国史の定番素材があります。
三国志がぶっちぎりの一位で、項羽と劉邦の争いとして知られる楚漢戦争や水滸伝もそれなりの知名度がある。
最近では『キングダム』人気により、始皇帝がらみの題材も急上昇中ですね。
そんな状況を受け、配信側だって確実なヒットを狙いたいわけで、結果、題材ありきで出来の悪い作品が日本に入ってくることも珍しくない。
変化の激しいキングダムの時代考察~漫画の世界観を揺るがす最新の中国史とは
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特にその傾向が強いのが三国志関連作品であり、まさしく「孔明の罠」状態になっています。
しかも中国ドラマは総じて長い。
ろくでもない三国志ものを見始めて時間を無駄にする悲劇を避けるためにも、有用になってくるのが本書です。
第1章では三国志作品を取り上げ、末尾には“見てはいけない作品”も挙げられるほど。
むろん言葉を選んで記されてはいますが、概要を読んでいるだけでガッカリ感は伝わってきます。『ふむふむ、こいつは見ちゃいかんな……』というのがわかる、素晴らしい紹介です。
『キングダム』人気で、「孔明の罠」のみならず「始皇帝の罠」も発動する昨今。
佐藤氏が注目する大物プロデューサー・于正が手がけ、 NHK総合で放映された『コウラン伝』が、ダメ作品の典型でしょう。
鳴物入りで日本に上陸し、 NHK放映のため、吹き替え版まで作られた。
それなのに本書では最低限の説明ですっ飛ばされる。
これはハズレですね――という風に読み解けますし、実際、本当にひどいドラマなので仕方ありません。
『コウラン伝』ファンの方もおられるでしょうが、そういう方にこそ本書を勧めたい。
もっといいドラマが他にあるんですよ!
始皇帝の母親がヒロインという時点で、史実を考えてみると嫌な予感しかありませんし、それを覆せていないのが『コウラン伝』です。
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