こちらは3ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
【ドラマ『大奥』感想レビュー第4回】
をクリックお願いします。
お好きな項目に飛べる目次
お好きな項目に飛べる目次
女将軍もいれば、女大名もいた
本作、男女逆転版『大奥』は非常に勉強になります。
原作つきの作品となると、内容を変えることには慎重になる。それがよい方向に生きているのではないでしょうか。
衣装や結髪考証をして、江戸時代前期を再現しています。この時代、日本人はよく知っているようで、そうでもありません。
あれだけ長い時代ならば、服飾面でも当然のことながら流行り廃りはありました。
それがテレビの時代劇では江戸時代後期以降のものでまとめられがちです。
そういうところを本作は修正しつつ、ドラマにしております。
そしてこの2023年に放映されることで、時代の空気感を落とし込むことにも成功している。
2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第46回のタイトルは「将軍になった女」でした。
征夷大将軍に任官されてはいないものの、北条政子の扱いは実質的に将軍に等しいものであったという史実をふまえたタイトルと展開です。
あのドラマの最終回で制定された【御成敗式目】においても、女性による家督継承は認められています。
御成敗式目には何が書かれている? 北条泰時はなぜ武家初の法律を制定したのか
続きを見る
2017年大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公である井伊直虎。彼女の家督相続根拠にも、こうした武士の法体系があります。
こうした女性による家督継承が消えていったのが、江戸時代以降になります。
本作の後に歴史を振り返ってみると、女性の相続を消してしまったことの方が不可思議に思えてくるところが面白い。
なぜそうなったのか?
そう疑念を抱いて考え、調べていくことこそが、歴史の面白さでしょう。
女が上に立つと世は乱れ、国は滅びるのか?
春日局は、女性が国をまとめると世が乱れてしまうという恐怖感があると語られます。
これも歴史的な実例があります。
イングランドのヘンリー8世です。
彼は次から次へと王妃をとっかえひっかえしたこともあり、イギリス史でも屈指の知名度を誇ります。
彼がそうしたのは、女好きであったからではありません。むしろ愛人くらいいくらでも作れたのだから、王妃なんて仮面夫婦で我慢できたはずでした。
ところが、恋女房である王妃キャサリンとの間には王女メアリーしか生まれない。
ヘンリー8世は焦りました。
彼の父であるヘンリー7世は、シェイクスピア劇でも有名な内戦【薔薇戦争】に勝ち抜いて王となりました。血統的には正当性が薄く、再度内戦となったら危ういのです。
とにかく自分の後が女王なんてまずい。王子が生まれるまで離婚と再婚を繰り返すぞ!
そう無茶苦茶なことをしたのがヘンリー8世でした。
彼が「女王なんて弱っちい!」と嘆いていた娘二人は、それぞれメアリー1世とエリザベス1世というイギリス史でも屈指の意思強固な君主となったのが、なんとも皮肉なのですが……。
ヘンリー8世の離再離再婚でぐだぐだ~イングランドの宗教改革500年
続きを見る
そして日本の明治政府です。
天皇が男性と男系に限定されるようになったのは、明治以降となります。
幕末の孝明天皇まで、天皇とはむしろ中性的な存在でした。化粧をして御簾の中にいて、女官が取り次ぎを務めてきたのです。
しかし、明治政府は「こんなか弱そうな君主を据えていたら、欧米列強と渡り合えんではないか!」と天皇のマッチョ化を進めます。
女官は廃止。京都の御所から東京に連れてくる。西洋式の軍服を着せて、馬に跨らせる。髭だって伸ばす。
こうしてすっかりたくましくなった天皇の肖像を、ロールモデルとして日本国民は目にすることとなりました。
ただ、明治政府上層部がそう考えた時代、イギリスではヴィクトリア女王が統治しています。
女系を認めないと血統の維持そのものが厳しくなると、それこそ欧米列強の一員であるプロイセンの外交官も釘を刺したのですが、通じなかったのです。
男女逆転版であるからには、『大奥』はもちろん架空の歴史を描いています。
それでいても春日局の恐怖心に類するものは、実際の歴史にもあるから面白い。
現実ともリンクする傑作
そして歴史は続いてゆきます。
世界規模の大災害ともいえるコロナ禍の中、注目を集めたのは各国の女性首脳でした。
台湾、ニュージーランド、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、ドイツ、アイスランドといった女性首相は、他国よりも適切な初動対応を取れたのではないかとされました。
安易な生物学的な説明は避けつつ、対話を求める姿勢や彼女らを選出する有権者の偏見のなさが好要因ではないかと分析されています。
そこまでふまえたのか。今回の春日局に対する目線は優しいだけでもないように思えました。
村瀬は時代についていけなかったと振り返っておりますし、家光はじめ周囲は春日局の懸念を切って捨てているからこそ前に進めています。
切実な背景や動機があろうと、時代錯誤はそうでしかない――キッパリとそう宣言したように思えます。
ドラマから目を現実社会に向けて見ると、まだまだ春日局は現実世界を彷徨っていることがわかります。
コロナ禍にも果敢に立ち向かったニュージーランドのアーダーン首相は、2023年2月に辞任することとなりました。
そして彼女がいかに性差別的な対応を受けてきたか、改めて認識させることとなりました。
あれほどまで立派に国を率いた人物であっても、性別が女性というだけでそんな偏見にさらされるのかと、驚いた方も少なくないかと思えます。
男女逆転版『大奥』は、そんな現実まで深く読み解ける、2023年にふさわしい傑作です。
そして希望も与えてくれます。
最後の場面で、家光が堂々と女将軍になると言い切ったとき、女大名の顔も明るく輝きました。
女性がリーダー像を見せることの意義が、あの瞬間に伝わってきました。
女将軍に、女大名――あの姿が現実の一歩先をゆくものであればよいのに。そう願った瞬間でした。
そしてこのことは、女性にとってだけの救済ではむろんありません。
御簾の奥で頭巾を被り、偽りの姿を見せていた稲葉正勝のような男性も、肩の荷を下ろすことにつながります。
歴史を描く作品とは、人類の歩みを切り取るものでもあります。
その道はこの先にも続いていく、未来へもつながっていく。
そう示しているこの作品は、歴史を学ぶ意義と喜びがつまった贅沢な傑作です。
あわせて読みたい関連記事
ドラマ『大奥』感想レビュー第2回三代将軍家光・万里小路有功編
続きを見る
徳川吉宗は家康に次ぐ実力者だったのか?その手腕を享保の改革と共に振り返ろう
続きを見る
槍で左胸を突かれた戦国武将は最後の会話をできるのか?おんな城主直虎・政次の死因
続きを見る
文:武者震之助
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)