相楽総三

幕末・維新

西郷に取り立てられ見捨てられた 相楽総三と赤報隊は時代に散った徒花か

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「偽官軍」として非情の切り捨て

西軍は、信州の各藩に「赤報隊は偽官軍である」と布告を出しました。

相楽は慌てて大垣に戻り、総督府に出頭。

そのあと信濃国下諏訪まで戻ると、赤報隊の同志たちは殺害か、捕縛されていました。

相楽は同志釈放を願ったものの、逆に捕らわれてしまいます。

取り調べもなく、弁解の機会すら与えられませんでした。

冷たい雨が降り注ぐ、慶応4年3月3日(1868年3月26日)。

相楽は7人の同志とともに、斬首されたのでした。

享年30。

その3日後も隊員が処刑され、赤報隊は解散させられました。

相楽の妻・照は、夫の死を聞くと後を追い、自害。あとには、一子・河次郎が残されます。

明治3年(1870年)頃、相楽の処刑場所に、彼らを悼む「魁塚」が作られました。

この塚の土を持ち帰り、夜泣きが酷い子供の枕元に置くと、改善するという噂が流れたのです。

またこのころ、悪性の風邪が流行し、人々は相楽の怨念のせいだと言い「相楽風邪」と呼びました。

相楽の首を斬った者は、その数日後に急死したとも噂されていました。

信州の人々は、相楽は不遇の死を遂げた、そのため怨念を残したと信じていたのです。

孫・木村亀太郎の尽力により、相楽の名誉が回復されたのは、昭和3年(1928年)。

その死から実に60年後のことでした。

 

幕末という格差社会

幕末というのは、身分を超えて様々な人が活躍できた――そんな風に言われることがあります。

相楽同様、豪農の子として生まれた土方歳三は新選組副長に。

高杉晋作に心酔した豪商の白石正一郎は、奇兵隊幹部に。

土佐の漁師の子に過ぎなかった中濱万次郎(ジョン万次郎)は、幕臣に。

そして草莽の志士・相楽総三は、赤報隊を率いることになっているわけですが……。

共通点は、彼らが皆、切り捨てられているというところです。

土方歳三ら新選組は、江戸開場前夜、恭順派代表の勝海舟からこう思われてしまいます。

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「あいつらが江戸をウロウロしていたら、抗戦派も調子づくし、恭順する気なんてねえと思われちまう。とっとと追い出さねえと」

そこで勝はうまいこと近藤勇ら新選組幹部を言いくるめます。

「おめえさんたち、これからは【甲陽鎮撫隊】になってくれ。幕府直轄領である甲府を新政府軍に先んじて押さえてくれよ」

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こうして彼らは甲州勝沼に向かい、そして大敗。

その裏で、勝の命を受けて駿府に赴いた山岡鉄舟は、西郷とこんな会話を繰り広げておりました。

「元新選組が率いう甲陽鎮撫隊が、甲州勝沼で西軍と戦闘を繰い広げとうと聞きもした。これでは恭順しじぁとは思えんです」

「あれは脱走兵による勝手な行動で、幕府は関知していません」

ズバッと切り捨てられ、甲陽鎮撫隊は敗北。

新選組隊士たちは散り散りになり、それぞれの立場で戦うことになります。

白石は、奇兵隊援助のために私財を投げ打つワケですが、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、維新の立役者ながらも明治以降は省みられることもないまま、ひっそりと死を迎えました。

奇兵隊の隊士たちも、明治維新後は「脱隊騒動」という悲惨な粛清を受けています。

中浜は、再会したアメリカ人の友人が、「国のために尽くしたのに、なぜ彼はこんなに貧しい生活を送っているのか」と嘆かれたほど。

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そして相楽は、この通りです……。

幕末というのは、確かに出世のチャンスにあふれていました。

西郷隆盛大久保利通伊藤博文井上馨のような、下級藩士でも実力次第では国のトップにまでのしあがっているわけです。

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ただし、それはあくまで武士であり、藩士であれば、のお話。

武士でないのに活躍した人物は、多くが酷い切り捨てにあっています。

幕末維新の優れた人々は、先進的で身分の差にこだわらなかった――確かにそういう一面もありましたが、武士には武士としての誇りがあり、それ以外を一段下とみなして冷遇した、そういう冷たい部分もあるのです。

相楽総三の人生には、そんな冷たさが凝縮されているように思えるのです。

彼らは幕末という格差社会において、非情にも切り捨てられたスケープゴートでした。

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文:小檜山青

【参考文献】
国史大辞典
泉秀樹『幕末維新人物事典』(→amazon
半藤一利『幕末史』(→amazon
ほか

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