元亀4年(1573年)、信玄が上洛を決め、義昭は信長との訣別を宣言します。光秀にとっても、苦渋の決断です。
しかし、三河まで来たところで、信玄は兵を引き返すのでした。
槇島城から追われる義昭
町の人々もざわめいています。
「今度こそは織田と決戦じゃと思うたが……」
そう皆が噂する中、徳川の忍びである菊丸が立ち聞きをしております。
宇治・槇島城に陣を構えた義昭は、焦っていました。朝倉、浅井、そして信玄。彼らは来ません。
「なぜじゃ、なぜ姿を見せぬ? 皆、わしを助け信長を討つと書いているではないか!」
書状を手にし、うろたえるばかり。
そう悔しがっているところに、兵が喚声とともに雪崩れ込みます。
先頭にいて刀をつきつけるのは、木下藤吉郎です。獣が獲物を追い詰めるようで、愉悦と残酷さを目に宿しています。
「足利義昭公! 織田信長様のご下命により、木下藤吉郎が召し捕える」
叫びつつ刀を抜く義昭は、生捕りにされてしまいます。兄・義輝のように散ることはなく、かくして囚われの身となるのでした。
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光秀は城の外にいます。
そこへ藤吉郎がやってきました。
「公方様をお召し連れ申した! ご覧あれ明智殿。皆が武家の棟梁と崇め奉った将軍様がこの様じゃ。これからは我らの世でござる、我らの!」
しかし、明るい藤吉郎に対して光秀の顔は暗い。裸足で歩く義昭が見えます。
光秀の眼前まで来ると、膝を突きながら相手を見るしかない。そこにいたのは、何もかもふっきれたように、去ってゆく義昭でした。
秀吉の喜び
それにしても、三者三様に見事な対比です。
藤吉郎は下剋上がうれしくてたまらない。舌なめずりしそうなばかりに、その喜びを見せています。
一方で光秀の顔は暗い。
登ることを目的とした秀吉に対し、光秀はもっと先の何かを見据えている。
麒麟が来る世界、誰もが穏やかに暮らせる世界を。自分一人が上り詰めたところで、麒麟が来なければ意味がない。ゆえに、まだまだ暗い顔なのでしょう。
先憂後楽――民よりも先に国を憂い、民が楽しんだ後に自分が楽しむ。為政者のあるべき姿を体現する光秀です。
こういう光秀タイプを、ノリが悪いだの、つまらないだの言うのはお門違いでしょう。深慮遠謀があるがゆえかと思われます。
一方で秀吉は、踏み付けてのしあがることが目的と化した感はある。
漁色家とされる秀吉ですが、そんな甘っちょろいプレイボーイとか、エッチなおっさんでもない。
彼は身分の高い女を狙う。権力欲があることを表現しきる。そんな佐々木蔵之介さんが今週も圧巻の恐ろしさ――。
主筋である信長の姪を妻にする男とは、こういう顔をするものなのか。毎週、納得感があってしびれそうな演技です。本作の役者たちは、ドラマ完結後の人生まで宿して演じているようで圧巻です。
この苦労人が天下を取れば、人の痛みに敏感な為政者になるなんてことは嘘っぱちであると清々しいまでに証明しておりますな。
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天下人として世を治めるには、苦労人としての経験だけではよろしくない。理念なり、素養なり、そういうものが必要ということでしょう。
1996年の大河ドラマ『秀吉』放映時にはなかった観点を本作からは感じます。
藤英・藤孝兄弟
今回の脚本家は河本瑞稀さん、宮内庁正倉院事務所も協力して始まります。
山城・伏見城では、義昭とともに戦った三淵藤英が投降していました。弟・細川藤孝は信長についております。
兄弟の命運が別れました。
「兄上、面を上げられよ」
弟に対して、自分よりも主君の心配をする藤英。
光秀はここで義昭は宇治の南・枇杷庄(びわのしょう)に移されたと言います。信長も将軍の命までは取らぬとのこと。藤英はそう言われ、やっと「左様か」とホッとしております。
「ともあれ無事でようございました」
そう言われ、藤英は弟に毒づきます。
義昭様、幕府の内情を信長に密かに漏らしておったな。いつから裏切り者に成り果てた! そう弟に問いかけます。
弟は俯くほかない。
けれども、彼には言い分があります。
「私は気がついただけです。政を行うには、時の流れを見ることが肝要だと。この世には大きな時の流れがある! それを見誤れば、政は澱み滞り、腐る!」
それが公方様を見捨てた言い訳か。そう藤英はいう。
ここで藤孝は、信長の沙汰を伝えます。岩成友通が籠城した淀城を藤孝と藤英の兄弟で落とせとのこと。よい機会だと藤孝は言います。
兄弟力を合わせ、淀城を落とす。そのための手筈は後日として、藤孝は去っていきます。
わしは負け、そなたは勝った……
藤英はあとに残り、涙を目に光らせ語り始めます。
「十兵衛殿……、わしは負け、そなたは勝った。わしは二条城で死んでもよいと思うた。得に応じたのはただ一つ。義昭様のお命を助けていただけるか」
西日がさす部屋で、光秀はこう告げます。
「私と三淵様の間に、勝ちも負けもございませぬ。あるのは紙一重の立場の違い。私は今そう思うております。このうえはこの十兵衛光秀にお力をお貸し下さいませ。何とぞ」
圧巻の演技です。
三淵藤英は善良だと思いますが、朝倉義景の嫡子殺害は彼の指図でした。細川藤孝は熱血なようで、知性もあるがゆえの選択です。
そして光秀のいう通り、紙一重ということはある。
前回、光秀は鳥になった。今回、人は皆鳥のようなものとわかってきます。
落ちる鳥、うまく飛び去ってゆく鳥、網にかかる鳥。
どこまで差があるのか?
その善悪正邪はどこまで関わりがあるというのか?
そんな悲哀が凝縮されたようです。演じる側も人間を超えてしまったというか。夕陽の前を飛ぶ鳥の群を見ているような気がふっとしてしまいます。このドラマはともかく詩的です。
良禽(りょうきん)は木を択(えら)んで棲む――。
よい鳥は、木を選んで巣作りをします。
でも、その鳥の良し悪しを分けるものとは何なのでしょうか。
天下人の母とは
京で蝉の声が響く中、菊丸が歩いてどこかの小屋へ向かいます。そして誰かと話しています。
織田が朝倉、浅井を討たねば、盟約のある徳川は危うい。背後に武田がいる。
そう確認し「明智十兵衛様に渡せ」と何かを相手に渡します。
このあと、十兵衛は子連れの父子とすれ違いました。
子どもが転ぶと、光秀は助け起こします。と、ここでその父が何かを渡す。光秀はその書き付けを見てハッとするのでした。
うーん、渋いなあ。こういう忍びの使い方を見たかった。
『真田丸』の考証をなさった平山優先生の『戦国の忍び』(→amazon)がおすすめですよ。
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菊丸は若侍が見張っている東庵へ。薬屋の菊丸だと告げる相手に、東庵は相手を思い出しています。
お駒はいるかと菊丸が尋ねると、あいにく留守とのこと。それでも中に招き入れる東庵です。
「先生、何しているの!」
おっと、藤吉郎の母・なかが来ているようです。なかは長旅のようじゃがどこから来たのか、グイグイ聞いてきます。
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遠江(とおとうみ)だと聞くと、なかはペラペラと言い出す。
「まあ遠江! 徳川様はどうされているのか。去年三方ヶ原では大負けしたそうじゃが」
負けはしたが健在。そう答える菊丸もすごいけど、なかが圧倒的な頭の回転があるといいますか。世を憂うわけでもなく、単刀直入に来ますね。
息子は母親に似たとわかります。あのまま進軍してくると思ったのに、どうして武田は? そうなかが言うと、菊丸は何か考え込んでいるようです。
人間はどうして会話するのか――楽しいコミュニケーションということで片付けてもよさそうなものですけれども、菊丸のような諜報員は、会話で思考を整理することもあるんですよね。
なかの言葉に、何か考えている。なかはこんなふうに誰かの思考を整理する能力があるのでしょう。
ははあ、なるほど。これがのちの天下人の母か。そう思えるから、ともかくすごい。
出番が全くない家康も、やっぱり強いんですよね。
徳川の強みは諜報網であることは度々示されています。大敗しても、こうやって諜報網を動かしているのだから、家康はどうにも強いのだとわかります。たいしたものです。
年寒くして松柏の凋(しぼ)むに後(おく)るるを知る――。
と申します。寒い冬こそ、松や柏の緑を保っているところが素晴らしいと思える。ピンチの時こそ、健在な点がある者はそれだけ強いとわかるということです。
菊丸はまさに、徳川の枯れない緑色。家康本人は出ていなくとも、彼がどれほどタフであるかがわかるのです。
宇治の枇杷庄で義昭と駒は
宇治・枇杷庄では、義昭が書をしたためております。背後には駒の姿。それで留守だったのでしょう。
義昭は、そなたにはもう会えぬと思っていた、ここは寂しいところだと言います。
虫籠を返しに来たと返答する駒。
義昭はそんな駒に書状を見せます。上杉、武田、朝倉、浅井、毛利。備えが整えば、わしは今一度立ち、そして信長を討つ。そう宣言するのですが、駒は……。
「このまま戦を続けて勝てるとお思いですか?」
「この書状に返事が来るかどうかはわからぬ。だがわしは書き続ける。将軍である限り」
「では将軍をおやめください」
そう投げかけます。
初めてお会いしたとき、公方様はお坊様でいらした。貧しい人たちに、毎日毎日、同じ時刻に施しをしていた。
でも自分のできることは限られている。仏にはほど遠いと言い、そう仰って、そのようなお方が将軍になると聞いて、これからきっとよい世の中になる。そう思いました。
それなのに、戦、戦、戦――。
義昭は悟り切ったように言います。
やめられるのだと思うてきた。将軍としてわしにできることは何かずっと考えてきた。
しかし戦はやまぬ。幕府の旗のもと、武家がひとつにまとまるよう働きかけた。しかし、戦はやまぬ。これ以上わしに何ができるのか?
答えは出ぬが、わしはこうして大名たちにあて、戦のための書状を書いておる。
駒はそんな義昭を、菩薩のような顔で見ています。
義昭はここでやっと、あの少年のような顔になって笑います。
「わしは駒を欺いてしもうたのかもしれぬな」
義昭はやっと本来の自分自身を少し取り戻せました。
涙をすっと流し、駒もまた、流れる。二人の涙がひとつの流れになったよう。別れた心がひとつになる。
この二人が、どういう関係であったか、恋愛かどうかなんてどうでもよい。こんなふうに涙を流しあえる、そういう絆があってよかった。駒がいて、義昭はほんとうによかったと思えるのです。
美しい場面でした。滝堂賢一さんと門脇麦さん、素晴らしい場面です!
どうして義昭のこうした細やかな心理がわかるのか?
それは駒あってのもの。オリキャラだのなんだの。そういう軽い概念でまとめられ、うざいだのいらないだの、脚本を雑にしているだの言われますが、こういう人物像に深みを与える存在を加えることは、創作のテクニックです。
それを雑だの無用だの言うとしたら、世の中のあらゆる作品から表現力や含蓄が失われてしまうかもしれません。
信長による改元
信長は、何かを見ています。
漢字に文字が並んでいます。そこへ光秀の来訪が告げられると、室内へ入れます。
山城の状況を確認する信長。一乗寺山城は開城し、破却するとのこと。
信長はにっこりとして、改元を言上したと言います。
改元の申し出は将軍からするもの。なれど今や将軍はおらぬ。わしがその役目を果たさねばなるまい。違うか? そう得意げに聞いてきます。
「仰せの通り」
光秀が同意すると、朝廷から五つの案を出してきたといいます。
そのうえで、これだと決めたのが「天正」。天が正しい、よし決まりだ! そう言い切ります。
光秀はここでこう切り出す。
「ときに、公方様をどうなさるおつもりでございますか?」
信長はそっけなく、家来を何人かつけて追い払えばよいと言う。藤吉郎に任せてあるとのことです。
義昭が生きていることは、いろいろな見方ができます。
要するに、殺すのは面倒なのです。話がこじれる。
実はそこまで関与していないのに、松永久秀は義輝殺害犯として苦しめられている。生かさず殺さずがよい。別に優しいというわけでもありませんし、義昭というカードはもう放置してもどうでもよいほど軽くなったということでしょう。
信長は武田のことを聞いているか?と尋ねます。
三河に攻め入った後、急に引き返した。信玄めに何があったか?
東にあれがいなければ朝倉浅井を潰せる。光秀は周囲を確かめつつ、確かなことはまだわからないと前置きした上で、信玄の死を告げるのでした。
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結局、隠そうにも死は隠せないということです。
ここで、細川藤孝の言葉なり、このときの信長の喜ぶ顔なり、考えてみたい。
『孫子』「計篇」にはこうあります。
一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。
信長は上洛を果たし【道】としての目標をさだめてきた。
天下静謐と帝からも示されている。
【地】→熱田港で物資を手に入れ、金が手に入る領地の時点で持っている
【将】→おかげさまで次々と手に入れた。実力重視で登用し、まさしく順風満帆である
【法】→信長の運用は厳格
あとは【天】ですね。
天の利もあると示せば負けることはない。
ただ……上杉謙信も引用した『孟子』はどうかと言いますと。
天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。
天の時は、地の利にはかなわない。地の利は、人の和にはおよばない。
【人の和】こそ、信長にかけているものかもしれません。
朝倉と浅井の滅亡
元号が改まった天正元年(1573年)8月、朝倉家の重臣が寝返ったとの報が届きます。
信長は近江へ出陣!
義景も越前から出陣してきました。
しかし、織田軍の奇襲で山崎吉家は討ち死に。
織田軍はそのまま一乗谷に突き進み、火をかけます。
このあたりのVFXにも磨きがかかってきましたね。映像表現の技術進化を感じます。
そんな義景を前にして、従兄弟で重臣の朝倉景鏡はこう言います。
「もはやこれまで。義景様、ここは潔く、お腹を召されませ」
義景はそうはいかない。
「馬鹿な。ここでわしが腹を切れば朝倉はどうなる? 百年続いた朝倉の名が絶えるぞ」
「朝倉の名? この期に及んで」
毒々しいほど赤い舌をぺろりと見せる景鏡。
うーん、この顔と舌の赤さだけでも、見る価値がある! これぞ、よくぞ、と言いたい。手塚とおるさん、見事な演技です。
義景は寝返りに悔しがる。
景鏡は「辛うございますが、これも戦の世」と返します。嘘こけ! 裏切って楽しかったことが見え見えで、見ていてこちらもワクワクしてしまう。
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義景は銃を向ける家臣にまたも家名をアピールします。
足利尊氏公から越前を預かり11代。一乗谷に本拠を構えて5代――。
そう言いますが、これを滑稽と思いますか?
斎藤道三が見たら高笑いしそうな光景。非常におぞましい話ではありませんか。人間が利益だけ見て、ホイホイ裏切るようになったらおぞましい。
そうならないよう、徳川幕府がどう日本人の精神をチューニングするか。ここがポイントです。
戦国時代は、主君が切腹することはありでした。むしろスマートな解決法です。
けれども、幕末には主君の首を要求することそのものがタブーになる。
切腹は家老のすることです。
ここで義景と景鏡をどう見るか?
人間の道徳心は普遍的なものでもなく、ここでどう思うかによって、答えを出す側の思考もわかります。
戦国武士に近いのか?
それとも江戸時代以降の価値観を身につけているのか? さあ、どちらでしょう。
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朝倉家は滅亡し、浅井家も滅亡します。浅井長政も亡くなったことになります。
この辺の展開が「あっさりしすぎ!」という感想が出ることは、なんとなく想像がつきます。
信長の妹で長政の妻・お市の苦悩はなく、もちろん浅井三人娘も出てこない。
どこをカットし、軽んじるか? そこに不満を持つのは見る側の自由ですが、重点の置き方から、本作のテーマも見えてきますね。
ともかく240年続いた室町幕府は実質的な終わりとなりました。
群雄割拠した乱世は、信長による新たな時代を迎えることとなるのです。
茶器の目利きが久秀→宗久
今井宗久が、信長のもとで「これは80貫、これは50貫……」と目利きをしております。
この新しい時代は、高級茶器もポイントかもしれない。
私はずっと前から不思議に思っていることがありました。
かつては城なり土地を求めた戦国大名たちが、どうして茶器で納得するようになったのか? その心理的なこと、心情変化が見たかったわけです。
この場面には、その糸口があるように思えていいですね~。
松永久秀は光秀に許しを乞うてきた。信長がそう面白そうに告げるのですが、移ろいゆく世の中とは本当に残酷なものです。
かつて茶器の価格を決めていた大立者、審美眼の男といえば久秀でした。
それがアッサリ、宗久に替わっている。
ふと思い出しました。『世説新語』にある曹操の逸話です。
曹操が雇っている中で、抜群の美声を持つ歌手がいたものの、どうにも性悪で気に入らない。
そこで曹操は、歌手たちを猛特訓して、それ以上のものを育成します。
歌手育成が成功したら、性悪歌手を殺しました。
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人間の心をまるで踏まえない、合理主義にもほどがある。そういう奴って最悪だと思いません? と、そんな風に問いかけてくるエピソードです。
あの久秀ですら、彼以上の審美眼の持ち主が出てきたら、こうもあざわられるような存在になってしまうのか……。
光秀はやや苦しそうに、松永様は味方にすれば心強い、欲しいお方だとアピールします。
信長はそっけなく、なら許すかという。
「土産は城じゃ。多聞山城を渡せと」
あっさり信長はそう言いますけれども、多聞山城は当時最も美しく、画期的な城で、信長の安土城にも影響を与えています。
信長のセンスは、久秀のものを吸い取ったものだと考えると、おそろしいものがある。
宗久は目利きを終え、越前で5代続いた大名、名品揃いであったと満足げに告げます。そして、これだけのものを一手に収めた方はいないと告げます。もはや天下を取ったも同然だと。
蘭奢待
信長は茶を飲んでいます。
所作も整い、天下人の風格があるといえばそうかもしれない。
そしてここでこう言い出します。
「蘭奢待……存じておるか?」
光秀は顔を曇らせ、宗久も驚いています。
ふるめきしずか――。
そう呼ばれ、えもいわれぬ香りがするとか。光秀は「天下一の名木、伽羅(沈香)の香木」と答えます。
が、それは代々、大きなことを成し遂げた者しか見ることはならぬとか。
その蘭奢待が何かと問いかけるのです。
「わしはどうかな? 今のわしは蘭奢待を拝見できると思うか? どうじゃ?」
今井宗久は笑います。
「それはもう! 今やこの国の武家衆で、織田様の右に出るものはおりませぬ。拝見になんの触りもございますまい!」
信長は「そう思うか?」とうれしそうではある。
「ならば一度見てみるか。どうだ十兵衛?」
光秀は顔をまた暗くしています。拝見となれば、東大寺はもとより、帝の許しが必要となる。
そう言うと、信長はますますうれしそうな顔をする。
「帝? 帝はお許しになるであろう」
信長は自分を肯定する者を求めている。その承認欲求は確かに面倒です。子どもっぽいとは言える。
ただ!
それも、あるものさえあれば止められるはずではある。そのことを、宗久を見ていて痛感します。
宗久は人の心を見抜き、おだてることがうまい。こうすれば信長は喜ぶとわかったうえでおだてています。
何か物を売りつけたいだけなら、そんな調子でも構いませんが、忠臣となるならばそう簡単にはいきません。
良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言は耳に逆らえども行いに利あり――。
この蘭奢待の拝見は、鼎の軽重を問うことだと思います。
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「蘭奢待」東大寺正倉院にある天下の香木を切り取る|信長公記第108話
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周囲の反発をいたずらに招くだけで、まったく得することはない。
どうせ帝を試すならば、帝に一族の娘を側室として押し込めるほうが、得することはあるのでしょう。
信長を通して、家康も見えてきました。諫言をたくさん集めてもいる『貞観政要』愛読者の家康は、蘭奢待は触ろうともしていない。それでいて、皇室と姻戚関係を結びました。
こうして見てくると【創業】の信長に対する【守成】の家康の姿勢もわかってきます。
単純に家康が優れていると言うことでもなく、彼は失敗を先例から学ぶことができたわけです。
足利義政拝観以来110年ぶり
光秀は信長がいない廊下で、蘭奢待拝見についての意見を求めます。
殿は一体、何をお考えなのかと。
宗久はすらすらと意見を言います。
公方様は京都を追われ、朝倉浅井を討ち果たした。今や敵なし。いわば一つの山の頂に立たれた――そういうお方なればこそ、見たい景色があるということでございましょう。そう解釈するのです。
光秀は疑う。
「そうであろうか。まことにそうであろうか? 私に言わせれば頂はまだこれから。公方様を退け、さてこれからどのような世をお作りになるのか。今はそれを熟慮すべき大事なとき。まだ山の中腹なのです」
麒麟の到来する世の中を作るためには、まだまだ先がある。光秀は麒麟の到来を告げる鳥なので、納得ができずにさえずるしかありません。
善悪正邪を超えた宿命をいつの間にか背負わされて、痛々しい限りではある。
宗久はそう同意しつつ、あのお方は自分の値打ちを知りたがっていると言います。人の値打ちは目に見えませぬ。しかし、何が見えるかで、お知りになりたいと。
「ちがいますかな? 見る景色が変われば、人もまた変わるとか。ごめんくださいまし」
まずい。
信長は変わり、光秀が変わらないのか? 信長は危険な兆候を見せてきてはおります。
自分自身はぶれないのに、周囲の見る目がコロコロ変わる。そのことをとことん試したいような、そんな危険な何かがめばえた。
光秀が陥る苦悩も見えてくる。
どうして、どうして、どうして止められなかったのか?
彼の心をしずめられなかったのか?
我を非として当たる者は吾が師なり。我を是として当たる者は吾が友なり。我を諂諛する者は、吾が賊なり。
それはいけないと真剣に言ってくる人は師匠になる。肯定してくれる人は友になれる。媚びへつらい、褒めてくるものは敵となる。
そういうことを、同じ根から生えた信長にできなかった己を悔やむ道が見てきたようです。
花咲く内裏では、三条西実澄が報告しています。
いよいよ明日、信長を従五位下に叙され、昇殿を許す運びになった。将軍なき今、信長にはしかるべき官位を与えねばならない。これで少し安堵したと。
帝はこう穏やかに言います。
「今の信長には勢いがある。天下静謐のための働き見事である。褒美をやってもよい……」
「仰せの通り」
「とは思うが。蘭奢待を所望して参った」
蘭奢待を!……これには実澄も唖然とします。
「いかがであろうな」
実澄は8代将軍・足利義政拝観以来、110年ぶりだと困惑しています。
然るべきものが然るべき手順を経てすべきものを、あまりに急な申し出。あまりに不遜の仕儀だと困惑しきっています。
それでも、帝の思し召しならば仕方ない。
東大寺正倉院の扉が開かれた
天正2年(1524年)、3月28日――。
東大寺正倉院の扉が開かれました。古き世より伝わる香木の蘭奢待が、ついに運び出されたのです。
久秀の居城であった多聞山城で、束帯の信長が待ち受けていると、浄実がこう声をかけます。
「こちらへ」
信長は立ち上がり、しげしげと蘭奢待を見つめます。
「これが……」
浄実は説明します。
3代将軍・足利義満が切り取ったあと。
6代・足利義教が切り取ったあと。
8代・足利義政が切り取ったあと。
「その次がわしか。拝領仕りたい。この信長にも、是非」
快感そのものを味わっている顔で、信長は蘭奢待を切り取ります。
染谷将太さんをどうして信長にしたのか。それが凝縮されたような、ものすごい満足感の顔ですね。心の底から湧き上がってきた喜びがそこにはある。
佐久間盛信がしみじみと、これで将軍と肩を並べたと語っております。
けれども、不安はある。
こういう瞬間的な快感を求めたところで、何だと言うのでしょう?
蘭奢待は香木です。お香は燃やせばそれきり、刹那的な快の象徴です。そんなものを求めてどうするというのか?
しかも、二箇所切り取ってひとつを帝に差し上げようと言い出す。
「帝もきっとお喜びじゃ」
信長の欠点が極まっている。
やはり彼は変わっていない。母の土田御前が喜ばなくなってからも、魚を贈り続けた幼い頃と変わらない。父が喜ぶだろうと勝手に思いこみ、松平広忠の首を箱に入れていた頃から成長していない。
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相手がどう思うか?
そこを想像しないのです。
「これは蘭奢待!」
そう贈られてきたものを見て、驚いている実澄。帝は冷たい声音でこう言います。
「朕が喜ぶと思うたのであろうか、信長は……」
「まことに、まことにもって畏れ多いことでございまする!」
実澄がそう驚き怒っていると、帝は涼しげにこう言ってしまいます。
毛利輝元が関白にこれを所望したいと願うているとか。毛利に贈ってやるがよいと。実澄は驚きます。
「しかし毛利は、目下信長と睨みあうておる間柄……」
「それは朕の預かり知らぬこと。毛利に贈ってやれ」
なんという恐ろしさよ。
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かくして信長の心を粉砕するようなことをさらりとやってのける帝です。義昭の書状よりも効果がありそうでおそろしい。
「織田信長、よくよくの変わり者よのう」
そう言う帝。光秀への態度とまるでがちがいます。
信長には嫌悪感があることを、こうして見せているのでしょうか。おそろしいことになってきました。
このころ、三淵藤英は坂本城にいました。
光秀が三淵の加勢を感謝するとともに、その居城の取り壊しを命じた信長に戸惑っています。時に計りかねることがあるのだと。
「主とはそういうもの。そのときのことに付き従うことこそが、家臣の器」
そう藤英は静かに語ります。もはや古い考えかもしれぬが、と付け加えたうえで。
「坂本城はよき城でござるな」
そう、坂本城はよいもの。
公式サイトに考証をどうして再現したのか解説があります。是非ご覧ください。
そう語る藤英は、もはやなかばこの世にいなくなったような、半透明の存在のようで、美しくそしておそろしい。
MVP:鳥となった人たち(三淵藤英と細川藤孝/山崎吉家と朝倉景鏡)
人というのは、なんとちっぽけで、虚しい生き物なのか。
先週、光秀が鳥と化しました。
信長という強烈な明月の前では、他の人も鳥になってしまう。
追い立てられた足利義昭か。相手を喜ばせるために囀る今井宗久か。役に立たず羽をむしられるだけの松永久秀か。
梟雄としての片鱗を見せる秀吉を別とすれば、皆悲しい声をあげているようにも見えると。
そんな中でも、圧巻であるのが三淵藤英と細川藤孝です。
忠義を貫き、ついに涙すら流す藤英は混じり気のない悲嘆と悔しさがあった。
では、藤孝は?
というと彼も悲しい。なまじ賢く、風の流れがわかるだけに、そちらに向かっていけるけれども、それが楽で悩まないわけではない。
翼を並べて飛んでいた兄鳥がはぐれていって、どうして無心でいられるのか? そういう悲しみがあって、圧巻でした。
山崎吉家は、ある意味もっとも美しい忠臣、鳥としての死に様とも言えるかもしれません。では、真っ赤な舌を出してケケケケと鳴き出したような朝倉景鏡は醜悪かというと、それがそうでもない。
生きることに全力を賭けて飛ぶ姿は、滑稽なようで美しくもある。機能美のような何かを感じます。
長谷川博己さんが人を超越した鳥になって飛んでゆき、あとに続く演じる側も翼が生えたようで、なんというおそろしいドラマかと思いました。
でも、信長はそうじゃない。
彼だけ、でかいネコ科の獣。そんな獣にとっては、鳥は捕まえて食べるものです。
滝堂賢一さんによれば、染谷将太さんは「静かに圧力をかけてくる感じ」だそうです。鳥の前にネコがいたら、まあ、そんな感じでしょう。
◆<麒麟がくる>滝藤賢一、“信長”を演じる染谷将太は「静かに圧力をかけてくる感じ」(→link)
このドラマの信長を見ていると、動物園で虎の檻の前にいたことを思い出します。なんて美しくて立派で、壮大で、かっこいいのだろう。生きているだけで芸術的!
でも、檻の向こうにいるからそう思えるのであって、剥き出しだったら恐ろしいだろう。
まさしく、信長だと思えます。
総評
来週から最終章に突入します。
本能寺へ向かう道筋が、毎週濃くはっきりと見えてきておそろしい。
この際、学術的な説は忘れ、ドラマを注視です。
最終章へ向かう中、揺るぎない光秀と信長の、芯のようなものが見えてきます。
思えば終始一貫してはいました。
斎藤道三は、揺るぎなき誇りがあった。そんな道三に対し、高政は父を偽り、それを掲げて戦った。光秀はそんな高政に嫌悪感を覚え、はっきりとそのことを伝え流浪することとなりました。
義昭が上洛してから、劇中には様々な概念が擬人化されて浮かび上がってきます。
凡庸な悪としての摂津晴門。
経済としての戦争を司る今井宗久。
審美眼の男である松永久秀。
人を救う慈愛を持つ足利義昭。
保守層の象徴のような武田信玄ら諸大名。
腐敗した宗教権威としての覚恕。
そしてやんごとなき権威の帝。
そうした敵を一掃した二人に、己の本質が立ち塞がるのです。
本質なんて変えればいい、それでいい! というのもどうでしょう。自分の中にある揺るぎない誇りが、光秀の中でざわめく様が見えるようです。
合戦があっさりしているとか、その手の意見も予想はつきますが、大事なのはそのざわめきでしょう。
今週は谷原章介さんの透明感に圧倒されます。
ただ、捨て置け無いところもあります。
結局のところ、光秀は家臣の器を破ることはわかっている。それを押し除け、破り、逆臣という最悪の称号を得る。
忠臣として消えゆくさだめはあくまで三淵藤英のものであり、明智光秀のものではない。
汚名を被ってでも、貫き通す何か。なぜ? どうして? そう理由を問いかけ、見る側に推理をさせることで、このドラマはこうも美しく見事に仕上がっています。
演じる方々は、リハーサルでは泣くまいと思っていても、本番では泣いてしまうこともあるとか。
本作の演技面を評価する声も、毎回増してゆくばかりです。
理由は見えてきました。
このドラマは、人間の精神そのものの動きを見せてくる。
ゆえに、その脚本と演出に沿って演じていると、演じる役者の心と共振して、何かが零れてしまうのでしょう。
やたらと漢籍引用して申し訳ありませんが、東洋には東洋独自の芸術があります。
書にせよ、画にせよ、筆をとる人の精神性が作品にこめられる。
モノクロームの水墨画にも、見る側の心を注ぎ込むことで色がつく。浮かび上がるように、ものの向こう側が見えてしまう。心そのものが見えてくる。
そういう東洋の文化論を本作からは感じます。
演技そのものが花鳥風月、詩としてうかびあがってきて、見ていて飽きることがありません。
人そのもの、人の精神性そのものがこうも豊かで美しいのか!
毎回驚くばかりなのです。
そして、これぞ2020年代の流行になることでしょう。
ディズニー映画の実写版『ムーラン』は、どうにも精神性理解が不十分で失敗した部分もある。
他の国はどうあれ、中国ではそうでしょう。
剣に「忠・勇・真」なんてそのまんま刻むのは、東洋の観点からすればダサさの極みであって、西洋の人があんまり深く考えずに表現した東洋だな……と思えてしまうのです。
おまけ:今日の漢文コーナー
前回『胡隠君を尋ぬ』が出てきました。
それだけで「文学部の授業か!」と突っ込む意見もあったようですが……漢詩って、文学部の授業でしか出てこないものでしたっけ?
前回は白鳥が出てきましたね。
そこからヨーロッパの伝承における、白鳥は死ぬ時に美しい声で鳴くと言われている「白鳥の歌」と結びつける意見もあるようで。
漢文でもありますよね。鳥の将に死なんとする、その鳴くや哀し。
『論語』です。
ついでに言えば、先週の光秀の心境を信長目線で見ればこうなると。
月明星稀
月明(あきら)かに星稀(まれ)にして
月が明るく輝けば星の輝きは薄くなる(強い英雄が出現すると、他の人物が目立たなくなる)
烏鵲南飛
烏鵲(うじゃく) 南に飛ぶ
鳥たちは南へと飛んでゆき(賢者や逸材は士官先を求めてさまよう)
繞樹三匝
樹(き)を繞(めぐ)ること三匝(さんそう)
木の周りをぐるぐると回る
何枝可依
何(いず)れの枝にか依(よ)る可(べ)き
どの枝にとまるべきだろう?
曹操『短歌行』
これは【創業】の英雄であり、詩人でもある曹操が詠んでいます。
乱世でどの英雄に仕えるべきか迷うよな!
俺はいつでも歓迎するぞ!
そんな気宇壮大さが出ており、彼の代表作です。
曹操からすれば人材を求める気持ちでいっぱいですが、光秀が鳥だと思うと、そこにはどうしたって悲しみがある。
それは、例えば曹操と荀彧のように……荀彧は曹操第一の謀臣でしたが、自らの命を絶つことで、袂を分かちました。
漢籍にこそ、本作のヒントはあると思います。
特に詩ですね。
だからこそ、曹操が『短歌行』を詠み、荀彧とぶつかり合う場面を描く、そんな『三国志 Secret of Three Kingdoms』を全力で推薦します。Amazonプライムで見られますよ!
◆『三国志 Secret of Three Kingdoms』(原題:三国機密之潜龍在淵) BL三国志か、それとも?(→link)
こういう記事も出てきましたが、私なりの意見は繰り返し書いてます。【情】と【理】のぶつかりあいですね。
東洋の伝統医学では、陰陽どちらの気が勝ってもよろしくない。
バランスを取れなければ、いずれ破綻を迎えます。そういう医療描写が何度も出てきました。
◆【麒麟がくる】と東洋医学(→link)
【情】の光秀。思想的には儒家、『論語』筆頭に四書五経。
【理】の信長。思想的には法家。『韓非子』、『荀子』。【創業】の英雄。
その決裂です。
二人から学んだ徳川家康は【守成】の英雄として、江戸幕府を開きました。
池端さんが言いたいことはわかった。
「漢籍を読もう!」
でしょう。
一方で、世間にはこんな意見もある。
「授業で漢文やる意味ないよね!」
学生ならともかく、大人から出てくる。どうして、そうなっちゃうのでしょうか……。
池端さんと岩本麻耶さん脚本、ハセヒロさんと尾野真千子さん主演『夏目漱石の妻』というドラマがありました。
夏目漱石には『薤露行』という作品がある。「薤露行」とは、葬送詩のタイトルであり、曹操も同名の作品がありますね。
なんで漱石はそのタイトルを?
それだけ当然のように漢文を使いこなしていたということです。
ゆえに本作は漢籍を読めばすぐわかることがかなり使われていると思うのですが……どうして漢籍ツッコミがあまりないのか、個人的には不思議です。
『おちょやん』レビューもしております。よろしくお願いします。
◆『おちょやん』15 悔いなき道を選ぶ女たち(→link)
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト




















