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【薩摩隼人】
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何かあるとやたらと切腹する
フィクションにおける薩摩武士は、『衛府の七人』の中馬大蔵のように、何かあれば切腹しているイメージもあります。
これについてはある程度史実準拠と思われます。
薩摩藩は名君揃いであった反面、政治的な処断が多くなるという一面もありました。
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そうした御家騒動や政治的対立の結果、全国屈指の切腹者が多い藩となった一面があります。
別に、メンタリティが切腹大好きということではないのです。
ひえもんとり
『衛府の七忍』で描かれる、死刑囚の内臓を取り合う風習。
完全な創作ではなく、鹿児島を代表する作家・里見弴は、この風習に取材して短編『ひえもんとり』を書いています。
ただ、江戸時代に処刑人であった山田浅右衛門は、人間の内臓で薬品を製造し、収入源としていました。
内臓を取るという時点で荒々しい風習ですが、時代ということも考えないといけません。
薩摩の示現流・自顕流が怖い!
史実です。
防ごうとしてもそのままヒットする、一ノ太刀の素早い即死攻撃。
これは怖いです。
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誇張の多い『衛府の七忍』ですが、薩摩ぼっけもんのチェスト攻撃の威力はわりと史実に近いと思われます。
それだけでも十分怖い。
性質がともかく激しい
「郷中教育」で厳しい教育を受けたからには、武士の中の武士とも呼べるほどストイック。
精神的にも、肉体的にもパワー溢れる人物が多かったのは確かです。
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明治維新以降は、薩摩藩出身者が政治の中枢におり、他の地域よりもその性質が印象付けられやすかったこともあるでしょう。
反感を買われることもあるけれども、ともかく薩摩の人々は強い。
そんなイメージがついても不思議じゃありません。
結論から言いますと『衛府の七忍』のような作品ですら、突き詰めると、史実にある程度の元ネタがある、ということです。
これは薩摩がとりわけ強く、畏怖の対象であり、明治維新でその激しさが、全国的に知名度が高くなったかということかと思います。根拠はあるのです。
薩摩はやっぱりパワーにあふれていました。
これからもパワー溢れる薩摩隼人たちは、フィクションで存分に暴れ回って、私たちを魅了してくれることでしょう。
チェストー!
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文:小檜山青
【参考文献】
原口泉/大木公彦/中村聡志『増補改訂版 かごしま検定―鹿児島観光・文化検定 公式テキストブック―』(→amazon)
今村規子『名越左源太の見た 幕末奄美の食と菓子』(→amazon)
ほか