ゴールデンカムイ鶴見中尉

『ゴールデンカムイ30巻』/amazonより引用

この歴史漫画が熱い! ゴールデンカムイ

ゴールデンカムイ鶴見中尉を徹底考察!長岡の誇りと妻子への愛情と

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悲しみを誰にも言えない

ここまで、鶴見は割と甘いところがあったと書いてきました。

さまざまな過ち。本気で妻子を愛したこと。

ありのままの想いを誰かに語ろうにも、できぬところまで追い詰められていたといえます。

もしも鶴見が、誰かに全てを打ち明けることができていたら――教会で神父に打ち明けるなり、できていればよいのでしょうが、それはできない話。

軍人としての甘さもありますし、当時の世相も関係してゆきます。

日露関係はますます悪化してゆき、ついには日露戦争に向かってゆく。そんな中で、ロシア人妻子の話を誰にもできるはずがありません。

当時「露探」(ロシアのスパイ)という言葉がありました。

日本にあの憎きロシアの手先が潜んでいるのではないか?

日本全体がそんなヒステリックな被害妄想に取り憑かれていたのです。

ロシア語やロシア文学を学んでいる。ロシア正教徒である。

それだけでも「露探」と誤解されかねない状況で、ロシア人妻子を悼むことなどできるはずもない。

鶴見はなぜ妻子の指の骨だけを大事にしているのか。写真すらないのか。そこには彼なりの苦しい事情がありました。

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こうして悲しみを抑え込んでいく中、鶴見が屈折した謀略、復讐、弔いに取り憑かれても、仕方なかったのかもしれません。

鶴見という人物を考えていくうえでは時代背景も重要。

もしも彼が別の時代に生まれていたら、長岡出身であることも、ロシア人の妻がいたことも、ここまで決定的に人生を変えなかったかもしれないのです。

鶴見篤四郎は時代の子とも言えました。

 

誰ともわかりあえない鶴見篤四郎

鶴見の動機が妻子の復讐であったら――理解されるどころか、失墜しかねないことが、月島の反応からわかります。

月島個人としては、自分が最愛の幼馴染への愛惜を捨ててまで鶴見に加担している以上、個人的に腹が立つのは当然です。

ただしこれは現代の読者に対するわかりやすさゆえの導線とも思えます。

明治の軍人としての意識を持ち出せば、月島以外でも呆れてしまいかねない事態。

ましてや鯉登をのぞけば日露戦争体験者である。

ロシア人を慕う鶴見とは一体何事なのか!

鶴見はかなりのリスクを犯してまで、金塊争奪戦に挑んでいたと改めて思えます。

金塊どころか妻子を殺したウイルクへの復讐が根底に流れていて、しかもウイルク自身が死んだあとは娘のアシㇼパに憎悪をぶつける。

妻子を失い、殺すことでしか心を埋められない――鶴見は心情的にはどこまでも孤独な人物でした。

あれだけ優しい嘘で大勢を騙しておきながら、誰からも理解されなかった。

圧倒的な孤独が彼にはあります。

 

日本とロシアに結びつけられ、引き裂かれた夫妻

長谷川幸一とフィーナ――日本人男性とロシア人女性の夫婦とは、歴史的にみても象徴的に思えます。

国境を接し、敵対関係にある国同士の夫妻とは、どうしたって政治的な意図や偏見の目に晒されてしまいます。

この組み合わせは、日ロ関係を考える上でも重要です。

鶴見のあとにも、同じように歴史により結ばれ、苦労した夫妻はいます。

鶴見の配下であった鯉登は、軍人としての最終戦績に第二次世界大戦が刻まれます。アジア太平洋戦争において、沖縄と樺太には敵軍が上陸し、戦場となった。

第二次世界大戦時、ドイツとの激戦において、ソビエト連邦こそが最大の死者を出し、深刻な労働力不足に悩まされていたため、樺太と満洲国から日本人を連れ去り労働力としました。

シベリア抑留です。

こうして抑留された人々が帰国に至るまで、さまざまな困難がありました。

帰国後も、彼らには「アカ(共産主義者)」という偏見がつきまといます。露探という呼び名に代わる、冷戦下で別の偏見が生まれていたのです。

あえて現地にとどまることを選んだ人々もいます。

ソ連に抑留された人々は、ずっと囚人扱いされていたわけではなく、釈放された場合もありました。ただし、日本への帰国手段がないため、現地で暮らすしかなかったのです。

そうしているうちに、現地で恋に落ち、結婚した人もいました。日本に帰国できることになっても、あえて愛を選び、止まった人々もいるのです。国同士がいがみ合おうと、人と人を簡単には切り離せません。

鶴見とフィーナという夫妻は、そんな人々のことも連想させます。

ロシアという国は日本の隣国であり、遠い場所ではなかったのだと。激動の歴史があればこそ、その中で結ばれ、引き裂かれた仲もあったのだと。

鶴見篤四郎という人物には、この時代だからこそ生まれた悲劇が凝縮。

なまじ最後の敵であるため、長いスパンでその苦しみが暴かれてゆきます。

彼の苦悩は、日本近代史が抱えていた歪さゆえに生まれたものとも言えるでしょう。

ただの悪役ではなく、その苦悩を読み解くことで、見えてくることもあるのかもしれません。

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
『ゴールデンカムイ公式ファンブック探究者たちの記録』(→amazon
半藤一利『幕末史』(→amazon
奥武則『ロシアのスパイ - 日露戦争期の「露探」』(→amazon

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