漫画『バジリスク』をご存知でしょうか?
艶っぽい絵柄が、なんとなく印象に残っているけど、内容までは把握していない――。
もしかしたら、そんな方が多いかもしれません。
本作は
原作・山田風太郎
漫画・せがわまさき
というヒットメーカーによる歴史漫画であり、この「山風&せがわ」のコンビといえば、
といった数々の人気作品を世に送り出してきました(※各漫画のレビュー記事は本稿末尾にリンクがございます)。
その中でも『バジリスク』は、せがわまさきが山田風太郎の原作を漫画化した記念すべき一作目。
「山田の世界観を“絵”にするのは困難ではないのか?」
「原作がズタボロにされるのではないのか?」
当初、漫画の連載が始まったとき、山田風太郎ファンはこう気を揉んだものですが、蓋を開けてみれば山風作品の世界観を巧みに表現した異色の傑作となりました。
まだ本作をご存知のない歴史漫画ファンの皆様へ。
今回は僭越ながら『バジリスク』の魅力をお届けしたいと思います。
※山田風太郎の作品については『風太郎不戦日記』も漫画にアレンジされており、漫画家こそ異なりますが同様にオススメですので、よろしければ併せて以下のレビューを御覧ください
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三代目将軍を決めるため忍者を殺す不条理
まずは本作のあらすじから
物語の中心は伊賀と甲賀の忍者たちによる壮絶バトルです。
伊賀の代表10名
vs
甲賀の代表10名
と、それぞれ10名の精鋭忍者たちが殺し合いをして、全滅させたほうの勝ちとなるのですが、そもそもの戦闘内容が尋常ではありません。
ある者は手足がゴムのように伸び。
ある者は蜘蛛糸のような痰を口から吐き。
ある者は敵の体内に潜り込んで殺してしまう。
忍者作品は基本的に超人キャラが活躍するものでありますが、本作は「異様・異形」としか言えない世界観が広がっていて、それでいて読者をグイグイとその泥の中へと引きずり込んでいきます。
何と言っても伊賀と甲賀の戦う理由が理不尽!
竹千代(徳川家光)と国千代(徳川忠長)のどちらを徳川三代将軍にするか?
徳川家内で由々しき事態と化しつつある将軍家の後継争い――これを穏便に決着させるため、伊賀と甲賀の忍者十名に勝負をさせたのです。要は捨て駒ですわ。
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「ははっ、そんな非現実的な展開ありえない!」と思われるかもしれませんが、ストーリー序盤の家康と天海にテンポよく進められ、次第に「そういうもんなのか……」と引き込まれていきます。
これが原作者・山田風太郎の怖いところです。
史実をダイナミックにアレンジしながら、医大生だった知識やミステリ作家としてのテクニック・筆力を駆使しながら、読者を引き込む。
さらに、せがわまさきがそれを絶妙に調理してしまう。
行間を補うようで、やりすぎていない。
原文の難易度を若干落とすことはあっても、極端に変えることはない。
それが基本です。
ただ、ニタリと笑う天海の表情や家康の仏頂面からは、どんよりとした不気味さも伝わってくる。
原作に忠実でありながら独特の雰囲気で読者を包む工夫が随所にこらされていて、極めて誠実。
せがわまさき一流の技術が施されています。
改めて奇跡だと振り返る
山田風太郎がメディア化される――。
今となれば普通のせがわまさき作画も、発表当時は穿った見方をするファンもおりました。
一方の山田本人は、あっけらかんとしたものです。
原作をどうイジられようとも何処吹く風。
たとえば『魔界転生』では、本来、女性の転生衆はありえないにも関わらず、細川ガラシャが登場していたのですが、山田はこれに感心していたとか。
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ラスボスのポジションが宮本武蔵から天草四郎になるという大きな改変に対しても、山田は褒めていたとか。
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それが悩ましいところでもあります。
山風作品は、なまじエロチックなイメージがつきまといがち。そんな事情もあったので、記念館や周辺も苦慮がつきまとったでしょうし、読者も山風ファンであることを言い出しにくい、という困った状況もあります。
『魔界転生』の映画版も山風ファンでは評価が割れたり、石川賢の山風原作ものもアレンジがキツめで色んな意見が出ておりました。
本作だって同様です。
「山田風太郎原作を忠実に漫画化? 信じていいものやら……」
「あの面白さを再現できるか?」
そんな意見もあった中で、『バジリスク』は賛否両論というよりも、ほぼ賛同する評価がくだされ、山風ファンを広げる役割まで担いました。
ファン目線で大げさな言い方をすると奇跡的な漫画と言えましょう。
では、本作の何がどうすごいのか?
だって作画の再現度がすごいから
まず、キャラクターデザインの巧妙さがあります。
可憐な女性キャラの「朧」はともかく可憐に。
「陽炎」や「朱絹」は妖艶に。
「地虫十兵衛」や「如月左衛門」あたりは、原作のイメージをどうやって絵にするのか、極めて悩ましい存在です。
左衛門は地味で目立たない。その場にいてもスルーしそうな人物ではあるのに、切れ物でとんでもなく賢い。こういう特徴を絵で理解させるのは、それだけで多くの困難を伴いましょう。
山田風太郎作品には二面性があるのです。
蛍火は可憐で愛らしい少女としての顔もあれば、怒り狂って相手を滅多刺しにする狂気も見せねばならない。
そこをどう再現するか?
例えばお胡夷のように、現代風のアレンジと時代考証を両立させているあたりなどは、ともかくスゴいとしか言いようがないのです。
やはり、せがわまさきの画力あってのものでしょう。
忍び装束にせよ、和服にせよ、ほぼ露出ゼロでも艶っぽく描かれるのです。ソシャゲの忍者や女武将のように、紐のような衣服なんてことはありません。
『Y十M 〜柳生忍法帖〜』でも感じたことですが、原作でぽっちゃり系とされているお鳥を、安易に胸だけ大きいデザインにせず、全体的にぽっちゃりでかわいらしい作画にしておりました。
極めて真面目に再現しているのです。
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山田風太郎全作品の漫画化はできないにせよ、キャラクターデザインだけでもせがわまさきにお願いしたいと妄想してしまいます。
『妖異金瓶梅』なんてどうでしょうか。
デザインだけではなく、人体に複数の槍が刺さった様子が「扇のように広がる」といった文章を、きっちり絵にしているところまで、ともかくすさまじい再現度です。
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