麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第37回 感想あらすじ視聴率「信長公と蘭奢待(らんじゃたい)」

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東大寺正倉院の扉が開かれた

天正2年(1524年)、3月28日――。

東大寺正倉院の扉が開かれました。古き世より伝わる香木の蘭奢待が、ついに運び出されたのです。

久秀の居城であった多聞山城で、束帯の信長が待ち受けていると、浄実がこう声をかけます。

「こちらへ」

信長は立ち上がり、しげしげと蘭奢待を見つめます。

「これが……」

浄実は説明します。

3代将軍・足利義満が切り取ったあと。

6代・足利義教が切り取ったあと。

8代・足利義政が切り取ったあと。

「その次がわしか。拝領仕りたい。この信長にも、是非」

快感そのものを味わっている顔で、信長は蘭奢待を切り取ります。

染谷将太さんをどうして信長にしたのか。それが凝縮されたような、ものすごい満足感の顔ですね。心の底から湧き上がってきた喜びがそこにはある。

佐久間盛信がしみじみと、これで将軍と肩を並べたと語っております。

けれども、不安はある。

こういう瞬間的な快感を求めたところで、何だと言うのでしょう?

蘭奢待は香木です。お香は燃やせばそれきり、刹那的な快の象徴です。そんなものを求めてどうするというのか?

しかも、二箇所切り取ってひとつを帝に差し上げようと言い出す。

「帝もきっとお喜びじゃ」

信長の欠点が極まっている。

やはり彼は変わっていない。母の土田御前が喜ばなくなってからも、魚を贈り続けた幼い頃と変わらない。父が喜ぶだろうと勝手に思いこみ、松平広忠の首を箱に入れていた頃から成長していない。

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相手がどう思うか?

そこを想像しないのです。

「これは蘭奢待!」

そう贈られてきたものを見て、驚いている実澄。帝は冷たい声音でこう言います。

「朕が喜ぶと思うたのであろうか、信長は……」

「まことに、まことにもって畏れ多いことでございまする!」

実澄がそう驚き怒っていると、帝は涼しげにこう言ってしまいます。

毛利輝元が関白にこれを所望したいと願うているとか。毛利に贈ってやるがよいと。実澄は驚きます。

「しかし毛利は、目下信長と睨みあうておる間柄……」

「それは朕の預かり知らぬこと。毛利に贈ってやれ」

なんという恐ろしさよ。

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かくして信長の心を粉砕するようなことをさらりとやってのける帝です。義昭の書状よりも効果がありそうでおそろしい。

織田信長、よくよくの変わり者よのう」

そう言う帝。光秀への態度とまるでがちがいます。

信長には嫌悪感があることを、こうして見せているのでしょうか。おそろしいことになってきました。

このころ、三淵藤英坂本城にいました。

光秀が三淵の加勢を感謝するとともに、その居城の取り壊しを命じた信長に戸惑っています。時に計りかねることがあるのだと。

「主とはそういうもの。そのときのことに付き従うことこそが、家臣の器」

そう藤英は静かに語ります。もはや古い考えかもしれぬが、と付け加えたうえで。

「坂本城はよき城でござるな」

そう、坂本城はよいもの。

公式サイトに考証をどうして再現したのか解説があります。是非ご覧ください。

そう語る藤英は、もはやなかばこの世にいなくなったような、半透明の存在のようで、美しくそしておそろしい。

 


MVP:鳥となった人たち(三淵藤英と細川藤孝/山崎吉家と朝倉景鏡)

人というのは、なんとちっぽけで、虚しい生き物なのか。

先週、光秀が鳥と化しました。

信長という強烈な明月の前では、他の人も鳥になってしまう。

追い立てられた足利義昭か。相手を喜ばせるために囀る今井宗久か。役に立たず羽をむしられるだけの松永久秀か。

梟雄としての片鱗を見せる秀吉を別とすれば、皆悲しい声をあげているようにも見えると。

そんな中でも、圧巻であるのが三淵藤英と細川藤孝です。

忠義を貫き、ついに涙すら流す藤英は混じり気のない悲嘆と悔しさがあった。

では、藤孝は?

というと彼も悲しい。なまじ賢く、風の流れがわかるだけに、そちらに向かっていけるけれども、それが楽で悩まないわけではない。

翼を並べて飛んでいた兄鳥がはぐれていって、どうして無心でいられるのか? そういう悲しみがあって、圧巻でした。

山崎吉家は、ある意味もっとも美しい忠臣、鳥としての死に様とも言えるかもしれません。では、真っ赤な舌を出してケケケケと鳴き出したような朝倉景鏡は醜悪かというと、それがそうでもない。

生きることに全力を賭けて飛ぶ姿は、滑稽なようで美しくもある。機能美のような何かを感じます。

長谷川博己さんが人を超越した鳥になって飛んでゆき、あとに続く演じる側も翼が生えたようで、なんというおそろしいドラマかと思いました。

でも、信長はそうじゃない。

彼だけ、でかいネコ科の獣。そんな獣にとっては、鳥は捕まえて食べるものです。

滝堂賢一さんによれば、染谷将太さんは「静かに圧力をかけてくる感じ」だそうです。鳥の前にネコがいたら、まあ、そんな感じでしょう。

◆<麒麟がくる>滝藤賢一、“信長”を演じる染谷将太は「静かに圧力をかけてくる感じ」(→link

このドラマの信長を見ていると、動物園で虎の檻の前にいたことを思い出します。なんて美しくて立派で、壮大で、かっこいいのだろう。生きているだけで芸術的!

でも、檻の向こうにいるからそう思えるのであって、剥き出しだったら恐ろしいだろう。

まさしく、信長だと思えます。

 


総評

来週から最終章に突入します。

本能寺へ向かう道筋が、毎週濃くはっきりと見えてきておそろしい。

この際、学術的な説は忘れ、ドラマを注視です。

最終章へ向かう中、揺るぎない光秀と信長の、芯のようなものが見えてきます。

思えば終始一貫してはいました。

斎藤道三は、揺るぎなき誇りがあった。そんな道三に対し、高政は父を偽り、それを掲げて戦った。光秀はそんな高政に嫌悪感を覚え、はっきりとそのことを伝え流浪することとなりました。

義昭が上洛してから、劇中には様々な概念が擬人化されて浮かび上がってきます。

凡庸な悪としての摂津晴門。

経済としての戦争を司る今井宗久。

審美眼の男である松永久秀。

人を救う慈愛を持つ足利義昭。

保守層の象徴のような武田信玄ら諸大名。

腐敗した宗教権威としての覚恕。

そしてやんごとなき権威の帝。

そうした敵を一掃した二人に、己の本質が立ち塞がるのです。

本質なんて変えればいい、それでいい! というのもどうでしょう。自分の中にある揺るぎない誇りが、光秀の中でざわめく様が見えるようです。

合戦があっさりしているとか、その手の意見も予想はつきますが、大事なのはそのざわめきでしょう。

今週は谷原章介さんの透明感に圧倒されます。

ただ、捨て置け無いところもあります。

結局のところ、光秀は家臣の器を破ることはわかっている。それを押し除け、破り、逆臣という最悪の称号を得る。

忠臣として消えゆくさだめはあくまで三淵藤英のものであり、明智光秀のものではない。

汚名を被ってでも、貫き通す何か。なぜ? どうして? そう理由を問いかけ、見る側に推理をさせることで、このドラマはこうも美しく見事に仕上がっています。

演じる方々は、リハーサルでは泣くまいと思っていても、本番では泣いてしまうこともあるとか。

本作の演技面を評価する声も、毎回増してゆくばかりです。

理由は見えてきました。

このドラマは、人間の精神そのものの動きを見せてくる。

ゆえに、その脚本と演出に沿って演じていると、演じる役者の心と共振して、何かが零れてしまうのでしょう。

やたらと漢籍引用して申し訳ありませんが、東洋には東洋独自の芸術があります。

書にせよ、画にせよ、筆をとる人の精神性が作品にこめられる。

モノクロームの水墨画にも、見る側の心を注ぎ込むことで色がつく。浮かび上がるように、ものの向こう側が見えてしまう。心そのものが見えてくる。

そういう東洋の文化論を本作からは感じます。

演技そのものが花鳥風月、詩としてうかびあがってきて、見ていて飽きることがありません。

人そのもの、人の精神性そのものがこうも豊かで美しいのか!

毎回驚くばかりなのです。

そして、これぞ2020年代の流行になることでしょう。

ディズニー映画の実写版『ムーラン』は、どうにも精神性理解が不十分で失敗した部分もある。

他の国はどうあれ、中国ではそうでしょう。

剣に「忠・勇・真」なんてそのまんま刻むのは、東洋の観点からすればダサさの極みであって、西洋の人があんまり深く考えずに表現した東洋だな……と思えてしまうのです。

 

おまけ:今日の漢文コーナー

前回『胡隠君を尋ぬ』が出てきました。

それだけで「文学部の授業か!」と突っ込む意見もあったようですが……漢詩って、文学部の授業でしか出てこないものでしたっけ?

前回は白鳥が出てきましたね。

そこからヨーロッパの伝承における、白鳥は死ぬ時に美しい声で鳴くと言われている「白鳥の歌」と結びつける意見もあるようで。

漢文でもありますよね。鳥の将に死なんとする、その鳴くや哀し。

『論語』です。

ついでに言えば、先週の光秀の心境を信長目線で見ればこうなると。

月明星稀
月明(あきら)かに星稀(まれ)にして

月が明るく輝けば星の輝きは薄くなる(強い英雄が出現すると、他の人物が目立たなくなる)

烏鵲南飛
烏鵲(うじゃく) 南に飛ぶ

鳥たちは南へと飛んでゆき(賢者や逸材は士官先を求めてさまよう)

繞樹三匝
樹(き)を繞(めぐ)ること三匝(さんそう)

木の周りをぐるぐると回る

何枝可依
何(いず)れの枝にか依(よ)る可(べ)き

どの枝にとまるべきだろう?

曹操『短歌行』

これは【創業】の英雄であり、詩人でもある曹操が詠んでいます。

乱世でどの英雄に仕えるべきか迷うよな!

俺はいつでも歓迎するぞ!

そんな気宇壮大さが出ており、彼の代表作です。

曹操からすれば人材を求める気持ちでいっぱいですが、光秀が鳥だと思うと、そこにはどうしたって悲しみがある。

それは、例えば曹操と荀彧のように……荀彧は曹操第一の謀臣でしたが、自らの命を絶つことで、袂を分かちました。

漢籍にこそ、本作のヒントはあると思います。

特に詩ですね。

だからこそ、曹操が『短歌行』を詠み、荀彧とぶつかり合う場面を描く、そんな『三国志 Secret of Three Kingdoms』を全力で推薦します。Amazonプライムで見られますよ!

◆『三国志 Secret of Three Kingdoms』(原題:三国機密之潜龍在淵) BL三国志か、それとも?(→link

こういう記事も出てきましたが、私なりの意見は繰り返し書いてます。【情】と【理】のぶつかりあいですね。

東洋の伝統医学では、陰陽どちらの気が勝ってもよろしくない。

バランスを取れなければ、いずれ破綻を迎えます。そういう医療描写が何度も出てきました。

◆【麒麟がくる】と東洋医学(→link

【情】の光秀。思想的には儒家、『論語』筆頭に四書五経。

【理】の信長。思想的には法家。『韓非子』、『荀子』。【創業】の英雄。

その決裂です。

二人から学んだ徳川家康は【守成】の英雄として、江戸幕府を開きました。

池端さんが言いたいことはわかった。

「漢籍を読もう!」

でしょう。

一方で、世間にはこんな意見もある。

「授業で漢文やる意味ないよね!」

学生ならともかく、大人から出てくる。どうして、そうなっちゃうのでしょうか……。

池端さんと岩本麻耶さん脚本、ハセヒロさんと尾野真千子さん主演『夏目漱石の妻』というドラマがありました。

夏目漱石には『薤露行』という作品がある。「薤露行」とは、葬送詩のタイトルであり、曹操も同名の作品がありますね。

なんで漱石はそのタイトルを?

それだけ当然のように漢文を使いこなしていたということです。

ゆえに本作は漢籍を読めばすぐわかることがかなり使われていると思うのですが……どうして漢籍ツッコミがあまりないのか、個人的には不思議です。

『おちょやん』レビューもしております。よろしくお願いします。

◆『おちょやん』15 悔いなき道を選ぶ女たち(→link

※著者の関連noteはこちらから!(→link


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文:武者震之助
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【参考】
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