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【鬼滅の刃 外伝レビュー】
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脇役を貶める傾向?
創作というのは【人物を魅力的に描く】上で手法があります。
敵や脇役も真っ当なキャラクターで、そんな周囲を敬服させるほど対象者が優れているとする方法。
もうひとつは、対象者を取り囲む周囲を押し下げること。
残念ながらこの外伝では後者が目立ってしまっています。
蜜璃が助ける親子の母親は、ああいう造型にする必要性をあまり感じないのです。
作画にある“萌え”のルール
漫画には特有の作画ルールもあります。むしろ本編よりこちらが好きという意見もあることでしょう。
けれども、見逃せない部分もあります。
蜜璃です。
女性であるしのぶにもそういう傾向はありますが【萌え】のルールに沿った作画や描写が目立ちます。
ハッキリ言いますと、胸元や脚をよりセクシーにしているということです。
今さら慣れ切っていてピンとこないかもしれませんが、『鬼滅の刃』本編では、ワニ先生がいかにそういうルールを避けていたかがわかりました。
胸が出ているところは同じですが、作画の細かいニュアンスだけでもこうも違うのかと驚かされるのです。
甘露寺蜜璃のピンクと緑は今どきバッド・フェミニストの象徴よ♪鬼滅の刃恋柱
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新選組関連は面倒です
下弦の弍である鬼は、新選組だったとわかります。
ただ残念ながら、ちょっと古いフィクションをベースにして描かれているようです。
新選組が刀剣にこだわったからこそ銃装備であるとわかる。
ただ、実際の新選組には、近代装備がまるでなかったわけではありません。
ついでに言いますと、あのダンダラ羽織を実際に着ていた期間もかなり短い。
ただし、そこまで厳密に新選組を再現しているのも2020年公開映画『燃えよ剣』くらいですので、そこは仕方ないのでしょう。
佩狼は実在した隊士なのか?
佩狼(はいろう)は新選組特定の隊士ではないか?
そんな議論もありますが、そもそも新選組を指す“壬生狼”とは蔑称です。
自ら蔑称が含まれた名を名乗るほど、佩狼は自虐気質なのでしょうか?
キャラクターのモデルを探すといった考察を全て止めるべきだなんて一切思ってはおりません。
しかし、この鬼が「実在した特定の隊士ではないか?」という考察を読みましたので、余計なお世話ながら以下に2つの例を挙げて否定させていただきます。
佩狼=武田観柳斎説
まずは『るろうに剣心』のモデルにもなった武田観柳斎(新選組・五番隊組長)。
なぜ武田観柳斎が佩狼のモデルなのか?
というと
「『るろうに剣心』で武田観柳はガトリング砲を使っています! だからきっとそうでしょう!」
という論旨でした。
漫画とは罪深いものだと思います。
劇中の創作であるにも関わらず、そうは見えずに読者が史実と信じてしまう。
例えば『るろうに剣心』は、司馬遼太郎はじめとしたフィクションに準拠した描写=卑劣な新選組隊士のイメージを流用したと見受けられます。
ガトリング砲と新選組の関係はありません。
ただ、司馬遼太郎の『峠』において河井継之助が利用した例が有名であり、司馬遼太郎ファンである『るろうに剣心』の和月先生が、そこから取ったと推定されます。
要は、史実における武田観柳斎とガトリング砲の接点はないんですね。
それが『るろうに剣心』と結びつけられ、誤解が生じているのでしょう。
そもそも、この武田観柳というキャラクターは、歴史創作としてはなかなか問題のある造形です。
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以下に問題点を列挙しますと……。
・実在の人物名を変えずにほぼそのまま使用している
史実=武田観柳斎
漫画=武田観柳
・しかし、その実在の人物像からは「イメージ程度の流用」をしている
・結果、実在の人物にフィクションから生じた根拠なき悪評がこびりつく
幸い武田観柳について『るろうに剣心』では大きな問題へと発展しませんでした。
しかし、フィクションからの悪評等に対し、ご子孫が抗議をして揉めることもある――それが歴史創作というものです。
そういう観点からすると武田観柳は非常に危険性がある。
漫画から歴史に興味を持ち、史実までカバーできるチャンスがあればよいのですが……余計なお世話ながらご留意ください。
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