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【大西郷という虚像】
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「赤報隊」問題 どうしたってテロは評価できない
本書のテーマからすれば、絶対に避けて通るはずがないのが「赤報隊」問題です。
赤報隊とは、幕末の関東(主に江戸)で、幕府を挑発するために放火や強盗などの破壊活動を行った部隊のことで、西郷が駒として使い、コトが終わったらアッサリと捨てたという経緯があります。
ゆえに西郷について語る時、誰しもこの問題では口が重たくなります。
むろん本書の筆者にそんなことはありません。
テロという手段を評価することはできない、余りに下劣な手段だから。他にもいくらでも手はあったはずだ、と言い切ります。
最後は西郷に見捨てられた 相楽総三と赤報隊は時代に散った徒花なのか
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さらには西郷が良心の持ち主であるかのように思えたとしても、それは人並み程度なのだと言います。
長州の山県有朋や井上馨の持つ“良心ゼロどころかむしろマイナス”と比較して、相対的に高く見えるのだと……。
さらに江戸城の「無血開城」もまったく評価しません。
詳細は本書を読んでいただくとして、そんなものはただの神話だと斬って捨てます。
さらに筆者は、徳川慶喜恭順の時点でもはや大義がないにも関わらず、テロを阻止された私怨で会津に戦争を仕掛けた、と西郷を断罪するのでした。
だから徳川慶喜を将軍にしたらヤバい! 父の暴走と共に過ごした幼少青年期
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確かにブレない西郷像だが
本書はある意味スッキリとして痛快かもしれません。
著者の持つ西郷像には微塵のブレもなく、とにかく陰険な小人物であると、終始一貫しているからです。
ただし、歴史書であまりに痛快というのは、むしろ警戒すべきでしょう。
本書は何もかも西郷のパーソナリティが原因であると言いすぎているのではないかと感じます。
歴史ファンとしては、本書と他の西郷伝記とあわせて読み、「こういう考え方もあるのだな」と参考にするのがよろしいかと。それであればなかなか面白いとは思います。
西郷ファンには絶対におすすめできませんが……。
ただし、筆者が指摘する「明治維新が無批判に称揚されてきた」という点については、一理あるのではないでしょうか。
ときに批判的に維新を見直す作業も意義がある――そんな風に私も感じています。
「誰かにオススメできる本なのか?」と言われたら即答はできかねますが、かといって「面白くないのか?」と問われたら、そこは「面白い」と思える、なかなか難しい本かもしれません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
原田伊織『大西郷という虚像』(→amazon)